Title1.孤独な魔法使い
長期休みや隙間時間を利用してちまちま書いていたものです。誤字脱字や変なところがあったらすみません。
もし気になるところがあれば、お手数ですがコメントで教えて頂けるとありがたいです。精一杯修正します。
Title1.孤独な魔法使い
広い広い宇宙のどこかにある星の、広い広い大陸に住む人々は、長い長い時間をかけて、木を伐り、森を開き、開拓を進め、必死に発展させていった.
そうしていくうちに、人々は集まりを作るようになった.
はじめは、血の繋がったもの同士で、次に、気の合うもの同士や友人同士で、後にそれらが一つの塊になり国となった。国より大きな塊になることはなく、国と国同士は、時にお互いに協力し、時に殺し合いにまで発展するほど争った。
そんなことを繰り返しているうちに、人々が星全体に与えたダメージが、じわじわと感じられるほどにたまっていっていた。
度重なる異常気象とそれに伴う自然災害。人々は多大なダメージを受け、中には再起不能になるほどの大怪我をし、住む地を失い、さまよわなければいけない人々も多かった。
人々は強い危機感を覚え、何とかして星のダメージを修復し、生き延びようと必死に努力した。
だが、人々が思っていたよりももっと事態は深刻だった。
どんな手を尽くそうと、星のダメージは、癒える気配が見えず、気象異常はどんどん深刻化し、自然災害が多くの命を奪った。星へのダメージは今更行動したってどうにもならないほどまでに蓄積されていたのだ。
しかし、人間には人間の誇りや意地がある。そう簡単に滅びたりはしなかった。
僅かに残った生物の暮らしていける土地にコロニーと呼ばれる、所謂シェルターを造り、自然災害から精一杯身を守った。
コロニーの中で自分たちを襲う危機と闘ううちに、理屈では証明できないような、摩訶不思議な力を使える者たちが現れた。
体から炎を出せる者、無限に水を生み出す者、植物の成長を促進したり、傷ついた者を癒したりする者……その摩訶不思議な力を使える者は、あらゆる場面で人間を有利な位置に立たせ、必死に生き残ろうとする人々の大きな助けとなり、希望となった。後にその力は「魔法」と、その力を使う者は「魔法使い」と呼ばれるようになった。
数々の魔法使いと魔法によって、人々はコロニーの中で急速に発展し、徐々に生息域を広げ、かつてのような発展した姿を取り戻していった。
この有り得ない様な回復は魔法使い無しでは成し遂げられなかったので、魔法使いの地位は高まり、多くの人に崇められるようになった。
それから、魔法を駆使して人類は発展を続け、時にはその魔法で争いながら、生き物の住む豊かな星と人類の文明を取り戻していった。使い所のなくなった魔法は徐々に衰退していき、魔法使いも減っていった。かつて、人類の希望として崇め讃えられた魔法使いは、戦争に使われていた背景やあまりに摩訶不思議な力から、忌み嫌われる存在となった。
すっかり魔法が衰退した世界に僅かに生き残った魔法使いたちは、周りからの差別や偏見に悩まされながら生きていた。「魔女狩り」が行われていた時期もあったため、自分が魔法使いであるということを一生涯隠しておく者や、自ら魔法を封じてしまう者もいた。
大国の大きく発展した町から森一つ分離れた質素な村に住む少女、風露も、魔法使いへの差別に苦しみながら生きている人々の内の一人だった。
「ふわぁ……」
かび臭い書物の香りがほんのりと広がる室内で、気の抜けた欠伸をした少女、風露がポツンと一人、古ぼけた椅子に座っていた。
風露の前には重みのある大きな長机が設置されており、その上には子供向けの絵本から研究者が読むような分厚い論文まで、様々な種類の本がいくつも山積みにされて無造作に置かれている。そして、風露の手にも一冊の分厚い本が握られていた。
本を手に持ったまま、風露は大きな伸びをした。「ふぅ」と息を吐いて、ふと自分が今空腹であることに気がつく。
「昼飯……」
呟きながら、少女は以前本で読んだ様々な料理を思い出した。
