42 どこか抜けた紳士は、どんなチョコをご所望で?
「ねえねえ、お人形あげるから、話に付き合ってよ!」
「嫌だ。てか、話し相手ならアリアさんの方が適任だろ? というか、なんで家に上がり込んでる?」
この日の放課後は、恋羽が突然来訪してきて、陽はじっと見られていた。
アリアは慣れた手つきで紅茶を準備しているので、恐らくアリアに話を通したが、家主である陽にはしなかったのだろう。
現在、一月の終盤に入り、外のひんやりした空気の中でもだいぶ動けるようになる時期だ。
ホモがいないので恋羽は本来なら出禁なのだが、アリアの特例なら仕方ないだろう。
外で話をしてもいいが、恋羽も一応は女の子なので、体に毒を与えるわけにはいかない。
陽としては、恋羽がちょっとでもアリアに手を出そうものなら、即刻出禁を検討している。
ふと気づけば、恋羽はメイド服を着た手の平サイズのウサギのぬいぐるみをテーブルに置き、わざとらしく手をあげて可愛さアピールをしているようだ。
「色々ツッコミたいところだが、用件は?」
「そうそう! 陽はチョコレート何が好み?」
「……チョコレート?」
恋羽の質問に陽は首を傾げるしかなかった。
陽自身、実際はチョコをあまり食べる方ではなく、どちらかと言えばクッキーやラムネの方が多い。
「ねえねえ、なんでチョコレートの話をしたか理解してる? 愛だよね?」
「いや、チョコに愛も何もないだろ」
「陽、本当に学生? 今陽は、全人類のチョコを敵に回したんだよ?」
「いやいや! 規模がでかすぎだろ!」
「むしろ小さい方だからね! アリアたんの推定カップよりも小さすぎるよ!」
「恋羽、その口いらないのか?」
アリア弄りは極力控えてほしいのだが、恋羽に説教はあってないようなものだろう。
陽が睨んだのもあり、恋羽は雰囲気で察したのか、ウサギのぬいぐるみでペコペコ頭を下げている。
ふと横目でアリアを見れば、アリアが頬を赤らめているので、聞こえてないフリをしているのだろう。
「えっほん。それで、何だと思う? これは愛の質問だよ」
「誰得だよ……」
「仕方ないなぁ。初心な陽の為にも答え合わせだよ! 二月十四日に控えたバレンタインだよ、バレンタイン! 学生の青春だよ!」
バレンタインなら包み隠さず言ってほしいのだが、恋羽に期待しても無駄だろう。
正直なところ、陽はバレンタインと程遠い生活を送っているので、バレンタイン自体に興味が湧いていなかった。それでも、恋羽がホモついでに渡してきたので、ある程度は片隅にあったのだが。
ああ、と納得してみせれば、恋羽は呆れたような目で見てきていた。
陽は正真正銘の学生であるが、恋羽の思う青春を送れているかと言えば、間違いなく否だ。
バレンタインどころか、クリスマスすら一人だと思っていたのもあり、バレンタインはよっぽど無縁に近い。
「バレンタインか……」
「お、陽も興味湧いた?」
「いや? だって……バレンタインって血を血で洗い、イケメンが義理チョコ貰ってドやるイベントだろ? その裏で隠れた確かな愛だけが人生の勝者になるっていう」
「陽、ずいぶんと性根まがってるけど……お話聞こか?」
遠慮しとく、と首を振った時、アリアは紅茶の準備を終えたらしく、静かにティーカップが三つ置かれた。そして優雅な時間を過ごすかのように、付け合わせとしてクッキーがお皿に盛られて置かれている。
アリアに感謝をして、ティーカップに口をつけた時だった。
「そう言えば、陽は愛妻から貰う予定はあるの?」
「……あ、愛妻!?」
思わずカップを落としそうになり、陽は慌ててテーブルに置き、むせそうになる喉を抑えた。
まさか、愛妻、という言葉を聞くとは思っておらず、恋羽の爆弾発言に驚かない理由がないだろう。
ニヤリとした目線で見てきている恋羽は、明らかに確信犯だ。
ふとアリアを見れば、恥ずかしそうに頬を赤らめ、目を逸らしていた。
「……そういう関係じゃないから」
「誰とは言ってないんだけどなあ。陽のどこか抜けている、その優しさがアリアたんを引き付けたんだろうね」
他人事のように言う恋羽は、動揺させた張本人である自覚が無いのだろうか。
(……自分は、アリアさんが悲しむ姿を、求めないことをしたくないんだ)
単なるエゴだと理解しているが、陽はアリアを大事にするつもりでいる。
付き合っていないからを理由に手荒に扱うなど、言語道断だ。
陽自身、アリアに優しくしているつもりはないし、自分らしく振舞っているだけに過ぎない。ただ、もう一歩を踏みだせず、お互いがお互いの領域を主張している、主従関係に近いだけだろう。
陽は初めて、大事にしたいと思える人……幼女吸血鬼の彼女が今を一緒に過ごしてくれるから、命を謳歌して、生きる理解を深めている。
アリアを見れば、ティーカップを両手で包み込み、頬を赤らめてうつむいていた。
「そういえば、アリアたんは誰かにチョコをあげる予定はあるの?」
「私は特にないですね」
「へー、意外だね?」
「今でも噂が広がっていますし、下手にチョコを渡せば騒ぎになりかねませんから」
「美少女故の悩みか、いいなぁ」
羨ましそうにアリアとの距離を詰めている恋羽は、美に対する追求心が高いのだろうか。
「うう……恋羽さんも十二分に美少女ですからね?」
「やったー! アリアたんのお褒め付きぃぃ! 愛だね!」
「愛、なのでしょうか? え、あ、ちょっ……」
アリアが困惑している隙をついてか、恋羽はアリアの後ろに回り込み、肩から手を滑らせて胸を触っているようだ。
この二人が交わると、毎度の如く恋羽は変態おやじになるのだろうか。
見てないで助けて、と深紅の瞳で訴えかけてくるアリアに、陽はそっと首を振っておいた。
助けたいのはやまやまだが、手綱を握るホモが不在なので制御不能に近いのだ。
「アリアたんのこの美貌にチョコを塗って自分がプレゼントになれば、男の子はいちころだよ?」
「わ、私がチョコに?」
唖然とした様子で聞き留めているアリアは、恋羽の発言を鵜のみにしているのだろうか。
「おい、恋羽。アリアさんに良からぬことを吹き込むな。それと、今すぐその手を止めろ」
「もう、しょうがないな。陽も、アリアたんの小さなたわわを揉む?」
「揉むわけがないだろ」
「えー、ほんとかなー? アリアたんチョコ作戦は駄目かー」
チョコ作戦、所謂女体盛をアリアで実行しようとしていたのだろうか。普通に考えても、実行される前に止めるしかないだろう。
その時、恋羽は思い出したようにこちらを見てきた。
「そうそう、陽にもホモのついででチョコをあげるから、期待しててね!」
「くれるのは嬉しいんだけど、前みたいに毒入れんなよ。……ホワイトデーのお返しはしっかり考えとくよ」
「陽、そこらへんは律儀だよね?」
陽は恋羽にからかわれている際、アリアがぽかんとした様子で陽を見ていたことについぞ気づかなかった。




