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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として

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26 幼女吸血鬼と近づく距離

 二人が帰った後、片づけを終えた陽は、ティーカップに紅茶を注いでいた。

 紅茶を入れるのが多くなったのもあり、今ではアリアのお眼鏡に叶っている程だ。

 そしてアリアは、珍しくソファに腰をかけていた。


 ローテーブルは一つ残して片づけたが、ダイニングテーブルの椅子よりも、広々としているソファ付近の方が落ちつくのだろうか。


 陽は紅茶を入れたティーカップを持ち、アリアの方へと近づいた。


「アリアさん、今日はお疲れ様。二人の突然の対応はすまない。これ、よかったら」

「あら、気が利くわね。……白井さん、気にすることじゃないわよ」


 笑みを見せてくれるアリアに、陽は心から安堵した。

 テーブルにティーカップを置き、静かにアリアの方へと寄せる。

 小さな振る舞いではあるが、相手の手の届きやすい距離に寄せる動作くらい、今の陽にとっては息同然だった。


 アリアと出会わなければ、自然と身につかなかっただろう。

 繋がる偶然に、陽は心から感謝しておく。


 その時、アリアはこちらをまじまじと見てきていた。

 首を軽く傾げても、アリアは深紅の瞳をぱちくりさせるだけで、何を言いたいのか理解できない。


 自分の分の紅茶を用意しなかったのは、ホモに一気飲みをさせられたからだとアリアも知っているはずなので、観点はそこではないだろう。


 ふと気づけば、アリアは空いていた隣をポンポンと招くように手で優しく叩いている。


「えっと、アリアさん?」

「そんなところに突っ立っていないで、隣に座ったらどう?」

「……アリアさんの!?」

「私以外に誰が居るのよ……あなたは私に対して遠慮しなくてもいいのよ?」


 呆れた様子を見せるアリアに、陽は申し訳なく思った。

 女の子の隣に座るのが慣れていない陽からすれば、これも一種の試験の壁である。

 心を落ちつかせてから、謙遜しつつもアリアの隣に腰をかけた。


 何気に初めてソファに座るが、意外にもふんわりとしており、上質な素材でできているようだ。また、腕が当たらない程の距離があるとはいえ、アリアから優しく甘い香りが漂ってきている。

 アリアが一口紅茶を口にしたのを見てから、陽は口を開いた。


「そのさ、ホモと恋羽をどう思う?」


 他意はないが、ホモと恋羽に対するアリアの反応を知りたかったのだ。

 あの二人は類を見ない存在なので、人によっては距離を置きたがるだろう。

 アリアには心配が無いと理解していても、本人の口から直接聞きたいと陽は思っている。


「私が見てきた人間の中だと、親しみやすいと思ったわ」

「そっか……ならよかったよ。自分としては、恋羽のいい友達になってくれたら嬉しいかな」


 笑みを浮かべたのが不味かったのか、アリアがジロジロと見てきていた。

 顔に何かついている、と聞きそうになったが陽はぐっとこらえておく。


「恋羽さん、あれだけフレンドリーなのだから心配いらないわよ」


 恋羽は確かにフレンドリーであるが、フレンドリーが故に嫌われやすいタイプだ。

 彼女に裏表が無くとも、周りから見れば疑心暗鬼……つまりは恩を着せている、と疑われてしまう程に。

 人が人を憎み、疑う先にあるのは、獣としての本能だけだろう。


 不意によぎった考えに首を振った時、アリアは自身の胸に手を重ねていた。

 アリアの仕草を見ていると、脳裏にある言葉がよぎる。


「……アリアさん、恋羽に無理やり揉まれた、その、胸は大丈夫?」


 装飾せずに聞いたのが悪かったのか、アリアは目を丸くしている。

 自分で聞いたことではあるが、陽もはっとして、思わず口を開いた。


 そして気づけば手を横に振っているので、言葉が先走ってしまったのだと、傍から見ても丸わかりだ。


「えっと、その、他意はなくて、痛いとかで病気になったら嫌だからさ……」


 恋羽もさすがに加減をしていたと思うが、女性の体が傷つくのは避けたいものだろう。

 ちょっとやそっとの傷が男の勲章であるのなら、女性は真逆かもしれない。


 プリンのような柔らかさに、潤いのある肌なのだから、少しの傷でも痛みを補う可能性だってあるだろう。


 見えない傷であっても、消えない、癒えない傷として共に生きていくことを課されてしまうのだから。

 心配のしすぎかもしれないが、彼女が傷つくのを見たくないのだ。


 ふと気づけば、アリアはこちらに近寄り、服の上から少しのふくらみを強調するように見せてきている。


「試しに、触って確認してみる?」


 頭が真っ白になるとは、まさにこのことだろう。

 アリアから告げられた言葉に、陽は呆然としてしまった。

 この幼女吸血鬼は、吸血鬼というよりも誘惑するサキュバスの方が正しいのではないか、と誤認してしまう程に。


 彼女は吸血鬼なので、傷くらいはすぐに癒えるかもしれないが、問題はそこではないだろう。


 陽は、はっと気を取り戻し、慌てて手を横に振った。


「いやいや、触らないから! その、アリアさんは自分を大事にした方がいいよ……」

「……本当にどこか抜けているわね。というか、私は誰よりも自分らしくしているわよ?」

「いや、そうなんだけど……はい、そうですよね」


 返す言葉が見当たらなくなった陽は、息を吐くしかなかった。

 ふと気づけば、アリアは呆れた様子を見せている。

 そして背を伸ばし、真剣に陽を見ていた。


「まあ、白井さんの良いところで、悪いところよね。……でも、そこが安心出来る点でもあるのよ」

「自分の、良いところで、悪いところ……」


 陽自身、自分への評価は低い方だ。

 他者の価値観ではなく、自分を戒める意味でも、成長させる意味でも、潜在能力を極めて低く評価しているくらいに。


 陽は、自身の手をぎゅっと握り締めていた。

 届かぬ思いが、気持ちが、そこで渦巻いているようで落ちつかなかったのだ。


 アリアは紅茶を一口飲み、音を鳴らして受け皿に置いた。

 深紅の瞳が、何も気にした様子を見せずにこちらを見てきている。

 陽としては、アリアが深入りしてこないからこそ、こうして二人で気楽な生活を送れているのだが。


「話は変わるけど……。明日の遊びの時、普段は話せないようなことを話したいわね。あなたが言っていたように、お互いを知るためにも」

「……さっきの事とか?」


 アリアがうなずいたのを見るに、間違っていないようだ。

 陽は、アリアが深入りしてこないとばかり思っていたが、深入りしないのではなく、知る機会がなかったのが原因だったのだろう。


(……自分も、アリアさんを知れるのなら)


 できるだけアリアの事情からは目を逸らしていたが、彼女が話してくれるのなら嬉しいものだろう。

 たとえ、それがどれだけ小さなカケラであっても、陽からすれば大きな一歩なのだから。


「明日は、お昼ご飯前からでいいのよね?」


 頷いて見せれば、アリアは小さな微笑みを浮かべた。


「そうそう、白井さんとの日常、楽しみにしているわよ」

「……自分も、アリアさんと過ごす時間が楽しみだよ」


 微笑んで紅茶を嗜むアリアを見て、陽は恥ずかしくなって頬を赤らめるのだった。

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