36.歓迎するフリして撃退する非人道的作戦
夜、閉店後のスーパーマーケットにて。
いつもならばラムネたちは帰宅し、一通りのルーティンを終えて就寝時間に入っている頃。
その時間となればセブンスも家へ帰ってプライベートの時間を過ごしているのだが、今は店のスタッフルームに居た。
しかも居るのは彼女1人だけでは無い。
フーラン、リビィ、ハイピスの3人も集まっており、明日のための作戦会議が進められていた。
そして各々が椅子に座って待機している中、セブンスはホワイトボードを運び出してから喋り出す。
「さて、みんな。こんな時間に集まってくれてありがとうね。明日の『ラムネのお姉ちゃんを歓迎するフリして撃退する非人道的作戦』決行のため、準備を進めるよ」
セブンスは長い作戦名を言いながら、血のように滲んだ字でホワイトボードへ書き出す。
どう見てもラムネの姉に敵対心を持っている有り様であって、これには長年の付き合いがあるフーランですら戸惑う他なかった。
「まさかの思いやりがゼロで独占欲が凄いですのよ。それに夕食のとき、ラムネさんからは歓迎会するという話を聞かされたばかりですの」
「フーランちゃんは分かって無いね。私の人生経験からするに勝者が正義だし、思い通りにできるのは勝者だけなんだよ。つまり競争相手を排除する事こそが正攻法なの」
「その人生論をラムネさんの姉にぶつけないで欲しいですの」
「正論は禁止!とにかく!私セブンスはラムネちゃんを手放したくないわけ!このもどかしい気持ち、分かる!?」
妙に熱が込められた様子でセブンスは声を荒げる。
考え方は悪魔的で賛同できないが、彼女の言いたいことは理解できる。
だが、衝動的な態度を露わにする彼女を見て、ハイピスが素朴な疑問を投げかけた。
「私も信者を手放したくはありません。ですが、どうしてセブンス店長はラムネ様に執着しているのでしょうか?私から見ると、まだそこまで親しい間柄という印象では無いのですが」
「私、可愛いモノが好きだからね。そしてラムネちゃんは可愛いでしょ!最初みたとき、天からの贈り物かと思ったもん!」
「あら、意外な返答を頂きましたわ」
「あとラムネちゃんと、あれこれ出来ないまま別れるなんて嫌だし!それに実は私、こっそり従業員で温泉旅行を計画していたんだよ!そこであれこれして、あれこれされたいとか、あれこれな関係も期待していたのに!くそっ!」
ついにセブンスは率直に汚い言葉を吐くと共に、全力で悔しがりながら拳で机を叩く。
それは切羽詰まった人みたいであり、彼女の気持ちを理解したリビィは軽く笑った。
「あっはっはっは~!セブンス店長は人前で大人ぶる癖があるから、そう手遅れになるんだ~!ラムネお姉ちゃんのことが好きって素直に言えば良かったのに~!」
「そんないきなり、一生養ってあげるから毎日百回ベロチューさせろって言えるわけないでしょ!」
「あっ……はは……。リ、リビィの想像を超えてきたんだ。そこまで行くなら、もう少し我慢した方がいいんだ」
「もうラムネちゃんの抱き枕カバーや匂い再現香水を作って、それで我慢している最中なの!そして、いつもならこの時間は勤務中のラムネちゃん映像を見ている頃合い!くぅ~、私生活を覗き見しようと用意した家が破壊された事が惜しい~!」
セブンスは信じられないことを次々と吐露した。
こうして手段を選ぶつもりが無いところは、何でもありのお店を経営しているだけある。
合わせて彼女の難儀な性格にフーランは溜め息を吐いた。
「セブンス店長は割り切るのが誰よりも上手ですけれど、その割り切る境界線の引き方が下手くそですのよ。下手過ぎて、もはや二重人格同然ですの」
「そんなこと言われても……。というか、ラムネちゃんの前では頼れる気前の良い店長で居たいんだよね。それで仕事にも熱心な人だと思われたいわけ」
「でも、この前はラムネちゃんに意地悪しませんでしたのよ?たとえば、あの相手を小さくさせる魔法ですの」
「だって最初に興味ありません演技したからには、あとで悟られなくないじゃん。それにあそこで躊躇ったら、私に対するラムネちゃんのイメージ像が崩壊するもん」
「……やっぱり割り切る境界線が下手ですの。言い換えると、ズレてますのよ」
「う、うるさいなぁ~!とにかくロゼラムちゃんって泥棒猫を、ラムネちゃんに嫌われず倒す方法を考えないと!」
泥棒猫の用法を間違えている上、どちらかと言えばセブンスの方に当てはまる言葉だ。
そんな混沌とした状況の中、リビィはラムネの事が大好きだからこそ寄り添った意見を出す。
「相手を普通に歓迎する選択肢は無いんだ?」
「却下。そんなことをしたら極悪人ロゼラムが『良い所だったね~』って言って、ラムネちゃんを連れて帰るから。あと私には分かる。あの子は確実にお姉ちゃんの言いなりで、何でも喜んで賛成しちゃう。だからダメ」
