13 外食でのどこか抜けた紳士にはご注意を
家の中にオレンジ色の日差しが差し込んだとき、陽はアリアの隣に立ち、リビングを見渡していた。
「これが、今までのリビング……」
「見違えるほど変わったわね。まあ、白井さんは慣れないながらもよく頑張ったと思うわよ。特別に褒めてあげるわ」
「それはどうも」
アリアに茶化されているが、陽自身も目を疑う程に頑張ったと自負している方だ。今までの自分なら、ここまで褒めるような真似はしなかっただろう。
ふと見える範囲は、生活感の無かったリビングは見違えるように変わり、今では眩しいまでの光に照らされているようだ。
窓辺側にあったソファを中心にして、下に丸い青い絨毯を引き、ソファの前にローテーブルを設置したことで、一息つく間を生み出している。また、絨毯は掃除の観点も含めてか、アリアが線質を良質な物を選んでくれたので手間が省けるようだ。
そしてキッチンの方。
元から使っていたダイニングテーブルを中心からキッチンの方に近づけることで、広々とした空間を確保。
キッチンには調味料棚や食器棚を分けることで、背が低いアリアへの配慮を行いつつ、お互いに立っても混雑しない配置となっている。
アリアの案で、料理器具の整理もしたことにより、料理をしやすくしつつ、今では場所が手に取って分かりやすくなっていた。
他にも変わった点はあるが、普段使いする位置ならこのくらいだろう。
使いやすさを追求しつつも、高貴な感じを忘れない配置と雰囲気は、陽とアリアが遠慮なしで共同作業をした証と言える。
「今は何も入っていないけど、小物を置いた横棚も良いわね」
「あれはアリアさんのおかげだよ」
アリアの配置してくれた小物に、陽が置いた棚はあっていたらしく、ひっそりとしているのに存在を証明しているようだ。
模様替えを終えたのもあり、アリアはポニーテールをほどき、黒いストレートヘアーをなびかせた。
「おっと」
一息つこうとしたのも束の間、隣に立っていたアリアは疲れたのか、こちらへともたれかかってきたのだ。
陽は優しくアリアの肩に触れ、アリアが倒れないように支えた。
陽も頑張っていたのだが、アリアはその数倍も動いていたので、吸血鬼とはいえ体力が持たないのだろう。
「アリアさん、大丈夫? 眠くない?」
「ごめんなさい。少し疲れただけよ」
陽はアリアの事を考え、アリアをさっと近くの椅子に座らせて、冷えた紅茶をコップに注いで差し出した。
アリアが感謝して受け取ってから、陽は頭を悩ませた。
陽としては、この後の夜ご飯をどうするのか、というのが問題だ。
アリアが作りたい、というのであれば問題ないが、陽は些か気が引けている。
疲れている彼女に夜ご飯を作ってもらうのもそうだが、お互いに満身創痍とも言える状態で、楽しく食事を出来るのだろうか。
陽自身、料理が美味しいや不味いとかではなく、楽しく食べられる方が、アリアにとっても、自分にとっても幸せなのではないかと思っている。
アリアがコップから口を離した時、陽は思いついたことを口にした。
「アリアさん、この後、少し外に行かないか? 別に体力が無いならいいんだけど」
「……今から? ……準備するわね」
アリアはコップを陽に渡してから、慌てたように二階へと上がっていった。
彼女が捨てる用の服を着ていたのを考えれば、暗くなる前の今が着替える時間ではあるだろう。
「はい、これ」
「ここから選ぶのね」
アリアの支度が終わった後、陽はアリアと一緒に近くのファミレスへと訪れていた。
アリアの負担を減らすのと、たまには外食もいいのかな、と思って飲食店にやってきたのだ。
「アリアさんの好きなものを頼んでいいから」
「ふふ、何がいいかしらね」
アリアにメニュー表を手渡せば、アリアは目を輝かせて見ている。
陽としては、白いパフスリーブブラウスと、赤いフレアスカートの組み合わせを着用しているアリアそのものが眩しいのだが。
秋であるので、流石に不味いと思ってカーディガンを羽織ってもらったとはいえ、吸血鬼は体感の感覚が人間と違うのだろう。また、陽がアリアの肌を人目に見られたくない、というエゴの雑念もある。
肌の露出を控えさせたとはいえ、アリアが幼女体型なのと、美少女であるのが気を引いてしまうのか、他のお客さんからの視線がチラチラと飛んでくるほどだ。
陽としては、アリアの魅力を改めて実感させられるため、一緒に居るせいかむず痒さがある。
だとしても、付き合っているわけではないので問題はないだろう。
「……アリアさん、こうゆうファミレスは初めて?」
「そうね。いつもは作ってもらっていたから初めてよ」
アリアのテンションが妙に高かったのは、初めてという好奇心からだったのだろう。
陽は小さく微笑んでから、メニューへと目をやった。
その際、アリアからメニューのあれこれを聞かれたので、陽は持っている知識で丁寧に教えるのだった。
頼んだものが届けば、アリアは一段と目を輝かせた。
「はい、フォークとスプーン……あれ、アリアさん、銀の物は触れても大丈夫?」
「私はそこらの人とは違うから触れても平気よ」
銀が吸血鬼の弱点だと思っていたが、アリアが呟くように教えてくれたので大丈夫なのだろう。
アリアにフォークとスプーンを手渡せば、早く食べてみたい、といった人間味のある雰囲気を漂わせていた。
