追放されたが俺は最期までお前についていくことにした
「ヴァルト、お前をこのギルドから除名して追放処分とする」
団長室の一等いい椅子に座っている金髪野郎が何かをほざいてる。
――そんな戯言を聞かせるために呼び出したってのか? ありえねぇ。
昨日飲みすぎたせいで二日酔い真っ只中なのに何だこの茶番は。
そう思い、目の前の金髪優男――名をアーレンというギルド長を務める男の言葉を冗談として受け流して、適当な椅子の上にドカリと座り込んだ。
「……残りの在籍期限は一週間だ。その間に身の回りの整理をしておけ」
「――お前、それマジで言ってんのか?」
自慢じゃないが俺はアーレン率いるギルドの主戦力だと自負しているし、それ相応の働きもしてきたつもりだ。
誰よりも前線で戦い、俺らの前に立つ敵は全員漏れなくブッ飛ばしてきた。仲間を守るために負った数々の傷は俺の勲章であり、俺の一番の誇りと言っても過言じゃない。
――それなのに、だ。
そんな俺を脱退させるだと? 一体何を考えているんだ?
俺が抜けた穴を誰が埋められる? 俺たちが今まで共に過ごしてきた時間は?
お前に付き合ってきた十年以上の俺の月日を全部無駄にするってのか――?
そんな不満をぶちまければ、アーレンは冷めた目つきでこちらを一睨みするとすぐに視線を手元の書類に戻した。
「何を言われようと俺の意思は変わらない。お前はこのギルドには不要なんだ」
「そんなんで納得できるわけねぇだろ。理由を言え」
「――じゃあ、ハッキリ言ってやる。お前はここにトラブルを持ち込み過ぎなんだよ」
「……はぁ?」
予想外の言い分に思わず素っ頓狂な声を上げれば、アーレンはこれ見よがしに溜息をついて手元の書類をこちらの眼前に突き出してくる。何かの討伐依頼書かと思ってたそれは、末尾に“0”が大量に並ぶ請求書であった。
「昨日の酒場のことだってそうだ。たまに少し羽目を外すくらいならいい。だがお前は酔って暴れて店の器物を破損させたうえに怪我人まで出しただろう?」
「……それ、は…」
正直に言えば昨日の細かいところは記憶がない。気づけばギルド寮の自室のベッドの上だったからだ。
だが、気持ちよく酔ったところで誰かに喧嘩を吹っ掛けた覚えはあるので、概ねアーレンの言ったことは本当のことなんだろう、とは思う。
「俺らが少人数だった頃は、お前がトラブルを起こしても頭下げて金で弁償できるんならそれでいいと思ってた。けどな、ヴァルト、今のギルドは俺ら二人だけのものじゃないんだ。
なまじお前が有名なこともあってお前一人の行いがギルド全体の評判に繋がりやすい……もうあの頃とは違うんだよ。ギルドの将来を考えればこれ以上お前をここには置いておけない」
一息で言い切った後、話はこれっきりだ、とばかりにアーレンは俺に背を向ける。
何もかもが冷めきった温度で、あぁ本当に本気だったのだ、と俺はようやくその時初めて悟った。
問題を起こしてもギルドの名前を出したことなんて一度もない。だから今まではそれで下がるのは俺自身の評判だけであったのに――周りはもうその悪評を俺だけに留めてくれなくなったということか。
「……たくさん苦労かけてたんだな」
戦闘では後衛のアーレンを守ってばかりでその延長としてずっと自分がアーレンを守ってやってるつもりでいた……が、それは大きな勘違いだったのかもしれない。
むしろこいつに守られてたことの方が多かったのだろうかと考えれば――ギルド最強の称号など、聞いて呆れる。
「――今まで悪かった。じゃあ、達者でやれよ」
反発する気なんて起きず、簡素な謝罪と別れの挨拶以外に何の言葉をかけていいか分からずで、俺は早々にその部屋から立ち去ることしか出来なかった。
そうして十年以上付き添った親友との最後は、何とも呆気ない別れで終わってしまったのである――が、その時の俺は何も知らなかったのだ。
「……すまない、ヴァルト」
俺から背を向けたあいつが、部屋の中で声を押し殺すように泣いてた理由なんてこれっぽっちも。
◆
明くる日、自分の荷物整理のために一軍メンバー用の鍛錬場へと足を運べば、そこで顔見知りの治癒師に会った。
「ヴァルトさん、お疲れさまです!」
青みがかった銀色の髪をさらりと揺らし礼儀正しく挨拶してきたのは割と最近ギルドに加入した新人の野郎。しかも能力も優秀であっという間に一軍にまで登り詰めた大したやつでもある。
「おう、ユシェル。お前こんな朝早くから特訓してんのか?」
「はい、これ以上皆さんの重荷になりたくはないですからね」
「……重荷?」
ユシェル曰く、戦闘時に前線に立てないがためにもっとサポート役を果たせるよう治癒魔法の他に攻撃魔法も練習しているのだという。「治癒以外はからっきしですし」と苦笑いするそいつに内心溜息をついて、思わず割と強めの拳骨を落としてしまった。
「な、何するんですか!」と若干涙ぐんだ目で訴えられるも、先の言葉を聞いた身としては只々呆れの気持ちしか無く、それに対して謝るつもりは毛頭ない。
「……お前が戦闘中に心掛けていることは何だ?」
「何です突然……? そりゃ皆さんを迅速に回復させることですけど…」
「そんで、お前はそれを怠ったことは――」
「ないですないです! いつも全力ですよ!!」
あまりにも食い気味に答えが返ってきたことに軽く吹き出し、まだ痛がってるそいつの頭をぐりぐりと撫でつけ「じゃあ、お前は良い荷物だな」と言えば、ユシェルはキョトンと首を傾げる。
「“荷物”にも悪い荷物と良い荷物がある。前者は己の本分を全うしようともせず、それどころか自分が戦闘中に何が出来るかを考えようともしないやつのことだ。
そんなやつが居たら、俺は絶対ェ自分のパーティーから叩き出す。そんなもん邪魔なだけだからな」
パチリ、と目を瞬かせるユシェルは俺がそんなことを言いだすと思ってなかったのか、純粋に驚いたような様子であった。
「ユシェル、良い荷物は俺たちにとって決して悪いことばかりじゃねぇ。
戦闘に慣れないやつを入れたうえでの自分たちの実力を見極め、如何にそこから効率よく任務をこなすか、それがパーティーの力量の見せ所でもあるしな」
「で、でも僕をガードするのに人員まで割いてもらってるし――」
「はぁ? ヒーラーなんて上手く守られてこそのジョブだろうが。お前らの仕事は“傷を癒す”んであって、“傷を受ける”のは俺ら前衛職の仕事だ。
何のための前衛・後衛編成だと思ってんだよ。俺らを壁にしてでも生き残るぐらいの気概でいけ、それでお前がきっちり俺らを回復させたらそれでチャラだ」
「――僕、ヴァルトさんみたいな功績もないし、そんな強気にはなれませんよ…。
このギルドじゃ二軍の魔導士でも魔法を複数使えて当たり前なのに……たった一つの魔法しか使えないくせにってよく言われるし――」
「何言ってんだ、お前に求めてるものなんて治癒魔法しかねぇのに」
「え……」とショックを受けたように目を見張るユシェルの頭を掴んで「何でそこで落ち込むんだよ」とぐしゃぐしゃに髪の毛をかき混ぜてみたが、ユシェルは相当気落ちしているのか文句の一つも飛んで来なかった。
こういうときアーレンがいりゃ上手く説明してくれんだけどなぁ、と考えて未だにアイツに頼ろうとした自分の思考に自嘲してしまう。
「……あー、俺は“戦士”で魔法が一切使えねェ。魔法しか効かねぇ敵が出たら戦闘面ではまるっきり役立たずだ。それでも俺はそいつに向かって先陣を切って攪乱させる。そうした勢いでチームの士気を上げるのが俺の役目であり、それこそがチームにとって必要なものだからだ。そんな俺を役立たずだと思うか?」
「……いいえ、そうは思いませんけど」
「お前も同じだ、そもそも立ってる土俵が違うだろ。
魔導士は攻撃も補助も手数勝負なとこがあるから魔法を複数使える奴が求められる。だがお前は治癒師だ。治癒魔法が使えてそれをチームのために惜しみなく使う奴が今ここには必要なんだ。
“たった一つ”はそれだけで充分に価値あるだろうが。僻んでる奴の言葉なんて一々真に受けてんじゃねェ。今のお前が必要だっつってんのに、他の能力身につけてなかろうが関係ねェんだよ」
「……僕、が――?」
少し説教じみてしまった俺の話にユシェルが泣きそうな声でぽつりと言葉を漏らす。
……また威圧してビビらせてしまったのかもしれない。アーレンによく“お前は言い方がなぁ”と呆れられていたので、きっとそれも関係してるのだろうが自分では結局何が悪いか分からなかった。
――しゃあねぇ、こうなったらさっさとユシェルの前から退散すべきか。
そう思って途中で止めてた荷物整理の手を黙々と再開させれば、ユシェルは何故かわざわざ俺の隣に寄ってきて、こちらをおずおずと覗き込んでくる。
「……僕、ちょっとだけヴァルトさんのこと誤解してたかもしれません……あの、ありがとうございます。
いつかまた一緒のパーティーで任務に行けるよう頑張りますから、今度ヴァルトさんの特訓に付き合わせてもらえると嬉しいです」
ビビらせた俺にさえ愛想よく接してくれるらしいことに素直に尊敬はしたが、生憎と一週間も経てば俺はこのギルドから居なくなる人間だ。そんな人間じゃなくてもっと適した人員を特訓に誘え、と伝えればユシェルは「は――?」と真顔になり、荷物整理を邪魔するかのように腕を掴んできた。
「いや、何言ってるんですか。ランクトップのヴァルトさんがギルド脱退? さすがにその冗談は笑えませんって」
「冗談じゃねェよ。昨日決まった。一週間でここを出る、以上だ」
「……団長はそれ許可したんですか? してないでしょう?」
――その団長様が決めたことなんだがなぁ。
と、口に出してしまえば、心根が良さそうなこいつはすぐにでもアーレンのとこに突っ込んで行くであろう気配があったため、どうしたもんかと考えあぐねる。
けれど何も言わない俺に先に痺れを切らしたのはユシェルの方で、「――直接団長に確かめてきます!」と大声を上げたかと思えば、後衛職とは思えないほどの脚力で一直線に走り出した。
あまりにも突然行動を起こしたそいつに一瞬反応が遅れてしまったものの、すぐに追いかければギルド本部の廊下で、ユシェルにあと一歩というところまで追いつく――が、しかし。
「――やっと見つけた! ちょっとヴァルト!! アンタどういうことよ!」
俺にとっては馴染みの犬っころが乱入してきたために自然と俺もユシェルも足が止まる。突如現れたそいつはサイドテールのピンク髪が特徴的で、割と初期からこのギルドメンバーとして在籍しているクレアという名の女魔導士であった。
魔法の力はどれも優秀であるものの、常日頃から賑やかに嚙みついてくるやつなので進んで近づくことはほとんどないのだが……。
時が止まったかのようになっていたのも一瞬で、ユシェルの足が再び動き出すのを目の端で捉え、「あ、おい!」と手を伸ばすも、その間に割り込んだクレアのせいでユシェルを取り逃がしてしまった。
「クレア、そこをどけ。ユシェルがアーレンの部屋に行く前に捕まえねぇと――」
「へえ、ってことはあの子もアンタが脱退するって知ったんだ。――じゃあ尚更ここをどいてあげない」
「お前の遊びに付き合う暇はねぇ、早くどけ」
「――ッ! 絶対どかない!!」
顔を会わせれば大体突っかかってくるこいつだが、一睨みすればいつも簡単に引き下がるのに何故だか今日はしつこい。
こうしてる間にもユシェルがアーレンに余計な負担を掛けてるかもしれないと思うと苛立ちが募り思わず「いい加減にしろ!!」と怒鳴り散らせば、クレアはびくりと体を震わせたがそれでもそこから動こうとはしなかった。
「……はぁ、一体お前は何がしてェんだ」
「アンタこそ何してんのよ。何で大人しく団長の言うこと聞いてんのよ。ここで最強になったら世界で最強の戦士になるんじゃなかったの? そんな簡単に諦めてんじゃないわよっ!」
「……ったく、クビになんのは俺だっつうのに何でお前が泣くんだよ」
