101 変化に気づく時、周りが変わったのではない、自分が変わったのである
アリアと何気に距離感が近くなったのもあり、ところ構わず飛んでくる視線というのは、むず痒いものだろう。
それでも胸を張って歩けるのは、一つ傘の下、手を繋いで歩いてくれるアリアのおかげだ。
アリアだけの紳士……それが陽という自分を作り上げたのだから。
アリアに微笑ましいような目で見られつつ、校門を通り過ぎようとした時だった。
「アリアたん、陽、おはよー! 愛だね!」
「恋羽、おはよう。……朝から恋羽らしさ全開だな」
「恋羽さん、おはようございます……傘の下から出さないでくださいね?」
元気いっぱいに挨拶をしてきた恋羽は、アリアを見つけるや、すぐさま後ろから抱きしめていた。
恋羽がアリアに抱きつくのは恒例なので、陽は苦笑するしかないのだが。
ピンクの瞳は揺れ、深紅の瞳と交じり合う輝き。戯れる少女たちの姿は、傍から見れば眩しいものだ。
実際、幼女体型のアリアに対し、アリアよりも背が高い恋羽が抱きついているので、妖精たちが目の前に居る錯覚を起こしかけるのだが。
陽が微笑ましく視線を向けていれば、恋羽が不意にじっと見てきた。
顔には何もついていない筈だが、アリアに抱きつつもニヤりと恋羽は見てくるので、背筋が震える。
「陽、休日の間に変わったね!」
「……恋羽?」
「何でわかった、と聞きたそうだねぇ」
陽は確かに、恋羽にそうやって問いかけようとした。だが、名前を呼んだだけで理解されるのは、もはや恐怖すらあるだろう。
陽がうなずけば、恋羽はアリアに頬をすりすりしつつも口を開いた。
「何となくだけど、陽を見ているからかなー」
「自分を?」
「そうだよ。陽は自覚が無いみたいだけど、陽を見ている人は、ちゃんと居るからね」
含みがあるような言い方をする恋羽だが、陽は嬉しさが込み上げていた。
アリアにも言われたが、自分を見てくれている人が間近にいるのは、本当に貴重なのだ。見ている振りをして、本当はその玉座にあやかろうとする人の方が、人の本質的には多いのだから。
(……恋羽が一緒に来てくれて、良かったのかもな)
そう思っても、本人の前で言う気は無いのだが。
恋羽は深く関わりを持った人をしっかり見ているので、成長を感じられる才能があるのかもしれない。
陽自身、ホモと混ざらない恋羽に苦手意識は無くなったものの、恋羽には未知数の可能性があるので微笑ましさを感じている。
「それは、どういう意味で言ったのかな?」
「陽も会話が上手くなったね! ホモなりに言うならぁ、イチャあ――」
「アリアさん、恋羽に例のお土産を渡してもらってもいいかな?」
「さらっと話を逸らしたわね」
とは言いつつも恋羽に持っていた袋を渡すアリアは、優しいにも程があるだろう。
恋羽はお土産の中身を覗き、嬉しそうな笑みを浮かべ、さらに強くアリアを抱きしめていた。
恋羽がアリアを強く抱きしめたのもあって、アリアの制服がちゃっかりと形を強調しかけているので、陽にとっては目の毒だ。
恋羽は喜びつつも「何かあったら力を貸すよ」と余計な入れ知恵をしようとしているので、隙の無い恋の暗躍者だろう。
教室へと向かえば、相変わらずのように騒がしかった。
教室に入ると、なぜ騒がしいのかは一目瞭然だった。
ホモが後ろで注目を集めるようにペンライトを振って踊っていたようで、クラスメイトが盛り上げるようにタンバリンを鳴らしていたらしい。
なぜが重なるほどに情報量は多いが、陽はアリアに鞄を渡し、自分の席へと向かった。
案の定、ホモがハイテンションの状態で近寄ってきたので、陽は表情をこわばらせた。
「よお、陽、おはよう!」
「ホモ、おはよう。相変わらず元気だな」
「いやいや、そういう陽はなぁ……?」
ホモは最後まで言い切らずに、不思議そうに首を傾げた。
ホモは珍獣を見るような目で、陽を至近距離で見ては、顔を離して見て、を繰り返している。
校門で会った際の恋羽もだが、二人の似たり寄ったりの行動に、陽は苦笑するしかなかった。
陽自身、覚悟がついた意味では、確かに変化はしたと思っている。だが、自分自身が過去を消すほどに変化をしているわけではないだろう。
「……変わったな」
「なんでかっこつけてるんだ?」
何故かドヤッているホモに、陽は半笑いするしかなかった。
ホモが唐突なのはいつもの事だが、今回ばかりは言葉の決め方が違ったのだ。
口角をニヤリと上げ、目をキリっとしている時のホモは、大抵先を見据えた発言であると、中学生からの付き合いで重々理解している。
嬉しいのか、面白がっているのか、笑みを浮かべつつも陽の前髪をあげてくるホモは、相変わらず自由だろう。
「……変わったって、具体的には?」
「雰囲気というかさ……まあ、線もあるけど、明るくなったからな」
