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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として

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36 映し出すものが真実なら、宝石のような花を咲かすだろう

「……一般の服屋にこんなところが」

「壁の裏に隠されたもう一つのお店。普通なら考えられないわね」


 諸々の買い物を終えてから、真夜の誘いであった場所へと来ていた。

 最初は、何の変哲もない高級な服屋に入るだけかと思ったのだが、陽たちは更に奥の方へと案内されたのだ。


 壁が回ってドアのように開けば、今居る場所――中央にカウンターテーブルが置かれたこぢんまりとした空間に、入り口から見て横の壁の四か所に木製のドアがあるルームへと案内されたのだ。


 専用のルームであるのは理解出来るが、一般のショッピングモールに設置されているとは思わないだろう。

 無論、関係者以外への口外及びに立ち入りは禁止のようだ。


 カウンターテーブルには、明らかにこのスペースのオーナーらしき人物がいる。また、従業員が四名ほど立っているので、さしずめ真夜の予定の範囲だろう。


 アリアと二人して驚きを隠せないでいると、真夜が堂々とした振る舞いで前に立ってみせた。


「陽にアリアさん、見えているものだけが真実とは限らないんだよ」

「お父様、自慢げに話すのは良いけど、ここには何をしに?」

「ああ、言ってなかったね。君たちには、私からの思い出の品として、あるものを着てもらおうと思ったのだよ」

「本質は意地でも隠しているのね」

「人聞きが悪い。……振る舞いも大事だが、心と共に育むのには、身なりも大切だろう?」


 真夜がかぶれたような紳士姿なので、反論できないのも事実だ。

 真夜は確かに他者共に認める紳士ではあるのだが、息子である陽からすれば恐ろしいものこの上ない。

 普通の紳士が、からくり仕掛けのお店を複数所有する必要が無いのだから。


 陽が以前使用した、ルミネセンスを応用した発光するビー玉がいい例だ。


 アリアは納得したのか、なるほど、と言わんばかりに頷いている。


 ふと気づけば、一人の従業員が近づいてきていた。


「では、アリアさんから採寸を頼むよ。くれぐれも、レディの素肌、服装への取り扱いは水滴を割らないように注意してくれたまえ」

「ええ、理解しております。では、アリア様、こちらの一番試着室へどうぞ」


 アリアは握っていた陽の手を離し、一番の試着室へと向かおうとした。

 女性の従業員の後をつける寸前で、アリアは笑みを浮かべて振り返って見せる。


「白井さん、私が出てきた時に、花言葉の一つでも準備しておくのよ」

「……わかった」

「おやおや、陽は随分とアリアさんに気に入られているじゃないか。細かなおせっかいを焼いてくれる彼女を、たまには労うんだよ」

「分かってるよ。というか、自分が気に入られているの?」


 陽自身、実際はアリアと一緒に居る、という気持ちが強いだけで、彼女に気に入られているのかは理解出来ていない。


 一歩を踏み出せているけど、踏み抜くのが怖いのだ。


 まだまだ未熟だな、と言いたそうな真夜に、陽は目を逸らした。

 陽だって理解している……アリアの気持ちは、自分で確かめて、近づくキッカケを作らないといけないのだと。

 それでも陽は、気づかないフリを、勘づかないようにしている。


 首を横に振った時、カウンターテーブルの方から声が聞こえてきた。


「白井陽様、二番の試着室が空いていますので、そちらにどうぞ」

「いや、彼は今年初の採寸だ。一番で採寸しないのはいかがなものかと思うね。そうだな、待っている間にあの試着室を借りるよ」


 にやりと口角を上げたオーナーらしき人物に、陽は首を傾げるしかなかった。

 間取りを理解しているかのように歩く真夜を追い、陽も後を続く。


 真夜が指定したのは、一二三、と番号が振られているドアの中で、唯一番号が振られていない部屋だ。


(……なんだ、この部屋? お父様が借りたい理由って?)