「――っ悔しいからよ! アンタを倒してアタシが一番になるはずだったのに、勝手に勝ち逃げされるこっちの身にもなりなさいよ…っ!!」
――俺がいなけりゃ一番はずっとお前のもんだろうが。
と、思うもクレアの“強さ”への拘りを長年傍で見てきた身としては、それに関して軽口を叩くことはできない。
適当にあしらうことも考えたが、長い間ツーマンセンルで世話になった相手でもある。ギルドから離れる前にある程度相手してやるのが筋かとも思い、改めてクレアに向き直ることにした。
「あいつに理由も聞いたんだろ?」
「……聞いた。アンタが問題行動を起こしてばっかだからって。……確かにアンタは問題ばっか起こしてたけど――」
「分かってんならこれ以上突っかかってくんな。除名される理由があったからそれを受け入れた、そんだけだ」
そう言い切れば、クレアがこちらをキッと睨みつけ「でも、アンタにだってちゃんとした理由あるじゃない! 何でそれを言い返さなかったのよ!!」と胸ぐらを掴まれそうな勢いで詰め寄られる。
「何でその“理由”とやらをお前が知ってるのかは知らんが――そんなもんは結果の後じゃ何の意味も為さねぇんだよ。俺があいつに理由言ったところで傷つけたギルドの名誉は返ってこねぇだろうが?」
「そ、れは――……そうかも、しれないけど」
「それに一昨日の酒場みてぇに理由がねぇ問題だって起こしてきてんだ、どっちにしろそれで釈明なんて無理に決まって――」
「あれは違う!!」
俺の言葉を遮るように大声を上げたクレアの瞳に再び涙が溜まっていく。……勘弁してほしい、男でも女でも泣き顔を見るのは苦手だっつうのに。
「あれは、アタシに絡んできた酔っ払いをアンタが追い払ったからで…!」
「あぁ? お前あの時同じ酒場に居たのかよ」
「――!! ……そうよね…アンタってそういう奴だったわね…っ! このすけこまし…!!」
目の前の少女は泣いてたかと思えば急に怒り出す。だから昔から苦手なのだ、感情の機微が読みづらすぎる。何なんだ、今のどこに怒る要素があったっつうんだ。
……こりゃ、いつもの罵倒して逃げてくパターンだな、と思った矢先、怒りに染まったクレアの表情が次第に落ち着いていき、何かを決意したようにぐっと口が引き結ばれた。
「アンタを目標にしてきたのよ、ずっと」
「――お前が、俺を? 魔導士の参考になるもんなんざ一つも持ってねぇぞ」
「そういう能力面の話じゃなくて――……アタシがこのギルドに入ろうとした時、てんで使い物にならなかったの覚えてる?」
「あぁ、威勢だけは良かったよな、お前――」
――懐かしい、もう何年前のことか。
当時、妙に身なりの整った女がギルドメンバーに立候補してきたのだが、その女は魔導士と名乗るものの使える魔法は初歩クラス。魔法の知識ですら、俺たちみたいな素人にちょっと毛が生えたぐらいで――。
さすがにこれで魔物と戦うのは無理だろうという判断が下ったのだが、それを聞いた女はあろうことかいきなりその場にしゃがみこみ「絶対誰よりも強くなりますから私をここに入れてください!」と土下座してきたのだ。
訳を聞けば没落した貴族の娘とかで借金返済のために多額の金が必要なのだと言う。
周りから同情はあったがアーレンはそれでも悩んでいた。チームの力のバランスを考えれば当然と言える迷いだろう。――しかし。
「いいじゃねぇか。“誰よりも強くなる”って成り上がろうとする奴は嫌いじゃねぇ。口だけのやつならすぐ追い出せばいいだろ」
俺のその一言にアーレンも意思を固めたようで、その元貴族の女――クレアはギルドメンバーの一員となったのだ。
“誰よりも強く”――クレアのその信念は嘘ではなく、当時からギルド最強の看板を背負っていた俺に何度も勝負を挑んでくるような奴だった。
その度に尽く返り討ちにしてやったのだが、今の今に至るまで一回も折れたことがねぇんだから、その不屈の精神はまさに称賛ものと言っていい。
昔のことを思い出して自然に頬が緩んだところで、「――ヴァルト」と真剣な表情のクレアに名を呼ばれる。
「アンタがアタシの前に居たから……誰よりも先頭を走ってたアンタが居たから、アタシはここまで来れた。アンタはチームだけじゃなくて――あ…アタシにも、必要な、存在、よ」
「――――」
――まさかあのクレアから手放しで褒められる日が来ようとは……こいつも立派になったもんだ。
本音を言えばそう思うのと同時に少しの寂寥感も胸を過る。
やっぱりアーレンの言った通り今はもう“あの頃”とは違うのだ、と。
クレアもアーレンも、昔に比べて考え方が柔軟に変わって視野が広くなっているのが今ならハッキリ分かる……きっとそれが“成長”ってやつなんだろう。
馬鹿やって騒ぎまくってたあの頃のこいつらに置いていかれたようで切ない気もするがそれは致し方のないことだ。
――きっと俺も、変わんなきゃいけなかったんだろうなぁ。
そんな思いが芽生えはしたものの、今となってはもう後の祭りでしかない。
未練を振り払うように最後の餞別代わりとして握手をしようと右手を差し出せば、クレアの視線が怪訝そうにこちらに向けられた。
「……ありがとな。その言葉は誇りとして忘れない。
この俺に真っ正面からぶつかってきたお前の根性はこのギルドで後にも先にもきっと間違いなく一番だ。お前はそれを誇っていけ――これから俺の代わりにこのギルドを引っ張ってくのはお前なんだから――」
思ったままの気持ちを伝えれば、クレアの目から大粒の涙が零れたことでギョッとして言葉が途切れる。
そのままそいつは俺が差し出した右手を思い切りパンッと弾くと「馬鹿ヴァルト!!」と叫び、脱兎の如く走り出してしまった。
……何でさらに怒るんだ、意味がわからん。
結局罵倒して逃げてくいつものお前なのか――と、腑に落ちずにその場でしばらくクレアが走り去った方向を眺めていた、その時。
「……ヴァルト、さん」
廊下の先からユシェルが声をかけてきたことで、俺はようやく元々の目的を思い出した。
先ほどの猪突猛進感が無くなってる様から察するに、こいつもアーレンから内容を聞いたのだろう。
最後の最後まであいつに苦労をかけてしまったことに申し訳なさはあるも、ユシェルが大人しくなったことで俺の気は大分楽になったのも正直なところではある。
「――ヴァルトさん、ほんと色々やらかしすぎですよ! あれじゃあ団長も可哀想ですって」
まさか今度は自分に矛先が向けられるとは思いもせず、「お?おう…」と戸惑い気味の返事になってしまった。が、よくよく考えなくても実情を知れば普通にアーレンの方が苦労を偲ばれて当然かとも思う。
「……荷物整理、僕も手伝います」
「いや別に一人で問題ねェんだが――」
「人手はあるに越したことないんだから、ほら、行きましょ!」
断ってものらりくらりと躱され強引に腕を引っ張られたことで、もはや抵抗するのも面倒くさくなり、好きなようにさせることにした。
そうしていくつかの部屋を回った後、最後に自分に割り当てられてる私室に入ったところで「ここがランクトップの部屋…!」と期待を膨らませていたユシェルがしゅんとあからさまに落ち込んだ様子を見せる。
「いや、いくら何でもこれは質素超えて殺風景すぎません? ……私物なんて武器だけじゃないですか」
「お前は男の部屋に何期待してたんだ…」
「えーっと、ほら、ヴァルトさんの趣味とかヴァルトさんの好きなもの、とか? どんなものにお金かけてんのかなーとか」
「金なんて装備か酒にしか使うとこねぇだろ」
と言っても、ここ最近は一人で飲むばっかりなので金の使いどころはほとんど無くなってるようなもんだが。
アーレンとサシで飲んだのなんてもう随分と前になるか――と思い出にふけっていたところで「ヴァルトさん、これ――」とユシェルに呼び止められる。
「この剣、まだ使えそうなのに捨てちゃうんですか?」
「あぁ何の加護も付いてないただの短剣だからな。ギルド設立して初めての魔物退治の時に使ったやつだから何となく置いてただけだ。処分するにはちょうどいい機会だろ」
「――あの、これ、僕がもらってもいいです?」
「あ? 別に構わねぇけど、んなボロい剣なんて使いどころねぇぞ。今のお前のランクだったらこっちの方が――」
「これがいいんです、ちょっとしたお守りみたいなものですから」
――お守り……ちょっとした護身用ってことか…? まぁ本人が気に入ったんなら俺がとやかく言う話でもないか。
そうこうしてる内に片付けは終わってゴミ捨て場に向かっている途中、ユシェルから「これからどうするんです?」という質問が投げかけられる。
死ぬまでずっとこのギルドで、あいつの隣で戦っていくものだと疑いもしなかった俺はそれ以外の道のことなど考えたことすらなかった。
けれど無職になってしまった今、当面の生活は有り金で問題ないとしてもさすがにずっとそれでは食っていけない。となると他のギルドでの再就職が今一番適正度の高い職になるが――。
「うーん…他のギルドは厳しいんじゃないですかね……その、ヴァルトさんの脱退理由的に……」
「だよなぁ……じゃあやっぱり貴族の雇われ冒険者になって用心棒でも……」
「――ヴァルトさんって確か団長と同郷で農村出身なんですよね?」
「あぁ、そうだが……それがどうかしたか?」
「貴族相手にストレス溜める冒険者生活より、自由に田舎で過ごす方がヴァルトさんの性分には合ってそうな気がするなぁって」
言われてみれば一理ある。もともと俺とアーレンの二人だけで田舎の端っこの自警団として始めたチームがギルドの大元だ。それがいろんなやつを倒してくうちに規模がどんどんデカくなって、今じゃ国の中でもそこそこ有名なギルドなんてものになっちまった。
最初はギルド設立にあまり乗り気じゃなかったが、アーレンがその道を突き進むというのなら、親友として相棒としてそれについていってやろうと思ったのだ。
「田舎でゆっくり余生を送る、か――それもいいかもな」
そんな一言を漏らせば、隣にいるユシェルはホッと肩の力を抜いたように「はい…僕も、それがいいと思います」と穏やかに笑う。
最強になりたかったのはあいつと仲間を守るためだった。だからどこまでも、誰よりも強さを求め続けたのだが――今のあいつらはもう自分の身ぐらい守れる強さを持ってると充分に理解している。
むしろあいつらの前途有望な道を俺が邪魔してしまっているのだから、遠く離れた地であいつらの活躍を耳にするくらいが丁度いいのかもしれない。
少し先の将来に思いを馳せながら、とりあえず明日からは何すっかなぁ、というささやかな悩みが頭の片隅に浮かぶ――が、そんな風に呑気に事を構えてられたのは、あの追放宣告を受けてから与えられた“一週間”という実に短い間だけであった。
◆
「……ったく最後の日だってのに、誰もいねェのかよ」
ユシェルのおかげで宣告を受けた翌日には荷物整理が済んだため、ギルド寮を出てからその後は完全にオフ日として街をぶらつきながら宿屋を点々としていた。
一応まだギルドに名前が残っている状態で再び問題を起こすわけにもいかず、酒場含めて争い事が起こりそうな場所は極力避けて過ごしていたのだ。
そうして一週間経った今、改めてギルドに顔を出してみれば本部の廊下には馴染みの奴らが全然見当たらないのである。
怪訝に思いながらギルドの表にある受付まで足を運んでこっそり覗いてみると、そこには疲弊し切った職員たちの姿があった。
「一体何事だ?」
近くの職員に事情を尋ねようと一声かけた、その瞬間――バッ、と一斉に職員たち全員の顔がこちらに向けられたことでその勢いに思わず体を引いてしまう。
――普通に怖すぎるだろ、獲物見つけたゾンビかよ。
「ヴァルトさん…! よかった帰ってきてくれたんですね…っ!!」
いや、今からこのギルドに最後の挨拶して出て行くところなんだが――と言ってしまえばゾンビ(仮)になった職員たちに襲われそうでとりあえず黙っておく。
「もうこの一週間しっちゃかめっちゃかですよ!
