30 正月の予定と過ごし方
クリスマスシーズンが過ぎれば、世間は色を変え、年越しムードで染まり始めていた。
年明けを迎えるための準備や、人によっては準備が済んでいるなど、人様々な色で染まる時期とも言えるだろう。
そしてクリスマスが終わって少し経った日、陽はアリアと一緒にソファに座っていた。
ソファに二人で座る、というのは慣れてきたが、陽は未だにぎこちなさが残っている。
陽が用意したココアを嗜みながら飲んでいるアリアは、こちらへの警戒よりも、食への好奇心が勝っているのだろうか。
現在アリアの服装が、いつもの白いパフスリーブブラウスの上から薄緑色のカーディガンを羽織った服装となっている。
陽としては、アリアの姿が幼くも眩しく見えているため、隣に居るのもあって落ちつかないのだ。
「……そう言えば、アリアさんは正月の予定、何かあるの?」
気を紛らわせるために近々の話題を振ったのだが、アリアは硬直したようにマグカップを持って固まってしまった。
深紅の瞳をぱちくりとさせ、こちらを見てきている。
アリアは数分止まった後、マグカップを静かに置いた。
アリアは予定を聞かれたくなかったのか、人差し指を頬に当てて悩んだ様子を見せている。また、チラリとこちらを見てくる瞳は、上目遣いなのもあってむず痒さを感じさせてくるようだ。
「正月に帰省の予定……というより、予定自体無いに等しいわね。白井さんが大丈夫なら、家でゆっくり過ごさせてもらおうと考えていたくらいよ」
アリアに予定が無いのは予想外だが、アリアが家に居たいと思えるくらいの空間になっているのは嬉しいものだろう。
アリアの家族関係や吸血鬼関連については、今までの顔色からも考えて、予定の案として深入りする気はない。
アリアとはお互いがお互いをどう思っているのかは口にしていないが、少なくとも悪い関係ではないようだ。
その時、アリアが不思議そうにじっと見てきていることに陽は気がついた。
「そういう白井さんはどうなの?」
「自分も、予定は特にないかな……」
帰省することになったとしても、今は帰省をする気が無いと突き通してしまうだろう。
今の陽には、アリアと過ごしたい、という小さなエゴが芽生えているのだから。
アリアの年単位で見れば、たかがひと時の時間かも知れない。だが、自分にとっては輝く宝石と言っても過言ではないと言い切れる。
アリアが他人の家で一人暗闇に居る事になるくらいなら、自分が彼女の光になりたいほどだ。
(……帰省、か)
陽自身、現状は自分が生まれた土地から離れているが、帰る時が来るのなら、この手を握る相手が居てくれると気持ちが楽なのだ。
過去への恐怖や悲しみではない、ケースの中にいる人形としての自分を燃やすためにも。
ふと気づけば、アリアはココアを嗜み、笑みを浮かべていた。
「ふふ、お互い退屈はしなさそうね」
「そうだね。自分はアリアさんが一緒に過ごしてくれてから、退屈を感じたことはないよ」
「……不意打ちは駄目よ。馬鹿」
何故かアリアに罵倒されたが、彼女なりの褒め言葉なのだろう。
一緒に居る時間が長くなったからこそ、なんとなくでも陽はわかるようになったのだ。
手の仕草、瞳の動き、頬の色、その全てが彼女を形作っているようで、気づくと目が引かれてしまう程に。
傍から見れば、好きという恋愛感情らしいが、陽にとってはありえない言葉だ。
恥ずかしそうに頬を赤らめているアリアを見て、陽はゆっくりとココアを口にした。
アリアに入れたココアよりは苦めにしているが、とても甘く感じさせてくる。
ココアを飲み慣れていないからなのか、ソファで一緒に座るのが慣れていないせいか。もしくは、良からぬ感情が紳士としてではなく、陽自身の想いを先行させているのだろうか。
理解できない感情に首を振った時、陽はある事を思い出した。
「あ、そうだ。アリアさん、正月にお父様が来る予定なんだけど、会う?」
「……え? 白井さんの、お父様が?」
自身の予定は無いが、陽は父親が予定として入れているのを忘れていたのだ。
そうだけど、と陽が首を傾げれば、アリアは驚いたように目を丸くしている。
普通に考えると、唐突に付き合ってもいない男の父親に会うか、と聞かれれば驚くのも無理はないだろう。
陽の感性がずれているだけで、アリアの反応が正しいのだから。
また家族事情を時折話すアリアと違い、陽が親の事情を話したのは最初に看病された時だけなので、彼女からすれば謎に包まれているに等しい状態だ。
「白井さん、そもそもよ……私と一緒に住んでいること、あなたのお父様は知っているのかしら?」
「ハンドクリームと称した日焼け止めの件で話は通してあるよ? 見たことがないメーカーだったのは、オーダーメイドっていうよりも、お父様の仕事柄のせいかな」
「淡々と話しているけど……どこか抜けているのは、親子の血筋と言うものかしら?」
父親に話を通さなくとも、いずれは知られていただろう。
アリアは呆れたのか、そっと息を吐き出してマグカップを手に取っている。
彼女が吸血鬼であるのは話していないが、家に住む者が増えたら話してほしい、と父親に言われていたので話したに過ぎない。
呪縛や緊縛、無駄な干渉をしてこないからこそ、父親の礼儀をわきまえた行動を見習っているのだ。
「まあ、普段は滅多と会えないから、行事の時にこうして集まる機会を得てる感じなんだ。それに、お父様もアリアさんに会ってみたい、って言ってたから良い機会かなって思ったんだ」
「子ども思いで、優しいお父様なのね」
「……うん、本当に、礼節で品のある紳士だよ。まあ、筋金入りの親バカだけどね」
陽が親の事を話す度に嬉しそうな笑みを浮かべるアリアは、家族関連の話を聞くこと自体は嫌では無いのだろう。
陽自身、親の仕事柄を全て知っているわけでも無く、他と違う雰囲気を持った印象くらいしかない。それでも、アリアが楽しそうに聞いてくれるから、陽も気兼ねなく話せるというものだ。
ココアで喉を潤しつつ、視界にそっとアリアを映した。
「お父様に会えるのもあるけど……こうしてアリアさんと年越しを迎える予定の話ができて嬉しいよ」
今までの自分なら、暗闇で一人寂しく、ぼんやり外を眺めていただろう。
それでも今は、過去に一括りのしおりを挟み、今という一ページを開けて前に進んでいるのだ。
過去を今年に置いて進むのか、来年に持って希望の芽に変えるかは、自分次第だろう。もしくは、秘密を話す時が来たのなら、未来は変わるのかもしれない。
小さな希望とも言えるランタンが先導し、道行く自分を照らしてくれているのだから。
「ふふ、私を褒めても、出てくるのは料理だけよ」
「アリアさんの料理はいつでも食べたいほど美味しいから嬉しいよ。今年最後の料理もだけど、来年も楽しみだ」
口からこぼれ出る本音は、来年も作ってもらいたい、と伝えてしまったようで、陽は思い返して恥ずかしさがあった。
陽が頬を指で掻けば、アリアは小さく微笑んで見せた。
「気が早い紳士さんに嬉しそうにされるのは、悪くないわね。安心して、来年もしっかりと栄養やバランスに気をつけて作ってあげるわよ」
「神様、仏様、幼女のアリア様の懐の広さは底知れないです」
「ふふ、あなたがどこか抜けていて助かるわ」
褒め方が良くなかったのか、この後に陽はアリアに褒め方を叩きこまれるのだった。それでも、お互いの表情に一切の陰りは存在していなかった。




