106 幼女吸血鬼の悪戯は自分だけに
休日明け、朝ご飯を終えた陽は、自室で衣替えの為に用意した制服に着替える最中だった。
ワイシャツにズボンを着用した後なのに、どこか落ち着かない気持ちが覗かせているようだ。
長袖の白い学ランに、白いズボン……これらは全て、隣に立つアリアとペアルックと言っても過言では無い程、近しい素材、精密な技術で作られたものだ。
陽はワイシャツの上から着るのもあり、ズレの無いように整えている時だった。
「陽くん、私の夏服を見てもらっても……良いかしら?」
「アリアさん。別に構わないよ」
ナノプロジェクトは手際や仕事の速度が段違いなので、アリアの制服には訳あって時間を有したものの、一日で仕立て上げたらしい。
ドアをノックしたアリアは、恐る恐るといった様子でドアを開けた。
姿を見せたアリアに、陽は目が飛び出るような気分に落ちた。
部屋に入ってきた彼女は、確かにブラウスにスカートを着用している。しかし、問題はそこではなかったのだ。
ドアの方に振り向いた時、そこに立っていたアリアの素肌の面積があまりにも多かったのだから。
学校の時は必ずと言ってもいい程隠されている腕の肌は露出し、白色のスカートから見える素足も迷うことなき素肌をさらけ出している。
その状態でアリアがペタペタと近づいてくるものだから、陽は思わず目を背けた。
背けたと言うよりも、凝視したくなかった、が正しいだろう。
血を吸わせた夜の一連の流れもあり、陽はアリアを意識しすぎていると重々理解しているのだから。
陽はごくりと息を呑み、チラリとアリアを見た。
「そ、その……アリアさん?」
「何かしら?」
「えっと、夏用に用意した制服の上はどうされましたでしょうか?」
汗でも透けない白色のブラウスも、確かに夏用の制服だろう。しかし、陽がアリアの為に用意したのは、素肌を完全に日から守れる一品だ。
アリアの白い頬は薄っすらと赤くなっていき、深紅の瞳は何かを伝えたそうにチラチラと見てきている。
「……陽くんに、焼き付けておいてほしかった、と言ったら……?」
アリアに言わせてしまった自分は、情けない男だろう。
普通に考えて見れば、アリアが何の意味もなく、渡された制服を素直に着ない理由が無いのだから。
アリアの素肌は、今の陽にとっては毒である。だが、自分だけがアリアの全てを見ていられる、とも考えられるのだ。
「……白い柔らかな肌をお持ちの悪戯好きな小悪魔さん、白い服に身を包んでてとても美しいよ。でも、薔薇に棘があるように、朝から心臓の刺激としては充分強すぎかな?」
「陽くんが魅力を感じてくれている、ってことね」
「そう言う事だね。自分は、アリアさんが何を着ようと可愛いのは知ってるから。でも、他の人には絶対に見せないでね」
「ふふ、当然よ。陽くんだけ、にしかやらないもの。それとも、もう少しだけサービスしましょうかしら?」
アリアがちゃっかりとスカートに手をかけるので、陽は慌てて手を振った。
素足に腕、これだけでも心臓に来ているのにも関わらず、太ももを見せられてしまっては理性に抗うのはきついと言うものだろう。
男心をくすぐるアリアには困ったものだ。彼女からすれば故意的では無いのかもしれないが、陽からすれば不本意極まり無い事態になりかねないのだから。
「あ、アリアさん、自分も着替えないとだし、後はリビングで落ち合おう……ね?」
「私の前で着替えたら、怒るわよ」
「人の背で――何でもございません、アリアお嬢様」
さらっと深紅の瞳で殺意を向けられた気がしたので、陽は早急に謝りを入れた。
アリアは「陽くんに見せられて良かったわ」と笑顔で言い残し、部屋を後にして行った。
アリアの不躾には困るものだが、アリアの笑顔を見られたのなら、良いのかもしれない。
陽自身、アリアが陽以上に恋愛や人の視線に無知なおかげで、何度も命拾いしているようなものなのだから。
リビングで、お互いに夏服へと身を包んだ陽とアリアは、ズレが無いか確認をしていた。
「普段は黒色だけだけど、白を基調としつつも薄水色のブレザー、とても似合っているよ。まるで、上品な振る舞いを持った淑女そのものだね」
「お褒めいただき光栄よ。それにしても、よく私の体型に合わせてデザインできたわね」
「まあ、作り手が優秀だから、かな」
アリアは先ほどと同様に、白色のブラウスを着ているようだが、長袖のブレザーによって素肌は隠されている。
スカートは動きやすい程度の長さでありつつ、足はタイツによって外界の光と遮断されている。
胸元に着けている水色のリボンは、白色で統一した制服とも相まって、アリアの深紅の瞳を美しく輝かせているようだ。
アリアの制服は全て、ネノプロジェクトの作り手に任せたが、服のデザイン監修は陽が行ったので、アリアが気に入らない理由は無いだろう。
実際、アリアは嬉しそうに笑みを浮かべ、見せつけるように凛とした立ち振る舞いをしているのだから。
館の主と言え、アリアも女の子なのだと、陽は重々理解させられた気がした。
「陽くんも、白い制服、かっこいいわよ。……普段は黒いスーツに身を包んでいる紳士も、今は白い騎士のようでたくましいわ」
「アリアさんのお褒め付きはありがたい限りだよ」
陽もアリアと同じく、新調した制服を身に纏っていた。
普段は黒色である学ランを白色にし、ズボンも白色で統一している。
学ランは白統一というよりも、水色のボタンと目立たない程度の黄色ラインを入れることで、夏の下でも涼しく見せる細工を仕掛けた逸品だ。
「……おっと、甘えん坊の幼女吸血鬼のお嬢様ですね」
お互いの制服にズレが無いか確認していた時、アリアが急に抱きついてきたのだ。
陽としては、制服の風通しが良くなったのもあってか、アリアを更に間近で感じているように思えて、鼓動が跳ねるように動いているのを理解した。
アリアがぎゅっとしつつ、上目遣いで見てくるものだから、陽はむず痒さがある。
もはや恒例となりつつあるハグは、慣れたものだろう。
陽が腕を回せば、アリアは優しい頬笑みをみせる。
「ハグにはストレスの軽減やリラックス効果を促す作用があるみたいだけど、アリアさんは実感できそう?」
「ふふ、あなたの体温を感じられるのは、落ちつくのよ」
「なら良かったよ。新しい制服、アリアさんの香りで満たされそうだよ」
気づけば、お互いに笑みを浮かべていた。
数分程お互いの体温を堪能してから、陽は置いておいた鞄を手に取った。
エスコートするようにアリアの方に手を差し伸べつつ、夏の日差しを考慮して新調した日傘を手にもつ。
「アリアさん、お手をどうぞ」
「ええ、よろしく頼むわよ」
太陽よりも眩しい光は、目の前に存在したようだ。