ギルドメンバーは次々抜けて行くわ、それなのに緊急討伐依頼は舞い込んでくるわ、その余波で一般冒険者たちに手が回らないし、挙句の果てに団長は倒れるしで――」
「は――?」
――アーレンが、倒れただと?
「……団長はどこだ」
「本部の救護室です――って、ちょっとヴァルトさん!?」
すぐに救護室に向かおうとしたが涙ぐんだ受付嬢に力いっぱい引っ張られたために、足がつんのめってしまった。
「この状況を先に何とかしてください!」
「何で俺が……」
「何言ってるんですか!! 団長の代わりに団員に言うこと聞かせられるのヴァルトさんぐらいでしょう!?」
「いやお前こそ何言ってんだ、何のために副団長がいると思ってんだよ」
「実質ここで副団長やってるの貴方でしょうがっっ!!!」
この一週間で精神的に相当参ったらしいそいつはついに逆ギレの頂点までいき、ぜーはーと肩で息をすると「ん゛っん……取り乱してしまい大変失礼致しました」と姿勢を正す。
いやもうそれは取り繕えてないだろ、と声に出さないまでも溜息混じりに周りを見れば、ほとんどの職員が切羽詰まりすぎているのかさりげなく救護室に続く通路が人で塞がれていた。
――まぁ、あいつが起きた時に負担が減ってれば、多少の罪滅ぼしにもなるか。
「……わぁったよ、緊急の依頼書だけとりあえず全部持って来い。あとは知らん。誰か副団長を捕まえてきて仕事させろ」
「……! はい、只今お持ちします!!」
しばらくして受付嬢から手渡されたのは黒い五枚の紙で、上からS級任務一つにA級が三つとB級が一つ――そこまで目を通した時、ん?と眉をひそめてそいつの方を振り返った。
「裏任務のSが扱いづらいのはまだ分かるが、AとBなんて裏っつってもこのギルドの奴らなら二軍でも討伐可能なはずだ。何でとっとと向かわせねぇんだよ」
このギルドでは大まかに表と裏のニ種の任務が存在する。
表任務は素材採集目的の魔物討伐であったり、人里を頻繫に攻撃はしてこないが人間に害意を持つ魔物の討伐ということで、ギルド未所属の一般冒険者たちにも解放している任務だ。
対して裏任務は人間を捕食すると判明している魔物や、既に捕食して人里に何度も下りてくるような危険度の高い魔物の討伐任務であり、こちらはギルドメンバーのみで対処するようにしている。
その中でさらに討伐難易度によって等級を分けており、S級は魔物との戦闘に慣れた一軍の上級者チームでなきゃ基本は止められないし、街に大きな損害が出るレベルの魔物ということもあって特に危険度が高い討伐対象だが、AやBは一軍であれば単独、二軍でも複数人で対処できるぐらいの魔物なのだ。
「……さっき言ったじゃないですか、メンバーが抜けてるって」
「たった一週間程度のメンバー変遷で、ンな影響出るかよ――」
「ボイコット含めて約五十人抜けてるんですよ? それを無影響で収めるなんて無理に決まってます」
「ご、じゅう――だと…? 団員半分以上使えねぇ事態になるなんて有り得ねぇだろ! たかだか一週間だぞ!?」
「そうです普通は有り得ないんです、でも有り得てるんです! だから皆死にかけてるんじゃないですか!!」
大声を上げた俺に負けじと、まくし立てるように言い返してくる受付嬢を啞然と見つめてから、また手元の依頼書に視線を戻す。
聞けば残りのメンバーは一軍が俺を除いて六人いるものの、三人編成で二つの裏任務の未確定ランク――つまり未知の魔物の討伐任務を遂行中。
二軍が二十人弱、と言っても先の任務の負傷でまともに戦えるのは十人――ということは五人編成で、受けられそうな任務はA一つとB一つってところか。
三軍はとてもじゃないがこのレベルの戦闘では使えない。
となれば残りはS一つ、A二つで――まぁ、死にはしないだろ。
「戦える二軍メンバーを全員ホールに集めろ。A級B級を一つずつ割り当てるが、作戦指示と編成はその場で話す。メンバーの詳細資料もその時に用意してくれ。残りは全部俺担当にして手続き進めとけ」
「ぜ、全部って、A級ならまだしもS級はさすがに……せめて二軍から何人か連れて――」
「アホか、急に知らんやつと組んでS級相手に連携なんて取れるわきゃねェだろうが。それで無駄死にさせるぐらいなら確実に魔物を潰せる方に回す」
「ですがそれでは貴方が――」
「……うるせェ、俺に任せるっつうんなら全部任せろ。テメェは自分の仕事の心配をしとけ。テメェら職員が正常に回ってねぇことで被害受けんのは一般市民なんだ。今は最速で仕事回すことだけに集中しろ!!」
「……ッ! 分かりました、すぐに討伐メンバーの手配を整えます」
慌ただしく走っていく職員たちを横目に、ふらりと立ち上がってホールとは逆の方向に歩みを進めようとすれば、近くの職員から「ヴァルトさん、どちらへ?」と不安そうに呼び止められる。
「安心しろ、ホールに全員集まる頃にはまた戻ってくる。ただ団長に挨拶しに行くだけだ。あぁ、あとそれと――――――」
最後に一つだけ頼み事をすれば、その職員は首を傾げながらも二つ返事で了承してその場を駆けていく。
――詫びの置き土産だ、まぁそれくらいは派手にやってもいいだろ。
◆
さっきまで喧騒の中にいたのがまるで噓のように静まり返った廊下を歩き、救護室へと足を進める。
静かに扉を開ければベッドの上に横たわるアーレンとその傍には馴染みの年配職員がおり、その人は俺の顔を見るなり目を見張って「ヴァルト様…」と小声で呟いた。
「アーレンの容態は?」
「今は安定しています。熱や頭痛などの外部症状はユシェル様の治癒魔法で治していただきましたので……ただ、内部症状――徹夜続きによる寝不足や精神の過労も相まってまだお目覚めにはなられないのかと」
「……分かった。しばらくこいつと二人にしてくれるか。三…いや二十分ほどでいい」
そう伝えれば「……やっぱり貴方の目は誤魔化せませんね、どうぞごゆるりと」と、彼は苦笑しながら軽く頭を下げて部屋から出ていった。
「――だとよ。さっさと起きろ、狸野郎」
「……全くあの人は――で、お前は何しに来たんだ」
うっすらと開いた目は相変わらず冷めきった温度でこちらを睨みつけてくる。
確かにやらかしたのは俺の方だが、十年来の付き合いなどまるで無かったかのようなそいつの態度に少しだけ憤りと寂しさを感じてしまった。
「団長殿に最後の挨拶だよ。今日限りで俺はもうここのメンバーじゃなくなるからな」
「……そうか、今日だったか。……ここを出たらどこに行くんだ」
「さぁな、ユシェルに言われて俺たちの故郷に帰ろうかとも思ったが、気ままにその日暮らしの旅でもいいかもなって――」
「言っておくがここも含めてギルドからお前に回される任務は何一つないぞ。たとえどの街、どの国に居ようと――絶対にな」
「……随分と用意周到なことで。お前そこまで俺のこと嫌いかよ」
「……分かったら大人しく故郷に帰っておけ。あそこでならトラブル体質のお前でも大事にはならんだろうしな」
そう言って、布団を頭から被りツンと背を向けるアーレンを見て、俺は何故か子供のときのそいつと姿が重なって見えた。
――あの時は確か理由も忘れるぐらい大したことねぇ内容で喧嘩して、お互いに謝ることもせずしばらく無視した状態が続いて――そんで、誰もいねぇとこで一人で大泣きしてるこいつを見つけて思わず笑っちまったんだっけか。
ウジウジした泣き虫のくせに、誰もいなくなるまで泣くのを我慢するのがアーレンというやつなのだ――そう思った時、ふと口に出すつもりの無かった言葉がポロッと零れ出る。
「なぁ、俺、やっぱここ出てくの止めていいか」
その言葉に背を向けてたアーレンが驚いたようにこちらを振り向くも、すぐさま眉間にシワを寄せると俺から視線を逸らした。
「……一週間前も言っただろう。問題行動を起こすやつはここに置いておけない」
「そこはこれから改めるからよ。禁酒――は、約束できるか分からんが酒を飲みすぎねぇよう努力はする。何なら監視役を付けられたって文句は言わねぇ」
「……今後はそれで対策できたとしても、今までお前が下げてきたギルドの評判は――」
「あぁ、そっちはこれから特級の魔物討伐で取り返しに行く」
「――――何だと?」
一瞬息を呑んで不穏な空気を発したアーレンはそのままベッドから体を起こし、「どういうことだ」とこちらに詰め寄ってくる。
先ほどまでの事のあらましを説明してやれば、アーレンは体をわなわなと震わせ「ふざけるなッ!!」と怒鳴り声を上げた。
「……そりゃ、お前不在の間にいろいろ決めちまったのは悪かったけどよ……でも、お前でもそうするだろ? まぁS級はさすがに万全の態勢とは言えねェが――」
「ヴァルト、団長命令だ。お前は戦場に出るな――俺が代わりに行く」
その言葉に過労でいよいよ頭がおかしくなったのかと思い、額に手を当ててみればバチッと振り払われる。熱はなかったので治癒魔法はしっかり効果があったのだろうが、どう考えてもいつも冷静なアーレンらしくない行動だ。
「今の今までぶっ倒れてたお前が戦場に出て何の利点があんだよ。それに最近は事務職ばっかで勘が鈍ってるだろうが。どう考えても俺のが適任だ」
「……ギルドを辞したお前はただの一般人だ。危険区域への立ち入りは禁止になる」
「ハッ、生憎と今日が終わるまでは俺はこのギルドのれっきとした団員なんだよ。テメェ自身もさっき俺に団長権限使っただろうが! ンな屁理屈は通らねェからなっ!!」
あまりにも難癖ばかり付けてくるそいつに苛立ち、胸ぐらを勢いよく掴めばアーレンからも掴み返される。
そうしてしばらく無言で睨み合ったところで不意にアーレンの腕から力が抜けたかと思えば、怒りに満ちてた顔が次第に困り顔へと変わっていった。それと同時に真っ直ぐこちらを見据えてた視線がゆっくりと地面に逸らされる。
「……なぁ頼む、頼むよヴァルト、俺の一生の願いだ。頼むからここを離れて――故郷に戻ってくれ」
震えた声でそんなことを言い出したそいつに、自然と俺の腕の力も抜け「……お前、一体俺に何を隠してる?」と問えば、アーレンはついに観念したかのように「――お前は、魔血病なんだ」と短く答えた。
魔血病とは主に魔物と直接戦闘を行う者が魔物の瘴気に侵され、寿命が著しく短くなる特殊な病の一種だ。現在も治療法が見つかっていないため、原因である魔物との接触を完全に断つことで症状を緩和させる手法が一般的である――が、こまめに自分の体内の瘴気を浄化してれば発症しないはずなのに――。
「俺が、魔血病…? ンな馬鹿な。討伐後にちゃんと浄化してたんだぞ? 今だってどこも調子悪くねぇのに――!」
「――除名処分を下した前日、お前を酒場から部屋に運んでるときに……見えた。お前の背中には魔血病特有の“死の刻印”があったんだ…間違いない」
「――――」
そんなことを言われても突然すぎて、実感など全然湧かなかった。
自分の体のことなのにまるで他人のことを聞いているような気分だ。
「こっそり医者にも見せたが――お前の余命は……あと五年…だと」
「五、年――」
たった五年しか無いのか、とも感じるし、まだ五年はあるのか、とも感じる。
そういや五年前は何をしてただろうか、と思い返せば過去の思い出の数々がふと頭の中に流れてきた。
まだまだ駆け出しの新米冒険者で何をするにも失敗ばかりで……それでも、隣に居たアーレンや仲間たちと笑いながら過ごしていたのが昨日のことのように鮮明に思い出せる。
――あと、五年。
残された時間の中で俺ができることは――と、考えを巡らせていたところで「ヴァルト」と静かに名を呼ばれ顔を上げる。
