108 どこか抜けた紳士の枯れた愛に潤いはあるのか
ある日の放課後、陽はホモと恋羽に呼ばれ、レトロながらも広々としたカフェ……学校生徒の利用施設でテーブルを囲っていた。
なぜ呼ばれたかは不明だが、二人がカフェやコーヒーだけを頼んでいるのを見るに、本気であると理解出来る。
話し合いであれば、別に裏生徒会の教室でもいいのだが、アリアが居ると都合が悪いのだろうか。
実際、アリアを先に送り届けた後、陽はカフェの方に戻ってきているのだから。
テーブルに置かれた二つのコップから立ち昇る湯気を切り裂くように、ホモが口を開いた。
「陽。単刀直入に聞くぜ……お前は、アリアさんの事をどう思っているんだ?」
「……え?」
唐突な質問に、困惑するしかなかった。
困惑というよりも、聞かれるとは思っていなかったのだ。
二人は確かに、陽とアリアが一緒に過ごしている関係を知っている。
問題なのはホモや恋羽から聞かれる、とは思っていなかったことだ。
現状、陽はアリアに対して、色々な感情が渦巻いていて、自分自身でも整理し切れていないが正しいくらいなのだから。
ごくりと息を呑めば、恋羽が呆れたような視線を向けてきていた。
「陽、私……恋の暗躍者としてはね、二人の関係的に、付き合っていない方がおかしいくらいなんだよ? そこに愛はあるんだよね?」
「恋羽の観点は良いとしてさ……俺と恋羽は二人を見守る気でいるんだ……だけど、お前の意見次第に決まってるよな。陽、俺は、お前の言葉で聞きたいから、こうして時間を取ってるんだ」
真剣に言ってくるホモの熱意は、ひしひしと伝わってきている。
むしろ、二人が本気で見守ってくれていたことに感謝しかない程に。
二人は呼び出してでも、陽の真意……気持ちを確かめたいと願っているのは、陽自身が重々理解している。
ホモと恋羽、二人との付き合いが中学生からとはいえ、長い仲ではあるのだから。
おそらく、返答次第では二人の納得いく回答にならない。
陽は正直、悩むしか選択がなかった。
アリアをどう思っているのか、最近の自分の言動や行動から俯瞰的に見ても、異性として見る目が多くなったのは間違いない。
それでもアリアを傷つけたくない一心で、自分を抑制し、アリアの笑みを見てきたつもりでいる。
紳士として、自分としてではない。――白井陽というたった一人の存在であり、アリアだけの紳士として。
「……自分は、確かにアリアさんと一緒に過ごして、おせっかいを焼かれて、いろんな感情が湧いたのも事実だよ」
「それは、自分として、か?」
ホモの質問に、陽は静かに頷いた。
自分以外の何者でも無いのだから、当然の答えではある。
カフェを啜りつつも、宝石のようなピンクの瞳にしっかりと陽の姿を反射している恋羽は、相手の気持ちに寄り添っているのだろう。
「でも、それが恋愛という感情なのか、アリアさんの隣に居たい気持ちなのかは、不明なんだ。……今までのツケが回ってきたのは、自分が一番理解しているよ」
コーヒーを啜れば、二人は顔を見合わせていた。
陽自身も理解していることだが、恋愛的な感情には疎い方だ。ましてや、家族の件があった以上、自分が他者を幸せにすることは不可能だ、と割り切っていたのも原因だろう。
どれだけ美しい羽をつけようと、飛べなければ結果的にはただの飾りだから。
アリアも家族的な問題はあったみたいだが、陽とは同じようで違う、生きてきた世界が違う住人だ。
陽は自分を前に押し出すことで、今もアリアの隣に立ち、その生活を望んでいるだけに過ぎない。
アリアが吸血鬼だからこそ、長い時を共に過ごすことが出来ても、最後までを共には出来ないのだから。
「その気持ち――恋愛って型はさ、紳士のお前を縛るための言い訳か?」
圧をかけてくるホモに、陽は初めて息を呑んだ。
過去を知っているホモに対して、初めて圧を覚え、自分の今を陽は実感したのだ。
陽の置かれている現状、言うなれば試練。
審議を下す二人の審判に、自分の一言一言は誘導尋問されかねない、高すぎる程の壁だ。
