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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として

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34 幼女吸血鬼と超人紳士の出会い

(……本当に、アリアさんの隣で)


 朝から、陽はぎこちなかった。

 アリアは夜の出来事を覚えていないのか、満足そうな笑みを浮かべて、昨日作っておいた料理を頬張っている。


 朝になって起きた時、アリアは確かに隣に居た。また、ご満悦そうな表情で寝起きの陽を見ては、頬をぷにぷにと触ってきていたほどだ。


 考えていないのか、それともこちらの精神を試しているのか……アリアにしか分からず、陽は頭を悩ませるしかなかった。


 アリアからは『一緒に眠ったご感想は?』と茶化されたくらいなので、彼女の考えていることは本当に理解できない。

 感想は一応述べたのだが……無論、彼女の下着の色が見えてしまった事は口にしていない。

 彼女からの印象を崩したくないのもあるが、忘れたいという陽のエゴが勝っているのだから。


 朝から際どい刺激を受けたのもあって、陽はアリアとの距離も相まってぎこちなくなっていた。


(……自分の考えすぎか)


 自分はアリアに弱い。その一言だけが、陽の冷静を保つようだ。

 彼女が気にしていないのなら良いか、と客観的な思考を陽は巡らせ、美味しい朝食に笑みを浮かべた。



 朝ご飯を食べ終えてから、時間が来るのを二人で待っていた。


 十時半きっかしに、チャイムが鳴り響く。

 ドアに向かい、鍵を開ければ、見慣れた人物が視界に映る。


「やあ、久しぶりだね、陽。元気だったかい?」

「お父様、久しぶり。うん。お父様は、相変わらず飛び回っている感じ?」


 そうだね、と言い、父親は手慣れた手つきで玄関に入り、黒色の革靴を律儀に揃えて上がる。


 簡易的な挨拶を交わしたのは陽の父親――白井(しらい)真夜(しんや)

 真夜は、鎧とも言えるズレの無い黒いスーツに身を包み、内側に白いシャツ、そして薄茶色のネクタイで雰囲気をまとめた、紳士の基本とも言える格好をしている。また、全てに特徴的なブランドのロゴがこっそり入っているので、世界で一級品の代物だ。


 しっかりとした着こなしに、四角いメガネを身に着け、優雅な振る舞いを雰囲気からでも真夜は感じさせてくる。

 陽の目指す先にある紳士像は、父親あり気なのだ。


 整った顔立ちに、整えられた七三分けの黒い髪は、一ミリの隙すら見せていない。

 傍から見れば近寄りがたい雰囲気ではあるが、紳士という枠からすれば、これが普通なのだろう。


 また何を隠そう、真夜は幼い陽に紳士の基本と所作を叩きこんだ、紳士兼師匠であり親バカだ。


「ところで、陽の愛しき子はリビングに居るのかい?」

「うん。……愛しき子!?」

「何を驚く必要がある? 人として生きているんだ。陽くらいの青年に好きな子ができてもおかしくないだろ?」


 真夜の場合、アリアと違って言葉で茶化しをしているのではなく、振る舞いそのものがユートピアなので、陽は反応に困ることが多々ある。

 父親であるが、陽からすれば雲よりも空よりも遠い存在だ。

 この振る舞いを見習えれば、アリアとの空間に少しでも弾んだ空気を生みだせるのだろう。


 アリアが困らなければ、という思いをしつつ、陽は真夜を案内するのだった。



 リビングのドアを開けると、アリアは何やら準備をしていたらしく、キッチンの方から静かに歩いてきた。


 アリアと真夜が相向かえば、アリアは見上げるように真夜の顔を見ている。真夜は陽よりも身長が高いので、アリアの頭二つ以上の身長差となっていた。


 真夜を前にして、なめらかな動作で軽く一礼して見せる。

 真夜は驚いた様子を見せたが、すぐさま同じく会釈して見せた。


「初めまして。アリア・コーラルブラッドさんだね。息子の陽から話は聞いているよ」

「白井さんのお父様、初めまして。息子さんと一緒に住まわせていただいている、アリア・コーラルブラッドです」

「おっと、自己紹介をしていなかったね。私は白井真夜、普段は離れているが陽の父親だよ。気安く真夜と呼んでくれれば嬉しいよ」

(アリアさん……なんでお父様に適用できてるんだ?)


