29 幼女吸血鬼と聖夜に舞い降りる贈り物
「し……さん……」
ぼんやりとした意識の中、自分の名前を呼ぶ、聞きなれた優しい声が聞こえる。
重い瞼をゆっくりと上げれば、頬を赤らめ、深紅の瞳をうるりとさせて見上げている少女――アリアの姿が視界に映った。
「白井さん……おはよう……くすぐったいわよ」
気づけばうたた寝していたらしく、自分の太ももの上で寝ていたアリアに多い被りそうになっていたらしい。
「……アリアさん、おはよう」
「おはよう、と言ってもほとんど夜よ。……それと、伸ばした手を見た方がいいわ」
「手?」
寝起きの頭は考える気が無いらしく、アリアに言われるまま陽は自分の手を見た。
アリアが右側から膝に落ちてきたのを辿れば、右腕の行先は驚くべき光景を映し出している。
伸びた手の行く先……それは、アリアのお腹の方だったのだ。
服の上からだとしても、手は完全にお腹を触っており、ブラウスの滑らかさとは違う、確かな温かさを伝えてきている。
陽は顔が真っ青、というよりも焦りの感情が先に出ていた。
冷や汗どころか、寝起きに悪い光景を目にしてしまったのだから。
アリアが頬を赤らめていたのは、間違いなく自分がアリアのお腹を触ってしまっていたせいだろう。
寝ぼけていたとしても、彼女の体に触れてしまったのは事実である。
陽は慌てて伸ばしていた手を戻し、アリアの目を見た。
アリアは逃げようとしないらしく、頭を陽の太ももに預けたまま、笑みを浮かべて見上げてきている。
「その、勝手に触ってごめん……」
「眠っていたのだから、仕方ないわよ。それにしても、眠っているどこか抜けた紳士さんの手は正直ね」
「え、いや、自分はアリアさんをそんな目で見てないから」
「大丈夫、からかっただけよ。それとも、もっと触れてみたかったり?」
ないから、と言えば、アリアは何故か残念そうにしながら、ゆっくりと体を起き上がらせた。
女の子は体型を気にしているあまり、お腹を触られるのが嫌だ、と聞いていたがアリアは大丈夫なのだろうか。
アリアは傍から見ても体型は整っているし、学校では誰もが認める程の美少女と名高い幼女だ。
アリアが吸血鬼であったとしても、女の子である事に変わりはないので、陽の心には罪悪感が湧いている。
視線で茶化してくるアリアに、思わず目を逸らしていた。それでも、触れていた手を握り締めれば、離れない熱が温もりを伝えてきている。
陽が罪悪感に駆られていれば「あっ」と鈴を転がす声がした。
アリアは目を覚まして気が付いていなかったのか、アリアの近くに突如として置かれている、青いリボンが巻かれた赤色のギフトボックスに目をやっている。
「……これは?」
「何だろう? アリアさんの近くに置かれてたし、開けてみればわかるんじゃない?」
「ば、爆弾が入ってたらどうするのよ……」
「……愛ってこと?」
恋羽さんみたいなことを、と言いたげなアリアに、陽はそっぽを向いた。
恋羽と同じような発言をした自覚はあるが、陽からすれば誘導の一つにすぎない。
今はこちらにではなく、箱の方に意識を割いてほしいからだ。
陽の思惑が上手くいってか、アリアは箱が気になるようで、横目でチラッと陽を見ては、箱を開けたそうにうずうずしているようだ。
「警戒するようなものでもないし、開けてみるといいよ」
「……そうするわ」
アリアは好奇心を抑えきれなかったらしく、小さな手を箱に伸ばした。
輝く深紅の瞳は、幼いようで微笑ましく、何よりも愛らしさを伝えてくる。
箱はアリアの幼女体型からすれば少し大きかったらしく、女の子座りしているアリアが腕を回して、どうにか抱えられるくらいの大きさだ。
そして青いリボンは、アリアの手によって丁寧にほどかれ、赤いギフトボックスが姿を露わにしていく。
開けるわよ、と言わんばかりにアリアはこちらを見てきていた。
