111 幼女吸血鬼の初めてはどこか抜けた紳士でよろしいでしょうか
(……アリアさんに、どう説明をしようか……)
陽はアリアをおんぶして家に着いてから、静かに頭を悩ませていた。
アリアを眠らせてしまったのもあり、現在は不慣れな料理をしながらなので、巡る悩みが脳内で完結しないのも事実だ。
初めて感じた、キスの味。それだけでも、心は揺れる程の衝撃を受けており、今でも夢なのではないかと錯覚してしまう。
無論、この件を起こした恋羽には注意を促してある。
恋羽曰く、媚薬の効能に『気持ちに素直になる』という意味不明な成分が含まれているようで、それが更に悩みを加速させているというものだ。
かつおと昆布を合わせた出汁で卵焼きを作っているのにも関わらず、心は揺れたままなのだから、情けないものだろう。
「……陽くん」
「あ。アリアさん、体調は大丈夫? もうそろそろ料理が出来るから、それまで休んでても大丈夫だからね」
気づけば、アリアは下りてきていたようで、リビングのドアに立ってこちらを見てきていた。
出来るだけアリアに重荷を背負わせないようにしたつもりだが、余計なお世話だったのだろうか。
陽が「自分の部屋で寝かせてすまない」と謝りを入れれば、アリアは驚いたように首を横に振っていた。
実際、アリアは自身の部屋で寝ていないようなものなので、心配は要らないだろう。それでも、制服の姿で寝させてしまったのだから謝りたいというものだ。
「……座って、待たせてもらうわね」
「うん。いつもアリアさんは頑張っているんだし、今日くらいは……いや、時折自分を頼ってくれよ。家事を完全に分担、ってわけでも無いんだから」
「頭の片隅にでも入れておくわ」
アリアはそう言っているが、恐らく頼ることは余程の出来事が無い限りありえないだろう。
陽はあくまで、アリアの負担を減らしたいだけなので、アリアが遠慮なく過ごしてくれればそれでいいのだが。
経済的な面は、真夜に勝らなくとも、養えるほどの収入源は陽にあるのだから。
唇に指を当てて座るアリアに、少なくとも心が揺れない理由は無かった。
料理の準備を終えてから、料理の盛られたお皿をテーブルへと並べた。
白米に焼き鮭、だし巻き卵、お吸い物と言った、和風料理……というよりも、朝ご飯のようなメニューに近くなってしまった。
普段、アリアのレパートリーがどれほどの多かったのか、陽は痛感している。
アリアが嫌な顔一つしない、というよりも嬉しそうな笑みを浮かべてくれたのが、陽としては心から温まっていた。
席に着いてから、お互いに食への感謝をし、箸を進めていく。
チラリとアリアを見れば、味付けは問題ないのか、頬を緩ませ、美味しそうに口にしている。
陽は安堵しつつも、静寂をそっと切り裂いた。
「その、アリアさん……体調の方は大丈夫? あ、大丈夫か、って聞かれたら気まずいよね。……クッキーを食べた後の記憶は覚えてる?」
あえて聞きたい情報を口にした方が、アリアも答えやすいだろう。無論、答えづらいのであれば答える必要は無いが。
アリアは箸を軽く咥えてから、ゆっくりと箸を置いた。
「……ふわふわしてて、記憶があいまいなのよね」
「曖昧か……」
「でも、とても温かい夢を見ている気分だったわ……ここが温かくなるような、想いを口にしていたような、そんな気分……」
アリアが胸に手を当てて言うので、少々気まずさがある。
陽が手を出したわけでは無いにしろ、アリアの素肌や下着を見たのはゆるぎない事実なのだから。
「温かい夢を見れたんだね。よかったよ」
アリアから手を出されたことは、明らかに口にしない方が良いだろう。
無論、本人から聞かれれば答えるしかないのだが。
陽は「調子が悪くないようならよかった」と言葉をつけたし、恥ずかしさから込み上げてきていた息を吐きだした。
その時、アリアが箸を進めつつも、頬を赤らめながら見てきていた。