 部屋に入ると、テーブルと一輪の花が少し開けた空間に置かれていた。

 一応、この部屋でも採寸は出来そうだが、どちらかと言えば密談をするようだろう。


 靴を響かせた反響から察しても、部屋は防音となっており、外部に音を逃がさないようになっているようだ。

 四部屋全て同じ構造だと思われるが、この部屋だけは異質と言える。


 真夜の後についていけば、ロウソクの燭台が設置された壁で足を止めた。


「陽、まだ気づかないか。渡したメガネをつけるように言っただろう」

「お父様、怒っていないのはわかるんだけど、何を見せたかったの?」

「そこの燭台を引いてみなさい」

「……こう?」


 陽は、言われるがままロウソクの燭台を手前に引いた……というよりも、斜めになって固定された。


 歯車がかみ合う音がするのと同時に、燭台の隣の壁に隙間が生まれている。

 驚きを隠せないでいれば、真夜がそっと横に腕を出して下がらせてきた。


 その瞬間、陽の居た場所にかざるように、壁が半回転してみせる。


 壁が裏側を向ければ、壁一面が鏡となっていた。

 お店前で見るショーケースとは程遠い、もはや水晶体とも言えるほどに反射した巨大な鏡だ。また、しっかりとした品のあるデザインの額縁になっているので、細部にもこだわりが見えている。


「陽、家にある鏡も同じ原理だ。必要とあれば、入るのを許可しよう」

「……お父様の書斎はその奥にあるんだね」


 真夜がうなずいたので、間違ってはいないようだ。

 興味本位で鏡の前に立ってみれば、しがない男の姿がポツリと映っていた。


 その時、真夜はゆっくりと歩を進め、陽の横に立ってみせた。


「君は、この鏡に何が見える?」

「……自分が映ってる」


 と、答えれば、真夜はメガネをくいっと上げている。

 そして真夜は「私には」とひと息置き、表情一つ変えずに後ろをゆっくりと歩いてみせた。


「何事にも真剣で、真面目で、周りからの困難にすら立ち向かい、勇敢な意思を持つ少年が見える」

「……自分が?」


 陽はあくまで、自分に対しては否定的だ。

 他者から評価をされた場合は、素直に受け入れた方が良い、というのも理解している。

 陽自身、他者よりも自分が優れている力を幼少期から育んできたのは、誰よりも理解しているし、誰よりも苦しんだつもりだ。


 苦しんだ先にあるのが、希望であろうと、絶望であろうと、生きた自分に出会ってしまう結果が同じなのも。


 陽が肩を落とせば、真夜は優しく肩に手を置いてきた。

 そして笑みを浮かべ、顔をあげた陽と一緒に、鏡へと映って見せる。

 鏡に映った二人を見れば見るだけ、自分への自信のなさが垣間見えるようだ。


 紳士であるなら堂々と振舞ってみせよ、というのは今の陽にとって酷な話である。


「――確かに過去は辛かったかもしれないが、今は、彼女が居るから、陽という自分を形成し始めてるんじゃないかい?」

「自分を、形成」

「そうだ。私は陽に紳士になる事を強要していなければ、教えを説いたに過ぎない。宝石は埋もれていれば輝かない。だが、空気に当たり、光に当たり、初めて輝くんだ」


 それから真夜は「自分を必要としてくれる人に会えたのだろう」と囁くように言ってきた。


 陽はただ、うなずいた。

 確かに陽は、臆病なのに正義感が強く、根暗なところはあるだろう。それでも、紳士としての振る舞いをするのは、どこか抜けた紳士だからこそ会えた、彼女が居るからだ。


 紳士としてか、自分としてか、を悩んでいた自分に、小さな光を差し込ませてくれた彼女が居たから。


 気づけば、鏡の自分は笑みを宿していた。

 迷いは抜けていないが、先ほどよりは気楽そうな陽の姿だ。


 鏡を見ていると、真夜が笑みを浮かべていることに気が付いた。


「そういえば、彼女は人間じゃないようだけど、陽は気付いているのかい?」

「え、お父様、アリアさんが人間じゃないって見抜いていたの!?」

「陽、鏡は真実しか映さない。水鏡でも同じく、気づけないようなら注意力が散漫している証拠だ」

「……精進します」


 陽は思った、この人には何をやっても勝てないんだ、と。


 真夜が、アリアを吸血鬼であるのを見抜いているのかは不明だが、少なくとも話は早いだろう。


 長話もなんだから、と真夜と共に部屋を後にすることにした。



 部屋を出れば、丁度採寸が終わったのか、一番のドアが開いた。

 そして姿を見せた彼女に、陽は息を呑み込んだ。


「あら……し、白井さん、その、この姿、どうかしら?」


 出てきたアリアは正月に合わせてなのか、着物姿となっていたのだ。

 柔らかな赤色を主として、金縁で彩られた白色とピンクが羽に使われている蝶柄の着物を着用している。そして、黄色の帯を使用することでまとまりを見せているようだ。


 アリアの身長が小学生くらいなのを考慮してか、振袖は短めにされ、歩く時の邪魔にならないようにしているようだ。また、ただ単に短くしたのではなく、アリアの上品さを損なわないようにしているのか、彼女の立ち振る舞い一つで着物との一体感が生まれている。


