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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として

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33 無防備な幼女吸血鬼を部屋にお持ち帰りしたら

 もう少しだけ一緒に居たい――その一言が、陽の動きを止め、空間に静寂を訪れさせていた。


 年明け早々、一緒に居たい、と初めてアリアから言われた我がままは、陽の心を貫いている。

 陽自身、この数ヶ月でアリアとの距離は縮まりつつあるし、一緒に居たい欲求だって湧いている。

 それでも、紳士としての自分が許すはずもなく、想いは心の扉の前で足踏みだ。


 アリアを支えていない手を握り締めれば、確かな痛みに、現実を教えてくる。

 自分とは一体、自分はアリアに何を求めてしまっているのか、といった一人で悩むことしか出来ない種が芽生えてしまう。


 自分を持っているつもりだが、本性を隠しているだけで、アリアに申し訳ない気持ちだって湧いている。


 父親であれば、と考えるのではなく、自分だったらどうしたら、と考えるのが先決だろう。

 言葉が言霊であれば、動く感覚は直感であり、自分の経験や本能そのものだ。


 悩んでいれば、深紅の瞳でアリアがじっと見てきていた。

 そして先ほどまでは生えていなかった、コウモリの羽を顕現させている。

 チラリとみせる小さな八重歯がとろける表情と相まって、アリアの幼さを伝えてくるようだ。


(……アリアさん、寝ぼけてる?)


 寝言は寝てから言ってほしいのだが、今のアリアに言葉は届かないだろう。

 今にでも眠ってしまいそうな程に、彼女は頭をこっくりこっくりとさせている。また、陽がアリアを支えているが、背から腕を離してしまえば、今にでもこちらの腕の上で眠ってしまいそうだ。


「その、アリアさん、眠いのなら寝た方が?」

「やっ」

「いやいや、やっ、じゃなくて」

「うーん……一緒……」


 離したくないとばかりに小さな手で袖を握ってくるアリアに、陽は思わず尻込みした。

 ぷくりと頬を膨らませて見てきているアリアは、恐らく簡単には引き下がらないだろう。


(……この状況、一体どうすれば)


 陽自身、アリアに弱いのもあるが、アリアがここまで幼い様子を見せてくるとは思わなかったのだ。

 眠気によって引き出された、気を抜いたアリア本来の姿、と言ったところだろう。


 陽は、カーディガンの下に長袖の白いベビードールを着たアリアからそっと目を逸らし、案をゆっくりと考えた。


 一・このままアリアの我がままを通して無理をさせる。

 二・アリアの機嫌を取って、満足させる。

 三・おとなしくベッドで眠ってもらう。もしくは、部屋に帰らせるか。


 まず、一の案は無しになる。

 昼前に父親と会うのを考えれば、アリアに無理はさせられないし、疲れた様子を見せられては紳士の隅にも置けない羽目になってしまう。


 二に関しては、機嫌を取るのはまず不可能だろう。

 アリアの機嫌が良いのを保つには、二人で一緒に居る事だ。すなわち、一と同じ運命をたどりかねない。


 そうなると、少なくとも三が最適解になる。だが、アリアが眠る様子を見せるには、部屋に戻ってもらうためには、といった悩みが再燃する。


 陽はゆっくりと息を吐き出し、先ほどからゆさゆさと揺れて柔らかな風を起こしている羽を見た。


「アリアさん、とりあえず羽をしまってもらってもいい?」


 アリアが寝ぼけて、羽がくしゃくしゃになってしまっては本末転倒だ。

 アリアを大事にしたいと思っている陽からすれば、尚更重要視する問題である。


 アリアは理解してくれたのか「ううん」と喉をならして羽を消して見せた。

 不安は一つ解決したので、問題はこの後だろう。


「横になった方が楽だと思うから、そろそろ部屋に戻った方がいいんじゃないかな?」

「じゃあ、白井さんのお部屋に行くのぉ……」


 本来であれば断りたいが、アリアの願いを叶えつつ、ゆっくりと休ませるには承諾するしかないだろう。

 陽自身、部屋に見られて不味いものは置いていないため、アリアが入るのは問題ない。


 ただ、アリアが男の部屋で休めるのか、といった不安が残るだけだ。


(……とりあえず、取って食べるわけじゃないし、アリアさんをお持ち帰りするか)


