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緑樹の記録  作者: SEN-HARU
1/1

~月光の誘い~

 


       かつて、世界の中心と謂われた場所には、広大な緑豊かな樹海があった。


                   そう。彼らは、謂う。



      ■ □ ■


 轟音を伴なって、広大な砂の大地を砂色の竜が天を仰ぎ。

 狂竜のごとき荒々しさを見せつけ。陽射しで熱せられた乾いた風を巻き込みながら、大地を踏み荒らした。

 足跡の残滓として、砂煙を残しながら去って行った後に残されたのは。

 静まり返った空と大地が、砂色で視界を遮っていた。


 砂に覆われた平地の束の間の静寂の後に、二つの影が浮かび上がった。


 この記録の始めとして。

 この二つの影が、何者であるかを紹介すべきであろう。

 時を(さかのぼ)り、一人の少年が、思い出せる一番の古い記憶から始めよう。



      ■ □ ■



      プロローグ



 寒さが少しずつ増して行く季節。


 その日。夕刻までしきりに降り続いていた雨が上がり、夜空には満月が憂いを湛えて辺りを照らしていた。

 この町、唯一の宿屋の一角にあたるその部屋にも例外なく光がそそがれ、寝台に横たわる女性の白い肌と白金の髪を一際蒼白に、浮き立たせていた。

「・・・・・うっ・・・・・ふっ・・・・・・」

 傍らには、月光を周囲に放つ様に輝く白銀の髪の少年が、紅玉の瞳からあふれ出る涙を拭う事もせず、冷たくなった母の手を握りしめていた。

「かわいそうに・・・・・」

 この町では、知らぬ者などいない。三十路近い宿屋の美人女将は、宿に訪れては去って行く。

 幾人もの人生を垣間見てきたが、自分よりも年若いであろう彼女が、幼い子を残して、この世を去る心情を想うと切ない思いがこみ上げ、涙を流しながらそう呟くことしかできなかった。

「あの子を・・・引き取るって・・・本気なの?」

 振るえる声を抑えながら脇に立つ男に問いかけたが、男は、無言のまま少年を見つめ続けていた。




      兎の町と便利屋




 町外れのめったに人の寄り付かない。

 それを必要とする者のみが、訪れる一軒家があった。

 そこに住む者も、訪れる者も覆い隠してしまうよに辺りは、たいして手入れもされる事のない木々が、鬱蒼としていた。

 この家に訪れるのは、概ね抱えている問題に手を貸して欲しいと依頼する者で、それを商いにしているが、この家の主である。

 便利屋として生活の糧とし。己の趣味も兼ている。

 町の者からは、『便利屋の兎』として知られている男である。


 三日前。パン屋の愛娘の大切なお人形が、お兄ちゃんの手によって、無残な姿にされたのを鼻歌交じりに修復していたとき、それなりの家の者だろう男が、依頼人の代理人で一人の従者を伴って、主の依頼を云い使って来た。

 依頼は、三日後に依頼人宅にて仕事を手伝って欲しい。というもので、大層な前金と例え仕事を断っても金は返さなくてもいいと、伝えて去って行った。

 普段なら、そんな奇妙な依頼は、断るところだが。

 何よりも代理人の伴っていた従者が印象的で、二人の存在に違和感を覚えたからだ。


 従者の青年は、自分とさほど変わらない年齢に思えた。

 そして、何よりも彼の容貌に感嘆させられた。

 少なくともこれまで、見て来た男達の中に、これほどの美貌の持ち主を見たことがない。


 黒い艶やかな髪を耳元まで流し、涼やかな目元と濃紺の瞳が、特にその存在を印象付ける。

 纏う気には、何ものにも踏み込むことなどできぬ、深い海の底を思わせる強い力が、秘められているのが伝わってきた。

 それが、この依頼を受けなければならないと、強烈に俺に思わせた。


      ****     


 異色の二人連れの訪問から、約束の三日後。

 その日は、朝から晴天で、この時期らしい爽やかで、瑞々しい香りをふくんだ風が、町を通りぬけていた。

 町は、小さいながらも活気に満ちており、行き交う人々の笑顔が、楽しげである。

 そんな町並みを歩く俺の前に、両手いっぱいに荷物を抱えて歩く見知った少女がいた。

 彼女に声をかけ、彼女が働く宿屋まで手を貸した。


 彼女は、両親を立て続けに病で亡くし、孤児となった。彼女を引き取り、自分の子として育てくれた、

 宿屋の女将に恩を返したいと。

 今では、よく気の利くパートナーとして、日々女将に仕え頑張る姿が、好ましいと、町の青年達の間でも評判の娘だ。

 何気ない話をしながら宿に着くと、宿の前では、客の見送りをしていた女将がいた。

「おや 久しぶりだね 仕事は順調かい?」

「ああ、これから依頼人の所へ行くところさ」

「そうかい それは何よりだ。荷物を運ぶのを手伝ってもらってしまって、ありがとよ」

 持っていた荷物を女将に渡した。

「行く道のついでだったから、気にしないでくれ」 

「ああ、いい仕事であることを願っているよ」

 幼い頃から、オヤジ共々世話になっているが、歳月が立とうとも変わらず気さくで、年齢を感じさせない美しさと暖かい笑顔を与えてくれる人である。

 こんな素敵な女性に今も一途に想われていてるのだから、オヤジの奴。早く帰ってきやがれよ。

「ありがとう。じゃ、 またな」

 そんな軽いやり取りの後。あまり気乗りはしないが、仕事と割り切って目的地へと向かった。


 この大陸に幾つかある国の中の一つ。

 王都から離れた場所に在るこの町の周囲一帯は、隣国や他の町などの通過点の一つになっているため、数キロ離れた場所にもいくつかの町が点在するが、それぞれの町の中にあっても、この町は、豊かな方だ。