ホモがそう言って笑ったのもあってか、近くに居たアリアファンの集いや、他のクラスメイトも囲うように近づいてきた。
そして今だと言わんばかりに「確かに明るくなったよね」や「流石我らが陽殿」とまるで珍獣を見るような目で、励ましなのか、成長を喜んでいるとも受け取れる言葉を多く投げかけられた。
陽としては、クラスメイトから何気に自分を見られていたのもあり、ちょっとした恥ずかしさに鼻の下を軽く指で掻いた。
鼻の下を伸ばすとまではいかないが、アリアや恋羽、ホモ以外にも実感されるのは悪い事ではないだろう。
他の人も実感できるほど、アリアに過去を話したのは正解だったと言えるのだから。
「……みんな、ありがとう」
感謝を言えば盛り上がりを見せるクラスは、今日も騒がしいものだ。
ふと気づけば、準備を終えたアリアと恋羽が近づいてきていた。
アリアを陽の婚約者か何かと勘違いしているのか、ちゃっかりと男子諸君が会釈をして通り道を作るものだから、陽は声をこぼさずにはいられなかった。
(自分が変わった、って言うよりも、クラスはいつもこんな感じだったんだな)
陽は少し、感動深かった。
今まで見ていた光景は、恐らく自分を守るために、数歩置いた位置からの俯瞰だっただろう。しかし、今は自分もしっかりとクラスの一員だと実感できる程に、距離は縮まったのだ。
陽は知らず知らずのうちに、近寄りがたい雰囲気を出していたのかもしれない。
もしくはホモとしか話していなかった、というのが原因だろう。
実際、ホモの言葉を合図に近寄ってきたのを見るに間違っていないのかもしれないのだから。
軽く閉じた瞼をあげると、目の前にはアリアが立っていた。また、後ろでは恋羽がアリアを抱きしめているようで、朝と同じく目に毒である。
「信頼度が高くなったのは、流石裏生徒会長だね! 愛だね!」
「どこに愛が、と言いたいけど……囲まれているし、強ち本当なのかもな」
恥ずかしさに頬を掻けば「よっ、かいちょー!」とホモがにやけ気味で茶化してきたので、ホモの眉間に軽くデコピンを入れておいた。
瞬く間もなく、周囲の邪魔にならないように宙がえりをし、ホモは床に張り付いた。
(アクロバティックすぎるだろ? ……信頼、か)
周りからの信頼が高くなったのかは不明だが、以前よりも近寄りやすくなったのは間違いないだろう。
陽は自分を肯定しすぎる事をしなくとも、他者の感覚をすべて否定的に取り入れるつもりは無い。今はただ、自分を見てくれる人たちが居るのは、アリア以来に嬉しいのだから。
だとしても、ファーストであるアリアの価値観は別格であるのに変わりないが。
アリアからしか得られない、確かな感覚が陽には存在しているのだから。
気づけば、囲っていたクラスメイトは笑いながらも散開しているので、四人のやり取りに満足したのだろう。
恋羽がアリアにぺたぺた張り付いている時、机の下から這い上がるように、ホモが机に手を置いてきた。
ホモは自然的な笑みを浮かべたのかと思いきや、二人に感づかれないようにしてか、耳元で囁いてきた。
「なあ、陽。アリアさんに、過去を話したのか?」
やはりというか、ホモは理解していたのだろう。
ただ単に周りに聞かれては不味いからこそ、倒れるそぶりをして息をひそめていたようだ。
当のアリアは、恋羽の対処に必死なので、ホモとの会話にまで気は回らないだろう。
アリアの聴覚は人の域を超えているので、話の内容によって警戒くらいはしている。
陽がアリアを見つつ軽くうなずけば、ホモは嬉しそうに口角を上げた。
「陽の恋のキューピット的な感じか?」
「……? ホモ、キューピットのような天使はいなくとも、アリアさんは元から優しいぞ?」
「はあ、これだから子どもは……陽もまだまだだな」
何を言いたい、とホモにムスッとした視線を向ければ、ホモは笑って誤魔化すように恋羽を目を細めて見ている。
ところかまわず彼女をえらい目で見ているホモは、ある意味依存症だろう。
陽はホモの言葉の意味を不思議に思い、首を軽く傾げておいた。
おそらくだが、ホモは余計なお世話を口にしたのだろう。
ホモが予言、というよりも茶化しを入れる時は、大抵未来を見据えていると相場は決まっているのだから。
「アリアたん、陽に優しいって思われている感想は?」
「ふふ、陽くんは人をちゃんと見れて偉いですね」
「……もう、何も言わないよ」
「陽、苦虫を噛み潰したような顔してどうした? もしかして、アリアさんを見すぎて聖剣――マジですいませんでした」
「陽くん、学生なのに息子さんが居るの?」
「……アリアたん、生粋だねぇ」
「ホモはもう少し、アリアさんを見習ってくれ」
「はっはっはっ、嫌だね。まあ、陽も成長をしているのは良い事だな!」
丸く収められたような気もするが、陽は心から静かに感謝をした。
否定しないで受け入れてくれた、ホモと恋羽、そしてアリアに。




