23 幼女吸血鬼とクリスマスの約束
十二月の中旬に差しかかれば、世間はクリスマスのムードで染まり始めていた。
町中を歩けば見えるクリスマスの装飾もだが、学校内でも皆思い思いの一時を過ごそうと話しているようだ。
クリスマス……この言葉一つに、沢山の希望、そして血涙が数知れず含まれているのだろう。
クリスマスが近づく中、陽はいつも通りに日傘を差し、アリアと共に帰路を辿っていた。
「そう言えば、アリアさんはクリスマスの色は何だと思う?」
「い、いきなり唐突ね。クリスマス……色……」
気まずい質問をしてしまったようで、アリアは頬に指をあてて首を傾げていた。
クリスマスを聞いた理由は、学校でホモと恋羽にクリスマスの予定を聞かれたのもあり、陽は特に予定がない人間なので気になったのだ。
クリスマスの色、という特徴的な問いではあるが、人によっては様々な見解を見せるだろう。
陽自身、特に思い出とか以前に、父親が父親なので近しい思い出はないに等しい。それでも、誰も憎んでいなければ、クリスマスという不思議な世界を夢見ているのかも知れない。
落ちた枯葉がアスファルトに音を立てた時、アリアが上目遣いでじっと見てきていた。
「……わからないわね。私、クリスマスに思い出は無いのよ。主として、従者や妹を労わる日だと思っていたくらいかしらね」
「自分も人の事を言えないからな。……そうだ、せっかくだし町を見て帰らない?」
「あら、良い話ね」
アリアからサラッと口に出されたが、従者や妹という家族の話は、いずれアリアの口からしてもらえるのだろうか。
深く聞かなかったのは、その一瞬、アリアの声に陰りが見えたからだ。憶測だが、彼女は家族関係、というよりも吸血鬼の話を避けたいのだろう。
彼女が話さなくとも、陽は理解しているつもりだ。
二人は帰路を変更して、お店のある方へと歩を着実に進めていった。
お店の方へと近づけば、サンタさんにお願い事の話をする家族や、イブに一緒に過ごそうと話すカップルなど、様々な話が飛び交い賑わっている。
クリスマスの可能性を知らない陽とアリアでも、人々にとってクリスマスが如何に大事な行事なのか感じとれていた。
(……意外と控えめかと思ったけど、装飾はちゃんとしてるんだな)
お店や町中を見渡して歩けば、お店の中にはサンタとトナカイの置物が置かれたクリスマスツリーに、クリスマスに向けた広告が張り出されている。
世間ではケーキをホールで丸ごと食べているのか、と勘違いしそうな程に。
そして目を見張るのは、箱が入った長い靴だろう。
色は手で数えきれないほどにあり、中に入っている箱ですら十人十色と言えるくらい鮮やかだ。
店内を外から見ただけで分かる情報量は、お店側の工夫が一目で理解できる妙案だろう。
最初のインパクトで今は何をやっている、と伝えるのは簡単そうに見えて、実際は準備やら配置とかで難しいのだから。
お店側の底知れぬ工夫と思考に、陽は思わず感心していた。
アリアの方も、飾られた星や、くす玉の装飾、ツリーの飾りつけに目を引かれているようだ。
(これで笑顔を見られるのなら、言葉にしても……)
二人で見ている時、小さく湧き上がってきていた気持ちは、今でも言葉にしてほしいと叫んでいるようだった。
それから陽とアリアは、スーパーでケーキのチラシを貰ってから、冷えた体を温めるために自販機に寄っていた。
コーヒーを二本買ってから、甘い方をアリアに手渡した。
アリアは手が冷えていたのか、缶コーヒーを両手で持ち、嬉しそうに笑みをこぼしている。
「白井さん、ありがとう」
「まあ、これくらいは」
謙虚ね、と言いたそうなアリアを横目に、陽は缶の蓋を開けた。
カチッとなる音が、缶だけの新鮮な音色を奏でている。
コーヒーを口に含めば、小さな苦みが今ある迷いを押すように、表へと出そうとしてくるようだ。
冷たい空気が肌を撫でると、アリアの艶のある黒いストレートヘアーを空へとなびかせた。
なびいた髪を軽く押さえるアリアの仕草は、心をくすぐるような愛らしさがある。
コーヒーで喉を潤した陽は、アリアを真剣に見た。
アリアもそれに気づいてか、深紅の瞳に陽の姿をしっかりと映し、小さく笑みを浮かべている。
「その、アリアさん」
「白井さん、かしこまってどうしたの?」
