105 お風呂上がりの幼女吸血鬼を温めて
(……久しぶりだな。輝く尊き命の燃えゆく瞬間を見ている贅沢なひと時よ)
その日の夜、陽は電気をつけない自室で窓を開け、六月の風を感じていた。
部屋に差し込む、青白い月明かりは、日々への心に癒しをくれる。
今では、人工物の明かりで薄れてしまった月明かりではあるが、こうして面と向かえば、優しい音色を心に響かせているのだから。
人は無機物と共存しているのではない、生きる世界と共存している上に立っているのだと。
(美しさは変わっても、輝きは変わらない悠久の時だ)
幼い頃から好きだった……星を見ているだけなのに。
耳を澄ませば、網戸を開けた窓枠から、風に揺れる木々の音、遠くで流れる川の音、どこかで下りる踏切の音、その全てが居場所を伝えてくるようだ。
陽は、自分らしくある自分を好きになれたが、輝く星のような彗星にはなれていない。
超人紳士である真夜を見て育ったからこそ、陽は陽と言う、たった一つの星になりたいのかもしれない。誰も成しえることができない、陽だけのユートピア。
「まずは、アリアさんの隣で釣り合う……いや、アリアさんが人を愛せない理由を完全に理解した方がいいか。自分がアリアさんの手を繋いでいたいから」
独り言なのに、声が弾んでしまうのは恥ずかしいものだ。
お風呂上りとはいえ、この温かな気持ちは、きっと別の鼓動を力に変えているからだろう。
先ほども呟いたが、アリアが人を愛せるようになる前に、自分が愛を知らなければいけない。無縁と言ってもいい程、恋愛には関与してこなかったのだから。
以前、アリアが制服を試着している際に思った気持ちをホモと恋羽に相談したところ、恋愛感情じゃないか、と憶測をつけられている。
陽が息を吐いた時、暗い部屋に一筋の光が差し込んだ。
「陽くん、暗い部屋だと目を悪くするわよ?」
と言って部屋の電気をつけたのは、陽が考えていた少女、アリアだ。
六月に入ったのもあってか、アリアはフリルのあしらわれた白色のベビードールを着ている。露出箇所が少し多くなっており、白い肩に腕、ほどよく肉のついた太ももが姿を覗かせており、陽の鼓動を速めているようだ。
お風呂上がりで立ち昇る湯気に、血色の良い白い肌、気になり始めている男の心に悪いものだろう。
陽は誤魔化すように首を振り、床から立ち上がった。
窓を閉め、カーテンで外との視界を遮ってから、ゆっくりとベッドに腰をかけた。
「アリアさんなら、暗闇に居ても自分を見つけてくれると信じていたからね」
「あら? どこか抜けた紳士さんは人を試せる器になったのね」
くすくすと笑うアリアの胸元のフリルが揺れるのもあり、心臓に悪い事この上ない。
今までなら何の気がね無しに見ていたのだが、ここ最近は何故かアリアを思うたびに心が揺れ動いてしまうのだ。
陽としては、紅茶の飲み過ぎでカフェインの幻覚作用か、と頭を悩ませているのだが。
現状、幻覚では無いのだが、アリアのベビードールはふくらみの上部が肩ひもに隠れつつも見えている。結果的に、アリアの柔らかな谷間が視界に映るので、脳への刺激は神をも凌駕していると言っても過言ではないだろう。
幼女体型も相まって、正直……夢をいっぱい詰め込んでいそうだと勘違いしてしまいそうだ。
アリアが立ったままこちらを見ているのも難なので、茶化しの一つは入れておく。
「ベイビー、そんな格好じゃ湯冷めしちゃうから、温めてあげようか?」
陽は笑みを浮かべ、わざとらしく自身の胸板を指で小突いてみせた。
「ふふ、それじゃあ、お願いしましょうかね」
「そうだよね、嫌だよね。……へぇっあ?」
陽は思わず、すっとんきょうな声をあげた。
陽に構わず近づいてくるアリアは、小悪魔のような笑みを浮かべている。
自分の場所を探すようにアリアは陽をじっと見てから、ゆっくりと背を向けた。
その直後のアリアの行動に、陽は目を疑った。
(……え? アリアさんが、自分の間に座った?)