熱いチーズがとろりとかけられた白いパン、カラフルで少し体に悪そうに見えるサラダ、甘辛い炒め物。
どれも他の大陸の文化の料理で、風露は目にしたことすらなかった。
まだ見たこともない料理の味を想像しながら、風露はうっとりするかのように目を細めた。しかし、自身の腹の鳴る音ですぐに我に返った。
風露の住む村のある大陸は、発展はしてるが、食料となる植物が極端に少ない。貧しい乾燥した土地で育つ植物は、粒の小さい穀物や、雑草くらいだ。幸い、穀物や小麦はよく育つのでパンやうどんはある。しかし、それだけではこの大陸の貴族たちは物足りないのか、豊かな土地で育った様々な植物が他の大陸から輸入され、高値で取引されていた。そのような食物が、こんな辺鄙な村に届くはずもなく、風露があのような料理を口にすることは夢のまた夢だった。
どうにもならないことをいつまでも考えていては仕方がないと思い、風露は昼食を食べに家に戻るため立ち上がった。ギシッと少し不安になる音を椅子がたてたが、これだけ古ぼけていては仕方がない。
風露は振り返って椅子にかけてあった分厚いコートを手に取った。
不思議なデザインのコートだった。生地は黒色で、何故か上下で切断されており、茶色の紐の束と金色のリングで上下が固定されている。同じような紐とリングのセットが幾つも連なって完全に切断された生地を繋ぎあわせており、何故か袖にまで同じものが付いていた。
このコートを風露はとても気に入っているようで、夏だろうが冬だろうが一年中着ていた。もちろん洗濯はちゃんとしている。
コートを羽織り、風露は広い室内をぐるりと見渡した。
所狭しと本棚が置かれ、その中にかび臭いにおいを漂わせている犯人の書物が丁重に背表紙を向けて並べられている。
そう、ここは質素で小さな村には似合わない、巨大な図書館だった。しかも建てられてから相当な年数が経っているようだ。あまりにも古びているので、村人たちは君悪く思い近づかない。いつだって一人きりになれるので、ここは村で唯一の魔法使いとして皆に嫌われている少女にとっての唯一の居場所だった。
……正直、彼女が嫌われている理由はそれだけではないのだが。風露は、村人たちとあまり関わろうとせず、おまけに目つきが悪く、ぼさぼさの清潔感に欠ける髪型だったため、最初からあまり良い印象を与えていなかった。後に風露が魔法使いであることが分かり、嫌味などを言ってくる人が当然いたのだが、風露はまるで聞こえていないかのように涼しい顔で表情一つ変えずにいたため、そのようなことを言ってくる人はいなくなったが、陰で気味悪がられていた。さらに、風露は皆が君悪がって近づかなかったあの図書館に頻繁に通っていたため、村人たちに完全に「気味の悪い魔法使い」とレッテルを貼られてしまった。
持っていた本を机の上に置き、まっすぐ出口へ歩き出した。
図書館を出て少し歩くと、木々と荒れ果てた小道だけだった景色が、広い道に沿って家屋が点々と建っている景色へと変わった。図書館は、村の中でもかなりはずれの方にあったらしい。
徐々に家も増えていき、人の姿も増えてきた。
風露が前を通るたび、村人たちは集まってひそひそと噂話をしている。恐らく噂の内容は風露についてだろう。
当の本人は全く表情を変えず、ただ俯いて足元を見ながら歩いていた。
そうして歩いているうちに、少女は一軒の家の前で立ち止まった。
乾燥した地域ではレンガ造の家が多いが、この家は珍しく木造の家屋だった。
風露は何の躊躇いもなく少しささくれだった気の扉を押し開けた。
ふわっと甘い香りが家の中から漂い、風露の鼻を優しくくすぐる。
少し不思議に思った風露は、真っ先に家の中にいる人物に声をかけた。
「ばあちゃん、これ……」
「あ、風露、帰ってたのね、おかえり」
「ただいま」
にこやかに風露を迎えた老婆が、昼食をテーブルに並べながら声をかける。
風露が一言返事をしたのを聞き、座って新聞を読んでいた老爺が顔を上げた。
「おかえり風露」
「ただいま、じいちゃん。ねえばあちゃん、これなんの匂い」
