104 幼女吸血鬼との衣替えの準備には警戒を怠るべからず
ホモと恋羽の活躍もあり、スムーズに体育祭の競技案が決まりつつある中、六月へと突入していた。
陽は帰宅してから、自室に置かれた領収書に頭を悩ませつつも、タンスの中を漁っていた。
「陽くん、何をしているの?」
「アリアさん」
ドアの方を振り返れば、いつもの愛らしい白いパフスリーブブラウスにフレアスカートというお嬢様の服に着替えたアリアが立っていた。
吸血鬼の銀髪になっているのを見るに、用があって来たのだろう。
陽が自分の事を後回しにしようとすれば「続けても大丈夫よ」と言ってアリアは近づいてきた。
「六月になったし、そろそろ衣替え用のワイシャツを用意しようかと」
「……衣替え、ね……」
アリアは分かりやすく、深紅の瞳を逸らしていた。
ふと思えばアリアは吸血鬼なので、外では肌の露出を極力減らしたいのだろう。アリアがいくら他の吸血鬼と別格だとはいえ、高度な日焼け止めを塗っているのは知っているし、肌へのダメージが少なからずあるのは理解出来る。
ちなみに、陽たちの通っている学校は……衣替えに関しては自由である。
衣替えから体調管理を試されている、と考える方がマシだろう。
いくら長袖系や学ランを着用していようと、体調を崩しては元も子もないのだから。
私生活に季節感、体温調整を自分で出来なければ、崖から落とされた際に立ち上がれないと言うものだ。
陽はアリアの様子を見つつも、さっとワイシャツを取り出した。
私生活はアリアにおせっかいを焼かれっきりだが、物の管理は紳士の身だしなみとしてきちんとしている方だ。
その時、アリアがフリルを軽く揺らし、手を前に出してきた。
「陽くん、衣替え用の服洗っておくわよ」
「アリアさん、いつもありがとう」
「……これ、生地の触感が違うのね?」
アリアはワイシャツに触れただけ、で生地の質に気づいたらしい。
基本、陽の服はアリアとの買い物以外は全て特注なので、繊維は知る人ぞ知る神秘の物となっている。
アリアが目を丸くしているので、陽はそっと微笑んだ。
「生地は全て肌に合うようにしてるからね。自分の場合は、動きやすさと通気性に利便性を置いてるから、他とは違うかもね」
「衣替え……私の体型的に、好きじゃないのよね。初めてなのもあるけど……」
アリアが悩んだ様子を見せたので、陽はタンスから必要な分だけを取り出し、すぐさまアリアに体を向けた。
体型……それは、男である自分が触れていいものだろうか。
アリアの体型については、ある意味で何度か触れてきているが、本人の悩みとあれば理解しがたいものもある。
女の子の体型に対する欲は、男が思う以上に複雑なのだと陽は重々理解しているつもりだ。
たとえ甘い言葉を一つ投げかけたとしても、揺るがない決意で食生活を厳選する人が居るように。
陽は失礼を承知の上で、一つ息を吐き出した。
うつむいている顔のアリアを見たくはないので、アリアの手からワイシャツを取り、そっと顎に指を添えて上を向かせてみせる。
うるりと輝く深紅の瞳に、思わず息を呑んでしまいそうだ。
「アリアさんは前、体型に関しては長年の理想を厳守している、って言ってたけど……今はどうして気にしているのか、理由を聞いてもいいかな?」
「……陽くん」
「理由を聞くことで一つの悩みを開花させられるのなら、アリアさんだけの紳士としては上出来かなと?」
他意はないので、アリアの秘密をばらすつもりは無い。
アリアはこちらをジッと見てから、自身の胸に軽く片手を置いてみせた。
確かながらも分かるふくらみは、アリアの幼女体型で見れば大きい方だろう。しかし、ステラというアリアの妹を目視している以上、少し複雑な気持ちもあるのだが。