「――五年という月日はお前が魔物との接触を完全に絶ったうえでの余命だ。……なあ、これでお前も納得してくれただろ? S級魔物との戦闘なんてお前の余命をどれだけ縮めると思ってる? 分かったらさっさと荷造りして――」
「――あぁ、さっさと荷造りして討伐終わらせてこねェとな」
重なり合うように発した最後の言葉に、アーレンは石のように固まってこちらを見ながら「は?」と間抜け面のまま口を開けた。
「ヴァルト、お前、自分で何言ってるのか分かってるのか? 正気か?」
「今のお前の頭よりかはすこぶる調子いいぜ。テメーはいつもグチグチ悩みすぎなんだよ。
俺に残された時間が五年だって話だろ? なら、俺は――その間にやりたいこと全部やり切ってからすっぱり死んでやるさ」
「――――」
「まずは除名処分を撤回してもらわねぇとだな。そんでギルドの名誉を回復させて俺はギルド最強の男から世界最強の男になる。あぁ、お前とまたツーマンセル組んでの任務もやりてぇな。あとはギルドの知名度をもっと上げて、お前を国一番のギルド長にして、その後は……まあ追々」
魔物と戦えば実際は五年よりも短くなるのだろうが、今言ったことを全部叶えられたらそれは俺にとって他人の一生分の密度と変わらない。
例え叶わずとも全力で生きて、それで命が終わるのなら――きっと俺は後悔せずに逝ける。
限られた時間の中で意外とやりたいことがたくさんあったことに自分でも驚きながらも、一つ一つ夢を語っていれば、アーレンがベッド横のテーブルをガンッと力いっぱい殴りつけたことで自然とその口を閉じる。
「……何で、何でそこまで…! お前の命削るほど、このギルドは大事なもんだって言うのかよっ!!!」
「――大事に決まってんだろ。お前と一から作った俺らの“家”なんだから」
ただ当たり前のことを言っただけなのに、目の前のアーレンの表情がだんだんと歪んでいき、その目からぽろぽろと涙が零れ始めた。――くしゃくしゃの顔で泣く姿はやっぱり昔から何一つ変わってない。
「……お前が急に抜ければギルドがまともに機能しなくなるなんて始めから全部分かってたんだ。……でも、それでもっ!! ギルドを犠牲にしても俺は――俺、は、お前のことをあ゛きらめたくな゛い゛…っ頼むよ゛ヴァルト……少しでも長く生きてくれ゛よ゛…っ!!」
張り裂けそうな声で必死に訴えるアーレンに、そこまで俺のこと考えてくれてたのだと――やっぱり十年以上付き添ってきた幼馴染は昔から変わらず優しいやつだったのだと知って――改めて決意が固まった。
「なあ、アーレン。俺、死ぬならここがいい。このギルドでお前や皆が笑い合ってるの見届けてから逝きてぇよ」
「――……うっ、…ぅ………っ…!」
ついに嗚咽を漏らした言葉しか発せなくなったアーレンに、昔と同じく笑いながら「ひっでぇ顔」と茶化せば「お前のせい゛だろ゛ッ!!」と以前のように怒られたことに、俺は心の底から安心した。
――そうして一頻りアーレンが涙を流し続けた後、コンコンというノック音が聞こえてきたことで、あぁもう時間か、とドアの方を振り返って「今行く」と伝えれば、氷袋で目元を冷やしていたアーレンも同時に立ち上がる。
「お前、その体で無理は――」
「――俺個人の我儘でギルドの皆に迷惑かけたんだ。俺に出来ることは全力でやらなきゃだろ」
吹っ切れたような表情のアーレンにやっといつものらしさが戻ってきた感じがして――駆け出しの頃のようにガシッと肩を組めば、アーレンは苦笑を交えながらも俺の腕を振り払ったりはしなかった。
「裏S任務達成と俺の団員続投の祝い酒はお前の奢りな」
「……今日だけだぞ」
言質とったり――と、あくどい笑みを浮かべお気に入りの店の一番高い酒を奢らせてやろうと俺は浮足立ってその場を後にする。
そのまま二軍が集まっているホールに向かう途中、アーレンが不意に足を止めたかと思えば真剣な顔つきでこちらに視線を向けてきた。
「……ヴァルト、悪いが今回の二軍の全体指揮権をお前に渡したい」
「はっ!? お前いるんだから俺はいらねーだろうが」
そもそもアーレンが不在だったから前に立っただけで、俺は基本的に相手を萎縮させることが多く、そういうものには向いてない。勢いのままに思い切り敵に突っ込んでく特攻隊長ぐらいが丁度いいのだ。
にも関わらずアーレンは「俺は別件ですぐにやるべきことがある」と、完全にこの後のことを俺に丸投げしようとしていた。
「大丈夫だ、今残ってるメンバーは癖がちょっと強い奴ばかりだからな。生半可な一軍メンバーよりよっぽど肝は座ってるしお前に怖気づく奴もいないだろう」
「テメェ、それは遠回しに俺を乏してねぇか…?」
「まさか。お前らしさを存分に発揮してこいって意味だよ――じゃ、頼んだぞ“月影の黒龍”」
「……わぁった、わぁったよ。頼むからその通り名をお前だけは呼んでくれるな」
「えー格好良いのに」とそんな調子のいいことを言って、アーレンは俺と別の通路へと進んで行ったのだった。
――そりゃお前が嬉々として俺に付けた名前なんだから、お前自身はそう思えるだろうよ。……まぁ、名付けられた最初の頃に強く否定しなかった俺も悪いのだが。
◆
ホールの前に到着してみれば何やら争ってるような声が中から聞こえ、足早にドアを開けて進むと、集まった二軍メンバーらしき集団の中の青髪と赤髪の野郎二人が取っ組み合いを始めようとしていたところだった。
「ったく、討伐戦の前に無駄に体力消耗させてんじゃねぇ」
二人を引きはがしてそれぞれ床に転がせば、頭に血が上ったままの赤髪が「何しやがんだ!! 関係ねぇやつは引っ込んでろ!」とこちらに向かって激しくがなり立てる。
「関係あんだよ。俺は今からお前たちの総指揮を務める一軍所属、ヴァルト=ディオールだ。分かったらとっとと整列しろ、赤髪」
「――! テメーは黒龍…ッ!
俺にはオルテス=フランダルって名前があんだよ、すぐにアンタの代わりに一軍のトップに立つ男の名だから覚えとけ!!」
「その威勢は構わねぇが、以降、その通り名で俺を呼んだら誰であろうとぶん殴る。――ンなことより本題に入るぞ」
「待てよ――“追放者”」
威勢のいいガキ、もといフランダルは鼻で笑う仕草を見せると「何で追放されたやつの指示なんて聞かなきゃいけねぇんだよ」とこちらを見下すように吐き捨てた。
「……今は処分の撤回手続き中だ。それにお前らの指揮権は正式に団長から引き受け――」
「ハッ、何だ、やっぱ上位メンバーになれるのなんて団長に身内贔屓されたやつじゃん」
「…………何だと」
――ガキの戯言に付き合っている場合ではない――指揮官として早く本題に入らなければ――ここは穏便に――アーレンやクレアを見習い、今までの反省を踏まえて俺も変わるのだ――と、一応の決意はしてたのに。
――止めだ、言いたいこと我慢してたらそれこそ寿命が縮む。
「――何っつった、このクソガキ。“贔屓”だと? ウチの団長がそんなクソな理由で団員の序列を決めるわけねェだろうがっ!! 万が一にもありえねぇが仮にそうしようとしてたら俺があいつを本気でぶん殴ってやる。ウチのギルドは設立当初から実力主義だ。一切ブレたことはねェ、分かったかクソガキ!!!」
「クソガキ、クソガキうるせぇ! じゃあ何で二軍の中で一番実力のある俺がいつまで経っても一軍に入れねぇんだよ!! 魔物への攻撃すら出来ないあんななよっちい女顔の治癒師は一軍に入れたくせに!!!」
「……あぁ? テメェが考えてる“実力”って何なんだよ」
その問いに今まで嚙みつかんばかりの勢いであったフランダルが一瞬だけ怯む。
けれどすぐにまたフンッと鼻を鳴らし、腰に装備してた剣を手に持ったかと思えば刃にゴオッと炎を纏わせた。
――なるほど、珍しい……剣士かと思ったが“魔剣士”か。
どうやらこいつは口先だけじゃなく、ちゃんとした才能はあるらしい。
「ンなもん決まってる! どんな奴もねじ伏せる圧倒的な力だよッ!!!」
そう威勢よく言い放ってこちらに切りかかろうとしてきた――その時。
――ザァーッとピンポイントでそいつの頭上から大量の水が降り注ぎ、剣に纏ってた炎は消え、フランダルは呼吸器官に水が入ったのかゴホゴホと盛大に咽ていた。
「――こんな時に悠長に決闘なんて馬鹿にも程があるだろう」
そう言って一歩前に出てきたのは、先ほどフランダルと取っ組み合いをしかけていた青髪のメガネ野郎であった。
「ディオール隊長もこんなの真面目に相手してないで、さっさと作戦指示を進めてください。時間の無駄だ」
「……お前は?」
「フィオル=イレイシアと言います。ご覧いただいたように得意分野は水魔法、ジョブは攻撃魔導師です。まぁ、攻守はどちらも出来るので配属はどこでも……と言いたいところですが、馬鹿とだけは組みたくないのでそれだけはどうかご配慮を」
神経質そうに見えるそいつは、掛けてたメガネを指で押し上げながら横目でフランダルを一瞥すると「これだから前衛職の脳筋は――」と小さく吐き捨て、待機してるメンバーの中へと戻って行った。
――……アーレン、てめぇ…癖がちょっと強い、だと?
指揮を丸投げしたあいつを若干恨みながら、水浸しになっているフランダルの襟首を掴み上げればぎゃんぎゃん喚き散らすが、「黙らねぇとテメェを任務から外す」と脅せば、こちらを睨みつけながらも大人しく所定の位置まで戻った。
そうしてようやく当初の予定通り予め用意された二軍メンバーの詳細資料にざっと目を通せば、思ってた以上に中々能力の高そうな奴らばかりであったのは不幸中の幸いか。とりあえず任務は滞らず遂行できそうだな、と一先ず胸をなで下ろすも、ごく一部が不安材料すぎる。
「五人編成で二チームに分けるつもりだったが……一部変更だ。
弓術士、シーフ、補助魔導師の二名、あと火炎魔法が得意な方の攻撃魔導師――お前らで一チームとして裏A級任務を任せる。この魔物で注意すべきは体表の粘膜に含まれる毒だ。絶対一定の距離を保って戦え。念のため支援魔法で毒耐性を上げながら遠隔攻撃を中心に。最終的に罠で敵の足場崩して一斉火力で魔物の核を仕留めに行く手段が一番早ぇだろうがそれは現場判断に任せる。
次に双剣士、槍術士、召喚士。お前ら三人は実戦経験が他より多い。裏任務と言えどBならお前ら三人だけで充分だろう。相手の触手の多さだけ厄介だが、切断すれば再生に時間が掛かる。魔物の核は肉厚な腹の奥にあるから槍術で対処しろ。
ただし魔物出現エリア周辺に小さな村がある。親玉の体から分離した手下が村を襲う場合もあるかもしんねぇから召喚士は念のためそっちを張ってろ。
――残り、水系攻撃魔導士と魔剣士、テメェらは俺とスリーマンセルだ、以上」
一拍置いて特定の二人から「はぁあああ!?」という悲鳴が上がるが、それらを無視し二チームのリーダーを決めて先に送り出す。
職員にアーレンへの報告を頼んでいれば、直後に「おい!」とフランダルがこちらに突っかかってきた。
「テメェらと組まなくたって俺一人で充分だ!!」
「貴様と同意見なのは癪だが――俺もそいつと組むぐらいなら一人でやる方が百倍マシですし一人で討伐をこなせます。そして隊長は先ほどの俺の話ちゃんと聞いてましたか??」
「ゴチャゴチャうるせぇんだよ。そこまで自信あるなら一軍としてテメェらの実力を査定してやるっつってんだ。昇格チャンスとして受け取れ」
「「――!!」」
“昇格”という言葉に多少は心惹かれたのか、まだ何か言いたそうながらも二人は一旦口をつぐむ。
「俺らも移動するぞ。お前ら二人とも結構な魔力持ちだし“転移石”は使ったことあるな?
