10.鬼娘ラムネVSセブンス&フーラン!世界の命運をかけた大決戦
ラムネは特売品を売ったものの、まだ商品そのものは目にしていなかった。
だから漠然としたイメージだけで売ってしまったのだが、実際に商品を目撃したときの衝撃を彼女はこう語る。
「あのですねぇ。わちきも前に居た世界では、ロゼラムお姉ちゃんのおかげでそれなりに豪勢な食事を食べられていたんですよ。
種類豊富の材料が使われていて、手間が込んだ調理で幸せいっぱいの料理でした。
でもね、特売品と言われていたお肉と干物を見たとき、わちきは生まれて初めて本能が疼きました。
宝石みたいに美しい赤色で、もう既に最高の調理が施されたような香しい匂い。
丸々と大きくて、一つ一つが綺麗に切り分けられていたんです。
それを知ったせいでわちきの中では抗えない食欲が湧き上がり、もうヨダレを抑えるのに必死で……。
とにかく気付いた頃には、龍族さん達とお酒を呑み交わしていました」
つまりラムネは今、食欲という本能的な欲求に身を任せて龍族と共にバーベキューを楽しんでいた。
もはや恐怖していた事など記憶の彼方へ忘却させており、彼女は白く濁った『鬼病』という酒を大きく呷る。
「うひぃ~最高です!最近あまり食べられていなかったので、あらゆるものが体に沁み渡りますよ!力が湧き上がります!元気100倍です!うぇへっへっへ~」
元から呂律が怪しいので酔いが回っているのか不明だが、少なくともラムネは他人行儀だった態度を崩すほど上機嫌になっていた。
いつの間にか龍の頭に乗りながら酒を飲んでは、乗り台にしている頭頂部をバシバシと手の平で叩く。
「どうですかぁ龍族さん達~?おいしく飲んでいますかぁ~?」
「うむ、今日はこうして珍しき客人も居るからな。新鮮な気分で、より楽しませて貰っているぞ」
「本当ですかぁ~?それはもしかして、お世辞というものじゃないのですかぁ?でもでもぉ、わちきは嬉しいので頭に口づけしてあげますねぇ~」
そう言ってラムネはキスでは無く、龍の頭を舌でべろべろと豪快に舐め始めた。
ますます小動物と化した彼女だが、その幼児退行にも似た行動は留まることを知らない。
「これもおいしそうですねぇ。あーん、かぷっと」
ついにラムネは相手に軽く噛みつき、甘噛みで鱗の味を堪能してしまう。
龍があまり気にしないほど弱く噛んではいるが、今では彼女の保護者となっているセブンスとフーランからすれば、とんでもない光景だ。
特にセブンスは彼女の力を把握しているので、より驚いて制止を呼び掛けた。
「うわっ!ちょっとラムネちゃん!浮かれすぎだよ!」
「えぇ~?何がですかぁ?でも、これおいしいんですよぉ。はぐはぐ~」
「はぐはぐ~、じゃないよ!というか、なんでお酒を飲んでいるの!?」
「決まっているじゃないですらぁ!そこにお酒があるからぁです!」
「あぁ、もう目つきだけじゃなく呂律まで怪しいし。こうなったら魔法で鎮静させるしか……」
そう言ってセブンスは杖を取り出した、はずだった。
それなのにラムネが彼女の杖を手に持っていて、それをぶんぶん振り回す。
そのことにセブンスは遅れて気づき、唖然とする。
「あ、あれ?なに、そういう盗む才能もあるの!?」
「もう駄目ですよ、セブンスさん!せっかく楽しい時間なんれすからぁ、こんなものはポイっです!」
「ちょっ……捨てたら炎で燃え尽きちゃうからやめて!」
「あぇ~?そうれすねぇ。それなら、代わりにわちきも魔法を使ってみまふねぇ。えいやぁっ!」
ラムネは何も考えず、幼児用のおもちゃ感覚で杖を掲げた。
その瞬間、杖先から赤黒く燃える鬼火が迸って空を赤く染め上げるのだった。