「私は幼女体型と言われているの……それで、殿方の視線は大きい子に集まるじゃない。私は瞳が珍しい、白い肌、幼女体型で視線を浴びてて複雑なのよ……」
「……まあ、ホモは恋羽ばかり見てるか、揺れてるとかで喜ぶから、何も言えないんだよな」
「何気にホモさんに矢が飛んでいるのね?」
「補填で防音室を頼まれたから、多少はね?」
置いてある領収書は、ただ単に旅館及び裏生徒会の教室に、却下した防音室を追加したせいだ。
あの二人の考えは理解したくもないが、服を脱ぐのは確実だろう。
陽自身、周りで暴れられるよりはマシなので、目をつむっているが呆れを通り越しているだけに過ぎない。
アリアも苦笑しているので、二人の頼みを理解したのだろう。
「話は戻るのだけど……それって、私に魅力が無い、って事かしら……」
何故かしょげているアリアに、陽はそっと首を振った。
そしてもう一度、アリアの顎に指を沿え、くいっと優しく自分の目を見てもらう。
幸か不幸か、アリアの潤った艶のある唇に視線がいってしまったのもあり、陽は少々むず痒さが湧き出ていた。
もちろん、不埒な真似をするつもりは無いので安心してもらいたい。
「アリアさんは魅力的だよ。アリアさんだけの紳士である、自分が保証する。それに、普段のアリアさんを見ている自分だけが、本当の可愛さを理解しているから嬉しいものだよ」
アリアは気が抜けしてしまったのか、ポカンとしている。
そっとアリアの目を覚まさせるように、陽は自分の親指でアリアの柔らかな唇に触れた。
目をパチクリとさせているアリアは、今の状況に理解が追いついていないのだろう。
アリアが小さな手で自身の胸元をぎゅっと握ったのもあり、服の上からなのに大きさが軽く強調されたおかげで、陽は頬が熱くなってしまった。
陽は紳士であり、男だ。ましてや、気になっている子の胸を視線で追ってしまうのは、理性との対決と言えるだろう。
紳士として理性を抑えるのは慣れているのに、アリアに対してはどうしても緩んでしまう時があるのだから。
首を振れば、アリアが微笑んで小悪魔のような笑みを浮かべるので、本当に心臓に悪いものだ。
陽は火照り気味の体を冷ますように、一度静かに息を吐いた。
「アリアさん、もしよければなんだけど」
と陽は言って、ドアの方に向かう。
ドアを閉めれば、空間は二人だけで、ベッドと机にサイドテーブル、タンスくらいしかない。
あくまで、その場を見れば、だ。
ハンドル式のドアノブを手前に引けば、ガチャリとハマる音がすると同時にドアノブは伸びている。
そしてドアノブを直角で下に向けるようにひねると、機械的な音が空間に響き始めた。
アリアが驚いている中、陽はドアの隣にある白い壁を前にした。
この家は本当に、カラクリ屋敷だ。
壁は押されるように一スペースがくりぬかれ、壁の幕が下へと下りていくのだから。
そして壁が消えた空間からは、こんなこともあろうかとアリア用に特注で作らせた夏用の制服が姿を見せる。
学校に指定制服が無いのを逆手に取った、アリアだけの一着となるだろう。
「……どうして、あるの?」
「アリアさんだけの、紳士だからかな? それとも、これじゃあ足りないかな?」
「馬鹿。十分すぎるわよ。陽くん、あなたは本当にどこか抜けているのよ」
都合上、三着しか用意できなかったのだが、アリアには十分だったらしい。
笑みを浮かべているアリアは、陽の隣に立っている。
壁の中にショーケースのように収納されている夏服は黄金の光に照らされ、今か今かと、主の手に渡るのを待っているようだ。
「この中からなら特注ですぐに手配できるから、どれがいい?」
「特注としても……採寸はどうする気かしら?」
「安心してよ、これでも自分は採寸とか全ての記載は出来るから」
「陽くん、り、理解しているの?」
「どういうこと?」
