Act 1.A MAN MEETS A GIRL(おれがひろったおんな)
--眠ることのない街、新宿歌舞伎町に、一人の男が夢見心地の千鳥足で、切れることのない雑踏の中を器用にスルスルと抜けながら歩いている。
男の気分は上々のようだ。
酔った赤ら顔に陽気に歌を口に乗せながら、路地裏へ向かい歩いていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
--人通りのない路地裏に、足音と女の荒い息遣いが響く。女の表情は硬く、時折背後を気にするようにして夢中で路地裏を駆け抜けている。どうやら何かに追われているようだった。
そこへ、ふらふらと酔って路地に入り込んだ男とぶつかった。
「きゃぁっ!」
悲鳴を上げ、女はよろめいて倒れかける。咄嗟に女の腕を掴んで受け止め、男はまじまじと女の顔を見た。
困惑顔の女は、どうやら男の好みだったようだ。
「あーれぇ。ボクしゃん好みだぁ」ヘラリと相好を崩してそう言った。
「ねぇ、ボクしゃんと一緒に飲みに行こうよぉ」
「あ…いえ、あの……」
慌てたように男に告げる。切羽詰まった状況で、どう返答していいかすらわからないような雰囲気を醸していた。
女が返答に窮していると、女の走ってきた方角から慌ただしい足音が聞こえてきた。
それは次第に近づいて、男と女のそばまで来ると、そこで足を止めた。
どうやら二人組の男たちは、女を追っていたようだった。女を見、そして女の腕を掴んでいる男を見る。
男の正体はわからない。しかし女を渡すわけにはいかない。男に向かってドスの効いた低い声で言った。
「その女を渡せ」
「ダーメ。ボクしゃんのほうが先約」酔っぱらいは意に介さず、ヘラリとそう返答した。
その言葉に、男の一人が徐にナイフを取り出した。路地裏の薄暗い中、ナイフの刃が怪しくきらめく。
口で言ってもわからないと悟った男は、女の腕を掴んでいる男にナイフの刃を向けた。大抵はこれで怯え、男の言いなりになるはずだった。いままでそうして対処してきた。
しかし――。
「まぁ、危ないわねッ」男はおどけて言うだけで怯える素振りすらない。口でわからなければ、体でわからせる。それが男たちのやり方だった。
「クッ」短く呟いて、男はナイフを突き出した。
酔った男は、それを屈んで肘で避け、ナイフを持った男の腹に蹴りを一発喰らわせる。ナイフを持った男は鋭い蹴りに吹っ飛んだ。
蹴りを入れた男は、さも酔いが回ったかのようにフラフラと倒れこんだ。女は膝を折り「しっかりして」と男に声をかけ、助けようとする。
ナイフを持った男の連れが、ここぞとばかりに倒れた男に向かって飛び出した。
倒れた男は幸いまだ立ち上がれない。女を奪還することができると踏んだのだ。
誰が本当の味方かもわからない。しかし女をかばった男はここで制裁を受け、そして私はこの男たちに捕まってしまうのだ――。近い未来を想定し、女は絶望的に「あぁ」と、感嘆の声を漏らしながら、両手で顔を覆った。
しかし倒れこんだ男は、女が顔を覆う瞬間を逃さなかった。瞬時に羽織っていたジャケットを脱ぎ、向かってきたもう一人の男に投げつける。それは向かってきた男の頭に覆い被さった。
ジャケットを投げつけた男の表情は、酔った者のそれではない。眼光鋭く、精悍な顔つきは、明らかにただの酔っぱらいではないことを示している。
さらに男は立ち上がりざま、藻掻いている男の手首を握りしめた。食い込んだ指の痛みに、手にしていたナイフを取り落とす。その瞬間を見計らい、掴んだ手首を支点にして一本背負いをかける。向かってきたもう一人の男は、宙に舞い、路地裏に叩きつけられて倒れた。
それはほんの一瞬の出来事だった。
その鮮やかさ素早さは、常人の動きではない。ましてや酔っている男の動きですらなかった。
そのことに、女はまだ気づかない。掌で顔を覆い俯いているときに聞こえた物音は、てっきりぶつかった男のものだと思い込んでいたからだ。
路地裏に静寂が訪れ、こわごわと女は覆っていた手を離し、顔を上げて周囲を見た。
--女が見たものは、想像していたものと違っていた。追手である二人の男は地に臥し、立っていたのは最初にぶつかった酔っぱらいの男だったのだ。
しかし男は、さきほどの格闘の片鱗も見せず、
「ボクちゃんは強いのら~~ワハハハ…」と手をパンパンと払い叩きながら大笑いをしていた。
女は驚愕の表情で男を見つめる。
男の名前は、冴羽リョウ。シティハンターと呼ばれる街のスイーパーである。
--しかし女はまだ、この男の正体を知らない。