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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として
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03 幼女吸血鬼の甘やかしは度を知らない

(……自分は、寝ていたのか?)


 瞼の裏に差し込んでくる明かりは、寝起きに重い一撃を与えてくるようだ。

 陽はぼんやりとした脳を動かしつつ、瞼をあげ、ゆっくりと周囲を見渡した。


 体は倦怠感があるものの、動けるくらいには治っているようだ。


「あら、目が覚めたかしら?」

「……え、なんでアリアさんが?」


 思わず口から疑問が飛び出せば、アリアはわかりやすく呆れていた。

 陽は思い返すように上半身を起こし、額に手を当てた。


 額に手を当てた時、ひんやりと手を伝う冷却シートが今までの出来事を全て教えてくるようだ。

 陽自身、体の気怠さに負けていたのもあり、アリアに看病されているのは夢幻(ゆめまぼろし)のようなものだった。


 はっきりとした視界に映る現状は、部屋に幼い美少女のアリアが居て、自分は看病をされていたという事だ。


「そっか、自分は看病されていたのか」

「思い出したようね。二時間ほど寝ていたようだけど、気分はどうかしら?」

「……大分良くなったよ」

「そう。嘘はつかない方が良いわよ?」


 深紅の瞳で見てくるアリアは、こちらが未だに倦怠感が強いのを見抜いているのだろう。

 ホモ然り、アリアもだが、他者の体調不良にこうも敏感なものなのだろうか。


 ふと気づけば、アリアは黒いストレートヘアーを揺らし、椅子から立ち上った。

 動向を目で追っていると、アリアはそっと陽の額に手を近づけ、熱を手で計っているようだ。


「……食欲はあるかしら?」

「少しは……」

「シチュー作ったけど、食べる?」

「えっ、アリアさんが?」


 逆に私以外誰が居るの、と言いたげなアリアの視線に、陽は申し訳なく思った。

 普通に考えれば、父親が家に来ることは約束日以外にないので、アリアが作った以外ありえないだろう。


 陽はアリアを見て、静かにうなずいた。


「分かったわ。温め直して持ってくるわね」

「ありがとう」

「あなたが気にしなくていいのよ。熱を測って、着替えるのなら着替える、体を拭きたければ桶に浸かったタオルを使うといいわ」


 アリアはそれから「食材は勝手に使わせてもらったわ」と言い残し、部屋を後にした。

 まるで嵐が通り過ぎるようなアリアのテキパキした行動に、陽は開いた口が塞がらないでいる。

 彼女が恩返しのつもりでやっているとはいえ、知らない男にここまでやるのだろうか。

 もしくは、自分が彼女の秘密を他人に話すかもしれない、と警戒されているのだろう。


 陽からすれば、他者の秘密を話すのは愚かな行為だ。そもそも秘密を話した時点で、紳士の風上にも置けない、と父親から絶縁されかねない。


(本当に、何でアリアさんはここまで優しくしてくれるんだ……?)


 頭の中には、アリアに対する疑問しか浮かんでいない。

 アリアは人間の容姿をしているが、昨日見たのが幻で無ければ、間違いなく吸血鬼だ。

 吸血鬼が長い年月を生きられるのであれば、こんな人間の短い命に付き合う道理はないだろう。

 数々の疑問が脳裏を巡っていると、静かにドアが開く音を立てた。


 ドアの方を見れば、アリアはシチューを盛ったお皿を手にして、その場で立ち止まって陽を見ている。

 アリアは、何もせずにベッドの上で考え事をしていた陽に呆れているのだろうか。


「白井さん、熱くらいは測ったのかしら?」

「いや、測ってない……」

「体調を整えるにもまずは身体からよ。体温計はそこに置いてあるから、今のうちに測る事ね」


 アリアはそう言いつつも、湯気が立ち昇ったシチューを近くのサイドテーブルに置き、枕の横に置かれていた体温計を手に取って差し出してきた。


 陽は感謝の言葉を口にして受け取り、体温計をそっと服の下に潜り込ませた。


(アリアさん、動揺しないで見ていられるのか……)