 そんなここら一帯では、一番の富豪と言われているが、好い評判は聞かない。

 そんな、依頼人の館を訪れてみたものの・・・・・・


 評判道りの主の性格を最も反映した、書斎に案内された俺は、絶句していた。

 目も眩む装飾と無造作に並べられた品々の審美眼には、理解できそうにない。

 どちらを向いても、軽い眩暈を覚えた。

 (はぁー・・・・なんだぁ、この部屋・・・・・・・)

 盛大な溜息を心の内に留め。主の登場を待つしかない。

 (もうちょっと落ち着いた、静かな部屋はないのか・・・・ それに、なんなんだ、こいつら・・・・)

 落ち着かないうえに、ガヤガヤと騒がしい室内を視線だけで見回した。 

 わざわざ代理人を立てて、破格の前金をはたいた依頼なのだから、その情報が他に知れ渡るのは避けたいものだろうに。

 だからこそ、仕事を断っても金は返さなくともいい。

 大層な口止め料に、さぞ依頼内容も重要なものだと思って来てみたが。

 案内された室内には、俺以外に数人の()()()()の身なりを取った男達が、聞き取れぬ声で囁き、値踏みの視線を俺に投げ掛けてくる。

 (ふーん、あの前金。この男達もかかわっているみたいだな)

 そう感じ取った俺はさらに気が滅入ってく。


 しばらくして、部屋の中央に据えられた、重厚な机の脇に設置された扉が開いた。

 ()()扉は、通るものを選び。選ばれたものしか通さぬものなのだろうが、()()館の一部であるうちは、選ぶものも、選ばれるものも、大して羨むもののほどでもないだろう。

 っと。考えていると、名を呼ばれたので顔を上げた。


 扉から入って来た館の主は、似つかわしくない革張りの椅子に腰かけ、脇に一人の青年を置いた。

 青年は、こちらを選別するかのようにジッと見つめている。

 (息子・・・・にしては、似てなさすぎだな)

 デップリと太った腹。けっして好感など持てない下卑た笑みを浮かべでいる主と、傍らに立つ青年を見比べた。

 青年は、俺よりも二・三年下に見える。

 肩口まで伸ばした真直ぐな艶のない濃い茶色の髪と、前髪を眉の位置で一直線に切り揃えている。

 中性的な容貌をしており丹精に造りこまれた顔からは、身近に感じる青年達の持つような荒くれたもではなく、遠く長い年月を重ねた。重く昏い闇を含む気配を纏っていた。

「白銀の髪。紅玉の瞳。そして、その容姿・・・・幻想的で魅了されるのぉ」

 しわがれ、引きつった不快感満載な声と、目を細め卑猥で纏わりつく視線に、ゾゾっと悪寒が全身を駆け巡る。

 うぅぅぅぅうぅ  早く帰りてーなぁ


      ■ □ ■


 もとより。兎自身は大多数の他人が思うほど自分の外見をそれほど意識していない。

 それよりも兎が、『人』を見るときには、性別うんぬんや地位など関係なく、その『人』となりに興味を持つ。

 ゆえに。兎の外見に引かれ、近寄る男も女も老いも若きも、翻弄させられることの方が多い。

 罪深き容貌である。

 先に依頼人が、述べたように兎のその均整の取れた体躯と目。鼻。眉とこれ以外はないであろうと。

 名だたる芸術化も唸る比率でもって構成された「美」を体現した造りの面立ちである。

 さらに、それを強固にするのが、兎のもつ色彩であろう。

 短めに切り揃えられた髪型ではあるが、より白に近い白銀の髪色。

 周囲の光を集め、不純物の全く含まない澄み切った紅玉の瞳は、兎の中の唯一の色彩として、彼の容姿の幻想さを際立たせていた。

 その上で、荒事に対しても清流のごとく流麗な動きが、兎の身体から繰り出される様は、諸人の目に神体の顕現を思わせる。



      ■ □ ■


 依頼人が、寄こす不純な視線も今日初めて、向けらるものでもないが、毎度いい気はしない。

 (変な妄想でもしてるな、あの顔。とっと話を終わらせて、帰ってやる!)