見たままの光景に、陽は考えが追い付かなかった。
アリアは背を向けたのかと思えば、陽の足の間に腰をかけてきたのだから。
落ちついた様子で笑みを浮かべるアリアは、小悪魔ですまされるわけがない。
ベビードール……生地が薄いようで、アリアの柔肌の感触が直接と言っても過言では無い程、服越しでも伝わってくる。
足の間にすっぽりと納まり、自分の居場所と言わんばかりにアリアが背を預けてくるものだから、心臓は張り裂けんばかりの悲鳴をあげているようだ。
「あ、アリアさん!? えっと、その……恥ずかしく、ないの?」
「……男の子は、これをされるのが嬉しいって、恋羽さんが……」
アリアがもじもじしながら言うので、柔肌がぷにぷにと刺激してきて辛いのだが。
陽としては、恋羽めぇ、と思う反面、アリアに優しい入れ知恵をありがとうとも思っている。
「つまり、こうされる可能性があるってことだよ?」
「どういうことかしら?」
陽はそっと微笑み、仕返しとして、わざと鼻を鳴らした。
鼻先がアリアの肌に当たると、アリアはくすぐったそうにしつつも、小さく甘い声を出すものだから、嫌では無いと理解出来る。
「アリアさん、すごくいい匂いがして、好きだ」
「ふふ、陽くんと同じシャンプーを使うようになったはずなのに、おかしいわね」
「アリアさんが受け入れてくれるからかな?」
「陽くんなら、嫌じゃないもの」
アリアは更にくっつこうとしてか、もぞもぞと位置を調整してすっぽりおさまってきた。
陽としては、とても心臓に悪いものだ。
意識を逸らしているとはいえ、アリアの柔らかな部分が下半身に当たるというのは、健全な陽からすれば刺激的意外の何ものでも無い。
だとしても正常でいられるのは、アリアに不埒な行為をしたくない、と心に決めているからだろう。
所詮、異性に対しての心持ちなど、一つの風が吹けば崩れるもろいものだとして理解している。それでも、陽はアリアを傷つけたくないからこそ、アリアから安心して身をゆだねてもらえるように、ちょっかいをかけるだけで済んでいるのかもしれない。
アリアの望みを叶えられるように、陽はそっと腕を回し、アリアを後ろから抱きしめた。
「今日は随分と積極的なのね……」
「うん。まあ、いつも眠る際はアリアさんからだし、自分もアリアさんの癖が映っちゃったのかな? もしかして、嫌だった?」
「ふふ、答えはノーよ。温かさを堪能できるのは、陽くんだけだもの」
「お互い様みたいだね」
そっとアリアの頭に顎を当てれば「甘えん坊ね」とアリアは言ってくるのでむず痒かった。
ちらりと下に視線を落とせば、確かにあるふくらみの谷間、そして浮かび上がっている鎖骨が見える。それは、今のアリアを形作る物であり、陽の血液を巡らせるのには十分すぎる程に事足りていた。
特徴ある部分はしっかり服に隠れているとはいえ、女の子の素肌をここまで見るとは思わないだろう。無論、恋羽を除いてだが。
アリアをじっくり見ることが無かったのもあり……改めて見ると理解できたが、幼女体型ながらの吸血鬼であるアリアの整った体型に強調されつつある胸は、紳士の陽にとってはごくりと息を呑むほど気になってしまうものだ。
ふと気づけば、アリアが頬を突っついてきたので、陽は抱きしめている腕を離さないようにしつつ、アリアに耳を傾けた。
「ねえ、陽くん……」
「アリアさん、そんなひんやりした声でどうしたの?」
「……嫌じゃなかったらおしえてほしいの……何を悩んでいたのか」
「……え?」
「陽くん、私が来るまで絶対に悩んでいたでしょう? 部屋に入る前、陽くんの顔が悩んでいるように見えていたのよ」
淡々とアリアは告げたが、おそらく心配してくれているのだろう。
同時に、陽が抱きしめていた腕を、アリアは自分に寄せるかのように触れてきたのだから。
腕がアリアの果実を乗せる位置に持ち上げられたと言うのに、陽は気にすることが出来なかった。
できなかった、というよりも、アリアに心を見透かされていた驚きが大きかったせいだろう。
陽は思わず、アリアを抱きしめる腕が強くなっていた。
彼女の悩みである……人を愛せない理由を知りたいと、アリアの心に伝えるかのように。
「……アリアさんは、どうして、人を愛せないのかなって。でも、その反面、怖いんだ」
「……怖い?」
「うん。もしも、アリアさんが人を愛せていたら、自分と会うことがなくて……こうして、二人で寄り添った空間、自分が紳士であれる一歩を踏み出せなかったのかな、って」
「ふふ、馬鹿ね。本当に、あなたはどこか抜けているのよ」
アリアの左手はしっかりと陽の腕を抑え、右手は静かに頬に触れてきた。
ひんやりとしているのに、確かな温かさがある、その小さな手で。
愛おしく求めたくなる、その小さな、アリアにしかない温もりを携えて。
「たとえ私が『種族』を愛せていたとしても、明日を一人では望まなかったでしょうね。私は、陽くんと出会えたから明日を望む光を手に入れて、こうして一緒に歩んでいるのよ。……人を愛せないのは、長い年月を共に生きる覚悟が無い、そんな上辺面の考えを持った人を見てきたからよ……口だけなら、なんとでも言えるもの」
