表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第三章の一 近づくは幼女吸血鬼と紳士として

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

100/214

100 幼女吸血鬼のおせっかいに敵うはずがない

「陽くん」


 数分後、陽はアリアに呼ばれ、キッチンの方を見た。

 気づけば、アリアはおにぎりを一つ握っていたようで、海苔つきおにぎりをお皿の上に乗せ、陽の方に差し出してきていた。


 学校に行く前なのと、朝ご飯を食べた後なのもあり、陽は頭にハテナマークが浮かんでいた。


 この状態になるまでは、陽はアリアに自分をホモと恋羽にどう見られるかが心配という話をしていたのだが、その経緯からおにぎりを作られるとは思わないだろう。


 アリアがテーブルにお皿を置き、優しく手招きをしてくるので、陽は静かに歩み寄った。


 アリアは案の定というか、椅子を二つ引き、隣同士で座るように目線で促してきている。


 ダイニングテーブルの椅子はあえて四つにしているが、こうして使われるのが正しすぎて、陽は何も言えない。


 陽は理由を聞くのを後にして、とりあえず椅子に腰をかけた。


「あの、アリアさん? どうして、おにぎりを?」

「私が陽くんに振舞いたいと思ったからよ?」


 なぜアリアが疑問気なのか不明だが、他意は無いのだろうか。

 テーブルの上で置かれたおにぎりから感じるのは、そそられる食欲に、輝くような一粒一粒の白米の神々しさだ。


 それなのにも関わらず、今の空間は気まずいのだが。

 陽自身、食べる事への戸惑いは無いのだが、本当の理由を知りたい欲が勝っている。


 陽が自身への悩みのせいで、アリアにこの振る舞いをさせてしまったのなら、陽は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 おにぎりを目の前にして疑問を自身の中で問い続けていれば、アリアが一つ息を吐きだした。