「で、何を頼みたい?」

「人殺し以外なら何でもやる。便利屋の「兎」それは間違いないか?」

「・・・・・ん まぁ。金額によって、何処までやるかは、俺の気分次第だが・・今までに損をさせた事はないな」


       ****


 十六年前。

 この町に流れ着いて、母親を亡くした俺を引き取って、育ててくれたのは男は、便利屋を生業としていた。

 以来、生きてゆく事にかかない事を色々と仕込まれ、今日に至る。

 現在。その養父は、何処で何しているんだか、行方が分からない状態だ。

 取りあえずオヤジが、何かを探す仕事を請け負って旅に出た事には間違いない。

 その探しものと、オヤジが行方不明になった理由を探す為にも、オヤジの便利屋の仕事を引き継ぎ探っている。

 より多くの情報を得る為にこんな、変な依頼にも出向くこともあるが、今日は、これまでに感じた事のない緊張感を強いられる気がする。

 依頼人が、提示してきた金額を聞いて、依頼を受ける事にした。

 

 それを確認すると傍らで、ずっと黙したまま俺を見据えていた青年が、口を開いた。

「今宵 月の満ちるとき。閉ざされた扉が開かれ、導かれし者は、富と

 名声。()()()()与えられる。」

 容貌に似合わぬ。低い地の底より響く声で語った。

「それが、依頼内容か? 何かの暗号?」

 顎に手をあてて、考え込む振りをしながらも思案する。

「富」や「名声」・・・・・・ 

 ましてや「()()()()」類の話が出てくるとは・・・・

 そんなものにメリットの有るものなんて、在る訳がないだろう・・・・

「便利屋家業をしていて、『かぐや』を知らないのか?」

 周りを囲む数人の男達の中の一人が、俺の態度に不信感と侮蔑をこめて、問い掛けて来た。

「はっ。『かぐや』か。悪いが、お伽噺を信じる年頃は、とっくに過ぎてるし。今時のガキ共だって、喜んで聞く話でもないぜ。おたくらみたいな厳ついおじ様共が、信じてるなんで。皆さん純真な心をお持ちで・・・」

 皮肉を込めて云ってみた。



 確かに。便利屋をしていればいろんな情報も聞き逃ししないが。

『かぐや』に纏わる情報は、到底信じられる内容の話ではなく。お伽噺の域を出るものではなかった。

 詳しく聞く気にもならず、今日の今まで忘れていたくらいだ。

 そんな思考を巡らせているだろう俺の考えを悟った依頼人は、険しい表情をしながら語気を強めて云ってきた。

「これは、ただのお伽噺ではなく、真実の話だ!」

 続けて何かを云おうとした依頼人を青年の言葉が遮った。

「長話は無用だ。依頼を受けた以上、お前は『翁の館』へ行き。『かぐや』を受け取ってここへ持って来る。それだけの簡単な仕事だ」

 青年は、表情一つ変えず、冷たく凍える低い声で云い。

 手を一つ打った。

 間を置かずにこの場には、そぐわなぬ男が一人入って来た。

 男は、入って来るなり真直ぐ俺の脇に並んで立った。

 俺は横目で、その男を軽く確認した。

 男は、対照的な二人が、この依頼を俺の所に持って訪れた、代理人の男と共に訪れた青年だった。


 相変わらず、彼の所作には、隙が無い。

 しなやかで、凛と澄んだ水面を思わせる気配。

 何ものにも染まらぬ強い意志を持った瞳。

 出会った日から変わることなくそれが伝わってくる。


 俺の正面に立つ青年と脇に立つ青年。

 二人の纏う気が、対照的過ぎて自分の脇に立つ彼が、()()に居る事に納得できない、苛立ちの様な物がこみ上げてくる。

「この男。 アルが館までの道案内をする」






      翁の館とかぐや




 依頼人の屋敷を後にした俺は、悶々とした気持ちを抱えながらもその夜を待った。



 その夜。大地に在る存在(もの)は、ひとつつして、余すことなく。

 淡く優しく降り注ぐ月明かりに照らされ。皆その光に抱かれ眠り落ちたのか、いつになく辺りは静まり返っていた。

 町の西側にある、森へと続く道の端で、アルと合流した俺は、今。

『翁の館』への道のりを物憂げに夜空を見上げながら、アルの後ろ歩いていた。

 空は、雲一つない漆黒の闇が広がっている。 

 闇と月と星が、互いに引き立てあって、闇の濃厚ささえも美しく見せていた。

 前を歩くアルの後姿を見ながら、『人』とは思えない存在感と風韻気をかもし出す彼に、ふっと。疑問に感じた事を口にした。

「なぁ 前金をはずんでまで、なんで便利屋の俺なんか雇ったんだ?」

 アルは、振り返り事もせず。淡々と歩きながら答えた。

「『翁の館』は、その者にとって、一生に一度しか訪れない。その一度の機会すらも『館』が、いつ、何処に現れるのか。常人には、見つけ出すのも容易ではないだろうな」

 今宵に相応しい、心地よいトーンの声だった。


 常人には、見つけ出す事が、容易でないものを容易く見つけ。『かぐや』なるものを与えらるのは、アルの『力』ともゆうべき能力なのだろうか?

