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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として

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37 幼女吸血鬼の胸の温かさを忘れないように

 ショッピングモールから戻った陽は、夕方過ぎに一階へと下りた。

 一階へと近づけば、ティーカップが静かに当たる音と、聞きなれた二人の声が耳を撫でてくる。


「……お父様にアリアさん、何してるの?」


 二人で話していたのは見ればわかるのだが、問題はそこではない。

 アリアと真夜はダイニングテーブルの方の椅子で向かいあって座り、優雅に紅茶を飲んで話に花を咲かせていたのだから。


 アリアを取られるかも、という嫉妬をしているわけではないが、陽も少しは独占欲がある方だ。


 陽としては、アリアがどうして着物姿なのか、というのが疑問である。


 アリアが家の中で、柔らかな赤色の着物と、一体感を出す黄色の帯に、金縁で囲われたピンクと白色の羽をもつ蝶柄の着物を着ているとは思わないだろう。


 後ろ髪に関しては自分で結んでいたのか、中央はストレートヘアーを活かしたまま、左右から三つ編みで伸びて中央に向かう形をしている。また、服屋ではゴム紐でまとめていたが、今は結び目の中央に小さな赤いリボンが着用されていた。


 前髪にはしっかりと鈴の付いた椿の髪飾りをしており、服屋で見たままの姿となっている。


 疑問に思っていれば、真夜は紅茶を口に含んでから、ゆっくりとその場で立ち上がった。


「陽、ズレなく二分以内で、今日着用した着物を着て、出かける準備をしたまえ」

「……どういうこと?」

「ふふ、白井さん、細かい調整ならしてあげるわよ」


 訳は分からないが、準備をすればいいのは確かだ。

 準備をする為に、陽はそそくさと二階へ向かった。


(なんだか、良いように扱われているような……?)


 微笑ましい表情をした真夜と、穏やかな笑みを浮かべていたアリアは、自分の知らぬ間に意気投合でもしたのだろうか。



 二分以内に準備を終えてから、鏡の前で姿を確認していた。


 アリアと同じく、陽も着物姿をしている。

 落ち着いた雰囲気を出す濃い藍色の羽織に、灰色の袴で本格的な着物となっていた。

 羽織はアリアと違って柄は無いが、上半分が濃い藍色で、下半分が白色のグラデーション仕様となっている。


 目立つ気は無いのだが、見た目が出る杭状態なので、外に出れば目立つのは確定だろう。


 また陽は、ズレなく、と真夜に言われておきながら盛大にずれていたので、アリアの手を煩わせる羽目になったのだが。


 アリアが待っていました、と言わんばかりに深紅の瞳を輝かせていたので、完璧じゃなくて良かったのだろう。


(これが、自分か)


 現在陽は、壁に備えられた大きな鏡で自身の姿を見つつ、鏡に映らないアリアに後ろから身なりと髪型を調整されている。


 一応の事も考えて、学校で陽が苦しまないように、とアリアがヘアワックスやアイロン、櫛を使って見栄えを変えてくれているのだ。


 整えられていく髪は、真夜のような七三分けではなく……適当に跳ねていた毛はなめらかなまとまりを生みだした。そして垂れていた前髪は、クールな雰囲気を持って生まれ変わり、なびくように均一な感覚を持って視界に晴天を生み出している。


 どうかしら、と目で伝えてくるアリアに「ありがとう」と感謝した。


「これでバレても大丈夫よ」

「バレること自体よくないような?」

「あら? 私は他者よりも、あなただけを見ていたいから良いのだけど?」


 目に見える本当の敵は、近くに居たようだ。

 ふと気づけば、静観していた真夜が、手を鳴らしながら近づいてきていた。


「……お父様」

「白井さん、あまりお父様を警戒しちゃダメよ」

「いや、警戒はしてないんだけど」

「これじゃあ、おせっかいを焼かれている、というよりも、もはや新妻だね」

「に、新妻!?」


 何から何までアリアのお世話になっている自覚はあるので、陽は反論ができず、頬を赤くするしかなかった。


 新妻、という言葉を真夜から聞くとは思っていなかったので、その驚きも隠せないでいる。

 陽自身、付き合う恋愛を理解していないが、アリアに母親らしさを感じたことは何回もあるのだから。


 母親と言うよりも、母性を感じた、妻らしさの方が近いのだろうか。


(……母親、か)