 笑みを浮かべて話す二人に、陽は首を傾げるしかなった。


 普通であれば、真夜を見て怖気づく人が居るのだが、アリアはそっち側の人間ではないらしい。

 流石は主、と言ったところだろう。


 ホモですら物怖じする真夜と対等に話せるアリアは、真夜からしても貴重な存在なのかもしれない。

 ふと気づけば、二人は世間話をしているので、とっくに適合できているらしい。


(……すごいな)


 目の前に立ち相向かっている、紳士である真夜と、幼女吸血鬼であるアリアの二人を見て、陽は内心でため息をついた。

 手の届かない二人の存在が居て、自分は何なのだという心の迷いに。


「すぐにお茶ができますので、先にソファに腰をかけていてください」

「そんなに謙遜しなくても大丈夫だよ。コーラルブラッドさんは自分らしく振舞えばいいのだからね」

「聞いておりましたが……変わりませんね。アリアでいいですよ」


 と、アリアは言い残して、キッチンの方へと向かって行った。


 二人の会話を聞くに、真夜の方が一方的に面識でもあったのだろうか。

 アリアと真夜の関係は知らないが、少なくとも互いが互いを探っているのだろう。


 首を傾げて見ていれば、真夜が近づいてきていた。


「アリアお嬢様、良い人でよかったじゃないか」

「……自分にはもったいない程だよ。お父様、アリアさんを知ってたの?」

「それは彼女から聞くといい。二人は油と水の関係ではないだろう?」


 わかりやすい言葉で話してくれるのはありがたいが、真夜のユニークさには付いていけないと、陽は再度わからされるのだった。



 準備が終わってから、ソファ前のローテーブルを挟むようにして、クッションのスチール椅子を二つ用意した。そして、それを合図かのように、アリアは音も立てずにお茶を提供していく。


 お茶を置く仕草すら洗練されているアリアは、お手本とすら言える所作を持っている。


 真夜の目を見ても、アリアを称賛しているのが理解できる程だ。


 本来であれば、お茶は陽が用意すべきなのだが、先を越されてしまっては感謝しかないだろう。

 アリアの座ったタイミングで腰をかけると、真夜はにこやかな笑みを浮かべていた。


「お父様、そう言えば何で来たの?」

「ああ、戦闘機でかっ飛ばしてきたよ」

「……本当に?」

「冗談だ。実際は自家用ジェットから車に乗り換えてきたんだよ」


 これまた嘘じゃないのが、突っかかりにくい真実だ。


 戦闘機は武装をしていない状態で、真夜の会社が密かに保有しているので、知っている陽からすれば心臓に悪いジョークだ。


 また埃を叩くように出てきた自家用ジェットは、真夜が全てをこなせる超人的な紳士だから保有しているのだろう。


 陽が真夜のジョークに呆れていれば、アリアがこっそりと耳に口を近づけてきていた。


「白井さんのお父様、初めて話したけど、ユニークな方ね」

「……ああ。呆れるほどの親バカだから。アリアさん、疲れたら無視しても良いからね」


 そんな失礼はだめよ、と言いたそうな視線でみてくるアリアに、陽は思わず頭を下げた。


「陽とアリアさんは随分と仲が良いようだね」


 微笑ましそうな表情をしている真夜は、アリアとの関係を何だと思っているのだろうか。


 それから陽は一応の事も考えて、真夜に寝泊まりする場所を聞いておいた。


 真夜曰く、アリアの事も考えて、近くの職場に泊まろうとしていたらしい。多分だが、男二人の空間で心配事が増えないように、という紳士思考の考慮だろう。


 しかしアリアが問題ないという事で、自分の書斎で眠るようだ。

 陽としては、この家で過ごしてから書斎を見たことがないので、疑問が頭に思い浮かんでいる。


 心配であった、アリアが真夜に馴染めるか、という心配は無くなったので、陽は心が楽になっていた。

 人によっては親の印象で関係が崩れるとも聞いていたので、そこを一番心配していたのだから。


 過去の出来事を考えれば、警戒しない理由が無いのだ。



 二人が話を楽しそうに進めている中、陽はお茶を啜った。

 ふと気づけば、真夜は壁に備え付けられていた大きな鏡の方を見てから、陽とアリアを視界に映しているようだ。


「そう言えば、君達はこの後予定があるのかい?」

「自分は無いかな」

「私も白井さんと同じく、特にないですね」

「そうか。じゃあ、出かけるとしようか」

「……出かける?」


 年明けである正月。ましてや一日なのもあり、陽の頭にはハテナしか思い浮かんでいない。

 アリアの方を見れば、アリアも疑問だったのか、こちらを見てきている。

 陽がアリアと顔を見合わせて首を傾げている時、真夜はひっそりと口角を上げたのだった。

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