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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として
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01 赤い月明かりの下、幼女吸血鬼との出会い

(あの子は……こんな夜中に、何を?)


 月が黒い雲に隠れた時、白井(しらい)(はる)は河川敷の川岸で座っている、同じ高校の制服を着た少女――アリア・コーラルブラッドが目に入った。

 アリアは、陽と同じ高校に通っている美少女で、十歳もいかないくらいの容姿をしている。いわゆる幼女体型、といった所だろう。


 艶のあるなめらかな黒いストレートヘアーは、微かな光さえも反射して、自分の存在を証明している。

 深紅の瞳は月が隠れているというのに赤く輝いている。そして、キリっとしていながらも柔らかな大きな瞳は、珊瑚の赤い宝石のような美しさを遠目からでも理解させてくるほどだ。

 横顔から映る、薄っすらとピンク色の唇も相まって、一つの美少女の形を体現させている程に。


 そして制服の隙間から映る白い肌は、もっちりとした潤いのある艶をしており、肌荒れを知らないのだろう。


 彼女は同学年であるが違うクラスなのもあり、陽としては情報が無いに等しい。それでも理解できるのは、彼女は容姿端麗で、勉強も出来て運動神経も抜群、弱点という弱点がないということだ。


 噂が一人歩きしているのか知らなくとも、彼女、アリア・コーラルブラッドが人並外れているのと、学校側に情報が無いのを踏まえればおかしくないだろう。


 考えれば考えるだけ隙の無い彼女に、陽はため息が出そうだった。

 優柔不断な自分とは違う、まるで別世界の存在のような彼女に。

 自分は自分、他人は他人だ、と理解しているにも関わらず、一つの迷いがあるせいだろう。


 別に恋心があるわけもないので、余計な詮索をしないようにと、その場を離れようとした、その時だった。


(……何でうつむいて、寂しそうな顔を……)


 寂しい感情だと取れてしまったのは、明らかに陽の感性。それでも、川を見ているアリアの横顔は、なぜか切なそうに見えたのだ。


 自分には関係ない筈だ、と気づけば陽は自分に言い聞かせていた。それでも、脳裏にちらつくのは紳士である父親の教えだ。

 呪縛か束縛か、あるいは導きなのか。そんな自分に似た何かを感じてしまい、ジッとしていられなくなっていた。


 下心や、恋愛という感情は無しに、体は川を見ているアリアの方へと引き寄せられていく。


 音もなく近づいた時、陽は自分の目を疑いそうになった。


「――危ない!」


 とっさに出た声はむなしく、アリアは川の方に頭から落ちようとしていたのだ。

 水面を見すぎていたせいで、アリアの体感感覚にズレが生じてぐらついてしまったのだろう。


 陽は息を呑み込み、時間が止まるような中を走りだし、アリアとの距離を詰めた。

 アリアが川に落ちそうになった時、陽は間一髪で間に合い、彼女の肩を柔らかな力で後ろに押し、代わりに自分の身を川へと落とした。


「なんで、私の代わりに……」

(……あの子が濡れずに無事なら、よかった)


 アリアが驚いた表情で呟くと同時に、闇夜に紛れて川は跳ねるような音を鳴らし、星の光を反射する水滴を宙に浮かばせた。


 川は意外と浅かったのか、陽の腕が岩肌に付くだけでとどまっている。

 とはいえ、十月の半ばなのと、半袖で家を出てしまったのもあって、冷たさが身を凍えさせてくるようだ。


 川の水に当たった素肌はすっかりと冷え、アリアに恥ずかしいところを見せてしまった。


 陽としては、アリアが水に落ちなかっただけマシなので、自分の犠牲は問題ない方だ。

 冷たくはあったが、無事に救えたのを嬉しく思ってしまう程に。


「あの、その……ごめんなさい」


 アリアの声は初めて聞いたが、おっとりしているようで、芯のあるお嬢様の様な口調だ。それでも、先ほどの一件があったせいか、冷たさを帯びているようにも聞こえる。


 陽が川から出ると同時に謝ってくるアリアに、陽はどこか申し訳なく思ってしまう。

 勝手にアリアを助けようとして川に落ちた挙句、幼気な少女から謝罪の言葉をもらう羽目になってしまったのだから。


 紳士の教えを父親からされているとはいえ、陽は上手く言葉が出なかった。

 上手く言葉が出ない、というよりも、怖かったからだ。


「……気にしないでくれ。自分が勝手に落ちたんだ、笑ってくれよ?」

「笑えないわよ。知らない私を助けてくれた方を笑うなんて……」


 様子から見るに、アリアは陽の事を知らないのだろう。

 ふと気づけば、アリアは陽の腕をじっと見てきていた。


 服に付いた水を何気に払っていたのだが、右腕は川の石で擦ってしまったのか、じんわりとだが血が出ている。

 月明かりが無いのに見えているアリアに、陽はどこか突っかかるような気持ちがあった。


「あなた、血が出てる」

「え、あ……このくらいは日常茶飯事だから、気にしないでくれ」

「……失礼するわ」

「いや、だから……え?」


 血を拭こうとハンカチをポケットから取り出した時、陽は自分の目を疑った。

 アリアは小さな手で陽の腕を握り、自身の口元に近づけたのだ。そして、右腕の血が出ている個所を小さな口でかじりついてきた。


 針の穴に糸を通すような痛みは、彼女の歯が刺さっているからだろう。

 その時、空を覆っていた黒い雲は晴れ、赤く輝く月明かりが、陽とアリアを包み込むように差し込んだ。


(自分は、夢でも見ているのか?)