 お持ち帰りというワードは、幼女体型のアリアに対して使う言葉ではないため、罪悪感が湧き出そうだ。


 気づけば、アリアは動きたくないのか、抱っこ、と言わんばかりに腕を広げていた。


 抱っこするのは流石に違う気がするので、陽はゆっくりとアリアの背に回した腕に力を入れる。

 そして自身がソファから下りてアリアの前にいき、彼女の膝裏に腕を入れて持ち上げた。


 お姫様抱っこされたアリアは幼女なのもあって、陽の体にすっぽりと収まっている。


 アリアは心地よいのか、陽の胸元に顔を近づけては、頬をすりすりとして体温を実感しているようだ。


 甘えてくるアリアに、陽はむず痒さがありつつも、アリアの意のままに自分の部屋へとお持ち帰りしていく。



「アリアさん、自分の部屋なんだけど……眠れそう?」

「白井さんの匂い……」


 道中、アリアが首筋をハムハムしてきたので、唇の熱が消えずに残っている。

 そしてアリアは部屋に着くなり、陽の手から下り、勝手にベッドで横になっていた。


 腕に寄り掛かったり、首をハムハムしたりといった事実は、アリアが起きて話したら、信じられないといった顔でもするのだろう。


 枕に顔を埋めて鼻を鳴らしているアリアは、反則も反則。こちらへの心臓の負担を考慮しないといったばかりの、我がままお嬢様そのものだ。


 その時、陽はアリアを横の方から、実際は斜めから見ていたことを後悔した。


(……え……黒、見え……やらかした)


 動揺した頭には、単語しか思い浮かばなかった。


 アリアが仰向けになろうと体をくねらせた時、陽の目は確かに捉えてしまったのだ。

 見る気が無かったとしても視線がいってしまったのは、男の性というものだろうか。


 アリアが軽く足をあげた瞬間に浮いたスカート部分が、彼女の下着を確実に見させてきたのだ。また、アリアはベビードールを着ているのにも関わらず、被せ着ではなく直で着ていたらしい。


 下着の色が黒色であった、というのは事実だ。

 幼女体型のアリアなのも相まってか、大人の雰囲気を持つ黒を着用しているのは、陽に対しては破壊力抜群の一手である。


 白の中に宿りし黒色は、陽の脳裏に暫くは焼き付いたままだろう。


(ごめん。アリアさん。でも、自分は確かに男だったよ。……こういう時は、ごちそうさまでした、でいいのかな?)