俺はこの後別の任務もある。時間が惜しいから今回はそれで行くぞ」
「……? 別に構いませんが隊長のジョブは戦士で魔力無しでしょう? 転移石なんて並の魔力量では使えないんですから、貴方は尚更無理じゃないですか」
「……魔力は、俺も一応ある」
「は? ということは転移石が使えるほどの魔力がありながら魔法を使わない只の戦士をわざわざ選んだ、と? 奇特にも程がありますね……」
世界中どこだろうと魔力を持って生まれたなら、誰でも何かしらの魔法は使える。魔法は優れた人物の証、神からの贈り物、存分にその力を発揮すべし、なんてのが常識な世の中で俺みたいなやつがいれば当然――
「魔法使えないフリとか、変人かよ。自分から“無能”の落ちこぼれって言ってるようなもんじゃん」
――そう言われても仕方ない、だが。
「魔法使わない俺よりもランクの低いテメェらにとやかく言われる筋合いはねぇな」
「んだとこの野郎!!」
「魔剣士、貴様はいちいち騒ぎ立てるな。――隊長、質問ですが今回の任務では貴方の力を借りず魔物を討伐すれば一軍入りできると?」
「最終的に決めるのは昇格試験だが、団長に追加報告だけはしてやる」
そう伝えればフランダルは「二言は許さねぇからな!」と啖呵を切り、イレイシアは「一軍でお会いするのが楽しみです」と自信たっぷりに言ってのけた。
「――別に、ちゃんとテメーらに“実力”があるんなら一軍になろうと構わねぇよ」
最後の俺の言葉をこいつらがどう捉えたのかは知らないが、決して良い雰囲気とは言えないまま、俺たちは手のひらサイズの結晶――転移石を手に、目的の場所へと足早に向かうことにしたのだった――。
◆
転移した先は鬱蒼とした森の中で、日の光が微かに差し込むだけの薄暗い場所であった。緑の葉に混じってところどころ黒紫の葉が生い茂っているところから察するに、想定してたよりかなり瘴気が濃い場所だ……ということは――。
「おい、この先は――」
「アンタに言われなくても分かってるよ。依頼書に書かれてた特徴からして魔物の種類はトロールだろ? ンなもん楽勝だ」
「ほう、貴様全くの能無しではないのか――では俺とどちらが先に倒すかスピード勝負というわけだ」
イレイシアの挑発に乗ったフランダルが「望むところだ!」と返して、二人が息もつかせぬ速さで飛び出して行ったことに呆気に取られ、思わず「……おい噓だろ」という虚しい独り言が零れ出た。
――最初にパーティー内で情報整理ぐらいしろよ。
通常、現地に到着したらまずはその土地の地形や特色を把握するところから始めねば、具体的な作戦を立てるも何もない。
転移先は対となる転移石を偵察チームがあらかじめ設置してくれているのだが、魔力の揺らぎが大きいところだと座標がズレて着地することもザラにあるのだ。
それに討伐依頼書にはその魔物を見た人物からの証言、もしくは偵察チームが可能な範囲で収集した魔物の特徴や特性などの情報が記載されてはいるものの、それらは土地の特色によって変化することもある。そのため、魔物の特徴が一致したからと言って一概に型に当てはめてしまうと逆に対処しづらくなる場合も否定できない。
特にこういった“魔の森”のような瘴気が濃い場所であれば、尚更予期せぬ特性が魔物に付与されてもおかしくはないのに――。
――さてはあいつら、なまじ強ェだけに今まで力技でゴリ押せてたな…?
まさかここまで無鉄砲だと思わず頭を抱えたくなるも、こんなところでグズグズしてては本当に危なくなるかもしれないと、急いで二人の後を追いかける。
魔血病のこともあるため瘴気の吸収を抑える聖水を一瓶飲み干し、森の中をしばらく走っていくと前方で派手な音が聞こえてきた。
どうやら二人はすでにターゲットの魔物を見つけて戦闘を開始しているようだ。
近づいてみれば一応見当通り、緑の皮膚を持った五メートルほどの巨人――トロールが棍棒、というより、引っこ抜いた只の木を大雑把に振り回していた。
一般的なトロールよりサイズがデカめではあるものの動きは遅いので、とりあえずあの二人なら危険は無さそうかと戦闘を見守る。
二人が各々の持ち技を使えばトロールは怯んだように徐々に後退していってるし、このままいけば先に倒れるのは確実に魔物の方だろう。
きっと二人もそう感じているのは間違いない。……が、それぞれがさらに競うように火力の高い技で押し切ろうとしている様子を見て、呆れ混じりの溜息が小さく漏れてしまった。
――やっぱあいつらに一軍は無理だな。
早々にそんな結論が出たため、もう戦闘をまじまじ見る必要も無いだろうと、その光景を横目に捉えながら周辺の足場状況や生体状況の探りを入れてみる。
他の魔物の足跡や痕跡はこの周辺には見当たらず、今いる場所から少し歩いた先が木々の少ない開けた場所になっているようだ。
討伐後はそこで少し瘴気抜きさせるか――と思案していれば、ちょうど討伐もひと段落したようで「隊長、終わりました」「黒龍、終わったぞ」と同時に声が掛かった。
事前警告してた通りとりあえずフランダルに「その名で呼ぶな」と拳骨を落とし、倒れたトロールに改めて視線を移す。
非常に硬い皮膚を持っているのが特徴的な魔物のため、傷を付けるだけでも難易度は高めなのだが、その緑の巨体の首から上は完全に切断されており、元は柔らかい球体状の魔物の核は今や黒い石となってヒビ割れていた。
なるほど、確かに戦闘能力の高さは自分たちで豪語するほどのものであると言える……が、しかし。
「――結論から言う。お前らに一軍は早い。二軍でもっと実戦積んでこい」
「はぁ!? ちゃんとテメェの力を借りずに討伐しただろうがっ!!」
「……俺も納得できません。――もしかして隊長、能力の高い後輩のことやっかんでて一軍入りを阻んでたりします?」
あらぬ方向に考えが飛んだイレイシアに「お前らが実力不足だからだ。それ以外に理由はない」と呆れて返せば二人の目つきは“納得いかない”とばかりにさらに鋭いものへと変わった。
「そもそも魔法無しでも俺の方が強ェのに何でテメーらをやっかんだりすんだよ」
「だったらテメェここで俺と勝負し――……っ!?」
フランダルの言葉が不自然に途切れた瞬間に背中にゾワリと悪寒が走る。
すぐに振り返ってみれば、今倒したばかりの首がないトロールの体が何事もなかったかのようにのそりと起き上がり、手に持っていた木を高く振り上げていた。
「――――」
「――なん、で」
「――ッ! 馬鹿野郎!! 放心すんなッ!!」
そのまま横に薙ぎ払おうとするまでの一連の動きが先とは比べものにならないほど速かったこともあり、突っ立ってる二人の体を全力で引っ掴んで安全圏へと投げ飛ばす――と、同時に体に重たい衝撃が走った。
一瞬視界がブラックアウトしていたが、次いで襲ってきた痛みに意識が引き戻される。微妙にぼんやりとした視界で目の前の状況を確認すれば二人がこちらに駆け寄ってくるところであったため、あれだけ走れるなら大した怪我は無さそうだと、とりあえず一息ついた。
「お、おい…アンタ起きれんのかよ、頭からすげぇ、血…出てるし――」
「狼狽えんな。寸前で受け身取ったし致命傷は免れてる。頭の血は回復薬使っときゃいずれ止まんだろ」
「隊長、でも、貴方肩も――」
そう言われて初めて左肩が骨折してたことにも気付き、瓶に入った回復薬の液を半分頭の傷の方に掛けてから残りを飲み干して一旦諦める。
摂取が少ない分、回復薬の効能が落ちて患部の完治は見込めないが治癒師に頼れない今、最悪の状況を考慮して薬を大量に使うわけにもいかない。
利き腕守れただけ上出来か、と思いながら再度目の前にいるトロールの残骸を睨みつけた。
――チッ、討伐した魔物が復活するとかアリかよ。ンな特性初めてだぞ……。
「あのデカブツに攻撃は通じたか」
「いいえ、さっきより確実に魔法耐性が上がってます。当たりはしても物ともしません」
「剣も通じねェ……いや、切れるには切れるが再生が早すぎて追いつかなかった。しかも首の核を直接切ろうとすると必ず守りの体勢に入んだよあいつ」
――魔法はほぼ効かねぇうえに武器も微妙か……結構厄介だな。
トロールはその巨体をフラフラと方向転換させながら適当に腕を振り回している。魔物の核が首の肉の隙間から見えるが、割れてたはずのそれはまた一つの塊に戻ろうとしていた。
おまけに、適当だった足取りが段々と一つの方向に定まり、着実にこちらの方に向かってじわりじわりと近づいてくる。
――頭がねぇのに何を当てにしてこっちの場所を探ってんだ…?
