11 否定しないで気づきを与え合う関係
「……ってまあ、こんな話があったんだよ」
夜ご飯の時、陽は今日あったホモとの出来事をアリアに話していた。
都合の悪い話、というよりもホモと陽だけの秘密にとどめていることは話していないが。
アリアは人間の会話には興味があったらしく、食べる手を止め、興味深そうに聞き入っている。
ホモとの話をするたびに、ピクリと顔を動かしたり、手を反応させたりするアリアは可愛いものだろう。
結局のところ、アリアは吸血鬼の姿ではなく人間の姿で過ごすらしく、今は黒いストレートヘアーの見慣れ始めた姿となっている。
「ふふ、関係が気づかれていないだけいいじゃない」
「ホモの事だから、気づいていそうなんだよ……」
「あら、心配性の紳士さんね。警戒は怠るに足らない、とでも言ったところかしら?」
まるで他人事のように割り切っているアリアは、年単位で未来を見据えているのだろうか。もしくは、関係がばれない、と考えているのかもしれない。
微笑みを隠さないアリアを見て、そっとテーブルに視線を落とした。
テーブルには、アリア手作りのオムライスが夜ご飯として並んでいる。
色鮮やかな赤いチキンライスの上から、ふんわりととろけるような滝を流している卵は、滅多にお目にかかれない代物だろう。
陽はそっとスプーンを差し込み、口の中へと運んだ。
卵の柔らかな甘みに、ピリッとしたチキンライスの酸味は、絶妙にマッチして口の中で手を繋ぎ、生命の訪れとも言える幸せな味をみせてくる。
(本当に、自分がこんな祝福を受けてていいのか)
陽は、正々堂々とした自身が無かった。
アリアと夜ご飯を食べるのに躊躇いはない。だが、一つだけ複雑な感情が混じっているせいで、小さな罪悪感が込み上げてくるのだ。
二人で決めたことであるとはいえ、アリアに作ってもらう労力と報酬が見合っていない気がしたからだ。
条件である料理は、アリアが自分から率先したのもあり、吸血鬼との種族の味覚を考えて迷いなく了承したつもりでいる。しかし、潔く了承したにも関わらず、心はどこか苦しんでいるように思えた。
過去に現在、生きてきた時間に無駄なんて無い、と自覚していても、紳士としての自分が許してくれないのだろう。
料理が不安な陽にも原因はあるが、アリアがこうも積極的なことに、陽は首を傾げるしかなかった。
ふと気づけば、手が止まっていた陽を不思議に思ったのか、アリアは食べる手を止めて見てきていた。
「これは……あなたのお口に合わなかったかしら?」
深紅の瞳をうるりとさせ、寂しそうな声で聞いてくるアリアに、陽はそっと首を振った。
「いや。……美味しい料理を毎日食べられるようになる自分は……幸せだよな、って」
自分を卑下したつもりはないが、壺から溢れ出た本音は口からこぼれていた。
美味しい料理をアリアから振舞ってもらっている。それは、紛れもない真実であり、今が伝えてきている。
アリアは陽の返答に驚いたのか、持っていたスプーンが音を立ててテーブルに落ちた。
アリアは目を丸くし、ただ口をぱくぱくとさせているので、ちょっとした可愛さがにじみ出ている。
「アリアさん、今自分、おかしなこと言った?」
「い、いえ。人間のお口に召したようならよかったわ」
「うん、すごく美味しいよ」
アリアが安堵したように息を吐き出しているあたり、本当は心配していたのだろう。
陽自身、アリアの料理はシチューを食べた時から虜になっているので、要らぬ心配な気もするが。
小さな微笑みを見せたアリアの表情は、今の心情にはぐさりと刺さるようで、思わず目を逸らし、陽はオムライスを口に放り込んでいた。
「……美味しいものを食べるのに、人間も吸血鬼も、動物も関係ないさ。美味しいものは美味しい、それでいいじゃないか」
