14 ホモの幼馴染はピンクが特徴的な愛のある子
アリアと一緒に過ごす生活に慣れ始めてから、ある日の放課後。
陽は学校の自分の教室で、目の前の机にもたれかかり、腕を広げてこちらを見ているホモを睨んでいた。
陽自身、ホモが言いたい言葉は理解しているが、あえて言わないようにしている。
陽は万が一の事も考えて、今日は一緒に帰るのが遅れるかもしれない、とアリアに伝えているので時間は問題ない筈だ。
「なあ、陽」
「やだ。他を当たってくれ」
「ここなんだけどさー」
ホモは言葉を無視し、持っていたノートを開き、指で示した。
(ホモ、何で今なんだ? 分かるから教えるけど)
アリアに遅れるかも、と伝えたのかは周囲の生徒が答えを物語っている。
陽の見える範囲からは、カリカリとノートにペンが当たる音に、二人一組や、多人数で机を囲って教え合っている姿が映っていた。
陽の学校には今、ポイント制度に甘える生徒を制裁するための儀式、ゲリラテスト期間が迫ってきていたのだ。
流石に周囲の生徒、というよりも学校全体では一種のお祭り騒ぎになっている程だ。
テストと言っても、普段からポイントに甘えずちゃんと授業を受けていれば問題ないだろう。
陽がホモの指定された個所に、ヒントとなる文字をペンで書けば、ホモは理解したように手を叩いて音を鳴らした。
「いやー、口ではやだ、って言っても手は正直ですなあ」
「ホモ……それ、遠回しにエロいって言ってるだろ」
「あら、陽ちゃんはお――」
「やる気が無いなら自分は帰るんだけど?」
ホモは慌てたように、椅子に寄り掛かっていた背もたれを正し、真剣に陽を見てきていた。
ホモとはお互いに冗談を言う中ではあるが、学校で教えるのは避けたいと陽は思っている。
「……いいよな、陽は勉強しなくても点数とれるんだしさ」
「勉強する時間が無いから勉強するしかないんだ、仕方ないだろ?」
「ポイントを成績で稼ぐ裏優等生目……全て譲渡しろ」
「おい、軽々違反するな」
冗談とホモは言っているが、陽は呆れるしかなった。
ポイントの話をしたせいか、クラスメイトの視線は気づけば二人に集中しており、陽は居心地悪い事この上なかった。
陽がため息を吐き出しそうになった、その時だった。
「ホモー! 陽ー!」
ドアの方から、二人の名を呼ぶ明るい声が聞こえた。
声が聞こえた方に目をやれば、ピンク色の髪が見え、陽は顔を曇らせた。
ホモに関しては、嬉しそうにその人物へと手を振って誘っている。
よそのクラスに「おじゃましまーす」と入り込んで近づいてくる人物に、陽の表情は曇る一方だ。
「恋羽、こっちこっち」
陽が恐れる――めんどうくさい人物一位に躍り出る彼女、音村恋羽が教室に入ってきたのだから。
音村恋羽。彼女はホモの幼馴染で、陽とホモの間に良く花を添えてくれる存在に近い。
特徴的なピンク色の髪からなるポニーテールに、甘く優しい色をしたピンクの瞳は、今では彼女のトレンドマークだ。
彼女がなぜピンクに染まっているのかは不明だが、生まれた頃かららしいので仕方ない。
日本では珍しい色合いなので、アリアと同じく、隣を歩くともれなく注目の的になれるだろう。
整った体型なのも相まって、出るところはしっかりと主張されている。また、スタイリッシュの中に愛らしさをカーディガンの萌え袖で補っている知的生命体だ。
恋羽は手を振って近づいてくるなり、二人が見合っていた机を覗き込んできた。
「ねーねー、何をやってるの?」
「陽に教えてもらってテスト勉強だ」
「うん、物が出てない時点で信用性は無いね! でも、愛だね!」
ホモに関しては、先ほど教えた箇所だけでノートをしまったので、恋羽に対しては信用性がないだろう。
陽からすれば、恋羽がホモに合流した以上、ややこしくならないうちに帰りたいと思っている。それは、普段から賑やかなクラスに、恋羽という音量呪物が混ざりこむことにより、新たなる熱は生まれるのだから。
「ホモ、愛って、なんだっけ?」
「私が答えてあげるよ。愛って言うのはね」
聞いた陽も原因だが、愛を語りだした恋羽に、陽は肩を落とした。
陽がしかめ面をしても、ホモがにこやかな表情で聞くので、燃料を恋羽に投下してしまうのだから。
クラスの注目を浴びても話し続ける二人には、よそでやってくれ、と言わんばかりの視線が飛んできている。
ホモと恋羽はこれで付き合っていないのだから、幼馴染とは不思議なものだろう。
陽に対しても関わりの無いクラスメイトから、二人を止めてくれ、といった視線が送られるほどだ。
陽がわざとらしく息を吐き出せば、恋羽は思い出したように手を叩いた。
「陽、お人形いる? ……じゃなかった。待ち人がいるけど、ほったらかしでいいの?」
「……は?」
流石の陽も、恋羽から唐突に交わされた言葉に驚くしかなかった。
そして恋羽は、全ての視線を誘導するように、わざとらしく入ってきたのとは逆のドアの方を指さして見せる。
廊下を見た時、陽は息を呑んだ。
廊下から吹き込んだ冷たい風は、彼女――アリアの黒いストレートヘアーを緩やかになびかせ、存在感を露わにさせたのだから。
