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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私の鼓動。

作者: 木之一


「せんせ!」


 私には先生がいた。

 その先生はとても物知りで、博識で。

 いつも、私は知らないことを先生に聞きに行く。


「せんせ! ここ、わからないんですけど……」


 先生はそんな私に面倒くさがらず、優しく接してくれていた。


「せんせ〜! ここもわからないんですよ〜」


 安心する笑顔で、私に時間を割いてくれる。

 そんな先生が私は大好きだった。






「いたた……ここは?」


 背中が痛くて私は上半身を起こす。

 つぶやきながら部屋を見渡した。

 床も壁も、天井も白い部屋。

 隅には植木鉢。その植木鉢には観葉植物が育っていた。

 他には小さな鏡と白の扉。扉には時計がかかっており、扉の上には学校によくあるスピーカーがあった。

 

「私は……」


 記憶を辿っても何も思い出せない。


「そう……、だよね……」


 言葉を漏らす私。


『あーあー、聞こえるか』


 ふと聞こえたのはノイズが酷い声。

 その声の発信源を探すと、声はスピーカーから聞こえていた。


『よし、聞こえるようだな』


 スピーカーから流れる声。

 私はその声に耳を傾ける。


『お前はまず、思い出さなければいけない』


 思い出す? 何を……。


『鏡を見ろ、それでわかるはずだ』


 ブチッ、とスピーカーから聞こえた。


「鏡……」


 先程、部屋を見渡した時に見えた鏡。

 恐らくはそれのことだろう。

 膝を立て、体を立たせた。

 鏡がある場所まで私は歩く。


 一歩ずつ、足を動かして歩を進める。


 何を思い出すんだろう……?

 そんなことを思いながら、私は少しずつ鏡へと歩いていった。

 一歩、一歩と。その時間が遅く感じてしまう私。


 私は時間が遅くなる錯覚を覚える。

 けれど、鏡までやってこれた。

 鏡を覗き込んで自分の顔を見る。


 自分の顔を見た瞬間、私の脳内に流れ込む記憶。


「ママ……」




 私のお母さんは死んだ。

 ある日の晩、私は帰りが遅くなってしまって。

 心配してくれたママが電話をかけてくれて、もうすぐ帰るよって私は言ったんだ。

 それから私は、心配してくれたママの元へと早く帰った。


「ただいま」


 家に帰ると静かだった。

 ママからかけられた電話では玄関で待ってるって言われたのに……。


 玄関を閉めて、靴を脱ぐ。

 家へと上がり、暗い廊下の電気をつける。

 黒い足跡。赤い手形。

 そんなものが壁や床にあった。


「これ……って……」


 血……?