「陽くん、私……その、なにか陽くんにしていないかしら……」
「あ、アリアさん……急にどうしたの?」
「陽くんがさっきから私の顔色ばかり窺っているからよ」
顔に出さないようにしていたのだが、アリアは勘づいていたらしい。
おそらく、アリアの質問は念のため、という意味合いが大きいだろう。それでも陽からすれば、心臓に悪い事この上ないのだが。
別に陽が手を……出したと言えば出したのだが、悪気があってやったわけではないのも事実だ。
(……アリアさんの今の気持ちを傷つけず、お互いに気まずくない言葉は)
大切な人を思うから人は考えるというが、陽は今、その状況に立たされているのだろう。
「その、アリアさんが自分を求めてきたというか、積極的だったが正しいのかな?」
「せ、積極的だった!? 陽くん、それはどんな感じでかしら?」
「アリアさん、驚かないで聞いてほしいんだけど……押し倒してきた……」
「……抱いたわけじゃなく……おし、たおし、た……」
アリアはキャパシティーが限界を迎えたようで、湯気を立ち昇らせそうなほど頬を赤らめていた。
それでも安堵した様子を見せるのは、アリアの中では問題ないのだろうか。
陽自身、自分はせこい人間だ、と心の中では懺悔しているのだが。
アリアが自分にした行為は言ったが、アリアのした行為については言及していないのだから。
アリアが気にしていないのであれば、墓まで持っていくつもりだが。
アリアの安堵した様子を見ているのも束の間、陽はふとある事を思い出し、口に出そうか悩んだ末、静かに口を開いた。
「アリアさん、驚いているところ悪いんだけど……どちらかと言えば、自分が謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「陽くんが、謝る事?」
「うん。その、アリアさんの唇を奪ってしまって、本当に申し訳ございません」
アリアはぽかーんとした様子を見せた後、すぐさま理解したようで、もう一度頬を赤らめていた。
「は、陽くん」
「はい」
「……私の初めての唇の味は、どうだったかしら。きっと、温かい夢を見られたのは、陽くんのおかげなのよね」
驚くどころか、アリアが感想を聞いてきたことに陽の方が驚きを隠せなかった。
沸騰した頬の熱さというのは、心臓に悪いものだろう。
それでも、アリアの初めてを奪った事に間違いはないようなので、陽はしっかりと考えつつも深紅の瞳を見る。
「……とても優しい味がしたよ。自分も初めてしたことだから、アリアさんを傷つけてなければいいけど」
「陽くんの、初めて……。……傷ついた、と言ったらどうしてくれるのかしら?」
「もちろん、責任を取らせてもらうよ。アリアさんは、自分の中で大切な存在だからね」
「ふふ、それじゃあ、どう責任を取ってもらおうかしらね」
おそらく、自分は考えすぎていたのだろう。
陽はそっと心の中に籠った熱を吐きだし、脳のファイルを開いた。
「それじゃあ、アリアさんのお願いをどんなことでも一つ、絶対に叶えてみせようか」
「……その言葉、忘れないことよ」
にこやかな笑みを向けてくるアリアは、眩しくも天使のような小悪魔だ。
どんなキスをしたのか聞かれなかっただけマシ、と捉えてもいいだろう。
アリアに対して誤魔化し気味な感情に首を振ってから、アリアに笑みを浮かべる。
「……アリアさんこそ、忘れないでくれよ」
距離感が近くなったような気もするが、アリアにだけ感じる心の揺らぎだろう。
今日一日で、彼女の想いの一部を知れた気がした陽は、静かに心の思い出に刻んでおく。
積極的な彼女の一面も、柔らかな姿の彼女も、全ては大切な、人という時を共に過ごした関係には変わりないのだから。
無駄な時間は無いと言い張れるように。
その後、お互いに遠慮のないあーんをするのだが、それはまた別のお話。