恋愛を知らない陽に対して、ホモと恋羽は真逆と言えるほど恋愛への理解を持っているのだから。
「なあ、陽さんや。どうして俺らが、二人を裏生徒会に誘ったか理解出来るか?」
「……二人と仲が良いから、じゃないのか?」
「それは半分正解で、半分不正解かなー」
即答してきた恋羽は、にこやかな笑みを浮かべている。
笑みを浮かべているにも関わらず、しっかりとした芯があるのは恐ろしいものだろう。
恋羽も夏服に衣替えをしているとはいえ、今の雰囲気は明らかに軽くないのだから。
「簡単に言っちゃえば、ルールに縛られない二人だから、必然的に裏生徒会の軸として必要だったからだね」
「自分とアリアさんは、お前ら以上のグレーゾーンは、してない……してないからな」
「おいおい、どうして二回言ったのかね?」
法律のグレーゾーンというよりも、実際はルールを破っているので、陽はアウトにしかなっていないのだ。
裏にネノプロジェクトという加護が付いているからこそ、陽は紳士のアクセサリーに隠した武器を持ち歩けるのだから。
軽くそっぽを向けば、恋羽が苦笑していた。
「私はホモよりも軽く聞いてるだけなんだけど……陽は真面目なくせして融通が利くし、アリアたんは私らの中だとずば抜けて俯瞰して見た意見を隔離してて、ホモは自由な幅利かせができるから、誰一人欠けていい存在はいないんだよ?」
「俺から見た恋羽は、全員を見て、はぐれないように縁を保ってくれているバランサーなんだぜ」
「二人共、しっかり見てるんだな」
自分の気持ちを聞きつつも、二人の心意気を話してくれるのは、等価交換をしているようなものだろう。
裏の暗示として、他者には話さない、秘密は秘密のままにする、という意思の表れとも理解できるのだから。
「それを踏まえてだけどな……陽に恋心が無いのであれば、所詮は上辺面が厚いだけの男だ」
ぐいぐいと心を抉ってくるホモに、陽は気おされていた。
自分に心当たりがないと言ってしまえば、それこそ最低な人間だ。
紳士たる者、いついかなる時も自分を俯瞰して見ているような存在なのだから。
陽自身、傍から見れば上辺面の厚い男、というのは重々理解している。
恋心、言うだけなら簡単だろう。
陽とアリアの間にあるのは、恋心や恋愛感情、そんなのだけでは事足りない意識の渦とすら言える。
陽は、ホモと恋羽に対して、どう答えるのが正解か考えた。
自分の情報に関しては恐らく無意味だろう。
だとすれば、アリアの情報……吸血鬼以外の情報を提示してしまう方が、この状況を打開する糸口になるかも知れない。
万が一にも備え、アリアから二人に対してどこまで話していいか、という了承を得ているのだから。
紳士たる者、いついかなる時も礼節を重んじて、冷静的な判断をする手段を持っているのは当然だ。
乾きそうな喉の熱を抑え込むように、陽はそっと空気を吸い込む。
「……アリアさんは、人を愛せないんだ。だから――」
「他者を棚に上げた言い訳か? ふざけんな!」
「ホモ! 手を出しちゃダメだよ!」
アリアの情報、ホモからすればそれは言い訳に過ぎなかったようだ。
怒ったホモは立ち上がり、感情のままか、陽の胸ぐらを掴んできた。
じっと見てくるその瞳には、確かな信念が詰まっているのだと理解出来る。
恋羽が止めようとしてくれたが、陽は恋羽に首を振っておく。
これはあくまで手を出しているわけではない。ホモは陽の本心に対して何かを伝えようとしているのだと、感じとれるのだから。
「お前は……人の気持ちを優先して、自分を蔑ろにして、一生一人になる気かよ。俺は確かにお前の過去を知ってる……だけどさ、それを理由に目を背けるなよ。この言葉は、俺を知ってるお前が一番理解してるだろ」
ホモも陽と同じく、過去に傷を負った存在だ。それでも、乗り超えられたからこそ、ホモは恋羽を愛しているのだと知っている。
ホモはよく『俺と同じ過ちだけはするなよ』と言っていたので、今の自分は恐らく、ホモが歩んだ道を歩みかけているのだろう。
もしくはホモの目に映る世界の陽に色が無い、のどちらかだ。