「大変恐縮ですが……自分で良ければ、クリスマスを一緒に過ごしませんか?」
唐突の誘いにアリアは驚いたのか、目を丸くしてこちらを見てきていた。
陽としては、アリアを急に誘ったわけではない。アリアからしてみれば、前置き無しなので急ではあるが。
陽は、学校でホモと恋羽とクリスマスの予定の話をしたのもあり、アリアの予定が気になっていた。
彼女に予定があるのならそっちを優先してもらいたいが、聞いている限り予定はないだろうという憶測だ。
「きゅ、急に何を言っているの。……それに、いつも一緒に過ごすようになったじゃない」
「そういう意味じゃないんだ」
陽は首を振り、アリアはもう一度真剣に見た。
「その日は一緒にリビングで過ごして、他愛もない話をしたり、遊んだりしたいなって……その、アリアさんと一緒に居るけど、お互いの交流を深める機会でもいいかなって」
正直、言っている自分の方が恥ずかしくなってきていた。
確かにアリアと一つ屋根の下で過ごすようになったが、互いに普段は別々の事をしており、一か所にとどまることはご飯時以外でほとんど無いのだから。
アリアは提案の主旨を察したのか、表情に柔らかな花を咲かせた
「ふふ、どこか抜けた紳士さん、良い案ね」
「どこか抜けた、は余計じゃないか?」
「あら、事実を言ったに過ぎないわよ? それに、私も白井さんを知りたいって思っていたからちょうどいいわ」
「隠さないんだな?」
アリアから興味を持たれているのはいいが、正々堂々と本人の前で言う事ではないだろう。
笑顔を見せてくれているアリアは、日傘で影があっても陽には眩しく見えた。
アリアはコーヒーを一口飲んでから、両手で持って楽しそうに思いを膨らませている。
「お話をするのもいいけど、お昼ご飯はいつもより手を込んだものを作るのもいいわね」
「はは、嬉しいけど、無理はしないでくれよ?」
「白井さんが美味しく食べてくれるから、作り手も冥利に尽きるから平気よ」
ワクワクと妄想を広めるアリアに、陽は思わず笑みをこぼしていた。
「それじゃあ、アリアお嬢様のクリスマスの予定を頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんよ。……一緒に居られるのは、私が一番望んでいるのよ」
陽が聞き取れずに「何か言った?」と聞けば「何も言ってないわよ」とアリアは嬉しそうに首を振っていた。
約束を終えた時、アリアはわかりやすく、陽の持っていた缶コーヒーを指さしてきた。
見た感じアリアが何を言いたいのか理解できるが、陽としては困ったものだ。
アリアは伝わっていないと思ったのか、頬をぷくりと膨らませている。
その小さなあどけなさは反則なのだが、本人は至って真面目なのだろう。
「同じ時を過ごす仲になるのだし、あなたの飲んでいるそのコーヒー、一口だけ貰ってもいいかしら?」
ほどほどにしようという話だったのが、アリアには関係なかったようだ。
陽は、そっと辺りを見渡した。
付き合っていないのもあり、周囲に人影が無いか、同じ学校の生徒が居ないかは確認した方がいいだろう。それでも、外で間接キスまがいな事をするのは避けたいのだが。
陽は安全を確認し終えてから、アリアに持っていた缶コーヒーを渡した。それと同時に、アリアは自身の持っていたコーヒーを陽の手から入れ替えている。
アリアは受け取るなり、深紅の瞳を輝かせ、飲み口に口をつけている。
ふと思えば、彼女は吸血鬼なので、間接キス程度なら相手の素肌をかじるよりも容易いからこそ、人とは波長がずれているのかもしれない。
アリアはコーヒーを一口含んだ時、しかめ面をし、分かりやすい程の渋い顔をしていた。
流石に笑ってしまっては不味いと思い、陽は表情を曇らせる。
「アリアさん、大丈夫? その、アリアさんが飲んでいたのより苦いから、無理はしない方がいいよ」
アリアは首を静かに振った。
「……苦いのに、温かいのね」
(……自分も)
笑みを浮かべて言ってくるアリアに、陽は恥ずかしくなって目を逸らした。
代わりと持たされたアリアの甘いコーヒーは、手にじんわりとした温かい存在を伝えてきている。
陽はコーヒーを見てから、アリアも飲んだのだから、と思って同じく口に含む。
「……甘い」
「ふふ。どういう意味か知らね、それ」




