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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として

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39 戻る平穏に、憩いの巣?

 三が日が過ぎた頃、陽はアリアと共に、真夜と庭で向かいあっていた。

 周囲が壁に囲われているとはいえ、差し込む光は輝きを生みだし、照らす世界に別れを告げているようだ。


「……もう、去ってしまうのですね」


 アリアは別れを惜しんだ様子をみせており、下がった肩が気持ちを露わにしているようだ。


 それでも、仕方ない、と割り切った様子をアリアはしているが、内心では真夜との時間を気に入ってくれたのだろう。

 陽自身、身近な人同士が仲良くなるのは嬉しいため、アリアと一緒にまた会う機会があれば良いと思っている。


 真夜には、この数日で親バカを盛大に披露されたが、上手く言えないだけで、陽は感謝しているのだ。

 何気に自分の事を気遣い、アリアとの距離を詰めようと詮索してくれていたのを、陽自身が重々理解しているのだから。


 陽はアリアの隣に立ち、真夜を見上げた。


「お父様、多くの言葉はいらないよね。……元気でね」


 真夜はその様子を見てか、ゆっくりと腰を下げ、二人の視線に合わせるように顔を見てきた。

 ちゃっかりと肩に手を置いてくる真夜は、確かな温かさを感じさせてくる。


「陽。アリアさんに迷惑をかけず、これからも頑張るんだよ。陽は陽なんだから、誰かになろう、と思わなくていいんだよ」


 落ちつく助言に、そっと頷いておく。

 真夜は確かに親バカであるが、子を愛する気持ちが誰よりも高いのは、陽が一番理解している。


 紳士になりたい、と陽が言ったら、真夜は止める事をせず、全力を尽くしてサポートをしようとするだろう。

 ふと気づけば、アリアが微笑ましい笑みを浮かべてこちらを見てきていた。


「アリアさん、これは私からのお願いなのだが、これからも陽と仲良くしてあげてくれないかい? 彼は口下手ではあるが、真面目で優しくて、誰よりも思いやりがある卵だからね」

「お父様、本人の前で言う事?」


 呆れて肩をすくめれば、真夜は微笑ましいような表情を浮かべている。


「真夜お父様、彼がまじめで優しいのは理解しています。……その、これからも仲良くしたいのは、私の方からお願いしたいものですよ」

「え、アリアさん?」

「アリアさんにお父様呼びをされるか……陽は良い人に巡り合えて良かったじゃないか。二人の今後を楽しみにしているよ」


 それから真夜はアリアに「何か困ったことがあれば、いつでも連絡してもいいからね」と言い残し、背を向けて庭を後にして行った。

 真夜の持つ盛大な親バカをアリアに披露されてしまったが、また会える機会を望める別れは、感謝の心を忘れていないのだろう。



 家に戻った陽は、アリアに出す紅茶を用意していた。

 この数日はずっとアリアが動き続けていたので、労いを込めての意味も大きい。


「……真夜お父様、良い人だったわ」


 ソファで一息つくように、物思いにふけているアリアの前に、陽はそっと出来上がった紅茶の入ったティーカップを差し出した。


 芳醇なブドウの香りが広がる、甘くも苦い、アリアが二番目に好んでいる紅茶だ。


 陽も自分の分を手に持ちながら、ソファを揺らさないようにして、アリアの隣に腰をかけた。

 相変わらずの近い距離感は慣れていないが、自然と座れるのは、ずいぶんと親しくなったからなのだろうか。


 ティーカップの置かれた音が耳を撫でた時、陽は疑問に思ったことを口にした。


「そういえば、アリアさんは家族関係の話、好きなの?」


 アリアが家族関係を話したがらないのは、陽自身が重々理解している。

 これほど一緒に居て、気づいていない方がおかしいくらいに。


 アリアは目を丸くしてこちらを見てきているので、聞かれるとは思わなかったのだろう。


 陽も聞く気はなかったのだが、真夜と仲良くしたり、家族を嫌がったりしなかったので気になってしまったのだ。


 アリアは指を口元に当てて首を傾げてから、そっと息を吐き出していた。


「私の話はあまりしたくないのだけど、白井さん家族の話なら聞きたいわね」

「そっか……嬉しいよ、ありがとう」

「なんでお礼しているのよ……私は、ただ……」


 アリアが口ごもって目を逸らしてきたので、陽は首をかしげた。


「ただ?」

「し、白井さん、をす、す」

「す? ……まあ、確かにここは、今のアリアさんからすれば、巣なのかもしれないけど?」

「そっちの巣じゃないわよ! 続きがあったのに……この、鈍感……」


 深紅の瞳で睨んでくるアリアに、陽は思わず頭を下げた。

 確かにアリアが気にしていることを言ったかもしれないが、陽は何でアリアに睨まれているのか理解できなかった。


 許しているのか不明だが、アリアは紅茶を嗜んでいるので、怒ってはいないのだろう。

 多分だが、アリアを怒らせれば取り返しのつかない事が起きそうで陽は怖いのだ。


 原因は不明でも、アリアを怒らせないに越したことは無いだろう。


 陽はアリアを横目で見つつ、そっと紅茶を口にした。


「そういえば、もう一つ聞きたいことがあったのだけど、良いかな?」

「あら? 余計なことじゃなければ、遠慮しなくていいのよ?」


 アリアの言葉からするに、先ほど勝手に妄想したのが原因だろう。

 人の話を最後まで聞く、というのを忘れないように、陽は心のノートにそっとメモをした。


「お父様に言われたんだけど……自分は、アリアさんに気に入られているの?」


 ふと気づけば、アリアは目を細め、呆れたように見てきている。

 その目は明らかに、どこか抜けた紳士ね、と言いたそうだ。


「……白井さん、それは自分で考えてみる事ね。女の子に何でもかんでも聞くのは、紳士としての振る舞いが欠けるわよ」

「努力します」


 紅茶を優雅に嗜んでいるアリアを見て、恥ずかしくなった陽は、誤魔化すように紅茶を口にした。

 その後、アリアが立ち上がってお昼ご飯を楽しそうに作ろうとしていたので、陽は笑みを浮かべて静かに見るのだった。

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