 アルが、あの青年をはじめ、悪意に満ちた強欲の輩共と手を組んで得ようとしているものが、俺には、ひとつのものを除いて考えつかない。

 双方の目的が、『かぐや』だとしたならば、なおさらだ。

「ふーん って。ことは、あそこに居た連中は一通り出向いて行ったが、受け取れなかった。と、ゆうことか・・・」

 応えは返ってこなかったが、事実のようだ。

 まぁ 当然だな。

 数歩先を歩いていたアルが、立ち止まった。

 俺の方を振り返ると、森の奥の方向を指した。

「これより先は、お前一人で進め」

 目の前には、月明かりが木々に阻まれ濃い闇だけが、広がっていた。

 一度受けた依頼だ。誠実に仕事としてこなすのが、師でもある養父の教えである。

 つつがなく、目的のものを得る方法が、有るなら聞いておこう。

 アルの正面に向き合った俺は、彼の眼を見た。

「『かぐや』を受け取るには、どうすればいい?」

 しばしの間の後。 ゆっくりをアルは、応ええた。

「何も。選ばれるだけだ」

 俺は、それだけを聞くと、アルの指した闇へと進み出た。




      ****


 暗い。暗い闇だらけの中。

 さっきまで、満月の光が辺りを淡く照らしていたのに。

 今は、顔の前に手を近づけなければ見えないほどの。濃い闇に呑まれている。

 俺は、幼い頃に暗闇の中を歩いた記憶があるのを思い出していた。


 それは、子供にとって暗闇が、恐怖の対象だと感じていた頃の話。

 だが。誰の声だったか。あるいは、夢だったか。思い出せないが、今でも印象に深く残っている言葉があった。


 暗闇を恐いと感じるのは、自分の心の狭さを知ることだ。

 『闇』は、闇でしかない。それを見るもの、感じるのも、そのものが百通りあれば、闇のもつ『力』の意味も百通りある。

 自然界(せかい)の理は、不変であり。秩序通りに流れていくだけ。

 正しき方向に活かすのも、悪しき方向に活かすのも、受入れるもの次第。

 闇は、在る()とゆうだけで、恐れるものではない。

 受けての、お前しだい。


 言葉の意味は、幼かった自分には、理解できなかった。

 恐がらなくていいんだ。

 恐怖は薄れ。何か大きく大切なものを受け取った。

 ような、ワクワクする思いをしたのだった。


 そんな事を思い出しながら先へと歩みを進めているうちに辺りの風韻気が、変わっている事に気が付いた。

 鬱蒼とした森の中を歩いていたはずだ。

 だが、足元から聞こえてくるのは、カサカサと落ち葉を踏む音に変わっている。

 吹付る風に揺らされている木々の葉音も聞き馴染んでいた森のものではない。

 異変に気が付き足を止めようとした。


 その時。

 右頬のあたりにポッと明かりが灯った。

 それを合図に一筋の道なりに沿って、左右の木々の所々に明かりが灯りだした。

 明かりに照らせれて、周りが見えてくると、アルと分かれた森だったはずの所が、いつの間にか竹林に変わていた。

 俺の住む町の周囲では、竹林どころか竹すらほとんど目にしたことがないのに。

 目に入った景色は、異質だった。

 ちょっと、いやかなり。

 今の状況に高揚感が増してくる。

 俺は、明かりに誘われて先へと進んだ。

 行きついた先に、扉のついていない門柱らしき物が、現れた。

 それは、二本の柱が間隔を空けて、平行に天に向かって、並び立つ。

 上部は、更に二本の柱が、横向きに平行に間隔を空けて、縦にならんだ柱にはめ込まれていた。

 全体的に朱色に塗られ、明るい空の下ならば、辺りの竹林に映えるだろう。

 俺にとって、柱の真意はともかく、整然さと畏怖の混じる気配を帯びたものであることだけは、伝わってきた。

 それでも、前に進むために門の内側へ一歩を踏み入れた。

「クッ!!」

 強烈な光が、視界を遮った。

 一泊して、何も起こらない静けさに瞼を開けると。

 視界に広がったのは、建物の内側だった。




      ****


 建物を支える柱は、外で見たもの同様に朱色に塗られた大木で出来ていた。

 建物の造りは、ほぼ木造の様だった。

 形も様式も今まで読んだこのあるどの書物には、ないものだ。

 入り口を入った左右には、ある程度の仕切られた広めの空間がある。

 左側は、客人を迎える為のカウンターらしき幅広の大きめの机があった。

 そう思うと、高級感のある宿屋ぽっい感じがする。

 右側は、一階と二階に分かれ。

 一階は、広々とした空間に、椅子と机が何脚か設置されてる。

 所々にソファーに似た物がいくつか混ざっている。

 隅に設置された華美な手摺にそった階段の先。

 二階には、季節を模した彫刻が施さた扉が並んでいた。

 絢爛豪華な装飾だが、上品でどこか懐かしさを感じた。

 建物に見とれていたが、自分の目的を思い出し、辺りに人がいないものかと見回した。

 これだけの広い空間にもかかわず人の気配がしない。

 仕方なく声を掛けるとことにした。

「おーい 誰かーいないのかー」

 広々とした室内に声が、吸い込まれていくだけで、静けさだけが、帰って来ただけだった。

「・・・・・はぁ  ・・・・・・どうすっかなぁ」

 興味は、そそられるが、中を歩き回る時間がどれほどのものになるのか、思案していると、耳元に声を掛けられた。

「そなた。 名をあかせ」 


「・・・・・・!?」

 驚いて、声が聞こえた方向を向きながら、数歩下がった。

 声の持ち主をそこに確認すると。