(アリアさん、ところどころ幼くて可愛いんだよな……)
幼い仕草に笑いかけた陽がうなずけば、アリアはゆっくりと腕を伸ばし、箱のフタに手をかけた。
フタが開かれれば、深紅の瞳は輝くような煌めきを見せる。
「クマの、ぬいぐるみ……? ……かわいい」
明るいブラウン色の毛をしたクマは、まん丸お耳に、つぶらな黒い瞳、首に赤いリボンをつけている。また特徴として、背中に小悪魔の羽が小さく添えられているのだ。
アリアは心の声が漏れたのか、装飾の無い、単純で柔らかな声を出した。そして、ふにゃりと目を細め、頬を緩ませてぎゅっとクマのぬいぐるみを抱き寄せている。
アリアは演技をせず、本当に可愛いと思って抱きしめているらしく、ご満悦そうな笑みを浮かべていた。
見ていた陽に対して上目遣いで見ては「白井さんには触らせてあげない」と、まるで物を取られたくない幼い子供のように言うので、陽は頬を赤らめるしかなかった。
(……アリアさんが喜んでいるのなら、何よりだ)
アリアが感づいているのかは不明だが、何を隠そう、プレゼントを用意したのは陽本人に過ぎない。
アリアが眠ってから暫くして、彼女を起こさないようにしつつ、用意して置いたプレゼントを何気なく置いておいたのだ。
クリスマスなので、所謂良い子にこっそりとプレゼントを贈る、夜な夜な白いひげを蓄えた親御さんみたいなものだろう。
張り切りすぎてしまった結果、仮眠してアリアに起こされる羽目になり、アリアのお腹に触れてしまう事態に落ちたわけだが。無論、こんなラッキーボーイに天からの贈り物はないだろう。
それでも、陽は内心ひやひやしていたが、アリアの喜んだ表情を見て花が咲き誇っている。
陽からすれば、彼女の喜ぶ笑顔が、何よりも大切な一ページになるのだから。
陽はアリアを見て微笑み、ゆっくりと息を吐き出した。
「アリアさん、サンタさんからのプレゼントはよかった?」
「……うん」
クマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、アリアは愛らしい笑みを見せてくる。
心を射抜くような笑顔は、彼女だからこそ心を奪われてしまうのだろうか。
彼女に対して恋愛感情が無くとも、人の幸福が自分の小さな動力源となるように。
陽は改めて、彼女が何歳であっても、アリアは女の子なのだと確信した。
最初からアリアを疑っていたわけではないが、今まで何かとおせっかいを焼く、凛と咲く花のような彼女の姿ばかり見ていたので、少なくとも認識が鈍っていただけに過ぎない。
アリアを襲わないだけで、陽もれっきとした男なのだ。
「これは?」
その時、アリアは箱の中から何かを見つけたらしく、手を伸ばして拾い出していた。
箱から姿を見せたのは、綺麗に折られた白い紙だ。無論、これも陽が用意したアリアへの手紙であり、部屋に帰ってから気づいてほしい代物であった。
一緒に過ごせている時間の感謝を綴った、慎ましい手紙だから。
「ふふ、今読もうかしらね。……それとも、後で読もうかしら。ね、白井さん」
「こっち見ないでくれ」
口角を上げて見てくるアリアに、陽はそっぽを向いた。
その時、アリアはぬいぐるみを抱きしめたまま、静かに立ち上がった。
見下ろすように見てくるアリアに、陽は思わず何か彼女の気に障ることをしたのか、と不安が込み上げてくる。
「……白井さん。……サンタさんの来ない、どこか抜けたちょっぴり意地悪な紳士さんには、私からプレゼントがあるわ」
アリアから告げられた唐突な言葉に、陽は驚くしかなかった。
悪い子にはサンタさんは来ないと思っていたが……今宵の幸せを響かせる、幼女吸血鬼の贈り物はあったようだ。
どこか抜けた紳士さんに送るプレゼントの話はカットになりますが、少し後の話にちゃっかりプレゼントされた物は入れてありますのでご心配なく……?