龍族ですら熱気を感じるほど圧倒的な熱量なのだが、発現させた本人は赤い空を見て無邪気に笑う。
「あっははは~!見て下さい!これお姉ちゃんのバーベキューと一緒ですよぉ!」
楽し気に笑うものの、すぐにラムネの目つきは眠そうな子どもみたくなる。
その眠気を飲酒で吹き飛ばすという、悪酔いが増す飲み方を繰り返していた。
そんな無惨な有り様を見守りつつ、フーランは平然とした態度でセブンスに問いかける。
「あの炎は魔法ですの?」
「あれは魔法じゃなくてラムネちゃんのスキルだね。何であれ、あのまま好き勝手させるのはマズイかなぁ。酒癖に加えて、『鬼病』のせいで凄いことになっているし」
「『鬼病』は性格の一部を逆転させる性質ですものね。怖がりで温厚な子が飲めば、あのようになってしまうものですの」
「逆に『龍覚』ってお酒を飲めば、正気に戻るんだけどね。あれはどれだけ飲んでも平常心に引き戻す効能だから」
「つまりワタクシたちは、何とかしてラムネちゃんに『龍覚』を飲ませればいいですのね」
「その通り。あのまま放置したら、お客さんに迷惑どころか世界を滅ぼしちゃうから急ぐよ」
消えることない業火を見て浮かれるラムネを前にして、フーランとセブンスは英雄のように立ち上がった。
現在この場所は、龍族たちが賑やかに楽しんでいるバーベキューという和やかな空間。
しかし、彼女ら二人にとっては世界の命運を賭けた最終決戦なのだ。
セブンスは小さい体ながらも胸を張り、フーランに指示を出した。
「まずはラムネちゃんを空へ飛ばすよ!私が龍族を結界魔法で守るから、全力でやっちゃって!」
「分かりましたですの!さぁ精霊たちよ、彼女を星にしてあげますですの!」
やや演技かかった声色で叫びつつ、フーランは手を振りかざして号令する。
すると彼女に付き従う1万の精霊たちは、ラムネに一斉突撃を仕掛けた。
精霊自体は光りの集合体という事もあって、怒涛の勢いで迫り行く様は流れ星のようだ。
そしてラムネはフーランの猛攻に気づかないままで、声を発する間もなく精霊の群れと激突する。
同時に美しも激しい爆発が炸裂し、その威力によって彼女の体は空高く吹き飛ばされた。
「あらま、ちょっとやり過ぎたですの」
「えぇ……?」
火力調整が下手だったフーランに対し、セブンスは戸惑いを覚える。
だが、爆発を受けたラムネはまったくの無傷であって、ダメージを受けた様子すらない。
それどころか、彼女は手元に残っていた酒を呑気に飲み干していた。
「うぅ~ん、風が気持ちいいですねぇ。それに空がとってもキレイで、わちきの気分が最高に舞い上がりますよ!」
ラムネは手を叩くと、一瞬足らずの間に鬼火で形成された龍が誕生する。
おそらく龍族の姿を模した炎でしか無いが、その威圧感は位が高い神と同一。
空を覆っていた炎は威圧感だけで消し飛び、ラムネは鬼火の龍の頭で堂々と名乗り上げた。
「わちきは天下無双の金剛鬼神酒呑大星銀!またの名をラムネと申し奉る!この素晴らしき刻を祝し、わちきが盛大なる宴をひりゃ……あぅ、噛みまひたぁ」
いくら絶大な力を使って恰好つけても、結局は締まらないのがラムネらしくある。
また、これらの力を前にして龍族たちは宴会芸の一つだと思って盛り上がっていた。
「いいぞお嬢ちゃん!もっとやれぇ!」
「あっはっはっは!十分にかっこいいぞ!それ、我らの炎も足してやろう!」
「天下無双の名に恥じない力を期待している!これは良い酒のツマミになるぞぉ!」
「酒うま……。肉うま……」
「さすが名高い観光スポットだ。このような催しがサプライズで用意されているとはな」
龍族たちが愉快気に応援するため、ラムネは更に調子に乗ってしまう。
しかも彼女は龍族たちの炎を利用して、鬼火で生み出した龍の頭数を数十匹に増やしていた。