 俺の腰の位置ぐらいの背丈の老翁が、身の丈よりも長い杖を持って立っていた。

「・・・・・・」

 爺さんが、近づく気配を感じられなかったことに動揺し、それを隠そうとしたが、爺さんの独特の風韻気と姿に呑まれそうになる。

 爺さんの着ている衣服は、この建物において違和感のないものだった。

 むしろ。俺の恰好が異質に感じる。

 とりあえず。落ち着くために俺は、爺さんの質問の内容を確認する作業を始める。

「な・・・・・な、名前か・・・俺は、兎と呼ばれてる・・・・です。」

 なんか、変な言葉ずかいになった。

 爺さんが、俺の中でどうしたらいいのか、定まらない。

 こんなにプレシャーのかかる『人』?に出会ったことがない。

 少なくとも。敬意をはらっておかないといけない気がする。

 少し間を取って、気を落ち着かせてから、話を進めようとした。

 が。それを感じ取って、爺さんのほうから、口を開いてきた。

「ようこそ。『翁の館』へ。儂が館主じゃ」

 年輪を重ねた重い瞼の下に在る。鋭い眼光は、己の知りえない、己の奥底までを見抜いているような容赦のない視線だった。

「かっ かぐやを受け取りに来たんだが‥‥」

 簡潔に云った。

「ふむ 」

 全てを悟った面持ちで、爺さんは再度確認するように云ってきた。

「いいじゃろう。ついて参れ」

 俺は入って来た方向と反対側の館の奥へ通じる廊下を何もできずに、爺さんの後ろから付いて行くしかなかった。



      ****

 長い廊下の行きあたった先には、なんの変哲もない板一枚だけの簡素な扉だった。

 爺さんは、おもむろに手を扉にかけ、開け放った。

 (えっ!? 建物の中だったよな、ここ・・・・)

 心地いい風が、笹の葉を揺らしながら、何処までも続いているのか、奥へへと吹き抜けて行く。

 唖然とする俺を横目に爺さんは、足を止めることなく進む。

 立ち尽くした俺は、月明かりに照らされ、一本一本が青く光っている竹林の中に居た。

 幻想的な景色の中。


「さぁ・・・選べ。」

 両手を大きく広げ重圧のかかる低い声で、翁は云う。


(選ぶ?・・・選ばれんじゃないのか?)

「とっ。その前に渡すものが有ったぉ」

 いまだに戸惑っている俺の傍らで爺さんは、儀式みたいな事を進めていく。


 爺さんは、竹林の中に少し開けた場所を見つけると、天空を仰いだ。

 夜空には、満月だけが煌々と輝いていた。

 爺さんは、満月に向かって、両手を上げると月に語り掛けるかのように見据えている。

 しばらくして、一時の煌めきの後。

 月明かりを受けて、黒い影を纏ったものが、こちらに向かってきた。

 三歩ほど後ろで、その様子を窺っていた俺。

 ふっと。誰かが、囁くように呼んでいる声が、俺は聞こえた気がした。

 優しい声。

 誰かに呼ばれているのを聞き取ると。

 無意識に声の主を探すべく足が、動いていた。

 爺さんは、空から降って来た?物を手に取って、俺に渡そうとした。

「・・・・?! おっ おい! どこへ行く?」

 勝手に足を進め始めた俺に、焦って爺さんが、追いかけてきた。

「こっ これ!!」

 はんば怒鳴り声の爺さんに向き直った俺は、視線は、呼び声の方に向けたまま、右手の一指し指を立てて口元に持ってきて、静止を促した。

「爺さん、ちょっと静かにしてくれ。声が聞き取りにくい」

「声・・・」

「ああ。 何か、呼ぶ声が聞こえる『月光』って」

「お主には、お主を呼ぶ声が、聞こえるのか?」

「ん? 爺さんには聞こえないのか?」

 会話の最中もひたすら繰り返される、呼び声の方に向かって、歩き続けた。

「なぁ。爺さん、『月光』ってなに?つーかー 誰?」

「・・・・・がぐやが、お主を呼んでいるのだろ。・・自分の名も忘れたのか?」

 溜息の後、呆れたよに云われた。

「俺? ーんっ・・・まぁ・・・なんでもいいけどな」


 実際。『兎』なんて、あってないような名前だし。

 養父が、見た目の容姿で付けたあだ名。

 便利屋をやるなら本当の名など、いらん。とかいってな。

 そういえば、自分の本当の名すらも、もう。遠い昔に呼ばれたきりで、何だったのかも思いだす事が、出来ないほど、今の名に馴染んでしまっている事に気が付いた。

 

 どのくらい歩いただろうか。

 辺りの竹よりは、数倍太い竹が一本天高く立っているが、目に入った。

 竹は、淡く燐光を放っている。

 引き寄せられるように腕が上がり、竹の中心。もっとも強く光る部分に触れた。

 強烈な光が、視界をふさいぎ、共に巻き起こった風が、葉を激しく揺らし、何処へともなく去って行った。

 静けさが、戻って何事も無かったように、竹林だけがそこに在った。


 ただ一つ。

 光彩を放っていた竹が、無くなって、それが在った所には、少女が一人立っていた。


 肩に流れ落ちる長い黒髪は、漆黒の闇の中にあっても、星々の瞬きを集めて輝く。

 白磁器の様な滑らかな肌は、瑞々しく淡く輝きを放っているようにも見えた。

 開かれた瞳は、若竹のように清々しい色を持っている。

 今少し幼さが残る美少女だ。

 あと、一つ二つ年を重ねれば、誰もが羨む美しい女性になるだろう。

「おーーーー 見事じゃ。 見事に『かぐや』を目覚めさせたのぉ」

「えっ・・・・この娘が、『かぐや』なのか?」

「うむ。 美しかろ」

 爺さんは、満足げに頷いて云い切った。

 (んーーーーーー美人になるには、なるだろうが。なんか・・・・ちょっと違う気がする?)


