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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として

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38 幼女吸血鬼と夜に初詣

 車を走らせて数十分の場所にある、神社まで来ていた。

 夜だというのに賑わっており、出店の明かりや提灯の明かりが見る世界の全てを埋め尽くしている。


「この神社、正月の夜ではあるけど、こんなにも人が居るのか」

「見るからに神聖な場所ね……私は良いけど、あの子たちは嫌がりそうな場所ね」


 アリアの言う『あの子たち』は、恐らく家族の事を指しているのだろう。

 アリア曰く、彼女は吸血鬼の本来ある弱点は無いに等しいらしいが、他の吸血鬼は一応あるらしい。


 アリアの『弱点は生きる代償故の悩みね』という言葉は、今でも鮮明に記憶に残っている。


「ここは通称『祭り神社』と言ってね、年がら年中催しものを開催している珍しい神社なんだよ」

「お父様、無休で開催しているの?」

「そうだよ。ここで出店している者は数多ある銀河の抽選から選ばれた星粒たちだから、出店しているだけでも凄い事なんだ」


 現在陽とアリアは、真夜の案内に続いて本堂に向かっていた。

 少し変わった神社があるとは聞いていたが、まさか自分が足を踏み入れるとは思わないだろう。


 周囲が露店で囲まれた石畳の道を歩いているが、人で混雑しているのもあって、気を抜けば波にのまれてしまいそうだ。


 自分達の他にも着物を着ている人はちらほらいるが、本格的な着物はあまりいないようなので、アリアが周囲から浮き出るように目立っているのは流石の一言だろう。

 目立っていたとしても、アリアが幼女体型なのもあり、人の背に隠れてしまえばはぐれてしまいかねない。


 細心の注意を払っていた時、アリアは草履を履きなれていないのもあってか、歩きづらそうにしていた。


「……アリアさん、手、自分でよければ握っておいてよ」


 唐突な誘いにアリアは頬を赤らめ、こちらを見てきていた。

 陽は、はっとなって、周囲をそっと横目で見てから、ゆっくりとアリアを見る。


「その、他意はなくて……アリアさんがはぐれても自分が困るから……」

「大丈夫よ。多く言わなくても伝わっているわ。どこか抜けた紳士さん、エスコートをお願いするわ」


 陽は照れる気持ちを隠しつつ、静かにうなずいた。そして、重ねてくれた小さな手を、優しく包み込む。

 視界をあげて前を見れば、真夜は立ち止まっていてくれたらしく、微笑ましい笑みを浮かべて見守っていたようだ。


 陽は恥ずかしくなりながらも、アリアと顔を見合わせて、本堂へと向かうのだった。



 本堂に着けば、月明かりも相まって、映る屋根は神聖な雰囲気を醸し出している。


 真夜の後に続いて、陽とアリアは礼節の備わった作法を真似するように、鐘を鳴らしてから、両手を合わせて二人で頭を下げた。


(アリアさんと今後も仲良くできますように)


