12 幼女吸血鬼と変わりゆく空間
休日の昼過ぎ、陽は家に届いた梱包された荷物を見上げていた。
(……アリアさんの荷物、多すぎないか?)
庭を埋めるとまではいかないが、段ボールや布に覆われた荷物、大小さまざまな量に陽は驚きを隠せないでいる。
見ただけでも理解できるのは、アリアの部屋に入りきらない、という事なのだから。
呆れたように見上げていれば、後ろからドアの開く音がした。
「あら、私の荷物、届いていたのね」
「ついさっき届いたよ」
制服の袖を揺らしながら近寄るアリアは、この時を楽しみに待っていた、と雰囲気から理解させてくる。
陽は荷物の類を確認しつつ、二人では無理という判断の元、そっとスマホを取り出した。
アリアは見ていたらしく、不思議そうに首を傾げている。
「大きさもそうだけど、二人だと大変だし……業者呼ぼうか」
「あら? これくらいはどうってことないわよ?」
電話を掛けようとした手はアリアに止められ、陽は渋々スマホを戻した。
陽自身、クローゼットやベッドと思われる梱包類を運ぶのは無理だと思っているため、アリアの言葉には疑問しか浮かんでいない。
ふと気づけば、アリアはコウモリの羽を背中から顕現させ、自分の二倍くらいはある大きな荷物を片手で軽々と持ち上げた。
流石の陽も、アリアの人並外れた……実際は吸血鬼だが、その行動に口が閉じなかった。
いくら吸血鬼とはいえ、成人男性二人でも大変な荷物を軽々と片手で持ち上げられるものだろうか。
ふと気づけば、アリアの部屋の窓は外されていたらしく、アリアはそこに向かって飛んで入れていった。
ギリギリの大きさもあるが、アリアは気にしていないのだろうか。
(……監視カメラ、映らないようにしておいてよかった)
ここは一応、父親が厳重なまでの設備をしているため、陽はアリアの事を考えて今だけは監視カメラ等を切っておいたのだ。
それが幸いして、アリアが飛んで二階の部屋に行けるのだが。
また庭の壁は、外からでは二階が見えないほど大きいので余計な心配は不要だろう。
ふと気づけば、アリアは陽の前で浮かんでおり、柔らかな瞳で見てきていた。
「白井さん、あれとこれを持ってきてほしいのだけど、頼んでもいいかしら?」
「アリアさんの為なら、なんなりと」
陽はわざとらしく笑みを浮かべ、一礼して見せた。
陽の茶化しを面白いと思ったのか、アリアは小さく微笑んでいる。
陽はアリアに指定された段ボール箱を手に持ち、玄関からアリアの部屋へと上がっていくのだった。
アリアが何割か部屋の整理を終えた後、陽はリビングを目の前にして、アリアの隣に立っていた。
アリアは荷物が届いたのもあってか、今は制服から着替え、シンプルな白い長袖服に身を包み、ジーンズを着用している。
元の容姿が良いのもあってか、スタイリッシュな服を着ても似合うのは、アリアが服に着られていないからだろう。
黒いストレートヘアーは一つにまとめられ、今ではポニーテールとなっているのもあって、一段と輝きを増しているようだ。
そして極めつけに、黒いエプロンを翻し着用している。
「その服装、凄く似合っているよ」
「あら、率直な褒め言葉、嫌いじゃないわよ」
アリアからは「この服は捨てるのだけどね」と言われたあたり、掃除の為だけに着替えたのと理解出来る。
そして、なぜアリアと一緒にリビングに居るのかと言うと、簡潔に言えば模様替えの為だ。
未だに庭に積まれた段ボールは、アリアの部屋に置くだけのものではなく、リビングを飾るためのものらしい。
開けた窓から入り込む風は、カーテンを柔らかに揺らし、暗いリビングに明かりを差し込ませている。
「とりあえず、日が暮れる前にさっさとやるわよ」
「……どういう配置がいいのか、随時教えてくれないか?」
「あら? あなたが開けた家具を好きに置いてもいいのよ? 私の持つ色と、あなたの持つ色は別にあって、交わることで見えるものもあるというものよ」
淡々と意見を述べたアリアは、服の袖をまくり、白い肌を露わにした。
