25 揉む理由は、そこに揉める愛があるからで十分 by恋羽
陽とアリア、ホモと恋羽の二組ペアで向かいあい、ソファ前のローテーブルを増設して座っていた。
一応、アリアと恋羽にはクッションを用意しているので、足を悪くすることは無いだろう。
テーブルにパーティーをする為のチキンやらピザ、ポテトなどが置かれているが、雰囲気は明らかに切羽詰まっている。
ふと気づけば、アリアは気まずそうにこちらを見てきていた。
「その、白井さん、ごめんなさい」
「アリアさんが謝る事じゃないし、気にしなくていいよ」
不安そうにこちらを見てくるアリアを宥めるように、陽は笑みを見せた。
アリアには何の問題もなく、どちらかと言えば気を抜いてしまった陽の方にあるだろう。
恋羽の侵入を防げれば、あるいは先に中を確認してから素直に通せばよかった話なのだから。
二人には事情を話したが、あらぬ勘違いをされていないことを祈るばかりだ。
陽とアリアの様子を見ていたホモは、状況を理解したかのようにうなずいていた。
「なるほどなー。陽の様子で察してはいたけど、本当だったとはな。二人の時間を急に邪魔してすまなかった」
ホモが謝れば、恋羽も続くように「ごめんなさい」と頭を下げてきた。
謝られたことでアリアは焦ったのか、困ったように手を右往左往させている。
「あ、頭を上げてください。遅かれ早かれ、白井さんと仲の良い方には何れバレる事だと思っていましたから……」
アリアの雰囲気で理解したが、アリアは学校で他の人と話す状態でホモと恋羽に接しているようで、普段を見慣れているせいか息苦しそうに見えた。
「まあ、そう言う事だから、他には内緒にしてくれよ」
「もちろんだよ! 二人共、愛だね!」
「こいつは置いといて。お詫びと言っては何だけど、皆でクリスマスパーティーしようぜ!」
「はは、気楽だな。アリアさんはそれでもいい?」
「ええ、別に構わないわよ」
準備をしている際、ホモは陽と話すアリアの変化に気づいたらしく、不思議そうに尋ねて来たくらいだ。
ホモは普段から人の変化には敏感であるが、初対面のアリアですらお見通しなのは本当に嘘がつけない存在だろう。
人数分のお皿とコップを用意し、改めてテーブルを囲った。
そして各々がコップを持ち、乾杯の合図を鳴らす。
カランカランと音を立てて揺れる氷にジュースは、宴の始まりを祝うようだ。
ホモと恋羽は、アリアと接する機会はあまりなかったはずだが、何事もなかったかのように喉を潤している。
ホモの状況適応能力に、人との距離を詰めるのが上手である恋羽の長所が功を奏しているのだろう。
各々が箸を持って食べ進めようとした時、ホモが思い出したように口を開いた。
「そうだ! アリアさんをこっちが一方的に知っているだけで自己紹介がまだだったな!」
「言われてみれば確かに!」
共感する恋羽は、アリアと違うクラスなので、互いに面識があるか無いかくらいなのだろう。
「俺は堀山文次郎。皆からはホモって呼ばれてるから、気安くホモって呼んでくれよな! 一応、その隣のどこか抜けているおっちょこちょいで真面目な紳士の親友だ」
「おい、一言余計だ」
どこか抜けている、までは許すとしても、おっちょこちょいは余分だろう。
呆れてみせても、ホモは上の空のようにピザにウインナーを乗せて頬張っている。
ふと気づけば、ピンクのパーカーの前を開けて着崩し、白い無地の長袖シャツが露わになっている恋羽が、萌え袖を振り振りしてアリアにアピールしていた。
「そして私は、ホモの幼馴染の音村恋羽! この二人のお姉さんだよ」
「恋羽、嘘つくな」
「ふふ、白井さん、頼もしい人たちに囲まれているのですね」
「やかましいけど……良い奴らだよ」
