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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として

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17 幼女吸血鬼に対しての秘密には穴が無いように

 アリアへのプレゼントの準備に力を尽くしていれば、十一月という時はあっという間に過ぎ、十二月に入ろうとしていた。


(……自分のやれることは、全てやっているんだ)


 起きるかもしれない出来事を考慮して、できる策は全て投じているつもりだ。

 アリアが人間ではない以上、渡す予定のプレゼントを気に入るのかも、趣味に合うのかも分からないのだから。

 心の奥では不安や心配、積み重なる蓋が重荷のようにあっても、自分が決めたことはやり通すつもりでいる。


 それがたとえ、思わぬ結末を迎えようとも、決めた選択肢を曲げる逃げ道を作っていれば、紳士として、陽自身として許せないから。


 学校の放課後に、陽はそんな意思を固めながら、アリアが通る二階の渡り廊下で彼女を待っていた。


(……ホモ、相変わらずだな)


 ふと廊下から窓の方を見れば、校庭でホモが複数の生徒に囲まれていた。

 様子を見るに、ポイント勝負……つまり、魔法勝負をしようとしているのだろう。

 今は陽にも原因はあるが、ポイントの高いホモを絶えず狙うのは、努力のたまものと称賛したいところだ。


 ホモが間合いのとり方を手慣れているのを見るに、しょっちゅうやり合っているのだろう。


 最近はホモと一緒に帰ることは少なくなっている、というよりも変わっていないくらいだ。ほとんどの原因は陽だったが、ホモもホモでラストスパートをかける、と以前言っていたので原因はお互いにありそうだ。