陽は水を飲み、乾いた喉を潤した。
潤いつつある、気持ちとの均衡を取るように。
アリアは感心したのか、手を小さく鳴らし、笑みを浮かべた。
「幅広い思考に冷静。そして、純粋な優しさに、穏やかな心。私が見てきた人間の中で珍し過ぎよ、まったく」
まんざらでもなさそうな笑みを浮かべるアリアは、本当に陽への評価が高いのだろう。
陽自身が釣り合わないような評価をしていても、周りにはこうして『自分』を見てくれている人が居る、というのは陽本人が一番身に染みている。
「アリアさんのお褒め付き、感謝します、お嬢様」
「あら、お嬢様って呼ばなくてもいいのよ? 遠慮せず、アリア、って呼んでもいいのだから」
「アリアさんはお嬢様だから、どうかな、って思ってさ」
「ふふ、良い心がけね。でも」
「でも?」
アリアに問い返せば、アリアは深紅の瞳を輝かせ、こちらを真剣に見てきていた。
「白井さんが紳士の卵であるのなら、ジョークの一つや二つ、話が途切れないように話の引き出しネタは多くもっておくことね」
「……ごもっともです」
「堀山さんの話以降、白井さん、凄くガタガタじゃない。まるで、壊れたテレビを叩いてる時と同じよ」
「それってつまり、手放したくない程好き、って意味?」
「……馬鹿じゃないの。ほら、食べないと冷めちゃうわよ」
アリアが急かしてくるので、陽は黙って食べることにした。
アリアの言葉通り、軽いジョークを言ったつもりなのだが良くなかったのだろうか。
オムライスを食べている時、アリアの頬が薄っすらと赤くなっていたことに、陽はついぞ気づくことは無かった。
食べ終えてから、陽はアリアが入れてくれた紅茶を飲んでいた。
アリアは茶葉もこだわりがあるようで、その日の気分によって飲み分けているらしい。
今日はどんな気分なのか理解できないが、ほろ苦くも甘みがある、ぶどうの香り漂う紅茶が空間を支配している。
「そういえば、アリアさんの荷物は明日届くんだよね?」
「ええ、そうね」
陽はアリアを軽く見た後、感じていた疑問を口にした。
「気になってたんだけど……アリアさん、なんでずっと制服姿で?」
触れない方が良いかと思っていたが、陽はどうしても気になっていたのだ。
学校であれば制服は普通だとしても、過ごすようになる前からアリアはずっと制服を着ているのだから。
制服姿以外を見たことがなく、ある種の興味みたいなものが陽は引かれている状態だ。
アリアはそっと前髪を避け、ティーカップを置いてから、静かに息を吐きだした。
「荷物が届いていないから、仕方なく制服を着ているのよ」
簡潔な説明に、陽はすぐさま納得がいった。
アリアの部屋には入らないようにしているのもあり、陽はアリアが服くらいは持っていると過信していたのだ。
「す、すまない。以後、発言には気をつける」
「ふふ、別に気にしなくてもいいのよ? それとも、私の私服姿、気になる?」
小悪魔のような笑みを携えているアリアは、明らかに気持ちを揺さぶっているのだろう。
陽自身、紳士のような振る舞いをしているが中身は男性であり、ちょっとくらい妄想だってしてしまう純粋さを持ち合わせている。
そもそも、アリアが幼女体型、ましてや吸血鬼のお嬢様系である以上、どんな服を着るのか予想がしづらいのだ。
王道で行くのか、はたまた路線を外れた服装なのか、といった考えが陽の頭には気づけば駆け巡っていた。
「……少しだけ」
「あらあら、素直ね。まあ、白井さんは否が応でも見るのだから、感想でも考えておくことね」
自分が特別な感じで言ってくるアリアに、陽は思わず頬を赤くして目を背けた。
紅茶を嗜むアリアに、心底もてあそばれているのだな、と陽は思うのだった。