「おやおや、幼女さんの前ではツンデレですな、陽さんや」
「デレてないから。てか、幼女って言ってやるなよ」
構わないですよ、というアリアに、陽は収拾がつかなくて息を吐き出した。
気づけばテーブルに沿ってアリアに接近している恋羽、ウインナーを大量に食べようとしているホモと、四人であるのに情報量が多すぎるだろう。
またホモは「アリアさんさえ良ければ、陽に接するような言葉遣いでいいから」と言っているので、アリアへの気遣いも忘れていないようだ。
アリアが二人に心を開くのかは別としても、アリアの居やすい場所になれるのなら、と陽は心の中で祈った。
アリアが吸血鬼であるのは重々理解しているので、二人には仮染めの話になるが、人として触れ合うのなら問題ないだろう。
「ねえねえ、アリアさんは陽と遊ぶ予定だったの?」
「えっと、その……」
「今は他クラスだから噂でしか知らないけど、多くの人の誘いを断った、って聞いたから気になったの!」
「白井さんとは明日遊ぶ予定でしたが、誘いを断ったのは事実ですね……」
事情を説明しているアリアに、ピンクの瞳を輝かせて聞いている恋羽は微笑ましいものだろう。
恋羽が楽しそうな様子を見てなのか、ホモが嬉しそうな笑顔を浮かべているので、陽も思わず頬が緩んでいた。
事情をアリアが説明し終えた時、恋羽はじっと見ていた。また、アリアも恋羽を不思議に思ったのか、首を傾げて見ている。
ジュースで喉を潤して陽が眺めていた、その時だった。
「きゃっ! ちょっと、恋羽さん。だ、め……」
(恋羽!? いや、てか、何してんだよ!)
恋羽が突如として、アリアの後ろに回り、アリアの胸を両手で揉みだしたのだ。
陽としては、小中と人前でやる女子を見てきたのもあり、これが普通だと思いかけていた。
だとしても、今回は明らかに普通ではないと陽ですら理解できた。
恋羽が萌え袖でもみもみしているので、アリアのパフスリーブブラウスの上からなのもあり、実質二十装甲でアリアは触られている状態だ。
揉んでいる、というよりも、撫でまわしている、の方が正しいだろう。
「おやおや、体は小さいのに、この大きさは……愛だね」
変態おやじさながらのセリフを言った恋羽に、陽は呆れを通り越していた。
恋羽の方が確かに胸はあるが、アリアも小さい体ながらも主張はされているので、陽自身も時折目のやり場に困る方だ。
アリアの服が恋羽の手の動きと同時にシワを作るので、それが更に陽の心を刺激していた。
(……本当に、何を見せられてるんだ)
恋羽がアリアの背にぺったりと自身の体をくっつけているのもあり、見ている方が恥ずかしくなってくる。
アリアが嫌がっているのか楽しんでいるのか理解できないが、体から力を抜こうとしているので、少なくとも嬉しくはないだろう。
戯れにしてはやりすぎなので、恋羽を止めようと立ち上がった時、嫌なものが視界の横に映った。
「よっしゃぁぁ! 所謂百合かぁ!」
「ホモ、お前!」
ホモと言われている割に、彼はそぐわぬ行動をよくする。
ホモは何処からともなくスマホを取り出し、二人に向けていた。
レンズ越しに見ている彼の顔は、明らかに内なる筋肉を携えた変態だ。
陽は呆れて、恋羽を止める前にホモの行動を阻止するため、ポケットから一つのビー玉を取り出した。
そして、ぎゅっと握って、ホモのスマホのカメラレンズに向けて軽く投げる。
(すまないホモ。お前が今回はアウトだ)
投げられたビー玉は、手の体温に反応して光を発する、いわば簡易閃光弾となっている。
ホモのスマホに近づく寸前、ビー玉は目くらまし程度の光を発して部屋を輝かせた。
「目がぁぁあ! 目がぁぁ……」
ホモを阻止した陽は、すかさず近くにあった棒を持った。