 少女は、俺を上から下まで見届けると、ニッコリ微笑んだ。

 しかし。やはり違和感が募る。

 表情もそれなりに、魅了されるものがないわけではないが・・・・

 彼女には、『人』の形をとってはいるが、感情が伴わない。

 笑顔を張り付けた、人形にしか見えない。

 そんな思いで少女を見つめていると、少女は、腕を伸ばし俺に抱き着いてくると、口づけをしょうとしてきた。

「!!・・・ちょっ おい!!」

 突然の事におもわず強く肩を掴んで、引き離した。

(なんっ・・なんだよ!!)

「なにをしておる。 早う抱かんか」

 突如。背後より爺さんが、恐ろしいことを云い出した。

(ヤバッ  爺さんの存在を忘れてた  だが・・・・)

「・・・・・どういゆ事だよ?」

「んっ?」

 爺さんは、溜息をひとつ。 

 仕方がないと云わんばかりに語り始める。

 

「ただの『人』に『富』や『名声』。ましてや『不老不死』など与えられるわけないじゃろうが。

 『かぐや』は、神霊じゃ。神霊に実体などない。

 選ばれた者が、生気を与えて初めてそれを得られる。

 まぁ 口づけからでも与えられん事はないが、最も充実した生気を与えるのには、交接するのが、なによりなのだがぁ。」


 爺さんから説明を聞き。

 改めて『かぐや』に視線を向けた。

 小首をかしげて、キョトンとした表情をしたかぐやは、半透明の躰に躰の輪郭に沿って、淡い光をまとい。背後の景色が、透けて見える。

「・・・いいのか・・・それって」

「いいも悪いもそれなくしては、『かぐや』を(ココ)から連れて出る事は、出来んぞ。ここは、人の世とは、違う次元じゃ。『かぐや』には、人の世に通じるものを持たん存在。存在するには、その世に通じるそれなりのものを与えねばならぬ」

 爺さんの話を聞き終えて、深いため息の後。承認した。



      ****


 優しく、懐かしい声で、忘れられていた『月光』の名を呼ぶ声に起こされた気がした。

 一夜明けて、目覚め。

 傍らに昨夜出会った少女。

 かぐやが、人懐こい笑顔を向けて寝台に顎をのせて、俺の顔を眺めていた。

 はぁーー 仕事とはいえ、なんとも複雑な心境を胸に『翁の館』を出た。




      ■ □ ■


 深い闇だけが、存在する翁の館の一室。

 満月を模した水晶の玉が空中に浮んでいた。

 水晶玉は、『兎』改め『月光』の名を取り戻した。便利屋とかぐやを映し出していた。

 玉の傍らには、黒衣を纏った、精悍な男が一人立っていた。

 彼は、この先に起こりうる事を案じながら、映しだされる二人を見つめていた。

「そんなに、心配しなくても・・・・」

 彼の必要なまでに心配する姿を見ていた女性は、不安な様子など微塵も感じさせぬ微笑みを彼に向けていた。

「当然!! 心配するに決まっている!」

 相変わらず情の深い人だと思いながらも彼女は、優しく彼の腕に触れる。

「あの娘に選ばれたのです。きっと。やり遂げてくれると信じています」

 彼は、そっと彼女を抱き寄せた。

 彼女の力強い言葉に、確信を込めるように抱きしめた。


      ■ □ ■







      かぐやと二人の青年




 かぐやを伴って、夕刻を待ち。

 再び、依頼人の館に出向いて来た。

 この時を待つ間にも色々と、かぐやに尋ねてみたが、何一つまともな応えは、得られずにいた。

 ただ。依頼人の館に行く段階になると、不安な表情が強くなった。

 初日に案内された書斎には、あの時と変わらい顔ぶれが、前にも増して、好機の視線を俺とかぐやに向けてくる。

 かぐやは、異様な風韻気に俺の腕にしがみついたまま、離れようとしない。

(おっさんら、その飢えた獣みたいな目をやめろ!!)

 引きつった笑いしか、出てこない。 

 心の叫びを悟られぬように室内を一通り見回した。

 正面の机と背面に外が見える窓。

 外は、もうすでに闇が、広がっていて。

 入ってきた入り口には、扉の脇にアルが、壁に寄りかかり腕を前で組んで立っていた。

 相変わらず、人間離れした所作と気配をにおわせる。

 ここに居る連中とは、相容れない。

 最初に会った時より、どこか張り詰めたものが、少し感じ取れた。

「ところで、彼女はこれからどうなるわけ?」

 俺の前にいる下卑た笑いを持つ主に何となしに聞いてみた。

「・・・・私たちが、依頼のものを受け取って、貴方がお金を受け取れば、それでこの仕事は、終了。後の事は、どうなろうと関係ないですよ」

 隣立つ。こちらも、あいも変わらぬ昏い闇を背負った表情の青年。

 これまた変わらない冷たい声音で云いう。

 気に入らない!

