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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として
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02 幼女吸血鬼は人間味があるようです

 吸血鬼の少女、アリアと関わりがあった次の日、陽はいつも通りに学校へと登校していた。

 いつも通りの騒がしいクラスは、変わらぬ日常を伝えてきているようだ。


 一応、登校した際に別のクラスを覗いて見たが、アリアが周りからちやほやされていたので、彼女も昨日の事を気にかけていないのだろう。もしくは、学校だから気にしていないだけかもしれない。


 陽としてはアリアの事を話す気も、詮索する気もないため、席から窓の外を見上げてうわの空になっている。


 十月の寒い夜だったのもあり、彼女が風邪を引いていないのなら問題ないだろう。


(吸血鬼、か……まあ、自分には関係ないか)


 そう、陽は人と深く関わるだけ無駄だと思っている。

 優しさ……それが、人の間で無自覚の内に上下関係を生み出し、付け入る隙となってしまうのだから。


 ふと気づけば、陽はため息をこぼしていた。


「陽、どうしたー? ため息なんかついて? お前らしくないぞ?」


 クラスが騒がしかったのと、考えごとをしていたせいで、彼の接近に気づけなかったのだろう。

 見上げるように声がした方を見れば、親友、兼悪友である――堀山(ほりやま)文次郎(もんじろう)が人混みから抜けるように近づいてきていた。


 堀山文次郎。通称、皆から親しみを込めて『ホモ』と呼ばれている。

 茶髪でアホ毛がトレンドマークの、傍から見れば男前の人間だ。

 今は制服を着ているからマシだが、休日は灰色のつなぎを着ているので、ある意味でもナイスガイと言える存在だろう。

 今にでも制服の内から浮かび上がりそうな彼の筋肉は、傍から見れば異様だ。


 陽は何かとホモとは親しい中であり、相談相手でもあるので、平穏な学校生活を送るにはありがたい親友だ。

 ただし、何かと厄介事をもってくるタイプでもあるので、警戒するに越したことは無い。


「あ……ホモ。おはよう」

「よっ、おはよう! ……じゃなくてだな! 体調大丈夫か? あまり無理はするなよ」

「自分が体調悪そうに見えるのか?」

「周波数が違うというか、お前の今の立ち振る舞いは目に余るから違うぞ?」


 ホモは何かと人の変化に敏感なので、他人ごとで済まされないのが怖いところだ。

 陽自身、別に気怠いとか体調が悪いとかは無いが、用心はしといた方が良いだろう。


 陽としては、ホモの予想が外れることにオールインしたいが、外れれば面倒なことになりかねないのだから。

 地元から離れて一人暮らしをしている以上、健康がそぐわなければ動くことが出来ないのも含めてだ。


「……まあ、困ったら呼んでくれよ?」

「ホモ、いつもすまないな」

「いいってことよ。俺は陽に救われたんだ、今度は俺に返させてくれよ?」


 ホモはそう言って、教室の後ろの方へと移動していた。

 そしてどこからともなくサイリウムが取り出され、ホモはオタ芸さながらのダンスを披露している。

 クラスが熱狂するのは良いが、後ほど連帯責任を課される身になってもらいたいものだ。


 ホモが楽しそうならそれでいい、と陽は割り切って、チラリと見て小さく微笑んでおいた。



 学校が無事に終わり、陽は帰路を辿っていた。


「……ホモの言葉、軽く重んじておかなきゃよかった」


 弱音を吐いたところで、後悔先に立たずというものだろう。


 朝の内は大丈夫だったのだが、日が沈むにつれ、けだるさや倦怠感といった風邪の症状が顔を覗かせていたのだ。


 とはいえ、今住んでいる別荘までの距離が近いのは不幸中の幸いだろう。


(……何で彼女が?)