アリアはそう言っているが、陽の腕を握る手は強くなっている。
手放したくない、と間接的に伝えてくるかのように。
陽は、答えが出ていない。
紳士と陽の間である自分らしく、を陽は確かに歩めている。
それでもアリアに対する気持ちは揺らぐままだ。
恋愛という名の感情であるのなら、陽は答えを教えて欲しかった。
自分の腕……いや、全身はアリアに対して正直だ。だからこそ、陽は何も理解できていない、恋愛という感情に答えを求めてしまうのかもしれない。
高鳴る鼓動のささやきが、自分を問い詰めるように。
「アリアさん――自分は、この命続く限り、アリアさんと共に生きる覚悟はあるから」
陽は決意を証明するように、自身の首筋を露わにした。
ゆっくりとアリアの肩に頭を置きつつも、アリアを包み込むようにして首筋を見せる。
「よかったら、決意の証明として、自分の血を吸う?」
アリアは悩んだ様子を見せたが、ゆっくりと首筋に口を近付けてきた。
肌に当たる、生暖かい息はくすぐったさを感じさせてくる。
気づけば、アリアは銀髪のストレートになっており、背中からコウモリの羽の骨格だけが姿を見せている。
横目に見える深紅の瞳はうるりとし、今にでもかじりついてきそうな小さな口から見える八重歯……そのどれもが、陽の鼓動を速めるには十分だった。
「陽くんは、私の手を握ってくれるのよね……」
「当然だよ。アリアさんだけにしか、自分は心が揺れることは無いからね」
「……それじゃあ、いただきましょうかね。陽くんは私を見ているのね……ちょうど、あなたを求めていたの」
血と言わず、あなたと言うアリアに、陽はむず痒さがあった。
アリアの左手が陽の頬に触れれば、アリアは脱力したのか、頭を置いていた右肩がほぐれたのが理解できた。
合わさるように、支えている細い肩紐が陽の肌をゆっくりと撫でて落ちてゆく。
その瞬間、首筋に柔らかな唇が触れ、針を通すように歯が刺さっているようだ。
相変わらず痛くないのは、アリアの治癒のおかげだと、陽は重々理解している。
目をつむれば、こくん、コクん、と自身の血が幼女吸血鬼の喉を通る音が聞こえてきた。
そそられるような姿で吸われているのもあり、陽は頭の中で何も考えられなくなっている。
途中でこぼれ落ちる「う、うぅん……」と言った甘い声は、陽にとって刺激的な他なにもない。
気づけば、陽はアリアを抱きしめる腕はいつもより強くなっており、確かな柔肌の感触が脳へと伝わってきている。
「……陽くんの血、美味しかったわ」
「……アリアさんが満足したなら、自分はよかったよ」
「……はるくん、顔が赤いわよ……だいじょうぶ、かしら?」
大丈夫、と言いつつ、陽はアリアの口からこぼれていた血を静かに拭きとった。
アリアはいつもより多く血を飲んだのもあって、満足して眠いのだろうか。先ほどから、こちらに体の預けては、ふわふわした様子を見せているのだから。
その時、陽は目を見開いた。
「あ、アリアさん、今日は満足しただろうし……ね、寝ようか……ね?」
「陽くんと、まぁだ……お話、したい」
「頼んでた夏服は休日明けには届くし、アリアさんも血を吸った影響で体が温かいみたいだし、ね? ほら、ちゃんと整えてね……」
陽は誤魔化すように、落ちていたアリアの肩紐をしっかりと上げた。
そう、アリアの体感が乱れたのもあってか、肩紐はズレが生じすぎて、アリアの果実の先端を見せかねない状態だったのだ。
異性の見えざる部分は気になる反面、陽は自分への戒めも含めて、アリアとは承諾した関係を築きたいと考えている。
「じゃあ、陽くんから、もっと、抱きしめて……温めて」
アリアはそう言って、真正面を向き、陽に向かってにこりと両手を広げてきている。
幼女体型も相まって幼く見えるアリアは、血を吸うのが慣れていないのだと、陽は重々理解できた。
とはいえ、ベビードールのズレを直せたのは不幸中の幸いだろう。
(……アリアさんが安心して眠れるのなら、仕方ないか)
陽はゆっくりとアリアの背に腕を回し、自身の方に抱き寄せる。
むにゅりと形を変える柔らかさは、やはり慣れたものでは無いだろう。
その時、アリアがぎゅっと抱きしめてきたかと思いきや、電池が切れたように寝息を立て始めた。
男の胸に体を預けて眠ってしまったアリアに、陽は静かに微笑んだ。
「……アリアさん、おやすみなさい。自分は、ずっと離さないから」
陽はアリアを起こさないように、抱えたままゆっくりと布団の中に潜り込む。
(……自分は、やっぱり男なんだよな……)
久しぶりのアリアのベビードール姿に脳は興奮し続けていたのか、陽は体温が下がっていくのを実感した。
こんなにも異性として見られるのは、後にも先にも、幼女吸血鬼のアリアだけだろう。
陽は興奮冷めやらぬうちに、夢の中でもアリアに出会えることを願って瞼を閉じるのだった。