陽は二人の相手をしていて気が付かなかったが、アリアはずっと廊下で待っていたようだ。
周囲の生徒からは「アリアさんだ!」や、「何でアリアさんが」といった疑問の声が上がっている。だが、視線は陽の方を見てきているので、アリアに日傘を差して帰っているのは浸透しているのだろう。
アリアは陽が見ているのに気がついてか、笑みを宿して小さく手を振ってみせた。
「おっ、アリアさんが俺に手を振ってくれた」
「いや、俺だろ俺」
「おーれー、おーれー、俺、俺!」
放課後の勉強会をサボり始めていた男子は騒ぎ始め、女子は呆れるという構図が生まれている。
学校一の美少女、というだけでここまで男子のやる気をみなぎらせるアリアは、小悪魔的存在だろう。
クラスが騒がしくなっている中、アリアは陽に手を振ったのだと、なんとなく陽は理解できていた。
陽は黙って椅子から立ち上がり、鞄を持ち上げた。
「ごめん、ホモ、恋羽さん。ホモにはまた後で教えるから、自分はもうそろそろ行くよ」
「おやおや、紳士ですな」
「うんうん、愛だね! そうだ、ホモ。陽の後をついて、アリアさんの家を探ろうよ」
「やめとけ。煙幕巻かれて麻酔針撃たれて終わるんだからー」
「はは、容赦しないからな」
「ひえ」
「どこか抜けた紳士さん、達者でなー」
「なんで長い別れを意味してるんだ?」
陽はツッコミきれないと判断して、その場を後にすることにした。
アリアと合流してから、陽は帰路を辿るのだった。
家に着いて身支度を終えた後、陽はアリアと向かいあってダイニングテーブルの椅子に座っていた。
アリアが淹れてくれた温かい紅茶を前にして、陽はゆっくりとマグカップを持ち、静かに啜る。
体が温まるのを陽が実感しながらマグカップを置けば、同じくしてティーカップの響く音が聞こえた。
「そういえば……白井さん、あの二人とお話ししていたようだけど、抜けてよかったのかしら?」
「二人……ああ、ホモと恋羽のことか。二人はあんな感じで会うたびに茶化してくるから大丈夫だよ」
「ふふ、気心が知れた仲なのね」
したたかな雰囲気で会話を進めるアリアは、ひと時の休息でまったりしているのだろう。
陽自身、ホモと恋羽とは唯一連絡を取り合っている仲でもあるので、アリアの言葉にはむず痒さがあった。
しかし幼い頃の陽からすれば、人づきあいが狭くなっている事には驚きだろう。
陽はマグカップを両手で囲いつつ、息を吐き出すようにアリアに視線を向けた。
「まあ、関係が気づかれていないだけマシかな」
「あら? 別に私は気付かれてもいいのだけど……現状の白井さんには荷が重いわよね」
「そうだな。鉄の塊を持って塩水に飛び込むよりも重いよ」
「科学的ジョークね。好みじゃないわ」
「以後、気をつけます」
会話を途切れさせてまで遠慮のないアリアに、陽は思わず頭を下げた。
陽としても、今の発言は無いな、と思っていたので妥当な判断だろう。
悪意を持ってアリアが言っているとは考えにくいので、自分を根本から成長させようとしてくれているのかもしれない。
高校生にしては完璧でありながら、精神面が不完全な、陽という存在を。
陽は少し喉を潤してから、思い出した事を口にした。
「そう言えば、アリアさんはテストをどういう目的で?」
「目的……はあ。私をあの輩たちと一緒にしないでもらえるかしら」
「す、すまない」
アリアが優等生であるため、何か目的があるとばかり思っていたが流石に違ったようだ。
正直な話、ポイント自体は優秀な成績を修めていれば勝手に溜まるため、魔法勝負に参加していなければ溜まる一方である。
「そうね。言うなれば、成績を上げているだけ、かしらね。ポイントには興味無いから、そう思われるのも仕方ないわね」
「むやみに聞いてすまなかった」
「どこか抜けた紳士さん、未来予測して話すことをお勧めするわよ」
「未来予測か……」
アリアに言われた、未来予測、という言葉に陽は引っかかる気持ちがあった。
(使い道の無かったポイント……知りたいことに使うのもありか)
陽は、お金に困っていなければ、衣食住に困ることもなく、正直学校ですら暇つぶしの範疇だ。しかし、今ではアリアという存在を知ったのもあり、学校は一種の好奇心になりつつあるが。
そう、陽は今、アリアという存在を知ってみたい、近づいて知ってみたい、といった小さな好奇心が湧き出ている。
アリアに関しての情報は無いに等しいので、陽は唯一ほしい情報があり、アリアの口から聞けない情報だ。
人間関係を敬遠にしていた陽が初めて、驚かせてみたい、サプライズをしてみたいと思えた気持ちの高鳴りを。
陽が胸に手を当てた時、アリアが不思議そうに見てきていたのに気が付いた。
「あ、ちょっと考えごとをしてた」
「ふふ、可愛らしいものね。白井さん、テスト勉強、お互いに頑張りましょうね」
「……アリアさんは勉強無しでも実際余裕?」
「よくわかったわね。吸血鬼だもの、簡単な問いよ」
人間の言葉は難しいのだけどね、とアリアは言って、ゆっくりと椅子から立ち上った。
アリアが料理を作り始めようとする中、陽は小さな計画の蕾を考えるのだった。




