21 幼女吸血鬼へのご褒美
「本当に張り出してるな……」
「陽、手を抜いただろ?」
横目でじっと見てくるホモに、陽は苦笑いしておいた。
陽は現在、学校の廊下に張り出されたテストの順位をホモと一緒に見ていた。
今張り出されているのは、以前やったゲリラテストの点数ではなく、期末テストの点数を順位としたものだ。
学年別の順位が貼られており、人によっては目を見張るものがあるだろう。
普段なら貼られることは無いのだが、誰かがポイントを使って明確にしたようだ。
風の噂によれば、不正者をあぶりだすための策略らしいので、ホモとは現生徒会の仕業だと話が付いている。
彼らがやっているのは旧時代の権力支配よりなので、陽もむやみやたらに動けず実際は困っている方だ。しかし生徒会という壁がある以上、手を出しづらいのも事実である。
(……アリアさん、よく満点で目立ったことができるな)
順位を見上げれば、一位には『アリア・コーラルブラッド』という、一つ屋根の下で一緒に暮らしている彼女の名前が目に映った。
難なく満点にしているあたり、他の生徒とは一線を画している。
吸血鬼であるため勉強は必要なさそうにしているが、学校では主に読書をしているようなので、不正を疑われないのかもしれない。そもそも、アリアの不正を疑うほどの野蛮人は、この学校に今は居ないだろう。
アリアがロリを兼ね備えた美少女であるため、犯人捜しで学校がお祭り騒ぎになる前例があったのだから。
ふと気づけば、隣でホモはドヤッ、と言いたげなご満悦な表情でこちらを見てきていた。
ホモは四十六位という順位におり、陽はその下に居るのだからすぐ目に映る。
トップ五十位には恋羽の名前もあるので、ここは勉強がある程度できる集いなのかもしれない。
「……で、陽? 手を抜いた?」
「点数で遊んだ」
「成績よりも遊ぶのを優先って……本当にどこか抜けているよな、お前?」
ホモが首を疑問気に傾げた、その時だった。
「アリア! アリア!」
「幼女、幼女、美少女アリアァ!」
「アリアさん、やっぱりいつ見ても凄いわね」
アリア好きの一部のファンの集いは除き、アリアを褒め称える声がちらほらと聞こえてきたのだ。
中心を見れば、アリアも来ていたらしく、謙虚に手を小さく振り愛嬌を振りまいていた。しかし、一緒に居る陽からすれば、全てが偽りの愛のように見えている。
距離は近いのに、触れられない宝石ケースを見ているような。
(……少しくらい、頑張っているアリアさんを自分が労われたら)
アリアの事情を知っている陽からすれば、勉強もしていないで点数が取れるのはおかしい、という言葉が本来出てもおかしくはないだろう。
それでも陽が労わることを思えるのは、生きてきた時間の流れが違うからだ。
吸血鬼からすれば短い一年や十年であっても、その道のりで蓄えた知識は嘘をつかないのだから。
人が大好きな、数字という名の嘘偽りない、正確な分布で結果が出ているのだから尚更だろう。
陽がアリアを見て、ちょっと息を吐き出した時、ホモが隣からわき腹を肘でグイグイと押してきていた。
「陽、混ざってくれば」
「……自分の趣味じゃないからな」
ホモに断りを入れつつも、陽は悩んだ様子を見せるのだった。
その日の夜、夜ご飯の後片付けを終えた陽は、椅子に座っているアリアへと近づいた。
「……アリアさん? 何を飲んでいるの?」
テーブルには、人間の世界では見たことがない、赤く透き通った飲み物がワイングラスに注がれていた。
ワインの赤よりも透き通り、どの赤い宝石よりも鮮明な赤い光沢がある、透き通っているのに色が見える不思議な液体。
アリアはこちらを見て、ワイングラスをゆっくりと回しながら向けてきた。
「……ああ、これね。ある石から抽出した、自然の血を凝縮した飲み物よ。明確な名前はないわ」
「やっぱり、吸血鬼なんだね」
「そうね。白井さんの前で飲むつもりはなかったのだけど、生憎時間が悪かったのよ。……良ければ、白井さんも飲んでみる?」