変におどおどしているアリアは、陽からすれば不思議でしょうがなかった。
どうして気付かないの、と言いたげな視線を飛ばされても、不明なものは不明だろう。
「候補的にどれがいいとかある?」
「あなた、いい意味で前向きね。私は、陽くんと、その……ペア……」
アリアが言いたいのは理解できたので、陽はアリアと並んでも大丈夫なように、陽と似ている制服を手にとる。
肌の露出を無くしつつも、空気性がよく、蒸れの無い夢を実現した素材でできた制服だ。
白色をメインにしつつ、薄水色のラインやブレザーにリボン、スカートも上品ながらも控えめであるので、アリアに合わない理由は無いだろう。
無論、陽も夏用のワイシャツを出しつつも、夏用の白い学ランを着るので、アリアの望むペアルックは実現できる。
アリアに差し出しつつ、手前に置いてある採寸用のメジャーを手に取った。
「これを試着する前に、軽く測っておこうか」
「は、陽くん! ちょ、ちょっと待ってちょうだい!」
「別に問題は無いと思うんだけど? ……とりあえず、腕をあげてもらってもいい?」
話しつつも、陽は手際よく背丈や腕の長さ等の採寸を終わらせたので、上半身だとバストとウエストくらいなのだ。一応、服の厚みを当てただけで抜いてくれるメジャーなので、素肌に当てなくていいのは夢の一品だろう。
ちなみに、何故かホモが欲しがったのだが断ってある。
アリアがプルプルしつつも、腕をあげてくれたので、陽は通すようにメジャーを回した。
柔らかな山の頂点を意識しつつ腕を回した陽は――走馬灯が見え始めた。
これは、鈍感であった自分への罰だろう。
「いっだぁっい」
「は、陽くんのえっち!」
アリアのビンタでじんわりと、陽の頬は赤くもみじができた。
陽はあくまで、メジャーを当てただけであり、直接触れてはいない。それだけは誤解しないでいただきたいものだ。
今にでも涙が落ちそうな深紅の瞳は、本当に恥ずかしかったのだと伝えてきている。
「……ご、ごめんなさい」
「陽くん、次は許さないわよ……」
「本当にごめんなさい! その、お詫びと言っては何だけど、後で買い物に付き合うからそれで許していただけないでしょうか?」
「ふふ、それじゃあ、私のサイズを知ってしまったのだし」
アリアがニヤリと笑みを浮かべ、キラリと深紅の瞳は輝いている。
誠意を見せて正座をしているのだが、明らかに嫌な予感しかしない。
「ランジェリーの買い物にでも付き合わせましょうかね」
「……貸し切りにするか」
「いつとは言わないわよ?」
「鬼か!」
「私は吸血鬼よ?」
罰ゲームが決定してしまったので、陽は自分の鈍感さに頭を悩ませた。
無論、アリアの誘いを断る気はないので、一回だけは立ち入るつもりでいる。
アリアのサイズを事故とはいえ、胸の……カップ数を確認できてしまったのは、男として喜ぶべきなのだろうか。
陽自身、相手が気になっているアリアでよかった、と内心では安堵しているのだが。
セクハラまがいな事をしたにもかかわらず許してくれるアリアには、上がる頭は更になくなりそうだ。
「……とりあえず、これ、自分の部屋で雰囲気が合うか試してみる?」
「そうね。陽くんの信用を試すために、ここで着替えましょうか?」
「自分は絶対に見ないから! 不埒な目でアリアさんを見るくらいなら……」
陽が言い切らないうちに、アリアがパフスリーブブラウスのボタンに手を付けたので、陽は静かにベッドに座って後ろを向いた。
信用性を試されているとはいえ、心臓に悪いものだろう。
だとしても、彼女のカップ数を知ってしまった陽に逃げ道は無いようなものだ。
(……この感情、名前は何だろう)
アリアが後ろで着替えている際、陽はどうしてもアリアに向いてしまう感情に、頭を静かに悩ませた。