アリアは小食なのか、王道とも言えるミートソースパスタを頼んでおり、ワクワクした様子で見ている。
陽はいつものハンバーグランチを頼んだが、アリアとの量を見比べると、意外と多いのだと理解できた。
お互いに食へと感謝をし、頼んだものを食べ始める。
ふとアリアを見れば、アリアはパスタをフォークで慣れたように巻き取り、小さな口でぱくりと頬張った。
その瞬間、頬を落として美味しそうな表情をするアリアは、陽からすれば天使のように眩しく見えた。
頬を落としていたアリアは、陽に見られていると知ってか、恥ずかしそうに口元を隠した。
(……反則だ。幼女吸血鬼なのに……人間味がありすぎる)
アリアに人間らしい羞恥心は無いと思っていたが、恥ずかしそうな仕草をされてしまえば、目を見張るものがあるだろう。
口元を隠しながらうるりとした瞳で見てくるアリアに、陽は思わず手を振った。
「ああ、えっと、食べ方が可愛いと思ってつい見ちゃったんだ」
「あら? 白井さんにも可愛いって思う心があったのね」
「……それはお互い様じゃないかな?」
「私は白井さんと違って、元から自分らしくしているつもりよ? もしかして、女の子と一緒に付き添いで飲食店に行ったことがなくて、まじまじと見ちゃう初心な小鳥さんかしら?」
「はいはい、自分が悪かったですよ」
「あら、拗ねちゃう紳士さんも可愛いものね」
アリアが小さく微笑んで言ってくるため、陽は目を逸らさずにはいられなかった。
確かに陽は、二人で飲食店に行くことはまれだし、女の子と行く以前に、一緒に行ける相手がいないほど関係が狭い人間だ。
一応、ホモの幼馴染でいるが、陽に苦手意識があるのもあり、ほとんど付き添いはしていない。
ホモから容姿等は褒められているとはいえ、陽の人づきあいが悪くなったのもあり、関係を築けるのは極わずかに等しいのだ。
アリアと食べているとはいえ、自虐の過去を思い出しかけたせいで、ため息をつきそうになった。
そっと隠すように、陽はハンバーグを切り、口に放り込んだ。
陽がハンバーグの味を堪能していれば、じっと見てきているアリアの視線に気が付いた。
「……アリアさん?」
「……食べてみたい」
「うん、ああ、ハンバーグか。うん、いいよ」
陽は戸惑いなく返答し、ハンバーグを小さめに切った。
そして持っていたフォークで刺し、アリアの口の方に運んだ。
アリアは陽に差し出されたのを見て、深紅の瞳をわかりやすく光らせている。店内の明かりも相まって、深紅の瞳は宝石のように輝いており、太陽に照らされるクランベリーを彷彿とさせていた。
アリアがぱくりとハンバーグを咥えれば、フォークはするりと細い糸を引いた。
アリアは口にハンバーグを含んでから、小さく咀嚼し、ゆっくりと飲み込んだ。
「うぅうん」
アリアの反応から見るに、ハンバーグは彼女の口に合ったのだろう。
美味しそうな声を漏らしたアリアは、頬を抑えており、目を細くしている。
見ているだけでも美味しい、と理解できるアリアの表情は、分けた方も嬉しいというものだ。
そしてもう一度ハンバーグを切ってアリアに差し出してみれば、陽の瞳を見た後、遠慮なくパクリと頬張った。
今にでも頬を落としそうな程に目を細めているアリアは、陽から見ても可愛らしく思える。
幼女体型も相まった吸血鬼の天使に、それでいて上品に食べる姿であどけなさがあるのは、純白な男の気持ちを打ち抜くにも程があるだろう。
その時陽は、ふと刺さるような視線を感じて、周囲を横目でさっと見た。
(……あ、やらかした)
陽とアリアは何かと他のお客さんや、店員が横目で見る程までに注目を入店した時から浴びていたのだ。
ましてや、アリアに、あーん、という犯罪的な行為をしたのだからざわついた視線が飛んできている。
陽自身、アリアに食べさせていたのが自分の使ったフォークであったのを忘れていたので、理解した今は内心悶えかけている。
知らぬ間に周囲を焼け野原状態にした陽は、どこか抜けた癖は直したい、と心から誓った。
陽だって、故意的にアリアにやったわけではなく、アリアが食べたそうにしていたから食べさせたに過ぎない。
結果、アリアは気にせず美味しそうに食べたが、周りが見ていたせいで気まずい心理を理解してしまった。
アリアと付き合っていないのを考えれば、傍からすればラッキースケベな男と一緒にされかねない。
ふと気づけば、アリアは満足したのか、不思議そうにこちらを見てきていた。
「白井さん、どうかしたのかしら?」
「……いや、何でもないんだ。ああ、何でもないんだ」
「そうなのね。美味しいものを分けてくれたこと、感謝するわ」
「アリアさんが美味しかったなら、よかったよ」
周りを気にしないアリアに、陽は肩を落としかけた。
陽も周りの視線を気にしないタイプではあるが、今だけは流石に痛かったのだ。
「ふふ、デザートも楽しみね」
「……まあ、アリアさんが喜んでいるのならいいか」
「白井さん、ほんとうに大丈夫?」
大丈夫、と言って陽は首を横に小さく振っておいた。
アリアが楽しく食べられているのであれば、陽はそれだけで嬉しいのだから。
吸血鬼が人間と食事をして、楽しい、という感情が湧いているのなら。
(アリアさんとの外食、記念とかで視野に入れていいのかもな)
その後、陽はアリアがデザートを食べている際、同じくあーんをされてやらかすのだった。




