1.鬼娘が異世界転移します
とある少女はオシャレな衣服で身を着飾っているのにも関わらず、赤い草木が生い茂った険しい山道を駆けていた。
少女の青い目には涙がうっすらと溜まっており、息を切らしながらも必死に誰かを探している最中のようだ。
何度も相手を呼んでは、懸命に辺りを見渡している。
「どこなの、お姉ちゃん!わちきを置いて、どこへ行っちゃったの!?」
こんな人気が無い大自然で少女が探しているのは、大好きな姉。
だから自身の長い銀髪が乱れ、紺色のメッシュが歪に跳ねても気にする余裕は無い。
もちろん、お気に入りの服に泥が付着しても手で払う真似はしなかった。
なぜなら今は姉を見つけることが最優先で、とにかく会いたい一心だ。
そんなとき、少女は不意に頭を触られたような感触を覚えて、つい驚きの声をあげる。
「ひゃっ!?あっ……、角に枝が当たっただけ……」
少女は、自分の頭に一本だけ生えている角に触れる。
枝が当たった程度で傷つくことはない。
体のみならず、角も丈夫だから。
しかし心の方は時間が経つ毎に深く傷ついてしまっており、ふと少女は姉に角を撫でられた時のことを思い出した。
「うぅ~……、お姉ちゃん。ずっと、わちきと一緒に居るって約束してくれたのに。どうして……?なんで何も言わないで家から居なくなったの?わちき悲しいよ、寂しいよ。今すぐ会いたいよ……」
少女は不安を吐き出すために虚空へ向かって感情を吐露したのだが、むしろそれが不安を増長させてしまっていた。
今しがた声に出した言葉のせいで、姉は本当に自分を置いていったのだとしか考えられなくなってしまう。
できるものなら、これが夢だと思い込みたいくらい。
だが現実は残酷であって、どれほど目を逸らしても幸運は訪れてくれない。
そのまま不安は募る一方で、彼女の想いは次第に蝕まれる。
自力で不安を振り払えないから希望は陰り、元より少ない気力は奪われていくのみ。
そうなれば少女の心は恐怖に支配されたも同然で、もはや心身ともに疲弊するだけだ。
気が付けば、姉を探すために動かしていた足を止めてしまっていた。
頑張って探しているつもりなのに、どうしても会いたいのに動く気になれない。
彼女にとっては姉こそが全てだから、こうして一人ぼっちになった時は何もできずに諦めてしまう。
「ロゼラムお姉ちゃん……」
少女は姉の名前を呼びかけた直後、なぜか視界が一気に暗くなる。
しかも、野生動物くらいしか足を踏み入れないであろう山中で眠くなってきた。
このタイミングで眠ったら、それこそ姉探しを諦めたようなもの。
それでは駄目だと自覚しているのに、どうしても眠気に抗えない。
やがて鬼娘の少女は布団へ眠るようにゆっくりと地面へ倒れ、暗闇に呑み込まれてしまうのだった。