 陽は通りかかった公園で、ベンチに腰をかけている彼女、アリアの姿を見つけた。

 艶のある黒いストレートヘアーに、同じ高校の制服で幼女体型なのだから、彼女を見間違えるはずがない。


 本来なら声をかける必要が無い筈なのに、ベンチから空を見上げている彼女に近づいていた。

 陽は意識が朦朧とし、今にでもくらくらしているせいで幻覚を見ている気分だ。


「……コーラルブラッドさん。こんなところで何を?」

「あら、白井さん。……アリアで良いわよ」


 アリアは陽が近づくなり、ベンチから立ち上がり、制服を整えていた。

 吸血鬼のお嬢様な風格もあってか、制服を整える仕草一つも絵になるくらいだ。


 振る舞いに品がある、とはまさにこの事だろう。


 ふと気づけば、アリアは深紅の瞳でじっと見てきていた。

 詮索をしているのか、二人の間に弾む言葉は生まれない。

 あるのは、吸血鬼と人間、という概念だけなのだから。


 陽としては、今にでも体調が悪化しかけているので早く帰りたい、と内心では思っている。


「その、昨日の件を黙秘してくれていること、感謝しているわ」

「……別に、感謝されるような事じゃないよ。話しかけてすまなかった……じゃあ、これで」


 全ては自分が決めたことだから、と心にしまい込むように、陽はアリアから目を外した。

 歩き出した時、体は限界を迎えていたのか、陽はふらつき、気づけば倒れそうになった。


 これくらいなら、と思っていたのだが、倒れかけた体は後ろに引っ張られ、アリアの方に寄せられている。

 陽が倒れる寸前でアリアは手を伸ばしたらしく、手をぎゅっと握られていたのだ。


「……あなた、もしかして」


 アリアは陽の額に手を伸ばし、小さな手を当てた。


「やっぱり、熱があるじゃない」

「別に、大丈夫だから」

「無理をしちゃ駄目よ……それに、あなたに風邪を引かせる原因は――」

「アリアさんに原因はない。自分が、弱いのがいけないんだ」


 陽の言葉に驚いたのか、アリアは目を丸くしていた。

 それでも、小さな手を離す気はないらしく、今でも握ったままだ。

 この状況を学校の生徒が見れば、羨ましがる以前に、容赦のない殺意を向けられるのだろう。


「……家までの距離は?」

「徒歩で通える距離……」

「私も一緒に着いていくわ。これでも、知り合った人が倒れるのは嫌なのよ」


 引く様子を見せないアリアに、陽は呆れて息をこぼし、渋々承諾した。

 陽としては、男の住処に彼女が入る、という事が信じられないでいる。

 とはいえ、彼女が吸血鬼である以上、人間に襲われる心配は無いのだろう。


 陽自身、別に手を出す気も、彼女に不埒な真似をしようとは思っていない。

 ただ、家の中を見られるのが嫌なだけだから。



 公園を後にしてから、陽はアリアと共に自宅へと戻ってきていた。

 別荘であるのに、高い壁に囲まれて、人目を気にせずお茶ができるくらい少し広めの庭。そして、一人では持てあましてしまう二階建ての大き目なお家。

 父親が父親なので、防犯も最新面で完備しており、陽が人を呼ばない限りは入れないような代物だ。


 陽からすれば、庭や家を見られるくらいはどうってことないが、問題は家の中にある。

 玄関の鍵を開ければ、陽に続くようにアリアも足を踏み入れた。

 内装は綺麗であるが、問題はそこではない。


「……まるで、生活感が無いわね」

「生活感が無くって悪かったな」

「あ、いえ、別に悪く言ったつもりじゃ」

「良いよ別に。自分も自覚はしているから」


 玄関から上がれば、すぐにリビングとなっている。

 ただし、キッチンにダイニングテーブル、食器棚にソファが置かれているだけで、人が住んでいるとは到底思えない光景だ。

 一つだけポツンと佇む壁掛けの大きな鏡と、隣に備え付けられているロウソクが更に不気味さを増しているように。


 陽の家は本当に言葉通りの、置かれているのは必要最低限の物だけだ。


(……悪い事したな……)


 勝手に家に上がりこんだのはアリアだ、と言ってしまえばそれだけだが、陽自身にも罪悪感はある。

 掃除ができるだけで、人間らしい生活をしているとは言い難いのだから。


 アリアは自室にまでついてくる気でいるらしく、陽が二階に上がる後ろを追いかけてきている。



「……アリアさん、凄いんだね」

「まあ、これくらいできるわよ」


 陽は着替えを終えた後、自室のベッドで無理やり寝かされていた。

 自室ですら、勉強机にパソコン、小さなサイドテーブルに、ベッドしか置いていないため、今更になって羞恥心が込み上げてきそうだ。


(看病されているの、まるで夢みたいだ)


 陽自身、帰宅後の片付けやらしなければいけないのだが、アリアがさせてくれる様子を見せないのだ。


 それどころか、桶に水を張ったり、冷却シートを自分の額に張り付けたりしてくれた。

 自分の家ではない、ましてや男の家でテキパキ作業をこなすアリアに、陽は感心が湧くと同時に、申し訳なさも込み上げてきていた。


 体調管理を疎かにしてしまったのは間違いなく自分の落ち度だ。

 それなのにアリアは自分事の様に、陽の看病をしてくれているのだから。


 アリアが本当に吸血鬼なのか、疑ってしまう程に。

 今の陽の目に映るアリアは、吸血鬼の悪魔というよりも、導きの光で舞い降りた天使に近い。


 陽が上半身を起こしてアリアの行動を目で追っていれば、アリアは作業を終えたのか、机から椅子を引っ張ってベッドに近づけてきた。


 そしてふわりと椅子に座り、陽の顔を覗き込んできている。


「あの、アリアさん、色々とやってもらって悪いけど……別に、無理してやらなくてもいいんだよ?」


 と陽が言えば、アリアは呆れたように息を吐き出し、布団から出ていた陽の手を包み込んできた。

 自分よりも一回り小さい、その小さな手で。


 陽としては、アリアの行動に頭が回らなくなってきている。

 熱があるのもそうだが、倦怠感を忘れるくらいに、今はアリアが同じ部屋に居るという現実を信じ切れていないからだろう。


 傍から見れば、喉から手を伸ばしてでも一緒になりたいであろう美少女と同じ場所に居て、看病までされているのだ。

 陽に下心が無いとはいえ、話して二日のアリアに看病されるのは罪悪感が湧いている。


 他者の時間を奪いたくない、と思っていれば尚更だ。

 包まれていた手を見た後、アリアの深紅の瞳を静かに見た。

 澄んだような赤い瞳は、吸い込まれるくらいに透き通っているようで、深い赤に染まっている。


「白井さん、これは昨日助けてくれたお返しよ。人というものは、貸し借りを嫌うのでしょ?」

「それは人次第じゃないのかな?」


 吸血鬼なのに人間味を見せるアリアに、陽は思わず小さく微笑んでいた。

 アリアは微笑みを見ていたらしく、分かりやすくムッとした表情を見せている。

 多分だが、幼いや、笑われた、と勘違いしているのだろう。


(お返し以上の事、されてるんだけどな……)


 体は疲れていたのか、陽はアリアに手を握られながら横になり、気づけば視界のカーテンを閉じていた。

 小さな温かさを、心地よく思えるほどに。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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