恋羽は止めるかのように、ホモの手を陽から離し、静かに抱きしめていた。
瞳から雫の線をこぼす恋羽は、ホモだけをしっかりと見ているのだろう。
目の前で見せられている光景に愛という名をつけるのなら……アリアとの今までは何なのだろうか、と陽は改めて思わされた。
「すまない」と謝りを入れれば、ゆっくりと席に着きなおす。
「陽……ホモの言葉も踏まえて何だけどね」
「うん」
「仮に、陽がアリアたんに愛を教えたいのなら、自身が愛を知らなきゃ何も変わらないし、一歩の進展もないよ?」
「いや、これでも愛は知った……」
「どこか抜けた紳士さんや、家族的な愛はまた別だからな?」
全てを見抜いているホモに、陽は顔を引きずらせるしかなかった。
「陽、私とホモはこれでも敵対同士、って言ってもいいほどに仲が悪かったんだよ?」
「今は熱く身を寄せる関係ではあるけどな」
「ホモ、今は真面目だよ? 今日は禁止だね! でね、どうしたらホモに愛を伝えられるのかな、って考えてたから、陽にある気持ちとは違っても、理解できる気がするんだよ」
「そうだったんだな……」
この話は初耳だった。
陽は確かに、ホモの過去を知っているが、ホモと恋羽の関係の成り立ちまでは知らなかったのだから。
嘘をついている可能性がある、という疑いも沸くかも知れないが、恋羽は下手な嘘をつかないと理解しているつもりだ。
そうでなければ、最初の時点からここまで寄り添って話を聞かなかっただろう。ホモの一例ができたように。
普段はふざけ倒している恋羽だが、しっかりと相手を見ているのだから、底なし沼以上に未知数の光を秘めているのだろう。
「話がずれてたから直すけど、陽は結局、アリアさんを『どう』思っているんだ?」
自分が勝手に勘違いしていたのだと、陽は改めて理解できた気がした。
二人からすれば、どう思っているのか聞きつつ、恋愛事情も聞き出すつもりだったと思われるが。
陽は一つ息を吐き出した。
「……アリアさんは一緒に暮らしている中で、かけがえのない存在だよ」
ぽつりと呟けば、二人は笑みを浮かべた。
ゆっくりと、ホモは肩に手を置いてくる。
「陽の口から聞けて良かったぜ。恋羽が余計なことを言ったけどさ、俺は陽がアリアさんに向けている気持ちを聞きたかったからな」
「だったら、試すような真似はしないでもらえるかな?」
「試す……愛だね!」
「恋羽、待て! 頼むから!」
「それじゃあ、二人が素直になれるように、プログラムを組んじゃおうか!」
「それするくらいなら、俺は恋羽と眠れない程の熱い夜を……」
ホモと恋羽は真面目モードが切れたのか、いちゃつき始めたので陽は正直帰りたかった。
カフェにくる時間が遅かったのもあり、人が居ないとはいえ、公共の場ではあるのだから。
「何にしろ、陽は初心だな。俺らは……本心までは手を出す気は無いけど、しっかりとアリアさんを見てやれよ?」
「前にも言ったけど、誰と誰が付き合うかは自由なんだからね! 愛だねぇ」
大声で言うな、と言いたいのだが、周りに人が居ないので多めに見ておいた。
ふと気づけば、恋羽は不思議そうに首を傾げていた。
「ねえ、陽?」
「恋羽、どうした?」
「体育祭までは時間があるんだしー、その間に自分が愛を知るくらいはしておきなよー。愛だね!」
最初は二人になぜ呼ばれたか不明だったが、しっかりと友人を見ていると理解できたのもあり、陽は心の中で安心していた。
「問題はアリアたんだよね……私も話は聞いてるけど、あれは恋愛を知らない以前の話だよ? 初心な陽は攻略できるかなぁ」
「おい、攻略とか言うなよ」
「はあ、これだから陽はおこちゃまだよなぁー。どうせ、玉二つに棒が置かれてたら連想しちゃうタイプのやつだな」
人の幸せに純粋に手を貸したがる二人は、本当に頼もしいものだろう。
結果的に、恋羽がアリアに性の知識を与えよう計画し始めたので、陽はすかさず止めるのだった。ホモと恋羽、この二人の知識を植えられてしまっては、陽自身が以前の出来事踏まえても一番困るのだから。