そして、優しくおり下ろすように、恋羽の肩を叩いた。
「いだぁい」
「痛いはずないだろ。柔らかい素材でできた棒なんだから」
恋羽は観念したのか、アリアの胸をもんでいた手を離した。
この間、僅か数分の出来事であるが、ホモと恋羽を野放しにするのは危険だろう。
アリアは落ちついたのか、乱れかけていた息を整えている。
陽自身、普段であれば二人の悪行には目をつぶっていた。それでも、今回はアリアだったからこそ、守りたい、自分が助けてあげたいというエゴが先行したのだ。
結果的に、二人の魔の手からアリアを救えたわけではあるが。
ちなみにホモに関しては度が過ぎているので、後でお灸をすえる必要があるだろう。
ふと気づけば、恋羽が頬を膨らませてこちらを見てきていた。
「もう、陽が心を許しているから仲良くなりたいと思ったのに」
「ベクトルが違い過ぎだ。そうつるむなら、もう少し仲良くなってからだな――」
「じゃあ、仲良くなったら良いんだね!」
「仲良くなっても、アリアさんが嫌がることはやめろよ」
恋羽は説教を笑みで受けいれているので、反省の色は行動で示す気なのだろう。
ホモに関しては言わずもがな反省しているらしく、おとなしく撮った写真を消しているようだ。
その時、アリアが何も言わずにこちらを笑顔で見てくるので、陽は心を揺さぶられた。
(自分は、アリアさんの困る顔じゃなくて、楽しそうにじゃれている顔を見たいだけから)
エゴではあるが、恋羽が暴走しそうになれば自分が止めて、アリアとの仲を陰ながら保てばいい、と陽は思っている。
自分が犠牲になるのではなく、皆の距離が近づくキッカケになればな、というエゴを携えて。
空間が落ちつきをみせていれば、恋羽はアリアの方を向き、手をまっすぐに伸ばしていた。
「アリアさん、さっきはごめんなさい。その、今後も仲良くしてください!」
恋羽の気持ちが届いたのか、アリアは笑顔を浮かべた。
そして、ゆっくりと恋羽の手を取る。
「ええ、よろこんで。私は、アリア・コーラルブラッド。恋羽さん、こちらこそ」
「やった! アリアちゃん、これからはよろしくね!」
手を繋ぐアリアと恋羽に、陽は心から安心した。
一時はどうなるかと思ったが、アリアと恋羽なので、ホモ以上の心配はいらないだろう。
陽は恋羽に苦手意識はあるが、苦手意識があるだけで、彼女の行動を尊敬していないわけではない。ただ、目に余る吹っ飛んだ行動が多いせいで距離を取っているだけだ。
絆の種が地に埋められた時、ホモは整理が終わったらしく、コップを持ってカラカラと氷で音を立ててみせた。
「アリアさん、俺らはいつもこんな感じだから、今後はよろしくな! いやー、ロリ幼女が加わるのは最高だな、陽!」
「自分に振るなよ……。それに、アリアさんに巻き沿いを食らわせるなよ。主に恋羽」
「なんで私が名指しなの!?」
「自分の手を胸に当てて考えてみればわかるよ……いや、揉めとは言ってない……」
恋羽はわざとしているのか、萌え袖で自身の胸を揉んで、確かな存在を認識させるかのようだ。
ホモがニヤニヤして恋羽に近づいているので、この二人は世界から隔離された存在なんだ、と陽は自分に言い聞かせた。
「ふふ、頼もしい人達ね」
「うん。呆れるほどに、愉快な奴らだよ。アリアさんが嫌じゃなきゃ、仲良くしてくれると嬉しいよ」
「自分らしさのある、その他人思い、私は好きよ」
「……え?」
一種の告白のような言葉は、陽の胸を射抜くようだった。
こちらを見て、アリアは笑みを浮かべている。
その時、ホモが見惚れたらしく、制裁と言わんばかりに恋羽から頬をつねられていた。
この後、四人は楽しく食事をして、思い思いの話をするのだった。




