41 幼女吸血鬼と美味なる誘惑
結局のところ、アリアは怒っていたわけではなく、考えごとをするあまりに壁を間違えて叩いてしまったらしい。
陽は早とちりしたまま、アリアにお手製の料理を振舞ったのだが、見事に酷評を頂いている。それでも、美味しいものは美味しい、駄目なところはどうしたら良くなるなど、星の煌めきとして指摘されている。
アリアと陽を比べたら、作ってきた年数で差ができてしまったのと、アリアの好みを理解できていなかったのが原因のようだ。
アリアの機嫌を損ねていたのでなければ、心配は減るというものだろう。
次の日の放課後、陽はいつものように日傘を差し、アリアと一緒に帰路を辿っていた。
いつもの帰り道ではあるが、周囲の視線が変わったのもあってか、校門を出るまではむず痒さがあったほどだ。
アリアの熱狂的なファンに詰め寄られたり、根も葉もない噂がアリアを襲ったりと、学校内だけでも濃厚な一日だっただろう。
「アリアさん、少し寄り道をしてもいいかな?」
「あら、寄り道とは珍しいわね」
「うん。行きたいところがあってね」
陽はあえて、含みのある言い方をした。
アリアから許可を頂けたので、寄り道したい建物がある方角へと二人で歩いていく。
道中、アリアが手を寂しそうにしていたので、こっそりと手を繋いで。
頬を赤らめる彼女は、宝石のように輝いて見えた。
寄り道は、学校から徒歩で十数分歩いた先にあるスイーツ専門店だ。
以前話し合いをした学校近くのお店からもそう遠くないため、ホモと恋羽と話す第二の場所になる事が多くあるお店でもある。
ここのスイーツは、パフェやケーキ、タルトやクッキーなど、多種多様なデザート関連を取り揃えており、恋羽のお褒め付きなので味に迷いはないだろう。
陽はアリアと一緒にお店へと入り、中を見渡した。
「白井さん、どうしてここに?」
「え、ああ……アリアさんを労いたいのもあるけど、ここのスイーツは美味しいから食べてほしいな、って思ってたからだよ」
「……労い?」
「労いが嫌なら、頑張っている自分へのご褒美ってことでどう? それか、自分が食べたいと思った付き添いでもいいし」
あくまでアリアに気を使わせたくないため、逸らす言葉をどうにか綴っていく。
彼女のプライドを傷つけるようなら、先ほどの話は無しにしてもいいと思っているので、最終的にはアリアの返答次第である。
アリアは目を丸くし、横一列に並んだスイーツの入ったショーケースを見ては、こちらを見てきていた。
そして、ふわりと彼女は頬を緩め、深紅の瞳に潤いを持たせている。
「ごほう、び……」
「そう、アリアさんにだけ、自分が勝手にご褒美をあげたいだけだから」
アリアはわざとらしく口角を上げ「何にしましょうかね」と乗り気になり、ケース内をまじまじと見つめていた。
アリアの幼女体型も相まって、選ぶ姿は幼い子が目を輝かせてワクワクしているようで微笑ましいように思わせてくる。
アリアは吸血鬼であっても、スイーツには目が無い、いつまで経っても夢抱く乙女なのだろう。
アリアの食べたいスイーツを買ってから、店内の窓側の席に腰をかけた。
テーブルには先ほど買った、真っ赤な苺が白い丘にそびえる、通称ショートケーキがコーヒーとセットで置かれている。
ケーキを前にして、アリアは上目遣いでこちらを見ては、ケーキをじっと見ていた。
「うん。アリアさん、お疲れ様」
「……いただきます」
アリアはフォークを手に持ち、ゆっくりとケーキを一口サイズに切っていた。
上品な仕草から溢れ出る雰囲気は、ショートケーキを食べようとしているだけなのに、一風変わった様子を隠しきれていないようだ。
切り取られたケーキが口に運ばれれば、アリアはそっと咀嚼していく。
アリアが口元を隠して食べているにも関わらず、揺れ動く頬が美味しいと言わんばかりに、薄っすらと赤みを帯びていた。
ただ食べている姿をチラリと見ているだけだが、見ているこちらの方がむず痒さを感じる。
周囲を見渡せば、店内には少数のお客さんと店員だけであるが、こちらを見てくる人から微笑ましいような視線を感じた。
店員に関しては、こそこそと話しているみたいだが、目線が明らかにこちらを向いている。
陽は気持ちを誤魔化すように、自分用に頼んでいたコーヒーを口にした。
カップから口を離せば、なぜかアリアが目を丸くしてこちらを見てきている。
「アリアさん、どうしたの? 口にあわなかった?」
美味しそうに食べていたように見えたのだが、その考えはお門違いだったのだろうか。
心配して聞けば、アリアは黙ってフォークでケーキを切り取り、ゆっくりとこちらの方に差し出してきた。
「……え?」
「白井さんにもご褒美よ。あなたも頑張っているのだから、食べる権利があるでしょう?」
「えっと、自分は大丈夫なんだけど……」
「つべこべ言わないの。どこか抜けた紳士さん、口開けて」
遠慮したいので顔を引きずらせても、アリアは引き下がる気が無いらしい。
陽自身、アリアからご褒美をもらえるのは嬉しいが、外では出来る限り避けたいのだから。
深紅の瞳をうるりと輝かせ、小さな口を開けてお手本を見せてくるアリア。そんな小悪魔の誘惑に、陽は心が折れて、口を開くのだった。
「ねえ、聞いた? アリアさんが同じ学校の人とケーキを食べてたって話?」
「え、マジー? いいなぁ、うちもそういう恋愛してみたいなー」
アリアさんは格が違うよね、と話して廊下を歩いている生徒の声を、外を見ていても耳は拾ってしまうようだ。
後日、アリアと一緒にケーキを食べていたのが見られていたらしく、校内で瞬く間に噂として広がっていた。
お相手はバレていないが、クラスの視線、廊下からこちらを見てくる嫌味ある視線は防ぎようのない確信をついているのだろう。
「なあ、陽?」
「知らん」
「俺は何も――」
「ホモ……お昼はウインナー鍋コース奢るから手を打たないか?」
「奢れば済むと思うなよ? 嬉しいけどさ。……自ら油に火を注ぐって、どこか抜けてるんだよ、お前は」
結局のところ、ホモは理解しているようで、呆れたような眼差しで見てきていた。
恋羽と馬鹿やっているホモにお叱りを受ける時点で、陽自身も大概なのだろう。
それでも、忘れられない甘いご褒美は、今でも口の中に残り続けているのだった。