姿でも、音でも、匂いでもない、となれば……。
「――魔力、か…?」
「「……魔力?」」
憶測を二人に説明し、試しにイレイシアの水魔法を付与させた短剣をトロール本体に当てないギリギリの距離感で向こうの木々に向かって投げれば、こちらに向かってた足取りがふらりとそちらに向いた。
「……これで少しは時間稼ぎできる。その間に作戦立て直すぞ」
「作戦っ、て……魔法も武器もダメじゃもう無理だろ」
「攻撃魔導師、魔剣士、戦士のパーティーじゃ相性が悪すぎます。ここは大人しく撤退して体勢を整えるべきでは――」
「は? 噓だろ、テメーらこれぐらいで諦めんのかよ…?」
純粋な疑問を口に出せば、困惑した表情を見せるイレイシアとは別に、フランダルの方は「――あぁ、そういうことかよ」と何故か白けたような声音で何かに納得している。
「ピンチを助けてくれるヒーロー様のご登場ってか?」
と、投げやりに放たれたその問いに、今度はイレイシアまでもが「あぁ、なるほど」と同調して冷めたような笑顔を見せたことで、いよいよ訳が分からず自分の頭を捻った。
「ギルド最強のお手並み拝見ってところですね」
「……ふん、テメェならこれぐらい余裕で倒せるって、そう言いてぇ――ッ――ってぇなっ!!」
馬鹿二人の長話を最後まで聞くのが億劫になり、途中で思い切りフランダルの頭を鷲掴みにしてイレイシアにぶつけてやれば「暴力魔…!」「何しやがんだクソ野郎!」と罵倒が返ってくるが、絶対に謝罪などしてやらない。
「バカ共が。三人で討伐するに決まってんだろうが」
そう言い放った瞬間、まだ痛みに悶えていた二人の目が揃って勢いよくこちらに向けられる。
まるで信じられないとでも言うようなその様子に俺の方が驚きたい――あんなに高かったお前らのプライドの山はどこに行っちまったんだと。
「……はぁ、お前らの戦闘能力は世辞でも何でもなく純粋に高い。俺がお前らの歳だった頃より戦闘レベルも断然上だ。――けど、それがお前らの致命的な短所でもある」
「短所…?」
「お前ら、一人で全部片付ける癖が付いてて仲間なんて居ても居なくても変わんねぇだろ――というか、むしろ足手まといぐらいに思ってるだろ」
その問いかけに二人とも一瞬だけ目を逸らしたものの、「だから何が悪い(んです)?」と、すぐさま二人して開き直ってきた。
「……“仲間”なんて所詮他人だ――結局信じられるのなんて自分の強さしかねぇだろ。俺は見下される側じゃなくて見下す側だ、一人で問題ない」
「……俺は一人で全部できますし。どうせ仲間なんて居たところで働くのは俺一人になるだろうし――最初から一人で行動した方が断然効率もいいです」
――……なるほど、こいつら二人ともワケありってことか。
陰のある表情を見せた二人の肩にそれぞれポン、と手を置いて「俺はな――」と、なるべく優しい口調を心掛ける。
「――正直に言って、お前らの過去話に全く興味はない」
「「………………」」
しばらくその場が静寂に包まれた後、耳をつんざくほど響き渡った「はぁあああ!?」という叫び声に既視感を抱くも「じゃ、話は戻すが――」と次に進めたところで「「待て(ってください)!!」」と必死に止められた。
「ここは普通俺らの話を聞いてくれるところじゃ――!」
「――あぁ? 俺がその話聞いたところで何が変わンだよ」
「それは……」
「言っておくが俺は俺の考えを変えたりしねぇし、例えお前らが仲間に裏切られたであろう過去話を聞いたとしても『仲間の大切さ』を今からお前らに説く。何故ならそれが今この状況を打破するのに必要なことだからだ」
きっぱりと言い切ってしまえば、二人の口元が引き結ばれ視線がゆっくり地面へと落ちていく。
「でも、それを言うなら俺だって貴方の話を聞いても自分の考えは変えませんよ。仲間なんて所詮――」
「別にそれでいい」
「――は? それでいいって……」
「裏切られたやつに“信じろ”なんて言ったって相当なお人好しでもなけりゃ土台無理な話だろ。そもそも俺とお前らじゃ経験してきたもんが違ェんだから、俺の話に共感できなくたってそれが普通だ。
――だけどな、それでもこのギルドに在籍している以上、私情はある程度割り切れ。仲間を心から信じろとは言わねぇし、根本的に仲間嫌いであっても許容はする。けど最低限の“協力”だけはしろ。それがチームで任務を遂行してるこのギルドで求められる“実力”だ」
「協力が……」
「ここでの実、力……」
「それができねーならお前らはずっと二軍のままだ。俺はそこを妥協するつもりは一切ねェからな」
何かを反論することもなく俯いて黙り込んでしまった二人に、内心そっと溜息を落とす。勿体ないがここで脱落するならそれも仕方ないと踵を返したタイミングで服の裾をグッと力強く掴まれ、ゆっくりと二人の方を振り返った。
「……これまでずっと一人で血反吐はきながら歯ァ食いしばってきたんだ。そんな簡単に仲間の大切さなんて理解はできねぇよ――でも」
「……えぇ、俺だって仲間なんて作るのも勝手に分類されるのも未だに反吐が出ますが――それでも」
「「とりあえずアンタ(貴方)に協力してやる(あげます)よ」」
不敵な笑みを浮かべてそう宣言してくる二人に、同じく不敵な笑みを返し――「あぁ、なら――ここで絶対ェお前らを勝たせてやるよ」と宣言し返してやった。
◆
「――見つけました。隊長が言ってた“開けた場所”の先は崖になってます」
「よし、なら作戦は決まりだな」
風魔法で上空へ浮かび、辺りをざっと見渡したイレイシアが地上に戻ってくるのと同時に、フランダルが「崖…って、そこから突き落としたところで、どうせアイツすぐ再生するだろ」と眉根をしかめてこちらを振り返った。
「再生も追いつかないスピードで一気に体と核を砕いちまえば問題ねェはずだ」
「丸ごと砕く?魔法も武器も有効じゃねェってのに?」
「まだ試してねーもんがあんだろ」
「……?」
「お前らの合わせ技っつう、とっておきだよ」
揃って首を傾げる二人を手招きして、地面に簡素な図解を書き込んでいく。
水魔法と火炎魔法がぶつかる時、強力な爆発が生まれる。それに加えて今回はフランダルの魔剣があるため、さらに高火力の爆発を意図的に引き起こす作戦だ。
これが上手くハマれば問題点にまとめて対処できる可能性が高いが、如何せん爆発の規模が読めない分こちらの負傷リスクも高い。
そこで崖を利用して空中爆発に持ち込みたいのだが――。
「なるほど、崖先まで誘導したトロールの体を丸ごと圧縮した水で包んで、直後に落下させ、火炎魔法を付与した魔剣を投げ入れるってことですね。――となると、崖まで誘導した後、水魔法の詠唱が終わるまである程度時間稼ぎをしてもらわないといけませんが……」
「それについて一応案はある――が、その前に確認しておきたい。イレイシア、お前は風魔法で空中に空気の床を作れるか?」
「空気の、床…?」
「感覚としては風魔法の“浮遊”に近い。が、相手の体全体を浮かせるんじゃなくて、足場となる場所だけに圧縮させた風を集めるイメージだ――それを移動手段として使いてぇんだが」
「……いや、どんな芸当ですかそれ。要は空中で着地と移動を繰り返すってことですよね?
止まってる相手やこっちが主動で魔法発動させるならまだしも、動いてる相手の飛距離を予測して軌道に合わせて適格に魔法を連発するなんて、魔力の高さでどうにか出来るものではありません」
――……まぁ、だよな。さすがにクレアと組んでる時みたいにはいかねぇか。
イレイシアの返答に「そうか。わりぃ、今のは忘れてくれ」と返しながら、次の代替案を考える。少しリスクは高くなるが――。
「……逆に言えば、お前主動で座標が動かない相手なら、浮かせるのは可能ってことだな?」
「ええ、一応出来ますが――ってまさか」
少し青ざめた表情を見せるイレイシアは内容を察したらしいが、フランダルが「どういうことだ? トロールは魔法耐性で浮遊効かねぇぞ?」と困惑の表情を浮かべたため「いいや、使う相手はトロールじゃねぇ。俺だ」と簡潔に答える。
「俺が直接崖先まで誘導して時間稼ぎする。水魔法の発動直後にそれを維持しながら俺を浮遊させて、お前らが崖を崩してから最後の一手を決めんのが手っ取り早ェんだが――」
――さすがにそれだとイレイシアの負担がデカいか。
フランダルが使えるのは火炎系のみなので、ここはどうしてもイレイシアに頼らざるを得ない。
先の戦闘からしてこいつの能力面だけで言えば、魔法を一つ一つ順番に発動する時差詠唱でなら、別属性の魔法を同時展開することも難なくやり遂げられるだろうが……。
「その作戦を決行できる、できないの判断はお前次第になる」
「……俺が“できない”って言った場合はどうするんですか」
――やっぱ気持ちの部分はそう簡単に踏ん切りはつかねェよなぁ、と思いながら一拍間を置いて「なぁ、イレイシア」と名前を呼べば、緊張したような視線が恐る恐るこちらに向けられる。
「他人の命を背負うのが怖ぇか」
「……当たり前じゃないですか。一歩間違えれば貴方は崖の下に真っ逆さまですよ? ……逆に隊長は怖くないんですか。知り合って間もない奴に命預けるなんて」
そう言ってイレイシアが手のひらを強く握りしめたところで、その縮こまっている背中をパンっと軽く叩いた。
「別に――だってお前がこんな程度できないわけがねーし」
俯いていたそいつの顔が上がり、その目がパチリと一度大きく瞬く。
「言ったろ、お前ら二人とも能力は優秀だ、って。一軍に引けも取ってないしそれは俺も認める。そこまで至るには才能だけじゃねェ、ちゃんとした努力あってこそだ――だからお前が本来の力を発揮できれば失敗なんてするはずねェだろ」
「……そんな断言しちゃっていいんですか」
「当然だ、でなきゃそもそもこんな提案してねェよ。
――俺は今まで色んな奴と戦ってきた。最強になるために相手のことをとことん観察して、徹底的に相手の戦い方も能力の強さも、そのジョブでどこまでの能力が発揮できるかそうでないかも事細かに調べ尽くしてきた。
……特に“魔導師”なんて、身近に優秀な奴がいたせいで一番よく観察せざるを得なかったんだ――だからこそ言える、この程度はお前にとっては何でもない」
そこまで伝えたところで、ポカンとしていたイレイシアの眉尻が下がり力が抜けたような笑い声が漏れる。
「……あーあ、そこまで言われたら、簡単に“できない”なんて言えなくなるじゃないですか」
「別に無理なら無理で他に作戦を練り直して――」
「――いいえ、できますよ」
先ほどまで揺らいでいた目はしっかりとこちらを見据え「だって俺、優秀なんでしょう?」と得意げな顔で言いのける。ようやくあの自信満々な奴が帰ってきたようで、自然と己の口元にも笑みが浮かんだ。
何となくこれ以上は何も言わずとも大丈夫な気がして「あぁ、そうだな」と短く相槌を打ちながらその言葉を肯定しておいた。そのまま作戦を決行するべくスッと立ち上がろうと――したのだが。
「……で、テメーは何が言いてぇんだよ」
「――――別に」
明らかに不機嫌な空気を出しておいて、その言葉の信頼性はゼロだ。はぁ、と小さく溜息をついてしゃがみ込み、そっぽを向いているフランダルの頭をわしゃわしゃと乱雑に撫でれば「な、何しやがんだ!」と払いのけられる。
「よく聞け。今回の作戦で一番臨機応変さが求められるのはテメーだ」
「そんなの別に気負うほどのもんでも――」
「テメーは逆にもっと気負え。俺の命を握ってんのはテメーも変わんねぇんだからな」
「……俺が、アンタの…?」
困惑してるフランダルの頭を軽く小突きながら「イレイシアが本領発揮できるかどうかはお前にも懸かってんだよ」と言えば、フランダルはますます怪訝そうに眉をしかめる。
「テメーの魔剣みたいにデカい魔力を溜めておける魔道具が無ェから、あんなデカブツの体全体を覆うほど大量の水を生成するには、ゼロから相当量の魔力を練らなきゃなんねェんだ。となれば必然的に詠唱時間が通常よりも長くなる。
こいつが詠唱を途切れさせないよう、集中を乱さないよう、その間こいつを全てのことから守るのはテメーの役目だ。
魔導師だって万能じゃねぇ。大きな攻撃に徹するときは必ず無防備な瞬間がある。そこを何があろうと守れてこそ胸を張って“前衛”を務めたって言えんだよ。
お前が居なきゃこの作戦は成り立たねぇんだ。俺の命預けるくらいには同等の期待かけてんだから、分かったら変なとこでイジケんな」
勢いのままにそう言い放って最後にフランダルの頭を再びぐしゃっと押さえつければ、表情はまだ不貞腐れていたものの「……おう」と、さっきよりも幾分か態度は柔らかくなったようだった。
――これなら、こいつももう大丈夫だろう。
そうしてようやく二人の目に闘志が戻ったことで、安心して立ち上がり敵を見据える。
「っし――ぜってー作戦成功させるぞ」
その掛け声に二人ともが、力強く頷いたのだった。
◆
少し高めの木の梢で長剣を構え、タイミングを見計らい飛び降りる。
「おらよッ!! ――ッ、マジで硬ぇなコイツ」
勢いをつけてトロールの巨体に切りかかったのだが、反動で手から伝わる剣の振動が想定以上に大きい。
……左肩の負担を考えれば、下手に切り付けたり力を跳ね返すよりかは避ける方が得策かもしれない。
挑発したことでこちらをしっかり認知したトロールが真っ直ぐ突っ込んでくるのを回避し、そのまま目的の方向へ走り抜ければ、目論見通りその後ろをトロールが追ってきた。……首無しの怪物が木々をなぎ倒しながらこちらに迫ってくる様は中々ホラーな光景である。
手当たり次第に投げつけてきた木を避けながら順調に崖先近くまで誘導し、ぐるりと反転してトロールと対峙する。
もう投げられるような木が周りに無いため、腕を上下に振り回して襲ってくるものの単調な動きである分こっちの方がまだ避けやすい。が、ここからが勝負どころだ、と油断しないよう改めて自分に気合いを入れ直した。
今回の役目はイレイシアの詠唱が終わるまでこの巨体が崖下に落ちないよう距離を調整させつつ、あいつら二人の魔力に喰いつかないよう、適度にちょっかいをかけてしばらく攻防を続けることだ。そのため武器の能力までは使う必要がないかと考えていたのだが――。
――思ったより二人の魔力に喰いつきやがるな……いっそもっと接近戦に持ち込むか。
視線を一度だけ手元の剣に落とし、再度前を見据えればトロール越しに二人の顔が見えて、直前のやり取りを思い出してしまい少しだけ苦笑が込み上げる。
けれどもすぐに口元を引き結んで指先を刃に当て、迷わずその手をスッと横に滑らせた――。
――十数分前。
「……アンタ、やっぱ“それ”使うのか?」
「ん? あぁ、俺のメイン武器だしな」
腰に差してた剣を鞘から抜き取った時、フランダルが一歩だけ後ろに引いておずおずと尋ねてくる。同時にイレイシアまでもが緊張したように肩を強張らせたので、魔力が高い奴にとってはこの剣はやはり好ましくないものらしい。
「……噂って強ち間違いでもなかったんですね。その……貴方の、その剣…」
「気ぃ遣うな、俺も知ってる。“魔力を吸われる呪いの剣”って噂だろ?」
「……ええ。さすがに本当に“吸われてる”、とまでは言いませんけど――正直、刀身見てると寒気がして近寄り難いです」
刀身が黒いせいで確かに少し禍々しい印象を与えるものの、それ以外は一般的なロングソードの見た目に近い両刃剣なのだが――己の戦闘スタイルも相まって今ではすっかり“魔喰い剣”などと呼ばれるようになってしまった。
「結構便利な剣なんだけどな」
「いや便利って……自分の血を魔剣に吸わせなきゃ使えねぇんだろ?」
「……あぁ、そういう伝わり方になってんのか――概ね合ってるが厳密には違う。この剣の用途として――…あー……」
説明したところで実際に見なければ納得はいかないだろうと思い、さらに怪訝な表情を見せる二人に「その時が来りゃ分かるさ」と、その場は誤魔化すしか出来なかった。
――……まぁ、実際見てもっと訳分からなくなる奴も少なくはないんだが。
頭の中で僅かに駆け巡った先ほどの会話を振り払い、滴る鮮血を刀身に滑らせる。
「―― εμυδιγακ」
呪文を唱え終われば、黒剣は忽ちその実体を解き、煙のように揺らめきながら一瞬で黒い鉤爪と変わり果て両手にしっかりと装着された。
「は、はぁ!? 今、剣が一瞬で……何だ、アレ…」
「……分から…ない……魔武器でもあんなの見たことないぞ…」
呆然と突っ立ってこちらを見つめてくる二人に気付き「早く詠唱の準備始めろ!」と大声を飛ばせば、イレイシアが慌てて体勢を整える。
大きな魔力の流れを捉えたのかこちらに対峙してたトロールの動きが再び二人の方へ方向転換しかけたタイミングで、地面を蹴り上げ腕に一発入れる。
……が、やはり再生が早いせいで大した傷は残らず、トロールは羽虫を払うようにその巨大な腕を振り回し再度こちらに向き直って腕を振り上げた。
――じゃあ根比べといくか。
地面に叩き付けられた拳の上に乗って一気に駆け上り、背中に回り込んで肉に突き刺すように鉤爪を引っ掛ければ、トロールは体を捻って何とか俺を振り落とそうとする。
地団駄を踏みながら激しく暴れ回るトロールに何とかしがみついていれば、程なくしてトロールの周りに水の膜が張り出したので、その背を蹴とばし一定の距離を保った。
フランダルも既に準備は整えており、水の膜はあっという間に巨大な水球へと成り変わろうとしている。同じように次の行動のタイミングを計ろうと自分の腕を構えた――その時。
ピシリ、と軽い音が耳に入った次の瞬間、ズンッと地面が縦に揺れる衝撃が体に伝わるやいなや足場が激しく轟音を立て始め、その衝撃に抗えず己の体が傾いていく。
――クソッ、岩盤の方が持ち耐えられなかったか…ッ!