 廊下にある足跡と手形を辿ると、そこはお風呂場だった。

 電気がついてない脱衣所と、お風呂場に続く扉が開いていた。

 暗くて見えなくて、私は電気をつけた。

 つけてしまった。


「マ……マ? ……ねぇ……ママ……? ママ……!?」


 お風呂場の浴槽に倒れていたのは、ママだった。

 服が血まみれで、とても生きているとは見えなくて。

 そんな状況を私は信じれなかった。

 信じれなくて何度も叫んだ。ママ、って……。


 血まみれのママに急いで近づいて、抱える。

 自分の服や手に血がついても気にならなかった。

 そんなこと、考える余裕はなかったから。

 何も言えなくて。言葉に、声に出なくて。

 声にならない悲鳴を叫んで。涙を流した。


 ふと、私はお風呂場にあった鏡を見た。

 鏡に映る私は、涙を流してママを抱えていた。






 そんな光景が、記憶が、頭に流れてくる。


「ママ……」


 言葉を漏らす私。


『思い出したか、なら次だ』


 スピーカーから聞こえるノイズの酷い声。


『次は植木鉢だ、植木鉢を見ろ』


 それだけを言ってまたスピーカーは黙る。

 急かすような、そんな声。

 植木鉢を見ろ、その言葉を聞いて隅にある植木鉢に目を向けた。


「あれを……見ればいいの……?」


 ママのことを思うと、足が重かった。

 一歩一歩、足を動かす。

 少しずつ、植木鉢へと近づいていく。

 記憶がない私は、スピーカーの指示に従う。


 植木鉢のそばまで行って、植木鉢を見た。

 どこもおかしくない、なんとも普通の観葉植物が育っていた。

 葉っぱに触ると頭へと流れる記憶。




「おい、あんまりさわるなよ?」


 少し不器用な、私のお父さん。

 植木鉢に埋めた、観葉植物の種。

 土から生えた双葉を、私が触っているとそんなふうに声をかけてきた。


「はーい、わかってるよー」


 ソファーに座っているパパに向けて、言葉を返した。

 私はパパに近づいて、肩に触る。


「ん……、なんだ?」


 ソファーの後ろから肩を触られたパパは、不思議そうに声を出して聞いてきた。


「今日もお疲れ様、って思ったから肩揉み」


 私がそう言うと、少し嬉しそうに声を上げた。


「そうか……」


 それだけを言って、無言になる。

 いつも、こんな感じだった。

 娘の前だからってカッコつけて。

 でも、少し抜けていたりして。

 そんなお父さんが大好きだった。


 だけど、ある日。パパは死んだ。

 ソファーに寝転んで、血を流していた。

 それをママが見つけて、警察や救急車に電話をかけたらしい。

 そんな話を私はママから聞いたから。


 散々泣いて、泣き喚いて。

 もう会えなくなったパパを想って。

 ふと、植木鉢の双葉に目がいった。

 少し萎れているような、そんな錯覚を覚えた。






「パパ……」


 頭に流れてくるパパの記憶。

 夢のような、夢であってほしい。

 けれど、それは現実だから。

 私は受け入れたんだ。


『思い出したようだな。それじゃあ、次だ』


 ノイズが酷い声で私はハッとする。


『次は、時計だ』


 時計。それは白い扉にかけられていたもの。

 それを見ろ、ということなのだろう。

 スピーカーはそれだけを言って、また黙ってしまう。


 流れ作業のように、私は歩く。

 白い扉にかけられた、時計へと。


 白の扉の前まで行って、時計を見る。

 時計の針は八時十六分をさしていた。


「この時間……って……」


 頭が痛くなる。

 さっきまでは思い出しても痛くならなかったのに。

 いたい、いたい、いたい、いたい。

 頭が、痛い。


 両手で頭を抑えて、立っていることができなくなる。

 崩れ落ちるように、座って。


「思い出さなきゃ、思い出さなきゃ……!」


 そんな思いが声に出る。


「いっ!」


 ズキン! と強い衝撃で思い出す。

 頭に流れてくる、記憶。




 夜遅くなって、心配してくれたママの元へと帰る。


「おかえりなさい」


 玄関で待っていたママが言った。


「ねぇ……ママ。パパのこと、教えて」


 私がそう聞くとママは答えた。


 パパはね、ママが殺したの。


 その言葉をママから聞いて、私は倒れそうになった。


「嘘、でしょ? 冗談やめてよ……」


 そう言って、茶化す。だけど、ママの顔は真剣だった。




 気づくと私の手は、血まみれだった。

 包丁を持って、ママを刺していた。


「ねぇ……ママ! どうして? どうしてなの!?」


 ママは答えなかった。

 体に包丁が刺さって、血が体から流れ落ちていく。

 そのままママは玄関から廊下へと歩いていき、お風呂場へと入っていった。


 茫然自失な私は、ママを追いかけていく。


「大丈夫、大丈夫よ……」


 そう言って、浴槽の中へ入っていくママ。

 茫然自失な私はそのさまを眺めるだけ。


 そして、私は玄関へと戻る。

 玄関にある時計を見て、私はつぶやく。


「大丈夫、これは夢。私じゃない、私じゃないから。だから大丈夫。怖くない、痛くない」



 