「まぁ・・・そうだな」

 腕にしがみついたかぐやの手を取り。

 彼女の耳元でそういう訳だたらと促したが、彼女は、首を横に振り、懇願するような瞳で見てくる。

「はぁーーー あんたらが、そんな殺気だった顔するから、かぐやが離れようとしない。・・・・・そうだなぁ・・・・   アル」

 入り口で、こちらを計るように見ていたアルが、不意に名を呼ばれて驚いたのか、少し肩が動いた。

「あんたなら男前だし、優しそうだ。あんたからも、かぐやに何か云ってくれ」 

 そう云うと、アルは、こちらに近づき、かぐやを真ん中に挟むように俺と並んだ。

 アルが、かぐやの前に手をだすと、かぐやは、戸惑いながらもアルの手を取った。

 かぐやを連れて動こうとした瞬間。 

 アルの肩を掴んだ。

「対象が『物』なら、かまわねーけど。意思のあるもので、俺のせいで不幸にあるのはゴメンなんでね」

 云い放って、仕掛けようとした手をアルに阻まれたかと思うと、アルの瞳が青く輝いた。

 空気中の水分を集め圧縮されたそれは、大きな音と共に爆発した。

 一瞬のそれは、辺りに蒸気となって、部屋一杯に広がると横に居るものさえ影としてしか、認識できないほどの濃度を持っていた。

「アル! かぐやを連れ出せ!!」

 そう叫び。横の二つの影が、薄く蒸気の中に消えた。

 周りにいた、男達の半分は、気を失い半分は右往左往している。

 俺は、正面にあった机を台に、その背面の窓めがけて飛び込んだ。

 ついでに、正面の椅子に座ってワアワアわめいている依頼人に一発蹴りをくれてやった。

 派手にガラス窓を破って出た後。

 軽快な動きと、回転を組み合わせて、地上に降り立つ。

 俺は、窓越しに出て来たばかりの部屋を横目に、駆け出した。

 駆けだしたときに、横目に一つの影が、立ち上がるのを見た。

 未だに、蒸気の立ち上がる室内の中で、その影は、昏い悪意に満ちた『カゲ』を纏た。

 俺は、アルとかぐやに合流すべく、誰もいない部屋を探し再び館の中に入った。



      ****


 カゲを纏った青年は、更に底知れぬ低い声で呟いた。

 彼を取り巻いていたカゲは、長く形を作り変えて、目的のものを捕らえるべく素早い動作で、四方に分散していった。


      ■ □ ■



 かぐやと共に館の出口を目指して、廊下を駆けだしたアルだったが、この日は、いつもの通い慣れたはずの館の通路は、迷路のごとくなっていた。

 行けども出口にたどり着く事が、また、窓という窓も開けることも壊すことも叶わなかった。

 背後には、昏い憎悪を持ったカゲが、追っている。

 せめて、かぐやだけでもと思ったが、先は、一向に好転する気配がしなった。

 何度目かの角を曲がると、やっと出口へと続く見慣れた通路に出た。

 扉まで、もう少しで届くと。その刹那、背後から迫り来るカゲの殺気が、より強くなった。

 地の底から絞り出した声が、後を追ってくる。

『わ・・・の渡す・・・・・ものかーーーー!!」

 強い憎悪と共に、前を走るかぐやにカゲが、アルを追い越し襲いかかる。

 カゲが、かぐやに掴みかかるより早く、アルの腕が、かぐやの捕らえた。


       ■ □ ■




 ダン!

 どいつも、こいつも。

 真っ正面から突っ込んできゃがって。

 バカの一つ覚えかよ。

 俺は、そんなバカ共をただ左右に除け、相手が避けられて、バランスを崩した所に当て身を加えていくだけの、なんとも張り合いのない障害物を相手にしていた。

 何人目かの障害人物との格闘?を終え。

 前方にアルとかぐやの二人を見つけた。

 なんだ。あの黒いモヤみたいなものは?

 俺は、目を見張った。

 二人の背後に、今にも二人を呑み込もうとする、暗黒のモヤの様なものが、迫っていた。

 それでも、動こうとしない二人。

 疑問に思ってよく見ると。

 二人を薄い水の膜が、防護壁となって、今一歩のところで、モヤの攻撃を防いでいた。

 モヤを阻む壁の内側にいる二人は、とても安心できる様子ではなかった。

 アルの頬や腕、肩口、太股などが、鋭い刃物で切りつけたような傷口。

 傷口からは、血が流れている。

 アルの息遣いも荒い。

 それでも、かぐやを守り通そうと力を尽くしているのが、彼の苦悶の表情から伺える。

 かぐやは、今にも崩れそうなアルを支えるのに、精一杯の様子だ。

「クッ・・・・」

 俺は、二人の所へ脚を早めようとするが、空気が重く感じられ距離が縮まらない。

(あと・・・・少し・・・・)