そのまま、心臓がフワッと浮き上がるような浮遊感に見舞われ、直後に俺の視界一面に青空が映った。
「黒龍ッ!!」
「隊長ッ!!」
必死に名を呼ぶ二人に何かを答えることすらもできず、俺は空を見上げたまま、ただ重力に従ってそのまま落ちていくことしかできなかったのだった――。
――あー、やらかした。
そりゃ、あんだけの巨体が暴れてたら地盤にガタが来るのは当たり前のことだ。
この高さじゃ無傷はさすがに無理だろうか、なんて頭の片隅で考えながら、思考のほとんどはトロールの討伐作戦をどうするかについてだった。
正直崖から不意に落ちるなんてことは初めてではないし、運が良ければ掠り傷、運が悪くても骨何本かだけで済ませる自信もある。
そんなことより、さて、このトロールをどうしようか…なんて頭の中で迷いながらも気持ちは半分以上諦めの境地ではあった。
たとえ己が無事だと分かったとて動揺してる心理状態で、再度討伐できるような集中力はまだあの二人に作れないだろう。それなら下に着地した時にトロールを自分で狩ってしまってさっさと戻るに限る。
――あーあ、せっかくならあの二人に討伐させてやりたかった。
そうしたらきっと過去を吹っ切れるキッカケにしてやれただろうに――そんな後悔が頭の中でつらつら流れていた時であった。
二人の怒鳴り合ってるような声が風に乗って微かに聞こえて来たかと思えば――気づいた時には上空からもの凄いスピードで空中の岩石を弾きながら落下してくるフランダルの姿に思わず啞然として口を開ける。
「てめ、何して――!?」
「黙れ! 舌噛むぞ!!」
右腕を掴まれ訳の分からないことを言われたかと思えば、フランダルは逆の手で火の玉を打ち上げる。そのすぐ後、己の体がガクンッと急停止するやいなや、急にグンッと何かに引っ張られるように勢いよく空へと昇っていった。
一瞬で崖先の高さまで登ってもそれは止まることなくさらに上へ上へと上昇していく中で、崖先に居るイレイシアが突如「フランダル!!」と大声で叫ぶ。
「お膳立てしてやったんだから仕留め損ねるなよッ!!」
「――ハッ、誰にモノ言ってんだ、当たり前だ、ろッ!」
ニヤリと笑ってそう言い終えるのと同時に、フランダルの手から灼熱の炎に包まれた剣が閃光のように真下へと飛んでいった――直後。
その場の空気の全てが唸り声を上げてると錯覚するほどの音と振動が響き、次いで上昇気流がすごい勢いで足元から巻き上がってくる。
「――――ッ」
――ようやく乱気流が収まった頃に下を覗き込めば、眼前に広がるのは巨大なクレーターのみで、あの緑の巨体の姿も空中にあった落石さえも――そこには一片の欠片すら残されていなかった。
「……ったく、お前らほんと―――ッ―!?」
一息つけたのも一瞬で、先ほど味わった嫌な浮遊感が再び襲ってきたかと思えば、隣にいるフランダルが「イレイシア!? 気ぃ抜いてんじゃねーぞ!?」と叫んだことで、またも何かに引っ張られるように体が勝手に動き、そのまま特に減速されることなくズザーッと崖上の地面に投げ出される。
「てめッ…コラ、最後の最後に間抜けなことしてんじゃねーよ!!」
「う、うるさい!こっちがどれだけ魔力と気力すり減らしたと思ってるんだ!!それに魔力の繊細なコントロールは期待するなって直前に警告しただろっ!!」
さっきまで死に掛けてた状況が嘘のようにギャーギャーと喧嘩しだす二人を見て勢いよく吹き出せば、二人の視線がくるりとこちらに向けられる。
「死にかけた奴が一番笑ってんじゃねーよ」
「ほんと、何で貴方が慌てないんですか」
と、二人から呆れたような溜息をつかれてしまい、軽く謝りながらそれぞれの顔を見つめ返した。
――これなら一軍入りはほぼ確実だろう……俺もまだまだ見る目がねェなぁ。
「……お前ら、ほんとすげーよ。おかげで助かった、ありがとな」
笑いの余韻が残りつつもそう伝えれば、二人は照れくさそうに目を逸らし「まぁ、このぐらいは…」「出来て当然っていうか…」と頬をかく。
そんな二人に近づいてポンとそれぞれの頭の上に同時に手を置けば、そっと伺い見るような視線がこちらに向けられた。
「――オルテス=フランダル、フィオル=イレイシア、二人ともよくやった――お前らの完全勝利だ」
その言葉に二人がようやっと緊張から解き放たれた笑顔を見せる。と同時に、張り詰めてた気も抜けたのか、そのままくたりと力が抜けたようにその場に座り込んでしまったのだった。
――しばらくして聖水で瘴気の浄化も、回復薬である程度体の傷の治療も終えた頃。
地面に座り込んでる二人に改めて向き直り「お前らに頼みがある」と、転移石を一つ取り出す。
「これはもう一つの裏A級任務の場所に繋がる転移石だ」
「ってことはつまり――」
「あぁ、俺の代わりにこの魔物の討伐を頼みたい。次は特殊な場所じゃねぇし、今のお前らなら二人で充分だろ」
差し出した転移石をオルテスが直ぐに受け取りながら「まあ、そこまで言うなら別にやってやらなくもないけど」と言葉を返してくれば、すかさずフィオルが「お前、他人から単純ってよく言われるだろ」と半目でオルテスに視線を寄越した。
――口調が大分砕けてきてるお前も大概分かりやすいけどな。
と、脳内だけで言うに留め、またも口喧嘩に発展しそうな二人を止めながら「あとこれも持ってけ」と魔物の情報リストをフィオルに、己の予備の剣をオルテスにそれぞれ渡す。
「次の任務地は一般市民も行き交う場所だ。大きく地形変えるとその後に支障出ちまうんだから、間違ってもさっきの爆発技を出したりすんじゃねーぞ」
一瞬ギクッとした表情で頷く二人をジトリとした目つきで睨めば、二人は慌てて了承の返事を口に出して、パッと立ち上がった。
「では俺たちはそろそろ目的地に向かいます。……ところで隊長はこの後どちらへ?」
特に隠すほどでもないかと思い素直にS級任務について話せば、二人の目が分かりやすく輝きだす――が、「今回のテメーらの任務はA級だけだ」と言い切ると、揃って不満そうに口を尖らせた。
その様子にまた笑いそうになったところで自分の分の転生石も取り出しその場で腰を上げる。時間経過で元に戻った黒剣を装備し、回復薬などの荷物を軽く確認していれば、まだ未練のある視線がこちらに向いていることに気付き二人の頭をまとめてぐしゃりと撫でた。
「次の昇格試験の後に嫌でもS級連れ回してやるからな、覚悟しとけよ」
「「――! その約束、忘れんなよ(ないでくださいよ)!!」」
あまりの食いつきの良さに結局少し吹き出してしまいながら、ひらりと片手を上げ「おう。じゃ、そっちは任せたぞ」と最後にそれだけ告げて、俺は手元の転移石を起動させたのだった。
◆
二回目の転移が終わって目を開ければ、先ほどの魔の森とは打って変わって青々と茂った森と綺麗な小川が眼前に広がっている。
距離はかなりあるが一応王都に繋がる森の一つであるためか、地面も割と整地されており、馬車一台ぐらいならこの道を難なく通れるぐらいの広さだ。
早速魔物の痕跡を調べていたところで脇道に何かが通った跡を見つけ、それを辿っていけば少し開けたところにまだ新しめの焚き火の跡が残っていた。
――他ギルドの奴かフリーの冒険者か……どっちにしろ少し面倒だな。
裏S級ほどの魔物が出現したのならば、とうに一般人は立ち入り禁止となっている。となれば可能性としてはその二者の可能性が高いが、今回ばかりはそれがこちらの利にならないのが厄介なところだ。
普段であれば別に獲物を譲っても問題ないのだが、今回はこちらのギルドの名誉を回復させるという目的もあり、同じ魔物を獲物した場合は取り合いになってしまう。
――全力出して先に決着付けにいくか…? いやでも、あんまこの剣の力使い過ぎたくねェんだよなぁ。
どうしたもんか、と腰に下げている黒剣を手に取って溜息をつきかけた――その時。
近くの茂みからガサガサっという音が聞こえてきたことですぐさま剣を引き抜く。……が、そこから転がるように飛び込んできたのは魔物でも何でもなく、デカい盾を背負った人間のオッサンだったことで剣を鞘に収めた。
「ア、アンタ冒険者か!?」
「あぁ、そうだが――」
「頼む、手伝ってくれっ!! 仲間が魔物に襲われてるんだ!」
赤褐色の髪も無精ひげが目立つその顔も泥だらけで、かなり切羽詰まっている状況かと判断し「分かった、案内してくれ」と言ってすぐに向かおうと足を動かす。が、直後に「ちょ、ちょっと待て!?」と腕をガッシリ掴まれ引き止められてしまった。
「坊主一人なのか!? 他にメンバーは!?」
「訳あって俺一人だ。だが別に問題は――」
「馬鹿言うんじゃねぇ!! 五人がかりでもどうにも出来なかったんだ! あの“月影の黒龍”でさえボロボロにやられてるんだぞ!?」
「――――は?」
――あんな名前を俺以外に使う奴いるのか……と一瞬戦慄してしまったが、男が続けて言った「何だ坊主、余所者か? ギルド『金黒の双竜』のランク一位の奴のことだよ」という言葉に思わず脱力する。それは完全に俺でしかない。
「……と言ってもあんなのがトップなんて釈然としねぇが……まぁ色んな意味で有名なギルドと人物だし覚えておいて損はねぇはずだ」
「……あぁいや、よく知ってる。俺も同じギルドの所属だ。援軍で遣わされたから早く魔物のとこに案内してくれ……あー、他の仲間も後で集まる手筈だ」
「……! ……そうか、坊主んとこの悪く言ってすまなかったな。分かった、すぐに案内する」
――俺の偽物、か。
無用な混乱で時間を浪費しないよう追求はしなかったが――そんなの騙って一体何のウマみがあるんだか。
そう呆れながらも前を走るオッサンについて行けば、段々と辺りは沼が目立つ湿地帯になっていった。
「この先だ。――っ!? ウォーレスっ!!!」
オッサンが顔を向けた方向には、何本もの太い蔓に足を取られズルズルと引きずられている焦茶色髪の男が「た、タッド!!!」と叫び、泥で出来た浅い沼地を這っている。