「陽くん……本当はね、あなたが落ちつかない様子だったから振舞おうと思ったのよ」

「さらっと心を読まないでもらえるかな?」


 何気なく心を読まれたのもあり、陽は苦笑するしかなかった。

 アリアに心を読まれるのは当たり前になりつつあるが、陽としてはむず痒さがあるのだ。

 気になる人に心を読まれているのは、男目線では隠し事をする気が無くとも、どこか落ち着かなくなるのだから。


「登校までは時間があるのよ。少しでも食べて、落ちついて、あなたらしい……紳士らしい陽くんを、私に見せてちょうだい」


 アリアから言われた望みは、静かに心の水面を揺らした。

 陽は今、確かに自分としては存在している。だが、紳士と自分、二つを一つにした今だからこそできた不安に、一歩を踏み切れていなかったのだ。


 ホモと恋羽は、恐らくどんな陽であっても受け入れ、楽しい輪を広げるだろう。

 そう、心配は最初からなかったのだ。


 相手との距離感が変わってしまうのではないか……その悩みという名の臆病な陽が、顔を覗かせていただけに過ぎないのだから。


 陽はアリアの微笑みを確かに見てから、改めておにぎりへと視線を落とした。

 自分に自信を与えるためだけに握ってくれた、アリア特製のおにぎりに。


「アリアさん、いただきます」

「ふふ、召し上がれ」


 陽はおにぎりを手に取り、静かに口に運んだ。


 口の中に頬張れば、米の一粒一粒が主張するようにほどけ、口の中でワルツを踊るように、重々理解出来る程の甘みを醸しだしている。


 そしてもう一口含むと、ふんわりと広がる塩の味に、確かな歯ざわり。

 おにぎりを見れば、真ん中に鮭が具材として入っていたようだ。


 米に合う鮭の塩梅は、米の甘みをまろやかにしつつも、鮭の塩の味を忘れさせんとばかりに引き出しており、米と鮭の手を繋ぐ世界を伝えている。


 一回噛めば甘みが広がり、二回噛めば鮭の味が良い具合に、三回目はおにぎりの食感が口の中を包み込んでくるようだ。


 普通のおにぎりではない――アリアが握ってくれたおにぎりだからこそ、口で感じて、鼻で匂いを堪能し、全てをしっかり味わおうと思えるのだろう。


 陽は、食への感謝を忘れず、出される食事の全ての味を堪能している方だ。それでも、アリアから出される料理は、感じる格が違うのだから。


 その美味しさに、陽は心から感謝をした。


「……アリアさん、すごく美味しいよ。何よりも、心が温かいよ」

「陽くん、こうやって真心こめるように……今のあなたを見ている人は、ここに居るのよ」

「うん。知ってる。でも、怖かったのかな」

「安心して大丈夫よ。私はあなたの過去を知っても、尚、好ましく思っているもの」


 アリアがおせっかいを焼きやすいから、と陽は言いたくなったが、静かに心の内だけにしておく。

 陽は笑みを浮かべ、微笑ましいような瞳でアリアを見ておく。


 ふと気づけば、アリアの顔がこちらに近寄ってきていた。


「陽くん、ほっぺにご飯粒がついてるわよ」

「え、ああ、すまない。今……え?」


 アリアに指摘され取ろうとした時、陽は目を疑った。

 陽がご飯粒を取るよりも先に、アリアの唇が陽の頬に優しく触れたのだ。

 そして食べるような口先から感じる柔らかさに、一瞬世界が止まったのではないかと勘違いしてしまう程、陽は頭の中が白くなった。


 おにぎりを落とさないようにしつつも、陽は考えるように、アリアを見た。

 アリアは小悪魔なのか、満面の笑みを浮かべており、陽の頬にキス行為したのを気にしていないようだ。


 思わず頬に触れてみれば、アリアがくすくすと笑うものだから、陽は頬が熱くなっていくのを実感した。


 深紅の瞳がうるりとしているのを見るに、アリアは我慢できなかったのだろう。

 アリアが甘えん坊なのは目に見えているが、大胆なのは心臓に悪いと言うものだ。


「アリアさん……その、ありがとう」

「ふふ、頬へのキスは刺激が高かったかしら? 米の塩味よりも、あなたの味を――」

「アリアさん、それ以上はいけないよ。えっと、ほら、まだ朝だから?」

「吸血鬼からすれば、朝が夜よ?」

「それを言ったらアリアさんは全てが夜になるよ?」


 お互いに顔を見て、気づけば笑みを浮かべていた。


 アリアらしいと言えば、本当にそのままだろう。

 アリアは恐らく、陽に気づかせるために、こうして頬にキスをして米粒を取ったのかもしれない。


 陽よりも恋愛に疎いアリアだからこそできる、刺激的なお薬になってはいるが。


(自分らしい、ってアリアさんの事を指すんだろうな……)


 陽は改めて理解できた気がした。


 誰かに受け入れてもらうのが自分ではなく、自分のままでいる事が正しい振る舞いなのではないかと。

 アリアは陽に対して遠慮は無く、甘えてくるし、おせっかいを焼いてくる。ましてや、寝る際は必ず抱きしめてきて、腕に柔らかい果実を押し付けてくるほどだ。


 全てはアリアだけの持つ個性であり、自分らしさだ。

 だからこそ陽はアリアを受けいれ、今を選択しているのだと、前々から重々理解してきたつもりだが、陽は改めて実感したと言える。


 繰り返しそうになっていた過去に、陽は首を振り、静かに苦笑した。

 そんな陽を微笑ましいような瞳で見てくるアリアに、敵うはずないだろう。


 陽はアリアに感謝をし、残ったおにぎりを食べ進めた。

 その際、アリアが自身の手で食べさせてきたのだが、もはや慣れっこだ。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

「アリアさん、とても美味しかった。作ってくれてありがとう……甘えん坊だな。まあ、労いとしてはちょうどいいかな?」


 気づけば、アリアは細い腕を回して、優しくもぎゅっと抱きしめてきたのだ。アリアの柔らかいものが胸板に当たっているのもあり、陽は心臓の鼓動が速くなっていた。


(アリアさんらしいな)


 制服の匂いを嗅いでいるのか、鼻をくんくんと鳴らすものだから、陽はむず痒さがあった。

 陽はさっと手を拭き、アリアの体に腕を回して抱き返した。


 小さい体の中にある、確かな温かさを実感するように。


「アリアさんだけの紳士の新たな一歩として、抱きしめさせてくれないか」

「ふふ、もう、抱きしめてるじゃない」

「すまないね。男心のある腕は素直なもので」


 上目づかいで見てくるアリアの深紅の瞳はうるりとしており、嬉しそうな笑みを絶えず宿している。


 お互いの温かさを実感していたら丁度いい時間になったのもあり、学校に向かうことにした。

 今の自分を抱きしめ、引き連れるように。いや、前を向いて歩くように、が正しいだろう。


 歩く姿は、どこか抜けた紳士でありながら、愛で満たされた笑みを宿す陽なのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