 心に潜む闇に首を振れば、新妻という言葉に反応したアリアが「にい、づま……」と恥ずかしそうに頬を赤らめているのが見えた。


 その時、真夜は微笑ましそうな笑みを浮かべ「車で待っているよ」と言い残して家を後にした。


 陽は、残されたアリアの顔を見て、もう一度鏡を見る。


「白井さん……どんな自分が映っているように見えるかしら?」


 わざとらしく聞いてくるアリアは、真夜に入れ知恵でもされたのだろうか。


「……アリアさん好みの髪型に仕上げられた、アリアさんだけの姿である自分かな」

「は、恥ずかしいことをサラッと言えるの、どこか抜けた紳士さんらしいわね」


 アリアは思っていた返答とは違っていたらしく、先ほどよりも分かりやすく頬に赤いお化粧をしていた。


 陽自身、今でも自分への評価は低いが――アリアが着飾ってくれた髪型は、アリアにだけ捧げる紳士である自分の姿だと胸を張れる自信がある。


 今はアリアにだけだが、いずれはこの姿をお披露目する日が来るのだろうか。

 スーツを身にまとった自分の姿とは違う、アリアに手を加えられた自分の姿を。


 その時、頬を赤らめたアリアが、こっそりと耳元に口を近づけてきていた。


「白井さん、似合っていて、とてもかっこいいわよ」


 アリアから囁くように言われた褒め言葉に、陽はのぼせていき「あ」や「え、う」と言葉にならない声が出ていた。


 アリアに褒められるのは未だに慣れないので、陽は耐性が出来ていないのだ。また、着物姿を褒められるとは思わなかったのもあり、二重の意味で破壊力は抜群である。


 陽は息を吸い、ゆっくりと脳に酸素を送って熱さを沈めた。

 次は自分の番だ、と言い聞かせて、陽は深紅の瞳を一直線に見つめる。


「アリアさん……」

「何かしら?」

「上手く言えなかったことなんだけど――その着物、アリアさんによく似合っているし、清楚な美人な感じがあって……とても可愛いよ」


 相変わらずの下手な褒め言葉であるのは自覚しているが、陽にとっては、アリアに送れる最大限の褒め言葉だ。


 アリアを可愛いと思わなかったことは無いが、口にしづらかっただけだ。

 幼い容姿にあるあどけなさに、一緒に寝た時にあったどこか無防備な一面も、愛らしさに可愛らしさがあるのは間違いないだろう。


 気づけば、アリアは恥ずかしくなったのか、目を逸らしているが、頬はしっかりと赤くなっていた。


「……馬鹿、ずるいわよ」

「どっちがずるいんだか。自分からすれば、おせっかいも焼けて、褒めることも忘れていないアリアさんの方が、海よりも広いずるさを持っているよ」


 ずるいわよ、と言っておきながら照れているアリアに、陽は思わず鼻で笑っていた。


 どこにいくのか聞けば、内緒、と教えてくれないアリアは可愛いものだろう。


 付き合っていないのに異性でここまで近いのはアリアだけであってほしいものだ、と陽は不意に心の中で願っていた。


 気づけば、アリアは吸血鬼ありきの八重歯をチラリとみせ、にやりと口角をあげていた。

 そして、向かいあえばゆっくりと距離を詰めてくる。


「白井さん、ありがとう。始まる夜のこの後を、一緒に楽しみましょうね」

「うん。アリアさんとなら、自分はいつでも楽しめるよ」


 その時、急にアリアは陽の手を取り、自身の胸の中心へと触れさせてきたのだ。

 なめらかな着物感触の間を縫うように、小さな鼓動が、触れた手に確かな熱を感じさせてくる。


 急な出来事に陽が驚いていれば、アリアは深紅の瞳をうるりとさせ、じっと見てきていた。


「どこか抜けた紳士さん……この温かさ、私も同じだから、忘れない事よ」

「……急に胸に触れさせられたんだ……忘れるはずが無いよ」

「それじゃあ、白井さんのお父様を待たせているのだし、早く行きましょうか」


 アリアに手を引かれるまま、陽は軽い足取りで玄関へと向かう。


 その際にアリアから「もし、さっき触れたのが布一枚の柔らかさだとしたら?」と真実か嘘か分からない茶化しをされ、陽は困惑して顔を赤くさせるのだった。

 ちなみに、ちゃんと着ていたようなので心配はいらなかったようだ。

 アリアの冗談に少し期待してしまった自分は、心の奥深くに眠るだろう。

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