 エゴであると自覚しておきながら、今の自分が持つ最大限の欲を気づけば願っていた。

 会者(えしゃ)定離(じょうり)という言葉も存在しているが、陽としてはお断りだ。


 清らかに沈めた心を揺らすように、陽はそっと瞼をあげて、横目で隣を見た。

 隣を見れば、アリアは未だに願い事をしているようで、穏やかな仕草で目をつむり、静かに合掌をしていた。


 気づけば笑みをこぼしている自分は、アリアに何を願っているのだろうか。



 願い事を終えてから、陽はアリアと共に、本堂の横で真夜から小銭を渡されていた。


「私は挨拶周りをしてくるから、これで好きなものを買ったり、出店を見て回ったりするといい」

「お父様、ありがとう」

「こんなにも優しくしていただき、感謝しかありません」

「アリアさん、そんなにかしこまらなくてもいいんだよ。私はただ、陽と息子の愛しき子の喜ぶ顔が見たい、ただの親バカだからね」


 自覚があるなら抑えてくれ、と言いたくなったが、感謝する気持ちが勝っているので心の中にしまっておく。

 真夜は「少しの間のデートを楽しむといい」と言い残して、本堂の方へと消えていった。


 アリアと手を繋ぎなおし、陽は小さなデートを楽しむことにした。


 アリアと一緒に、周囲を見て回ろうとしたところ、近くにおみくじ屋があったので、まずはそこで運気を確認していく。



 おみくじ屋から、食べ物屋台を巡った後、二人で木陰に立って休憩していた。


 おみくじに関しては、陽が『ほねぬ吉』で、アリアは『愛しき大吉』という、よくわからない結果で終わっている。

 遠まわしに、自分がアリアに骨抜きにされている、と称しているのなら……おみくじの魔の手は確信をついているだろう。


 アリアが大満足なご様子だったので、これには陽もついつい頬が緩んでしまうというものだ。


 近くに居る人が悲しむよりも、楽しんでいる姿は何事にも代えがたい、美しき時間なのだから。それは、人の持つ共感力が高ければ高い程、もろに影響を受けやすいように。


 休憩をしている際、陽は手にもっていた、アリアが飲むために買ったコーンスープを手渡した。


 いろいろな出店が集っている中から、陽はたこ焼きを買っている。


「意外と美味しいな」

「あら? 私の手料理と、そのたこ焼き、どちらの方が美味しいのかしら?」

「……アリアさん、もしかして焼きもち?」


 美味しそうに食べた陽にも問題はあると思うが、アリアから指摘されるとは思わないだろう。


 どうなのよ、と言いたそうな目で見てくるアリアに、陽はそっと息を吐きだした。


「当たり前だけど、自分はアリアさんの手料理が好きだし、一番美味しいって感じてるよ」

「恥ずかしいのに、嬉しい言葉ね」


 陽は笑みを浮かべつつも、たこ焼きを一つ頬張った。

 味付け無しの具材そのままの味だけで満足できるのは、星の数の中から選ばれてくれてありがとう、という感謝の気持ちしか湧くはずがない。


 ふと気づけば、アリアがジッと見てきていた。その瞳は、たこ焼きを食べてみたい、と言っているようだ。


 陽は笑みをこぼし、たこ焼きが落ちないように一つ食べやすいサイズを箸で掴み、アリアの方に容器と共に近づける。


「アリアさん、分けて食べた方が美味しいから、どうぞ」

「……いただくわね」


 アリアは片手に紙コップを持ち、片手で髪を避ける仕草をしながら、たこ焼きを口に頬張った。

 口に含んだ瞬間、うっとりとしたように目を細めているので、吸血鬼である彼女の口にもあったのだろう。


 そして、アリアが頬を抑えてみせるものだから、凝視していた陽は思わぬ矢が心に刺さっていた。


 幼女であるアリアの愛らしさに、可愛い食べ方の仕草を見て、心を揺られない筈が無いのだから。


(やっぱり、アリアさんの可愛さには敵わないよ……)


 陽自身、アリアの可愛い仕草は目に余るほど辛い時もあるくらいに、今では虜になっているとも言える。

 それを口に出せない時点で、真夜からはまだまだ、と紳士としては評価されるのだろう。

 口に出した方がよい事、口に出さない方がよい事、それを区別できる者は一握りの才能とすら言える代物だ。


 考え事をしていれば、アリアがお返しと言わんばかりに、コーンスープの入った紙コップを差し出してきていた。

 またアリアは、何があったのか理解できないが、頬を赤らめている。


「ほ、ほら……お返しよ……分けた方が美味しいのでしょう? と、とにかく、飲んでみなさいよ」

「……アリアさん、怒ってる?」

「怒ってないわよ。とやかく言わないの、ほら」


 陽は紙コップを受け取り、躊躇なく嗜んだ。また、アリアはサラッとたこ焼きの入った容器をもっており、後ほど食べようとしているらしい。

 コーンのまろやかさに、夜の冷たい風で冷えていた体に丁度いい温かさは、心地よい感覚そのものだろう。


 紙コップから口を離せば、アリアが恥ずかしそうに見てきていた。


「白井さんは、本当にどこか抜けている紳士さんね」

「アリアさん、どういうこと?」

「……見て、気づかないわけ……」


 アリアが紙コップから目を逸らしながらボソッと呟いたので、陽は慌てて持っていた紙コップを見た。


(やらかした)


 陽は思わず手で顔を抑えたくなった。

 持っていた紙コップ、というよりも口をつけた箇所には、口紅でついたアリアの口跡があったのだから。


 間接キスは何度かしているが、目に見えてわかる現実に陽は頬を赤くするしかなかった。

 今思えば、自分の使った箸でアリアにたこ焼きを食べさせた時点で、間接キスは完遂していたのだろう。


「その、アリアさん、ごめん」

「別に気にしていないわよ。このたこ焼き、美味しかったから頂くわね」

「左様ですか。アリアさんの好きにしてください」


 結局、陽の使った箸で美味しそうに食べるアリアは、からかいたかっただけなのだろうか。

 陽は自分を誤魔化すように、コーンスープを口にした。


「……甘いな」

「ふふ、どういう意味かしらね」

「おやおや、二人共仲がよさそうで何よりだよ」


 声がした方を見れば、真夜がにこやかな笑みを浮かべて近づいてきていた。


「お、お父様! いつからそこに?」

「ついさっき来たところだよ? 確か『意外と美味しいな』っていう話からかな」

「ほぼ全部聞かれていたのね」

「陰から見てた?」

「もちろん。息子が彼女と仲良くしているのは、親として嬉しいからね」


 親バカすぎて、陽は言葉がでなかった。

 アリアがたこ焼きを食べ終えたのを見計らってから、神社のお祭りを十分に楽しんだという事で帰路を辿っていく。


 アリアとの距離感は変わっていないが、握った小さな手を離さないようにして。


「……アリアさん、また来ようね」

「……約束よ」


 アリアが何か言いたそうだったのだが、来年も共にいる約束をした陽は、恥ずかしくなって上の空だった。

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