もはや状況が混沌とする一方であり、セブンスは呆れた眼差しで見上げる他なかった。
「あーあ。こうなったら、まずは動きを奪うのが最優先かな」
「具体的にはどうするつもりですの?」
「大人しく眠って貰うよ。店長権限でね」
セブンスは目つきを変えて真剣な表情を浮かべる。
その眼は鋭く、敵意剥き出しに等しい気迫が伴っていた。
「眷属契約に則り、セブンスが命ずる。ラムネは一切の攻撃、または抵抗行為を禁ず」
この一言を言い終えた瞬間、ラムネの体は魔法陣で拘束される。
それによって彼女は身動きが取れない状態に陥るものの、まだ楽しく笑っていた。
「わぁ凄いれす!オシャレな飾りつけですね!でも、邪魔なんで取っちゃいまぁす!」
セブンスの魔法陣が邪魔でしかないと判断した途端、すかさずラムネは潜在能力を発揮させた。
すると彼女の頭にはオーラで形成された二本目の角が生えて、同時に魔法陣は瞬く間に破壊されてしまうのだった。
抵抗されたという素振りすら無く、まるでそよ風みたいに呪縛を解いたことにセブンスは目を見開いた。
「はぁ?分かっていたつもりなんだけど、あの子ヤバくない?」
「あれって力で解けるものですのね。いつもハイピスさんは指一つ動けなくなりますのに」
「これはさすがにラムネちゃんが特別なだけだから。ったく、いよいよ本格的に荒っぽい方法しか無いなぁ。中位魔法・爆炎一点縮小」
セブンスは杖無しでも普通に魔法を発現させ、周囲の炎全てを一カ所にかき集めた。
それは龍の炎のみならず、鬼火も例外では無い。
その影響で鬼火の龍は姿を崩されてしまい、いとも簡単にラムネは地面へ向かって落下することになる。
「あぁ落ちます~。かくも世は無情なりて~」
どれほど能力が高くても、今の彼女は酔っていることに変わりない。
それで判断力が鈍ければ、まともに抵抗できなくなるのは当たり前だった。
更にセブンスは連続的に魔法を発現させることで、ラムネの完封を狙う。
「高位魔法・瞬間転移魔術」
この魔法により『龍覚』が入った大きな酒樽が、ちょうどラムネの落下地点に転移される。
そして、そのままラムネは全身丸ごと酒樽に突撃して『龍覚』の中で溺れることになった。
もちろん彼女の力は尋常では無いため、酒樽はほんの数秒ほどで破壊される。
しかし、その頃にはラムネの意識は限りなく正常な状態へ戻っていて、毛先まで酒まみれになりながら咳き込んでいるのだった。
「ごほっけほっ……。うぅ、一体なにが起きたのですかぁ~」
「何も起きてないよ。ちょっと空が燃えただけだから」
「あの、空って燃えるものなんですかぁ?」
「神様くらいの力があれば簡単にね。とにかくお邪魔し過ぎたし、一旦お店へ帰ろうか」
「はい……。でも、うぅん?なんか記憶が曖昧で……、意味も分からず気分が良かった気がするんですけど……。あと、妙な吐き気が……うへぇ……」
ラムネは大量に酒を飲んだあと、空高く急激に上昇しては落下する一連の体験をした。
更には酒樽で不意に酒を飲んでしまったので、内臓に流れ込んだ酒が暴れ回った状態なのは言うまでもない。
そうとなれば、とある生理現象が起きるのは必然だ。
「おっ……うっ…、ふ……フーランさん~……」
「そんなフラフラするなんて、飲み過ぎですのよ」
「実はわちき、もう立つことも……でき、うえぇえぇ……」
「あひゃ!?まぁ嫌ですの~!!ワタクシの精霊に体液をぶっかけないで下さいですのぉ~!?」
思わぬ形で被害が広まってしまい、結局は万事解決では済まされない状況と化す。
それからフーランは酒で濡れたラムネを背負い、セブンスは龍族に挨拶してから店へ戻るのだった。