 陽が苦笑の笑みを浮かべた時、聞きなれた、おっとりしたお嬢様のような声が耳をつついた。


「白井さん、待たせたわね」

「アリアさん。いや、自分も今来たところだよ」

「学校での目線への考慮……それだけにとどまらない視野の広さ、手慣れて来たわね」

「別にそうでもないよ。あれと比べたらね」

「あれ?」


 アリアが不思議そうに首を傾げたので、そっと校庭の方を指さしておいた。

 未だに始まらない魔法勝負に、ホモが複数の生徒と対面している絵面を。


 アリアはそれを見てか、納得したようにうなずいていた。


 例として見せたホモは学校の中で一年生ながら、ポイントが勝負だけで一位になる偉大なる功績を入学して数ヶ月で収めたのだから。


 本来であれば、下位争いから上位争いになる仕組みだが、ホモの知名度はなぜか上級生に知れ渡っていたらしい。

 苦笑しつつも、陽はアリアの鞄をさらっと手に取り、校庭を背にした。


「じゃあ、家に帰ろうか……アリアさん?」

「少しだけ、見てもいいかしら?」

「うん。終わりまで見ようか」

「あら、少しでいいのよ?」

「アリアさんは知らないのか……ホモの勝負は始まりが終わりを」


 補足するように「地に膝がついたら負けの勝負なんだ」と陽は付け加えた。


 普通に考えれば、地に膝がつく、というのは言葉で見れば簡単な話だろう。

 アリアが不思議そうにするので、見ていればわかるから、といった視線を送っておく。


 校庭を見ていれば、勝負が動こうとしているのか、担当の先生が校庭に姿を現した。

 大きなポイントが動くのを考えれば、流石に担当を用意しないといけなかったのだろう。


 陽からすると、ホモが一方的にポイントを得る勝負ではあるが。

 正々堂々、という魔法のような言葉で、裏のある言葉が彼にある限りは。


 ふと気づけば、アリアが何やら難しそうに一点を見つめていた。


「アリアさん、どうかした?」

「あ、いえ。なんで落とし穴があるか気になっただけよ」

「……もしかして、見えてるの?」

「色が違うもの……人間はこれも見えないの?」

「普通なら、ね」


 アリアが落とし穴を見えているのは驚きだが、説明をする必要が無いのは楽なものだろう。

 陽もあるメガネをかけている時は見えるが、裸眼で見えるアリアには驚きの言葉しか浮かんでこない。

 吸血鬼と言うものは、暗い場所ですら鮮明に見えるのは本当なのだろう。


 ふと気づけば、勝負が始まろうとしていた。


 担当の先生が手をあげた時、勝負の幕は開かれる。

 複数の生徒がホモをめがけて一斉にとびかかった――その瞬間、校庭は砂埃に包まれた。


「……ほらね、勝負あり」

「なるほどね」

「膝をついたら負け、っていうのは紐解けば、相手に触れなくてもいい、相手がつまずいても負けを意味してるんだよ。例え、それが地の利を生かした落ちた壁だとしてもね」

「彼、スポーツマンシップがあれば反則負けね」

「……ホモは夜中に頑張って掘ってるからな。正々堂々と、卑怯な手口を使うために」


 砂埃が収まれば、ホモに勝負を挑んだ生徒は膝上まで地に落ちており、膝をついた状態となっていた。

 一歩も動かず、念入りに事前準備をしていたホモの勝利だ。


 ホモは腕を上に伸ばし、勝者のポーズをしていた。


 陽としては、手を出さないで勝負をしているホモには感心している。

 手を出せばホモは絶対に勝てるが、あえて手を出さないで、自らの選択で安全な遠回りをしているのだから。


 またホモの落とし穴作戦は、半径が広めに掘られているとはいえ、相手が絶対にかかるとは限らない。それでも相手が落とし穴にかかるのは、ホモが事前に相手の観察をし、癖を見抜いているからだ。


 いくら念入りに準備をしても、穴があればそこから崩れてゆくので、ホモの計画は今の陽にとって羨ましい限りだ。

 アリアの喜ぶ顔を見たい、と小さなエゴという欲望がある陽にとっては。


 ふと気づけば、隣から小さく手を鳴らす音が聞こえた。


「ふふ、あなたの友人……堀山文次郎、ホモと言ったかしら? 一人という正々堂々ながら、清々しいほどの卑怯さ、尊敬に値するわね」

「アリアさんが関心を示すなんて、ホモも嬉しいだろうな」

「あら? 私は自分に持ちえない力を持つ方全てに敬意を表しているわよ」

「左様ですか」


 陽は苦笑いを浮かべた後、アリアと帰宅することにした。



 学校を出た陽とアリアは、ひんやりとした風がなびく、慣れた通学路を辿っていた。

 十二月なのもあり、外は冷たい空気で満ちていて、吐き出す息は白くなっている。


 アリアが制服姿、ましてやスカートである事を考えれば、男である陽は寒さ耐性にマシな方だろう。

 アリアの足は白いタイツで見えないようになっているが、顔に寒い様子を見せない彼女は、吸血鬼だから感覚が違うのだろうか。


 日傘を持つ手は冷えるが、アリアに直接日光が当たらないのであれば安いものだ。

 陽は隣で歩くアリアを見て、そっと息を吐き出した。


「……アリアさんと過ごしてから、なんだかんだで一カ月は立つのか」

「ふふ。吸血鬼の私が言うのもなんだけど、時間が経つのは早いものね。あなたといる時間は、退屈しなくて楽しいわよ」

「嬉しいお言葉をありがとうございます。アリアお嬢様」

「別にかしこまらなくていいのよ。白井さんが居てくれたから、私も楽しめているのだし」


 下から目線で小さく微笑むアリアに、気持ちは鼓動を速めるように揺れた。

 陽自身、アリアとは知り合ってまだ間もない関係だ。ましてや、人との関係を深めたくないと思っていた。


 それでも陽は、一歩を踏み出すようにアリアと過ごす決意をしてからの約一カ月は、お互いに住みやすい空間を生みだせたと自負している。

 アリアに料理を作ってもらったり、リビングの模様替えをしたり、アリアへのプレゼントで走ったりと……アリアと過ごしてからは濃厚な日々を満喫しているのかもしれない。


 自分という、ちっぽけで、どこか抜けた紳士と言われる自分を肯定してくれたアリアに、感謝を忘れた日は一度もない。


 陽は今でも過去を引きずっているし、一人暗い部屋に閉じこもっているかも知れない。それでも、伸ばされた小さな手は、這いずって探した最後の希望だろう。


(……自分は、アリアさんに、何を思っているんだ)


 湧き上がるような感情の名を、陽は知らない。今はただ、アリアと居られる日常がある、それだけが幸せだった。


 自分の事情をアリアに話していないとはいえ、ここまで親しい仲になれると思わなかったのだから。


 陽の心の様子を知らないアリアは、いつも通りに優雅な立ち振る舞いで歩いており、体型が幼女である事を忘れさせてきそうだ。

 冷たい風が吹き、アスファルトに落ちた枯葉が音を鳴らした。


「そうだ、アリアさん。この後、コンビニでおでんでも買って食べて帰らない?」

「夜ご飯前なのに、全て食べられるの?」

「大丈夫、おでんだって二人で分けて食べればいいし、アリアさんのご飯は美味しいから残す真似はしないよ」

「ふふ、威勢のいい紳士さんね。大根……卵もいいわね」


 コンビニのおでんもアリアは初めてらしく、以前食べてみたいと言っていたのでちょうどいい機会だろう。


 アリアにプレゼントを計画している陽からすれば、この出来事ですらも彼女の趣味嗜好を理解するくらいに過ぎないのだ。


 その後、コンビニでおでんを買ってアリアと一緒に食べた陽は、後々間接キスをさせられた事に気が付いて悶えるのだった。

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