ワインの中身を覗かせるように見せてくるアリアに「遠慮しとく」と断りを入れ、陽は冷蔵庫の方に歩を進めた。
アリアが血をちびちびと飲んでいるのを横目に、陽は静かに小さな容器に入ったプリンを手に取った。
アリアの行動は予想外であるが、渡すなら今しかないだろう。
一応、恋羽とホモがオススメするお店で買ったので、味の信用性は問題ない筈だ。ただ、アリアが受け取ってくれるのかという心配を除いて。
陽はさっと木製のスプーンを棚から取り出し、アリアの方へと戻った。
アリアの前にプリンを持っていけば、物珍しそうに目で追ってきている。
プリンとスプーンをアリアの目の前に置いてから、陽は自分の椅子をアリアから見て右斜め前にずらし、椅子に腰をかけた。
深紅の瞳で見つめてくるアリアに、陽は小さな笑みをこぼす。
「白井さん、これは?」
「ああ……アリアさんは頑張っているから、その、自分からのご褒美ってやつ?」
「ご褒美……」
「うん、ご褒美。プリンだけど、よかった?」
アリアは艶のある薄黄色のプリンに視線を落としてから、静かにうなずいた。
陽は、もしプリンが嫌いだったらどうしよう、と思っていたので内心で息を吐き出した。
プリンと向きあっているアリアは、プリンを初めて食べるのか、不思議そうに見たまま動こうとしない。
それでも、小さな指先は木製のスプーンを持ち、今からでも食べようとしているようだった。
(……食べ方が分からないのかな?)
余計なお世話だと理解しているが、考えた行動は止められなかった。
「え、白井さん?」
陽は笑みを浮かべ、アリアの手からスプーンを取り、プリンの蓋を開けて手に持った。
そしてスプーンを、ぷるんと揺れるプリンに差し込み、そっとひと掬いする。
スプーンに乗ったプリンは、光に照らされて黄色の艶に輝かしさを纏い、今にでも引き込まんとばかりに存在感を放っているようだ。
陽は落とさないようにプリンの容器を持ちながら、スプーンをアリアの口へと近づけた。
アリアは驚いたのか、陽の顔を見ては、プリンを見て、もう一度陽の顔を見ている。
「その、もしかして嫌だった?」
「……あぁん」
流石に不味いと思ってスプーンを渡そうとした時、アリアは小さな口を開けて待ってきたのだ。
陽は確かにアリアに食べさせようとしたが、恥ずかしそうに口を開けて待っているアリアから目を逸らしたくなっていた。
迷いがある中、覚悟を決めて、アリアの口にスプーンを運んだ。
アリアが口にプリンを含めば、スプーンはするりと抜けた。
その時、アリアはプリンが美味しかったのか、恥ずかしそうにしながらも頬に手を当てて喜んだ顔を見せた。
アリアの笑みは、静かに陽の心を射抜いていると、本人は知る由も無いのだろう。
アリアが味わい終わってから、陽はプリンとスプーンをアリアに返すように置いた。
「散々あーんしてきて悪いけど……アリアさんは普通じゃないって理解しているの?」
美少女に自らの手で食べさせたり、食べさせてもらったりするのは良くないと陽は思っている。
親しい仲ならいざ知らず。アリアとは同じ屋根の下で過ごす関係なだけであり、心から親しいわけでは無いのだから。
アリアは陽の問いに対して、首を横に振った。
「メイドがたまーに食べさせてきたから、普通だと思っていたのよ。それに、白井さんが嫌そうじゃなかったから……」
陽は息を呑んだ。
「自分は嫌、じゃないけど……アリアさんはどうなのかな、って思ったんだ。その、自分はアリアさんだけにしかこういう事ができないから、貴重な経験をさせてもらって感謝しているんだよ」
「……私にだけ。ふふ、それは私もよ。私が許すのは、白井さんだけよ。しっかりと覚えておくことね」
「アリアさんに紳士って言われてるから、忘れないようにしとくよ」
先ほどのお返しよ、と言ってプリンを食べさせてこようとするアリアに、陽は苦笑しつつも口にした。
その後、お互いに距離が近いのは程々にしよう、という話をしたが、お互いの関係的にはきっと夢幻なのだろう。