 普通の女性であれば恥ずかしがりそうだが、アリアは慣れているのか、ただ呆れたような視線を送ってきている。

 人ではない、という概念が生まれそうだが、今の彼女は少なくとも人間ではあるだろう。


 体温計の音が鳴り、静かに取りだしてサイドテーブルに置いておく。


「何度だったの?」

「三十八度……寝れば治るかな」

「……あなた、冷静なのね。まあいいわ。ほら、シチューよ」

「え、ああ……作ってくれてありがとう」


 アリアからシチューを受け取ろうとしたのだが、アリアはどうも渡す様子を見せない。

 それどころか、木製のスプーンでシチューを混ぜ、こぼれないようにゆっくりと掬っていた。


 そのスプーンの行く先は、アリアの口、ではなく自分の方だ。

 陽の方を見てくる深紅の瞳は、陽の姿を反射し、赤い海を輝かせては泳がせているようだ。


「……え?」

「ほら、口を開けなさい。子どもじゃないのだから、それくらい理解できるでしょう?」

「手は動くし、自分で食べられるんだけど……?」


 陽の中で、自分が間違っているのだろうか、という疑問が込み上げてきている。

 今の状況は、学校の生徒からすれば、願ってもないシチュエーションに違いないだろう。


 しかし陽としては、紳士である節度を守りたい気持ちと、今の自分が崩れ去るのは防ぎたいと思っている。

 人間関係、人との繋がりは行動から生まれるのだと、嫌というほどまでに重々理解しているのだから。


「そう? あなたは紳士とは言え学生……遠慮することは無いのよ?」

「アリアさん、ちょいと強引すぎないか?」

「あら、殿方は強引くらいが好きだ、って聞いていたのだけど、あなたは違ったのかしら」


 アリアは微笑みながら言っているが、シチューのお皿を持った手を零れないように下に伸ばし、スプーンを構えている。


 陽自身、これ以上断って相手を不快にさせたくない、という思いが勝ち始めているので、ゆっくりと息を吐き出した。


(……きっと、人生でこれが最初で最後だから)


 陽は自分に言い聞かせ、静かに口を開けた。

 アリアはそれを合図と受け取ったのか、木製のスプーンを近づけ、口の中に優しくシチューを運んでくる。


 口を閉じれば、スプーンがするりと口の合間から抜け、シチューだけを口内に置いて行った。


 シチューが口の中でとろければ、コクのあるまろやかな風味がハーモニーを奏でている。

 そこから溶け出す野菜の汁の甘みは、まろやかな美味しさを更に加速させているようだ。口の中で味わった後、飲み込んで喉を通せば、じんわりと口中香が込み上げてきて味わい深い世界へと誘ってくる。


 シチューのまろやかなコクに香り、パサリとせず溶ける繊維のようなお肉に、野菜の深みある甘み……人の手で作ったシチューの中だと、間違いなく歴史ある味と言える代物だ。


 陽は口の中のシチューを飲み込んだというのに、残る美味しさに思わず笑みをこぼしていた。


「これ、すごく美味しい」

「……そう、よ、よかったわ」


 アリアは褒められると思っていなかったのか、動揺した様子が目に見て理解できる。

 安堵したような笑みを見せたアリアは、褒められるのが嫌では無いのだろう。


「あ、味わうのもいいけど、冷めないうちに早く食べなさいよ」

「……ツンデレ?」

「要らないの?」

「いえ、食べます、食べさせてください」

「仕方ないわね」


 アリアがお嬢様系吸血鬼なのか理解できなくとも、陽は今が幸せの気持ちで満たされている。

 偶然とはいえ、これ程までに美味しいシチューに辿りつけたのだから。アリアに食べさせられているからではなく、純粋に美味しいシチューを。


 アリアから自分の手で食べさせてもらえないが、運ばれる一口一口を味わうように、陽はゆっくりと食べ進めるのだった。

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