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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として

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35 幼女吸血鬼の神髄

「いらっしゃいませ。白井様、お待ちしておりました」

「休日にすまないね。久しぶりの出会いを楽しみたいと思って、ついついわがままを言ってしまったよ」

「滅相もない。本日は完全貸し切りですので、ごゆっくりと時間の赴くままに堪能していただければ幸いでございます」


 現在陽とアリアは、真夜の誘いもあり、少し離れたショッピングモールに来ていた。

 元旦でどこも閉まっているとばかり思っていたが、父親がこんなこともあろうかと貸し切りにしていたようで、少ない従業員に盛大なお出迎えをされている。


 ぱっと見た感じ、このモールの従業員も居るようだが、半分ほどは真夜の知り合いで補っているようだ。


 真夜が紳士といえ、ここまで度が過ぎているのも、息子として恥ずかしさがある。


 真夜に挨拶をした白髪のオーナーらしき人物が下がれば、真夜はこちらへと振り向いた。


「陽にアリアさん、私をいない存在として扱って二人のデートだと思ってもいいし、ほしいものがあれば何でも言ってくれたまえ」

「この親バカが」

「白井さん、あまりお父様に強い言葉を使うものじゃないわよ。お気遣い感謝します」


 微笑ましそうな笑みを浮かべている真夜に、陽は呆れるしかなかった。


 陽自身、別に父親である真夜を尊敬していないわけではない。

 礼節に所作、洗練された立ち振る舞いに、ユーモアな知的センスと、見習うべき箇所は多々あるのだから。


 ただ一つ、盛大な親バカ、という陽が幼い頃からの欠点を除いてだが。


 陽もたまに派手な行いをするのは、この父親の血筋ありきだろう。


 ふと横を見れば、アリアはきょろきょろと周りを見渡していた。

 アリアは吸血鬼なので、人間の多いショッピングモールに近寄ったことがなかったのだろうか。


 陽がアリアを見ていると「先に食事にしようか」と真夜が言ってきたので、二人は顔を見合わせ、設備されているレストランに向かうことにした。



 お昼ご飯を食べ終えてから、モール内を見て回っていた。


 貸し切りなのもあって人は従業員しか居ないが、広々とした空間は、実は人が居るのではないかといった好奇心を刺激してきている。


 また今の陽の心は、アリアの手料理を食べなれているのもあってか、満腹であるが空のような感覚に陥っていた。

 食事中に感づいたアリアから『手料理はいつでも作ってあげるわよ』と幼い子を宥められるように言われた始末だ。


(……アリアさんの行動。凛としてはいるけど、幼くて守ってあげたくなるんだよな)


 アリアは興味深いのか、上を見ては下を見て、横一列に並ぶお店を見ては瞳を輝かせている。

 真夜をいない存在として扱っているかは不明だが、アリアは自分らしく振舞っているのだろう。


 その時、きょろきょろしているアリアの体が震えていることに陽は気が付いた。


「……アリアさん、よろしければ、お手をどうぞ」

「白井、さん……」


 震えたような声で言うアリアは、広すぎるお店が好きでは無いのだろうか。

 白色のシャツに、派手さの無いジーンズ、上から羽織るようにカーディガンを着用してスタイリッシュさの中に愛らしさがある彼女は、吸血鬼であっても人間味があるようだ。


 陽はアリアを怖がらせないように、ウサギを撫でるかのように、自然な動作で背を低くし、彼女に手を差し伸べた。


 アリアは驚いた様子を見せたが、安心したのか、陽の手にゆっくりと小さな手を重ねた。


 その手を離さないように、優しく包み込み、陽は温めるようにぎゅっと握っておく。


(み、見られてた……)


 ふと気づけば、真夜が微笑ましそうに見てきていた。

 アリアも気づいたのか、瞬時に頬を沸騰させたかのように赤らめ、気まずそうに目を逸らしている。


 その時は、真夜は見抜いていたのか、何処からともなく飲み物を取り出し、陽とアリアに渡してきた。


「その、真夜さん……」

「どうかしたのかい?」


 真夜はアリアの心配そうな声に勘づいてか、ゆっくりと視線を合わせてみせた。

 何気に相手との距離を詰めつつも、紳士の振る舞いを忘れていない真夜は、どこまでお見通しなのだろうか。


 おそらく、ホモと恋羽の二人をかけて足したとしても、真夜の領域に踏み入る事は不可能だろう。


 アリアは口ごもった様子を見せてから、深紅の瞳で真剣に真夜の目を見ているようだ。


「……貴重な親孝行の時間に、私がご一緒でよかったのでしょうか」


 しょんぼりした様子で肩を落としているアリアは、こちらを気遣ってくれていたのだろう。


 陽も考えとして抜けていたが、アリアに、父親とはあまり会う機会がない、と話したのだ。

 だからこそアリアは、自身の家族関係に棘を見せても、他者の家族への考慮をしっかりと行う、切り替えができるタイプなのだろう。


 自分は自分、私情は私情、といったように、他と切り離して考えられるタイプ。


 真夜はアリアの言葉を聞いてから、ゆっくりと立ち上がった。


「私は紳士であり、一人の父親でもある」


 真夜の言葉は、耳にタコができるほど、嫌という程聞いた座右の銘ともいる迷言だ。

 真夜は近くを緩やかに歩き、こちらを見てきた。


「だからこそ、過去も未来も、たった一人の息子を愛しているのだよ」

「お父様、本人の前で言う事?」

「陽、言わなければ伝わらない、双方の勘違いだってある。沈む豪華客船や、毎度必ず撃ち落されるヘリに、陽はなりたくないだろう?」


 独特な例えに、陽は呆れるしかなかった。

 マニアックなのか、現実なのかは不明だが、分かってしまうのは酷と言うものだろう。


 陽が苦笑いしていれば、真夜は話を続けた。


「それに、アリアさんが居る方が、陽も嬉しそうだからね」

「白井さん、そうなの?」

「……えっと、その……」

「それくらいはっきり言いなさいよ。……この、馬鹿」

「うん、仲が良いようで何よりだ」


 飛んできた流れ弾に恥ずかしくなったが、これが答えだよ、と伝えるようにアリアの手をぎゅっと握っておく。


 言葉では恥ずかしいが、アリアへの想いが無いわけではない。


 幼女吸血鬼であるアリアとは、今はただ、一緒に過ごせればいいというエゴがあるだけで。


 目を逸らしていれば「家族、温かい」とアリアが消え入りそうな声で呟いたのが、陽の耳に確かに聞こえてきた。


 アリアの家族関係は不明だが、こんな子と父親の会話で温かさを実感してもらえたのなら、何よりだろう。

 言葉に救いがあっても、現実は探し続ける暗闇に染まってしまうのだから。


 ふと真夜を見れば、にこやかな笑みを浮かべ、俯瞰するようにこちらの様子を見ているようだ。


 一応、真夜にはアリアの事情、吸血鬼であることを除いて話してあるので、あえて触れないのだろう。


「話もほどほどにして、二人のほしいものを見つつ、頼んである物がある所に行こうか」

「頼んである、ところ?」


 頭がこんがらがりそうだが、陽はアリアの手をしっかりと握り、心の赴くままに向かうことにした。

 アリアと近づきつつある、確かな糸で自分を手繰り寄せる音に気持ちをゆだねながら。

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