「さっきから言っていることがメチャクチャなんだ。そもそも初対面ですらない相手を撃退する発想が間違い。せめて正攻法で解決しないとダメだと思うんだ」
「なるほど。確かにリビィちゃんの言う通り、撃退だけだと心許ないよね。だとしたら『外堀から埋めるステルスマーケティング作戦』もしようか」
「えっ……?いちいち言っていることが急すぎて、もう意味が分からないんだ」
リビィのみならず、他の2人も首を傾げる。
もはや通訳が欲しいくらい会話が成り立たず、誰もセブンスの考えについていけない。
そのことを分かっているのか不明だが、セブンスは真面目な表情で作戦内容をざっくりと説明する。
「従業員は何もラムネちゃんだけじゃない。つまりリビィちゃん達が『ここはアットホームで良い職場』、『セブンス店長は理想の上司で最高の経営者』ってさりげなく極悪人ロゼラムの前で話すの」
彼女は真剣に語るものの、既に穴だらけな作戦にフーランが苦言を呈する。
「理想の上司は、従業員の身内を極悪人と呼びつけませんのよ。それと無駄に回りくどい説得方法ですの」
「大丈夫、ステマはこれだけじゃないから。更に私の変身魔法で、使い魔やリビィ達をお客に見せかけて『ここは良いお店じゃあ~』、『ラムネちゃんの接客は最高で、もう彼女のために毎分通っているぞよ~』って演技をすること」
「変なところで経営者の手腕を見せつけないで欲しいですの。というよりワタクシとしても、ロゼラムさんと彼女の今後を話し合うべきだと思いますのよ」
「無い。極悪人と交わす言葉なんて一つも無いよ。あぁ泥棒猫と会話なんて、想像するだけでもおぞましい」
「でも、その際にラムネさんの過去話を聞けるかもしれませんのよ」
「うぐっ!そ、それは子守唄にしたいくらい夜通し聞きたい……!それで幼少期時代のラムネちゃんをホムンクルスで再現して、毎晩愛でたい!はぁあっ!?想像するだけで全身が燃え上がる!」
セブンスは危険な妄想に耽ってしまい、作戦会議どころでは無い状況だ。
それ以前に本人が真面目に言っているだけで、理知的な話し合いですら無い。
だからフーラン達は彼女を放置して、この場で3人の認識を共有することにした。
「セブンス店長に恩があるとは言え、さすがに付き合いきれませんの。リビィさん、ハイピスさん。せめてワタクシ達だけでもロゼラムさんを歓迎してあげましょう」
「リビィは賛成なんだ」
「そうですね。そうフーラン様が仰るなら、私も信徒のために一肌脱ぎましょう」
これにより話がまとまり、3人は即座に撤収しようとする。
だが、その直前にセブンスが禁じ手を使うのだった。
「はい、店長権限。眷属契約に則りセブンスが命ずる。リビィ、フーラン、ハイピス、以上3名の行動を禁ず」
彼女の言霊は魔法陣となって、瞬時に彼女ら3人を拘束する。
この強硬手段には戸惑いを覚え、まず真っ先にリビィが反抗した。
「ちょっとセブンス店長!これは労働契約違反なんだ!職権乱用!パワハラ!セクシャルハラスメント!」
「安心して。これは私が説得しやすい状況を作っただけだから」
「たぶん拷問の言い間違いなんだ。セブンス店長の言葉なんて、今の精神状態では鵜呑みにできないんだ」
「それはご尤も。ただ、最初に大事なことを何個か言い忘れていたなって。まず私の作戦に協力すれば、特別手当て金を過去最高額で出します」
「うわっ、お金で釣ろうとするなんて汚い。それでリビィ達の友情を裂こうとする事も浅ましい考えなんだ」
「そして二つ目は更にプレゼントしちゃうってこと。リビィちゃんにはライブの特等席チケット&楽屋でアイドルと会話。ハイピスちゃんには宗教のための神殿。フーランちゃんには最高級エステの10年間有効パスポート。どうかな?」
セブンスは3人の好みを把握している上、どのような褒賞も与えられるだけの力と資産を持っている。
また彼女が人脈と交友関係を駆使すれば、社会の仕組みすら変えられるだろう。
そんな彼女が更なる報酬を提示したとき、先ほどまで反対していたはずの3人は一斉に顔色を変えた。
「リ、リビィは……。少しくらいならセブンス店長に協力するんだ」
「私も女神として、そして一従業員として話を聞くべきだと考えを改めました」
「女性として、やはり美容面に関しては全力で取り掛かりたいですの。あ~、久々のエステが待ち遠しいですのよ~」
あっさりと3人とも籠絡され、怪しい笑みを浮かべてしまっている。
これによりラムネの与り知らないところで、セブンスの独りよがりな計画が行われようとしていた。
それでも大魔女の思い通りに事が運ぶのかは怪しく、ロゼラムの事を知らない以上、必ず一筋縄ではいかないだろう。
そうして一夜明け、彼女らは波乱の日を迎える。