雪よりも柔らかな色を持つ白い肌は、小さく差し込んだ光も相まって、真珠のような美しさを伝えてきている。
陽はアリアと一緒に、壁に備え付けられた鏡だけに手を出さないのを前提で、模様替えを始めた。
陽は一歩ずつでも歩み寄るように、家具の声がすると思った箱を手に取り、ゆっくりと運んでは開けていった。
箱の中には、椅子や棚、絨毯やカーテンなどが入っているようで、アリアが持ってきた物だけでリビングは大幅に変わりそうだ。
そもそも現状が人の住んでいないような生活空間なので、劇的に変わるのは事実だろう。
アリアに関しては、言い出しっぺなのもあってか、率先してカーテンを付け替え、絨毯の配置等を考えてくれている。
陽もアリアに負けまいと、小さな埃を払いつつ、自分が元から放置していた家具を物置部屋から取り出しては配置していった。
お互いに言葉を交わしつつも、黙々と作業を進めていく。
陽自身、模様替えはそこまで好きではなかったが、アリアとやっているからなのか、表情には自然と笑みが浮かんでいる。
(……アリアさんが来てくれてから、本当に、変われているのかな)
自分を不安に思う癖も、自分を劇的に変えようとも今は思っていないが、陽は自分らしくある事は諦めていない。
アリアの方を見れば、お嬢様とは思えない手際の良さで、淡々と小物を配置したり、棚をずらしたりしてくれていた。
負けまいと頑張ろうとした、その時だった。
「あ、危ない!」
アリアは、絨毯を引いている際に足を滑らせかけていたのだ。
床を普段から掃除しているが、掃除のし過ぎで滑りやすくなっていたのかもしれない。
陽は持っていたカゴを投げ出すようにして、咄嗟にアリアの方へと滑り込んだ。
アリアの体が宙を舞った時、アリアの背に腕を回し、膝の下に手を入れてふわりと支えた。
勢いを殺すようにクルリと体を一回転させれば、ポニーテールがなびいてから、緩やかに落ちていく。
アリアは何が起きたのか理解できていないようで、目を丸くして見てきていた。また、深紅の瞳がうるりとしているのを見るに、驚きを隠せないでいるようだ
「アリアさん、怪我はない?」
お姫様抱っこをしているのもあってか、アリアとの顔の距離はいつもより近く、気持ちをくすぐるように鼓動を速めてくる。
「……白井さんが助けてくれたから、平気よ。わ、私は吸血鬼だし、これくらい怪我にも――」
「アリアさんが吸血鬼であっても、自分からすれば人だし、女性が傷つくのは見たくないんだ」
「……ありがとう」
「あ、その、次からは気をつけようか」
そうね、とアリアが言ってうなずいたのもあり、陽は安心した。
思わず口にしてしまった言葉が、陽の持つ優しさを露わにしてしまったようで、陽は落ちつかないでいた。
腰をかがめ、アリアの足をつけてからゆっくりと床に下ろした。
陽は自分の手を見た後、アリアの目をしっかりと見る。
「……その、勝手に触れてごめん」
「……私の不注意だから、白井さんが気にすることじゃないのよ……。その、別に、白井さんになら、触れられても嫌じゃない、から」
小さく呟かれた言葉に、陽の気持ちは加速するように、鼓動がうるさく音を鳴らしているようだ。
まるで時間が止まるような中、アリアとの距離感も相まって、深紅の瞳が今だけは眩しく見える。
アリアはそれでも陽が落ちつかないと察してか、優しく包み込むように手を取ってきた。
「私達のルールで『遠慮は出来る限りしない』って決めたのだから、白井さんの行動は正しかったのよ」
「自分の行動が、正しい……?」
「ええ。だから、今の自分、紳士であるあなたに自信が無くても、前を見て歩けばいいのよ。人間の一日の歩みを、一年先の未来への投資だと思ってね」
アリアの言葉は、今の陽の心に染み渡るようだった。
陽はアリアに包まれた手を見て、そっと息を吐き出した。
「ありがとう、アリアさん。この後も頑張ろうか」
「当然よ、白井陽」
お互いに住みやすい環境を作るために、模様替えを再度開始するのだった。




