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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として

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27 幼女吸血鬼の理想郷

「すごく美味しい」

「ふふ、見ていればわかるわよ」


 クリスマス当日、陽はアリアの作ってくれたお昼ご飯を食べていた。

 いつものダイニングテーブルで、お互いに向かいあって普通に食べているはずなのに、今日だけは特別な感覚が脳をよぎっている。


 お昼ご飯だというのに、昨日の夜ご飯の残りのシチューを使った料理、シチューオムライスが絶品も絶品。もはや、お昼ご飯に食べてもいいのか、という罪悪感が湧くくらいだ。


「このオムライス、味が単調にならないで楽しめるし、アリアさんの料理だから更に食欲が増すというか」


 白い世界にポツリと佇む黄色の大地は、一口食べれば卵の甘みとチキンライスの酸味がバランスの調和を保ったものとなっている。

 それだけでは普通のオムライスと変わりないが、シチューオムライスの真骨頂はここからだった。


 できた谷から流れ込むシチューはチキンライスと混ざり合い、ケチャップの酸味を主張しつつも、シチュー本来の優しい甘みで口内を包み込んでくるのだから。


 他にも、ゆでた野菜の盛り合わせポテトサラダも、手を取り合う美味しさを伝えてきている。


 ふと気づけば、アリアは褒められたのが恥ずかしかったのか、食べる手を止め、頬を赤らめてこちらを見てきていた。


「……い、いきなり褒めるのは、不意打ちにも程があるわよ」

「ごめん。嫌だった? その、アリアさんがお昼ご飯も頑張るって言ってたから、昨日から予行練習を……」

「本当に、天然なのか鈍感なのか理解できないわね。でも、白井さんに褒められるのは悪くないわ」


 笑顔を見せてくるアリアは、こちらの心をくすぐっているようでむず痒さがある。

 陽は嬉しい気持ちに種を植え、ゆっくりと食べ進めていく。

 お互いに遠慮をしない空間。それが、アリアとの関係を築けている証拠なのだろうか。


 食べ終えた後、ひと時の休息をアリアと過ごしていた。


 食後に紅茶を嗜む行為は、アリアの日課になっているようで、陽にも伝染するように伝わっているのだ。

 ルーティンの乱れは心の乱れ、とも捉えている陽からすれば、アリアの行動には目を見張るものがある。


 また昨日から座り始めたソファに二人で腰をかけているのもあり、未だに落ちつかない気持ちが騒めいていた。


 アリアと生活するのは慣れたとしても、お互いに同じソファに座るのはなかったのだから。


 何事も無いように紅茶を嗜んでいるアリアは、淑女としての冷静さや振る舞いが洗練されているのだろう。

 もはや自分よりも品性溢れるアリアの立ち振る舞いに、陽は頭が上がらなくなりつつある。


 自分らしくありつつ、それでいて横暴な素振りの無い、優雅で品の溢れる仕草や行動は、目指す頂点でありユートピアだ。


 気まずい感覚をどうにかしたい陽は、ソファを揺らさぬようにして、そっとアリアの方を見た。

 現在の彼女は人間の姿であり、艶のあるなめらかな黒いストレートヘアーに、深紅の瞳が特徴的だ。


 アリアもこちらの様子に気づいてか、ティーカップを置き、深紅の瞳で柔らかに見てきた。


「アリアさんは……主って言っていたけど、家事や料理、雑用とかを幅広く、自ら出来るから凄いよね」


 アリアは一息おいて、小さな微笑みを見せた。


「館に居た時は、確かにメイドとかが普段はやっていたけど、自分でもできるようにしているだけよ。できるようにした、というよりも私に忠実なメイド兼従者に教育された、の方が正しいわね」

「アリアさん、メイドさんと仲良かったんだ?」


 ええそうね、と言うアリアは、特に気にした様子はないようだ。


「あのメイドだけは、妹を除いて、あの館の中だと誰よりも親しかったわね」


 古い考えかも知れないが、メイドや執事はあくまで仕事関係であり、主とは距離を置く存在だと陽は思っていた。


 紳士としての振る舞いとは違い、メイドや執事は主や館に仕える関係であり、親しい仲とはまた訳が違うのだから。

 仕事が終われば関係も終わる、それほどまでに儚い夢だと言えるくらいに。


 言い分から聞くに、アリアに忠実なメイドは、よっぽどアリアと近しい存在だったのだろう。


 アリアが家族、というよりも主としての価値観や振る舞いの話には影を見せると知っていたが、陽はそれでも知りたい欲が勝っていた。


 初めて人を、アリアを知りたいと思えた、その日から湧いていた気持ちが。


「一通りできてたってことは、メイドさんの仕事を奪うことにならなかった?」

「館は数十人のメイドを指揮しないと回らないほど広いから、無かったと思いたいわね。まあ、確かに主らしさは無いかもしれないわね」

「……アリアさん、嫌なことを聞いてすまない」


 アリアが表情に曇りを見せたので、申し訳なく思ったのだ。

 本人の傷を抉るようであるのなら、本人の口から話されるまでは聞かない、という今までと同じ時間を過ごすのみだろう。


 アリアは目を丸くしてから、紅茶で喉を潤し、静かにティーカップを置いた。

 アリアの小さな息遣いですら、今の陽には鮮明に聞こえている。

 一息ついたアリアは、慌てたように手を横に振っていた。


「別に構わないわよ。遠慮をしないって条件は、こうやって聞くため、話すために入れたのでしょうし」

「まあ、本質はアリアさんとの過ごしやすい環境を作るのが目的だったんだけど……今だとそうかもしれない」

「ふふ、面白い人ね。そうね……明確な答えを言うなら『上の者が自ら前線を張って、後衛を導くため』と言ったところかしらね」

「自ら前線を?」

「そうよ。指揮する者が優柔不断、ましてや場を知らないで荒らされたら、付いてくる人も付いてこなくなるでしょう? 叱る時は叱る、しっかりと功績をあげられる場を作る、それが私の思う理想郷であって、願いなのよ」


 格差があったとしても、彼女が指揮する場所は、美しくも優しい音が奏でられていそうだ。

 見てみたいな、と思う気持ちがあっても、その機会は無いに等しいだろう。

 アリアとこうして話しているが、陽は人間であり、彼女は吸血鬼なのだから。


 言葉を交わすことが出来ている。それだけでも、月の照らす夜道と言える。


 アリアは紅茶を飲んでひと息つき終わったらしく、姿勢を正してこちらを見てきていた。


「白井さん、この後は遊ぶ約束でいいのよね?」

「そ、そうだね。……あ、遊ぶものを用意してなかった」


 啖呵を切っておきながら、用意することを忘れてしまうのは情けないにも程があるだろう。


 一応、部屋を探せば多少なりともあると思うが、ほとんどないに等しい現状だ。

 罰を受けても仕方ないと、重々承知している。自分から誘っておきながら、失態をさらけ出してしまっているのだから。


 アリアは呆れたのか、ため息を一つこぼした。

 それでも、柔らかな笑みを浮かべているアリアに、陽は思わず息を呑んだ。


「きっと抜けていると思っていたわよ。私が準備はしておいたから、それで遊びましょう」

「アリアさん、ありがとう」

「あなたがどこか抜けている紳士で良かったわ。準備していたら、逆に驚きを隠せなかったわよ」

「何気に酷くない?」

「事実を言ったまでよ」


 正論を突き刺してくるアリアに、陽はぐうの音も出なかった。

 ソファから立ち上がり、軽い足取りで準備をしようとするアリアを、陽は微笑ましく見るのだった。

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