老爺の方を見て返事をし、再び老婆に声をかける。
家の中に風露と二人の老人の他に人物は見当たらず、どうやらこの三人だけで暮らしているようだった。
質問をされた老婆は、少し得意げに微笑み、回答する。
「今日のお昼はバターをたくさん使ったロールパンよ」
「え」
その言葉を聞いた瞬間、笑みこそ浮かばなかったが、風露の表情が明るくなり、パッと目が輝いた。
「え、バター……?バターを使ってるパンはそもそもここら辺で売ってないよね……売ってても高いし」
「うふふ、行商人さんが、今日は珍しいパンが入ったって言ってたから買っちゃった」
「前にバターをもう一度食べたいと言っていたからね。じいちゃんからのサービスだ」
「払ったのは私ですけどね」
風露は目を輝かせてパンをじっと見つめながら二人の会話を聞いていた。
バターが使われたパンを食べられることも嬉しいが、昔二人に行ったことを覚えていてもらえたことが何よりも嬉しかった。
独りぼっちの少女にとって、家族であるこの二人だけが少女の味方であり、理解者だ。
風露の使う魔法を一切気味悪がらないうえに、図書館に行って本を読むという唯一の趣味を否定しなかった。
小柄で力が弱く、なかなか手伝える力がなくしょげているときに、「まだまだ子供なんだから大人がやっているようなことじゃなく、やりたいことをやりなさい」と声をかけてくれたこともあった。
そんな優しくて大好きな家族と食卓を囲むために、風露は急いで裏口から井戸へ行き、手を洗って、席についた。
「「「いただきます」」」
三人で食卓を囲み、温かい昼食を食べるという幸せな時間は、少女にとってはとても短い時間であり、あっという間に過ぎる。
ふわふわの白いパンを食べ終わった後、一つだけ食べずに残しておいたロールパンを手に取って綺麗な布に包み、それを持って再び図書館へと向かった。
一見とんでもない本好きにも、家族団欒の時間を大切にしていないようにも見えるが、そうではない理由が、風露にはある。
風露がこの村で老人二人と暮らしているのは、風露が自分のわがままでこの家に転がり込んできたことが主な理由だ。おまけに村中から嫌われて、避けられている風露が一緒にいることで、この老婆と老爺にさらに迷惑がかかってしまっていることを分かっていたので、なるべく家にいないようにしている。
「あら、もう行くの」
「うん、お昼ありがとう。手伝うことがったら言って」
「大丈夫よ、ありがとう。気を付けて行ってらっしゃいね」
「ん、ありがとう」
「暗くなる前には戻りなさいよ」
「分かった」
こんな自分を気遣ってくれる優しさに感謝し、嬉しく思いながら短い会話を済ませ、玄関を出る。
以前図書室から持ち出しっぱしにしていた一冊の本を手に持って、広い道を歩き、また徐々に道が狭くなっていく。
そう、それは、いつ何時でも変わらない同じ景色。
……の、はずだった。
「……?」
(さっき、向こうの茂みで何か光った……?)
なんとなく気になって、茂みの方に向かう。
極めて短い記憶と勘を頼りに、茂みの中を捜索する。
(確かこの辺に……)
「――!?」
草の茂みの中に、明らかに植物でないものがある。
それは、透き通るように綺麗な肌色で、平べったい部分から五本の細長いものが生えている。
「あれって……人の、手……ひっ!?」
見てみると、草むらの中に人が倒れている。少し土で汚れてはいるが透き通るような綺麗な肌で、その髪の毛も、絹のように美しい純白だった。
これだけ見ると、かなり整った容姿をもつ「人間」だが、この人には、明らかに人間とは違うところがある。
「こ、これは、兎の耳……?」
少しだけ興味がわき、ゴクッと唾を飲み込んで、手を伸ばす。
ふわっとした感覚が、手のひらの何か所にも広がった。
「し、死んで……っ!」
風露はひどく驚いたように息をのんで手をひっこめた。
それもそのはず……
「ひ、と」
「……」
「誰、あなた」
てっきり死んでいると思って触れた人物が、首を動かしてまっすぐ風露を見つめてきたのだ。