 今、血の出た箇所をかじっているのは、正真正銘アリアの筈だ。

 それでも、月明かりが差し込んだ彼女の容姿は、先ほどとは打って変わっている。


 変わらない深紅の瞳は先ほどよりも輝き、鮮明に潤う赤き血のようだ。

 黒いストレートヘアーは気づけば短くなっており、首元辺りまでのセミロングとなって、なめらかな艶のある銀髪となっている。また、消えた髪が魔法で束ねられたかのように、右サイドで一つにまとめられているようだ。


 月明かりのおかげかは知らないが、アリアはもう一つの秘密が浮き彫りになっている。

 彼女の体の後ろから、コウモリの羽が生えているのだ。

 言い表すのなら、御伽話で出てくる吸血鬼そのものだろう。


 小さな幼女体型に、黒い悪魔のような羽をもった吸血鬼という組み合わせは、陽の心を静かに刺激してくるようだ。

 別に幼女好きではないが、アリアに血液を吸われているのもあって、不思議な感覚に陥っているせいだろう。


 彼女が吸血鬼ではないと思いたくとも、見えているコウモリの羽に、血を吸われている現状を考えれば無理がある。

 気づけば、アリアは血を吸い終えたのか、口を離した。小さな糸がプツリと切れたのを見るに、本当に傷口を、血を食されていたのだろう。


 止血をしないと、と思った自分を陽は疑うこととなった。


「……傷が、塞がってる?」


 アリアに吸われた傷口は、瞬く間もなく、歯痕は愚か、傷口などどこにもなかったのだ。

 ふとアリアを見れば、アリアは羽を小さく動かし、静かにこちらを見てきている。

 動じた様子が無いのを見るに、自身が吸血鬼だとバレていないと思っているのだろうか。


「君は、一体……?」

「……見たままよ、人間」

「吸血鬼、なんだね」


 アリアがうなずくのを見るに、予想は間違っていなかったらしい。

 陽はズレた服を整えつつ、アリアとの距離を詰めた。

 そして、持っていたハンカチを彼女の口に近づけ、優しく拭いてみせる。

 彼女が吸血鬼だとしても、傷口が癒えているのは事実であり、感謝しかないのだから。


 口から零れだしていた血を拭きとったハンカチを、陽はアリアの手で包ませるように、小さく折りたたんで手渡した。


「それ、返さなくてもいいから」

「あなたは、私が怖くないの?」

「お互いに助けられたんだ、詮索はお互いに無しの方がいいだろ?」

「……ありがとう」

「こっちこそ、ありがとう」


 感謝されるために言ったつもりはないが、悪い気はしないだろう。

 アリアが吸血鬼だとしても、人間の姿があるのは変わらないし、自分とは関係ない、と陽は割り切っているつもりだ。


 父親の教えである『自分の見ている世界だけが正解とは限らない』という言葉のせいだろう。


 早々に立ち去ろうとした時、アリアの声が聞こえた。


「ねえ、あなたは、どうして私を助けたの?」

「人を、他者を助けるのに、理由は必要かい? 人が人であるように、自分が助けたいと思ったから助けた、それだけでいいじゃないか?」

「まるで、紳士ね」

「……今日の事は気にしないから。明日から赤の他人だし……今まで通り学校には来るといいよ」


 紳士、その言葉だけが陽の心を抉るようだった。

 無理やり探し出した優しい言葉は、どこか自分に言い聞かせているようで、紳士とは程遠い。


 わかりやすく目を丸くしているアリアは、吸血鬼と言っても人間らしさがあるのだろう。


「あなたの名前を聞かせてちょうだい」

「……白井陽。しがない人間の名前さ」

「白井陽……まるで太陽ね。……自己紹介させてもらうわ。私は誇り高き吸血鬼の末裔、アリア・コーラルブラッド」

「名前くらい知ってるさ。じゃあ、良い夜を」


 お互いに自己紹介を終えてから、陽はその場を後にした。

 その時、アリアの声が小さく聞こえた気がしたが、気のせいだろう。


 アリアは美少女かつ幼女なので、家まで送ろうか悩んだが、吸血鬼であるのなら問題はないはずだ。


(今も後も、関わるのはこれっきりだ)


 紳士の立ち振る舞いをしたくないのと、むやみやたらに関わる必要は無いのだから。

 紳士と吸血鬼の出会いは、一期一会のように。


 月明かりの下、帰路を辿る陽はそう思っていた。関わりはこれっきりだろうと……その時までは。

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