 今でも角度を変えれば絶対に見えるのだが、陽は心に誓ってもする気はない。

 不慮の事故であったが、ベビードールが透けないタイプの布地である事に感謝しておくべきだろう。


 陽はアリアに何があったか聞かれても、これだけは記憶の奥底にしまっておくだろう。彼女の尊厳を傷つけないためにも、自分の欲の弱さを抑えるためにも。


 胸の奥に宿る興奮を静かに吐き出した時、アリアがジッと見てきていた。

 変な目で見てきていないので、アリアは眠気に負けて気づいていないのだろう。


「うーん、いっしょ」

「……え?」


 ふと気づけば、アリアは頬を膨らませ、横をぺちぺちと叩いていた。

 アリアの行動からするに、一緒に寝てほしい、という我がままだろうか。

 アリアにはできれば年相応の行動を取ってほしいが、今は所謂幼児退行、と言うものだろうか。


 アリアの眠気については知らないことが多すぎて、陽は困惑する一方だ。

 目を半開きにして見てくるアリアは、眠そうなのにも関わらず愛らしく、心臓を静かに刺激してきている。


 幼女なのも相まって幼く見え、謎の犯罪臭に陽は頭を悩ませた。

 アリアが騒がない限りは犯罪……というよりも、合法的に大丈夫だと思うので、心配はしたくないだろう。


「……少しだけ、隣失礼するよ」


 陽は悩んだ末、アリアに触れないようにしつつ、ベッドに腰をかけた。

 そして興味本位で、ゆっくりとアリアの顔を上から覗き込む。


 アリアはとろけたような表情をしており、瞳を潤わせ、甘い誘惑をしてきているようだ。


 付き合っていないのに心を揺さぶられるのは、金輪際アリアだけだろう。


 口元をとろけさせながら見上げてくるアリアに、陽は息を呑んだ。


(……ちょっとだけなら、いいかな?)


 気づけば手は伸び、アリアの頬を指で優しく触れていた。


 指先には熱を帯びた頬から伝わる、アリアという少女の温もり。


 プリンのような弾力に、吸いつくような潤いのある素肌は、指にしっとりと絡みついては押し返してくる。


 アリアはくすぐったいのか、喉を鳴らしては、ふにゃりと口を開いて笑みを浮かべているようだ。


 頬を突っついただけで起きた、このあどけなさ。それは、国宝、至宝と言っても過言ではないだろう。

 無論、アリアが可愛いのは今に始まったことでは無いので、その可愛さは殿堂入り級だ。


 その時、アリアは眠気が限界を迎えてきたのか、陽の指を離さないとばかりにぎゅっと握っては、自身の頬にすりすりと当ててきた。


 思わぬ光景に、陽は顔に手を当てて、首を横に振るしかなかった。


「え? うわっ」


 不思議な事態に気を抜いた、その時だった。

 突如としてアリアはこちらの体に腕を回し、力任せに横にさせてきたのだ。

 腰をかけていた距離感は一変し、今ではアリアの息がかかりそうな程に顔は近づき、鼓動は音を速めている。


 アリアの腕を振りほどこうにも、陽がつぶれない程度の威力で抱きしめているようだ。それは、意地でも離さないといった思いが伝わってくるほどに。


(アリアさんの顔が、近い。近いけど、まじかで見ると、可愛いって言われてた理由がわかる気がする)


 アリアに見惚れ、抱き枕状態にされていれば、小さな寝息が聞こえ始めた。


 アリアを可愛いと思っていたのも束の間……アリアは顔を向かい合わせた状態で目をつむり、陽を抱き枕にしたまま眠ってしまったのだ。


 アリアと近いのは落ちつかない。また、彼女の腕を振りほどけない以上、どうしようもないだろう。


 陽としては、アリアの胸がぴっとりと体に押し当てられているせいで、小さいふくらみを確かに感じてしまい、正常を保つだけで精一杯だ。

 それでも彼女を襲わないように、お互いに安心できるように、気持ちを切り替えてみせる。


「――アリアさんと同じベッドで一緒に眠るしかないか。……アリアさん、今日はお疲れ様。今年はありがとう。来年もまたよろしく……おやすみなさい」


 アリアが喉を鳴らして反応するので、陽は鼻で静かに笑った。


 そしてアリアを起こさないように、指を鳴らす。こんなこともあろうかと、指の音に反応し、部屋の照明を消せる仕組みを用意しておいたのだ。


 照明が消えれば、開いていたカーテンから月明かりは差し込み、青白い光が鮮明に部屋を照らしている。


 年明け早々に驚きの出来事ではあるが、彼女の傍なら、安心して眠りにつけるだろう。

 陽は欲を、考えることをやめ、ただ心地よい体温に身をゆだねるようにし、瞼を閉じた。

 アリアと手を繋ぐ夢を見られるように、と小さな願いを思いながら。

※陽はアリアに手を出していませんのでご安心を?

どちらかと言えばアリアさんの方が手を出している事実。

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