 それから、何時間が経っただろうか。

 ふと気づくと、玄関へと戻っていた。


 玄関で待っていると言っていたママは玄関にはいなかった。


「ママ……?」


 暗い廊下の電気をつけると、黒い足跡と赤い手形があった。






「そうだ、私……」


 思い出す。思い出した。

 私はママを殺したんだ。殺しちゃったんだ。

 もう、パパとママには会えなくなった。


『成功……か……』


 スピーカーから聞こえたノイズの酷い声。


『心音、白い扉を開けろ』


 急に呼ばれた私の名前。ここね、心に音って書いて心音。

 その名前はママとパパ以外には先生しか言ってくれなかった。


「まさか……せんせ、なの……?」


 そう思うと、声が似ていたことに気が付く。


『ああ、先生だ。白の扉を、開けて、先生の元にこい』


 扉を開けると先生がいた。


「どういう、ことなの……?」


 私は聞いた。

 知らないことを、わからないことを。


「こうなってしまった、経緯を説明をしようか」


 先生の口から言われた説明に私は泣きそうになる。


 『まずは、心音の父親の話だ。

 父親は心音を愛していた、娘である心音だけをな。

 妻である心音の母親には愛情はなかった。

 お前の前だけで、父親は母親を愛しているふりをした。

 それで母親は良かったんだろう。その時は。


 だけど、ある日。家に帰ると、心音が父親の肩を揉んでいるではないか。

 私は揉みたくても揉めない。

 私のほうが父親を愛しているのに、どうして。ってその時、深く思ったんだな。


 その日から母親は父親を殺そうとしたんだ。

 嫉妬だけで、な。


 そして、父親を殺して気付いたんだ。

 私がしたいのはこんなものじゃない、とな。


 父親を殺して、娘である心音には何も言わなかった。

 父親が愛していた娘。


 そう思うと、心音を殺したくても殺せなかったんだろう。

 心音の母親は、本当に父親を愛していたからな。


 そして、父親は強盗に殺されたと言って警察に電話した。

 もちろん、自分で殺したんだから服に血はかかっているし包丁には指紋があるだろう。

 でも、それはそのままにして父親に刺した包丁を抜いたんだ。それなら、何も不自然はないからな。


 それからは心音との普通の生活をした。

 だけど、日に日に罪悪感が募ったんだろう。


 ある日、娘である心音の帰りが遅くなった。

 心配して電話をかけて、玄関で待ってるって言ったんだ。

 

 もちろん、その時は話すつもりなんてなかったんだろうな。


 家に帰ってきた、心音から言われた言葉で言ってしまったんだ。

 パパは、私が殺したんだってな。


 それを聞いた心音はキッチンに行って包丁を取り、玄関へと戻った。

 そして、母親を刺したんだ。


 そこで母親は気付いたんだ。

 自分がしたことの重大さに。


 このままでは娘が犯罪者になる。

 そう思って、風呂場で自殺したように見せかけようとしたんだ。


 それで、心音は玄関の時計で自己暗示をした。してしまったんだ。

 記憶をなくし、母親を見つけて』


 そこまで聞いて、私は泣いた。

 涙を流して、崩れ落ちるように座る。


「そう、だったんですね……」


 私は……なんてことを……。


「大丈夫、大丈夫だよ。罪を償えば、また」


 先生にそう言われて、私は決心する。


「私、自首します。だから、また。また、会いましょう。せんせ」


「ああ。罪を償って、また会おうな」


「さようなら、せんせ」


 私は罪を償う。

 私の人生を、鼓動を、取り戻す。

 だから、ママ……パパ……見ててね。



















































「ふぅ……愉しかったな」


 白衣を着て、メガネをつけている男性。


「次は、どんな物語にしようか」


 フフフ、ハハハ。

 暗い街の中で嗤う。




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