 と、ゆうところで、俺の背後から風を切る音がした。

 まずいと思ったとき。

 右脚の違らが抜けた。

 太股から鋭い痛みが、襲った。

「!!」

 前を進む力を失った躰は、バランスを崩し、倒れかかったが、壁を背にして持ちこたえた。

 後から、襲ってきたものを見ると。

 黒い影が刃となって、今も襲い掛かろうとしていた。

「くっ・・くそ!!」

 そうすりゃいいんだ・・・・・

 カゲは、容赦ない素早さと、どの方から襲い掛かって来るのか、予測できない動きで、俺に切りかかってくる。

 カゲの攻め際で避けるのが、精一杯で躰中のあちらこちらに細かい傷が、増えて地味に痛い。

 獲物を追い詰めるように、カゲの密度が濃くなってゆく中で、息が苦しく意識を保てなくなってくる。

 足元を見ても暗く陰って見えず。

 地に足がついているのかも怪しい感覚だった。

 辛うじて、自分の背を支える壁の感触だけが、頼りだった。


       ■ □ ■


 カゲが、より濃い実体を持って鋭い刃となり、兎に襲い掛かろうとしている。

 その様子を息も絶え絶えに、霞がかった瞳に映しとったアル。

 アルが、最後の力を出し尽くしてでも助ける為に身じろいだが、出血が酷くなるだけだった。

「やめておけ」

 どこからか、誰ともなくそんな声を聞いたと思った。

 眩しい電光が、轟音を伴って黒い刃を引き裂いた。

 カゲは、瞬く間に霧散していった。

 


「---っの  バカ者が!!『刀』を忘れていきおって。寝とる場合か!!」

 ガン!

「いっ!  てーーーー!」

 多数の傷の痛みと息苦しさに朦朧としていた俺に、一喝の打撃が振り落とされた。

「なにしやがる!!」

 飛び起きた俺の目の前に、黒衣を纏った翁の館の主が、片手に杖と腰に手をあてて、佇んでいた。

 

「父さま」

「父さま!?  うっ、うそ・・・・・」

 爺さんを見て云った、かぐやの言葉に面食らった。

 アルも一緒に・・・・・

「グッ・・・・ゴフッ・・・・ゴホッ」

 アルが、血を吐きながら崩れ落ち倒れると、支え手を無視するように、すまないと一言告げた後。

 彼の躰は、透き通り消えて無くなった。

 

 アルが倒れた床には、彼の瞳のごとく。

 海の色を凝縮した藍色の美しい玉が、一つ輝きを放って、存在していた。

「心配はない。奴は、龍の一族。その玉がある限り、肉体の再生は可能じゃ。   それより、お前たちの『敵』は、『人』成らざる者だ。もっと、気をつけんか!!」

 フンッと。鼻息荒く爺さんが言い放つ。

「っんなぁこといわれても・・知るかよ」

 唇をそばだてて云う。


「そんなに、責めないであげてくださいな。旦那様」

 俺に説教をしている爺さんに割って入って来たのは。

 快い声と共に現れたのは、人としての存在感を感じさせない、麗しい女性だった。


 白銀の長い髪を上部の一部だけ結い上げ。

 白光する刀を携えていた。

 紫水晶の瞳から、向けられる視線は、とても優しく嬉しそうに、俺を見ている。

 彼女から、刀を受け取った爺さんは、俺の前に刀をかざした。

「『陽の太刀』。『白莉』とゆう。悪しき闇を切り裂く。敵を討つには、これがいる」

 白莉を前に爺さんに視線を移して、気になる事を聞いた。

「『人』成らざるものてなんだ? 『かぐや』とどんな関係がある? だいたい、『富』とか、『名声』って謂れの話を持ったものは、ない事はないが、『不老不死』ってのは、穏やかじゃないよな。俺的に!」

 そんな、マヤカシの話など、多く在るものではない。

 だが。

 現にあれほどの痛みを伴って、傷つけられた自分の躰は、傷一つ残っていない。

 今や、健康な肉体に破れた服を着た姿が、滑稽に見える。

 俺が、出会った、『かぐや』は紛れもない真実として、()()に在る事を理解させられた。

「あーーーそれは、追い追いに解るとして‥‥」

「なにっ!!」

 この爺さんは、全てを含んだ不敵な笑みを浮かべ、それ以上は話そうとはしなかった。

 苛立ちを隠す事なく、付け加えて云おうとすると、爺さんは、静止を促してきた。


「と・に・か・く。今は、アルの肉体を戻すのが先だ。竜の都の『瑠璃の宮』の神子を訪ねるがいい」

 チッ。何もかも分かった云い方が、気に入らない。

 その、あからさまな俺の態度にも動じず。

 爺さんが、懐から赤子の頭ほどの絹で出来た袋を投げて寄こした。

 かなりの重さのそれを受け取って、紐を解くと。

 中には、金貨がギッチリ詰まっていた。

「かぐやに、ケガ。させんなよ!」

 そう、一声告げると。

 あっとゆう間に二人の姿は、消えた。


 消える瞬間。

 爺さんの姿が、若い男に変わった気がしたが、突っ込む間などなかった。

 手の中に残った絹袋を抱えた俺は、かぐやに向き直った。

「かぐや。俺が渡した()()出して」

「はい♪」

 それは、かぐやを受け渡しに行った先で、受け取った依頼報酬の料金書だった。

「んじゃ。金を引き下ろして、服を買って行くか」

「はい」

 アルの玉を手に笑顔で、こたえるがぐやだった。



       ■ □ ■



  暗い室内で、月を模した水晶玉に兎(月光)とかぐやを見守る黒衣の男性は、呆れた顔のまま云った。

「・・・・・さすが。『かぐや』の選んだ男。抜け目のない奴め」

 傍らでは、麗しの美女が、嬉しそうにそう云う彼の姿を微笑ましく見ていた。



      ■ □ ■


 こうして。

 兎・・・いや。

 月光と本来の名を取り戻した青年は、次の目的地へと兎の町を後にする事となる。



      ■ □ ■








    緑樹の記録~月光の誘い~    完






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