 近くで見れば見るだけ、モデルの人がショーの為に歩いている、と誤認してもおかしくない程だ。

 現に陽は、採寸前のスタイリッシュさを忘れさせるほどの彼女に見惚れてしまい、上手く声が出ない。


 またアリアは、言葉と同時に軽く回って後ろまで見せてきた。


 着物姿に見惚れてばかりで気づかなかったが、髪型も新調していたらしい。


 アリアの髪型はストレートヘアーを主にしたまま、後ろで左右から三つ編みにしてまとめている。

 そして正面を見ると、前髪には鈴のついた椿の髪飾りをしており、深紅の瞳と相まって更なる魅了をしてきているようだ。


 吸血鬼であり、幼女体型のアリアが、伝統ある人間味のある着物を着てここまで美しくなれるのは、彼女の隠れた努力のたまものだろう。


 陽は知っている……アリアがこっそりと、というよりも、肌や髪のケアが完璧である事を。

 生まれ持っている形もあると思うが、努力を欠かしていないからこそ保てる美と共調し、彼女は宝石のような美しさを自分の物に出来ているも同然だ。


 ふと気づけば、真夜は笑みを浮かべてこちらを見てきていた。


(……お父様が何も言わないのは、自分を信じているからだ)


 陽は息を吐き、ゆっくりと一歩を踏み出し、アリアに近づく。

 アリアは驚いた表情を見せたが、目を柔らかな半開きにし、言葉を待ってくれているようだった。


 そして陽は、彼女の小さな手を静かに取る。


「アリアさん、言葉で言い表すのは難しいけど……赤色の着物に蝶柄は、アリアさんの雰囲気に合っていると思うし、後ろの左右から結んだストレートヘアーも可愛いよ」

「あなたって……包み隠さずよく言えるわよね」

「うん。アリアさんになら、どこか抜けた紳士としてじゃなく、自分の気持ちで褒めたいから」

「し、白井さんの、気持ち、で……」


 陽は率直な想いを述べたのだが、アリアにとっては重かったらしい。

 アリアは頬を赤らめ、そっと視線を逸らしていた。


 それでも陽が取った手を離す気はないらしく、上がる体温が恥ずかしいと伝えてきているようだ。


「陽、アリアさんは充分そうだから、ここではそれくらいにしておくといい。周囲に花を咲かせているのだからね」


 周りを見ながら言う真夜に続いて周囲を見渡してみれば、聞いていた従業員の方々が微笑ましそうに見てきていた。

 中には、あらあら、と言いたそうな、アリアの採寸をしていた従業員が口を隠しているほどだ。


 陽ははっとなり、そっとアリアにだけ聞こえるよう、彼女の耳に口を近づけた。


「アリアさん、上手く言葉に出来なかったから、家でもう一度褒めさせて」

「……白井さん、私の気持ちが持たないわよ。その、私が白井さんに弱いのは気づいてる?」


 恥ずかしそうに暴露するアリアに、陽は驚きを隠せなかった。

 陽自身、弱いのは自分だけだと思っていたので、まさかお互いがお互いに弱いとは思いもよらないだろう。


 小声で話したから気づかれていないが、これはアリアと二人きりの秘密にしたいものだ。


「さくらんぼの諸君、お話は済んだかね?」

「え、ああ、大丈夫……」

「動揺するのもいいが、次は陽の番だよ」


 真夜は付け加えるように「一番の試着室で頼むよ」と笑顔で採寸する方々に声をかけていた。

 ふと気づけば、アリアがこちらの手をぎゅっと握りなおし、薄っすらと紅をつけた頬で笑みを咲かせていた。


「白井さんの初姿、楽しみにしているわよ」

「アリアさんの期待に応えられるように、着こなして見せるよ」


 陽は恥ずかしさを忘れるようにして、アリアの手の感触を覚えてから、一番の試着室へと向かうのだった。

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