その周りにも蔓が生き物のように蠢いており、沼地の中央の巨大な木から無数の根が地面に張り巡らされていた。
「くそっ…障壁が破られたのか――待ってろっ! 今助けてやるから……――って、おい!?」
足を進めようとしたオッサンの肩を掴んで後ろに引き倒し、全速力で泥沼から浮き出た根を伝い沼地を駆ける。
「―― αμακ」
刀身に血を擦り付け呪文を唱えれば黒剣は直ぐに背丈ほどある大鎌に姿を変え、それを両手で構えて勢いよく周りの蔓を薙ぎ払った。
そのまま茶髪の男の元に駆け寄ったところで、足に絡んでいた蔓を巨木から切り離すように切断すれば、男の体に巻きついていた分もボタボタと泥沼に落ちていく。
「あ、ありが――」
「礼なんていいから全力で走れ!! あっちのオッサンのとこまで走り抜ければ一旦安全なはずだ!」
「で、でも足を喰われた仲間がまだあそこに――!」
言われてそちらに視線を向ければ、くすんだ金髪のヒョロイ男がぐったりと横たわり、栗色の髪のチビが必死に蠢く蔓を風魔法で振り払いながら応戦していた。
――怪我人運びながら戦闘……は、さすがに無理か。……くそッ、ユシェルがここに居りゃあすぐ何とかなんのに。
そうは思っても居ない者を当てにはできないため、立ち竦んだままの男に「おい、アンタ」と言いながら、腰に下げてた小さめのカバンを投げ渡す。
「こ、これは…?」
「特級の回復薬だ。欠損部分はさすがに治んねぇし、少し時間もかかるが、止血と傷の治療なら完璧にできる。それ使って三人でとっととオッサンのとこまで逃げろ」
「そんな…! こんな貴重なもの――」
「うだうだ言ってねぇで早く行け!! テメェらが戦闘エリアに居た方が邪魔なんだよ!!」
「は、はい――!!」
怖気づいたように足をもつれさせながら仲間に合流する男を傍目に見て、そっちにちょっかいをかけようとしてた蔓を全て切り裂いてやれば、ようやくこちらを優先して排除しようと狙いを定めたのか幾重もの蔓が襲い掛かってきた。
――つうか、四人しかいなくねぇか。偽物野郎はどこだ…?
己の名前を騙るくらいなので、背格好などは似てると思ったのだが周りの様子を見渡してみても、居るのはオッサンのパーティーメンバーぐらいだ。
――もしかして逃げやがったか……?
次見つけたら絶対ェぶん殴ってやる、と一人勝手に決意を固めていたものの、あらゆる方向から攻撃を仕掛けてくる蔓にいよいよ集中せざるを得ず、すぐに思考を切り替えた。
「チッ、本体叩かねぇとキリがねぇな……」
刈っても刈っても次々に生えてくる蔓に辟易しながら、飛び乗った根の上で相手の魔物を改めて見据える。
一見巨木に見えるソレには顔のようなものがあり、口にあたる部分の奥には魔物の核のようなものが遠目に見える――が、その周りには恐らく毒霧であろう紫色の煙を撒き散らしていた。
おまけに本体の周辺には剣山のように鋭く尖った根が突き立っている。
――せめてあの尖った根だけでも取っ払えりゃ突っ込めるんだが…。
切り刻むことも出来なくはないだろうが、仮に少しでも手間取ればすぐにでも周りの蔓の餌食になるのは目に見えて分かることだ。やはり安全策でいくなら――。
一か八かの賭けで「おい、オッサン!!」と後方に声を掛けて振り向けば、オッサンは丁度三人組と合流したところであった。
「何だ坊主! 助太刀が必要か!!」
「あぁ! パーティーの中に攻撃魔導師はいるか! 火炎系か雷系でアイツ本体の周りの根だけでも焼き払いてェんだ!」
「……っぐ、居るには居るが……」
オッサンの声が尻すぼみになり聞き取れなくなったが、そこで動き出したのは足を喰われた金髪のヒョロイ男だった。それを見て直ぐに「やっぱいい! 俺だけで何とかすっから今言った話は無しだ!」と撤回するも、その金髪が「いけます…大丈夫です!」と言い張って、這うように前に出てくる。
「その体で魔法打ったらテメェの体の方が耐えらんねぇだろうが!! いいから怪我人は引っ込んでろ!」
「……どうせもう以前のようには戻れないんです。なら、この体がどうなろうとあの魔物に一矢でも報いてやります――!」
そう言って詠唱を始めるソイツに魔物が本能的な危機感を抱いたのか、今までこちらに向かっていた蔓がズルリと魔導師の方に向かって一斉に伸びていく。
「――チッ、オッサン!! アンタの盾を魔導師の前に構えろ!」
そう叫ぶのと同時に己の足も魔導士の元へ全力で動かし、またも刃に血を擦り付け「―― υηαβοψρ」と、大鎌を両刃の斧に変えた。
力一杯に振りかぶって地面を抉る勢いで振り下ろせば、一部の蔓を切断したのと同時に、衝撃波によって張り巡らされた根の方も広範囲にわたって消滅していく。
魔力が宿っている躰の一部を一気に失い少し怯んだのか、魔物は不快な音を立てて蔓をズルズルと後退させていった。
「――ッ、スゲェ威力だな坊主」
「アンタの防御が早かったから思い切りブッ放せたってのもあるがな。……さて、それはそうと――」
ゆっくり二人に近づいて睨みつけるように金髪の魔導師を見下ろせば、そいつはバツが悪そうに顔を俺から逸らし「ごめん…なさい……」と謝罪の言葉を述べた。
「ほぅ、自分が悪いって分かってんのか」
「……はい。急いた行動で魔物を刺激して……貴方もタッドさんも危険にさらしてしまって……」
「はぁ? 全然分かってねぇじゃねーか。ンなもんは俺がどうとでも対処出来んだから別に問題じゃねぇんだよ」
「「え……」」と、オッサンまでもが驚いたような顔をしたことで、浅く溜息をつきながら二人に呆れた視線を送る。
「そんな体で魔力暴走でも起こしたらアンタ一生魔法使えなくなんだぞ? 目先のことで、将来全部台無しにしてんじゃねェっつってんだよ」
「…………こんな…で……っ」
「あぁ? 何だと?」
「……っ、こんな体で魔法が何だって言うんだ!! 千切れた足はもう戻らない。僕は冒険者でいなきゃいけないのに、こんな体じゃもう続けられない…っ! なのに魔法があったってどうしようもないじゃないかっ!!」
行き場のない感情をぶつけてくるかのように叫んだ魔導士に、言葉を掛けるべきかどうか少しだけ躊躇いはしたものの、意を決して視線を合わせるようにしゃがみ込めば、そいつの口が泣くのを堪えるようにギュッと閉じられた。
「――テメェは魔法が使えなくなった奴がどういう扱い受けるか知ってて言ってんのか」
「……教会で神に懺悔しながら“無能”の村で暮らさなければならないのでしょう? ……ははっ、いっそその方が未練もスッパリ無くなっていいかもですね」
片足を失いヤケになって自嘲しながら言葉を吐露するそいつに、少なからず同情を覚えたのも嘘ではない。……けれど、どうしても己の中で生まれた苛立ちが勝ってしまい、そいつの胸ぐらを掴み「テメェは何一つ分かってねぇ」と吐き捨ててからドンっと強く突き飛ばした。
「魔法至上主義のこの国で、魔力があっても魔法が使えない“無能”なんて呼ばれる奴らは罪人と変わんねぇんだよ」
「ざ、罪人…?」
やや焦ったように「さ、さすがにそこまでは――」と弁明し始めた男をキッと一睨みすれば開きかけたその口は力なく閉じられる。
「人間にとっての罪人じゃねぇ――神に対しての罪人だ。教会は神からの贈り物である魔法を無下にした奴らは皆等しく“業を負った人間”と認識して、普通の人間としては決して扱わない。
そいつらからしたら“無能”は存在自体が罪だ。地下の穴蔵で毎日延々と神に赦しを請わせるべき罪人であって、それ以上でもそれ以下でもねぇんだよ」
「……まさか、そんな惨いことを……教会は、魔法を失った憐れな者は誠意を持って禊を済ませればそれで良いと説いて――」
「馬鹿馬鹿しいが噓は言ってねぇ。神を信じて只一心に祈りを捧げて――神に誠意が伝わりゃ魔法が使えるようになって禊は終了、使えないままなら一生続けろっていう意味だからな。
教会側はそれを救済として善意でやってんだから、惨いなんて微塵も思ってねーだろうよ」
「――――」
よほど衝撃が大きかったのか、絶句して固まる魔導士から視線を外し斧を担いで魔物の方に向き直る。
「……俺の話が信じられねーならこれ以上はもう何も言わねェ、アンタの好きにしろ。けど、少しでも教会に疑念を抱いたんなら言う通り大人しくしとけ」
「――貴方は何故…そんなことを知ってるんです…?」
ポツリと弱々しい声で尋ねられたその質問に「……知り合いの体験話だ」と素っ気なく答えて、再び泥沼の中に足を踏み入れようとした、その時。
「――待って。私も魔法、使える。レイルお兄ちゃんの代わり、私が…やる」
ずっと隅っこで黙っていた、見た目は十歳ほどであろう栗色の髪の毛のチビが前に出てきて、魔導士の傍に寄り添いながらこちらをおずおずと見上げてくる。
「――おいオッサン、ここは子供を連れてくるような場所じゃねーだろ」
「あ、えっと…すみません……僕たちの家の都合のせいなのでタッドさんは悪くないんです」
思わずオッサンの方にジトリとした視線を向けて文句を飛ばせば、慌てて入ってきた魔導士の言葉に、何かややこしい事情がありそうだと一先ずその文句は飲み込むことにした。
「……妹の方から申し出ておいて申し訳ありませんが、この子は火炎系の魔法に関しては特に魔力のコントロールが上手く出来ず……暴発してしまって実戦で使えるものではないかと……」
「……っ! でも、私…でも……」
「リリー、我儘は言わないって約束だろう?」
「……でも、役に立つもん。私だって、できるもん――」
尚も食い下がろうとするその妹と困ったように諌める兄のやり取りに少しだけ遠い昔のことを思い出し、未だに自分でもそれを覚えてたことに内心苦笑しながら「お前らに聞きたいことがある」とその間に割って入る。
「そいつの暴発は発動時に自分に余波が返ってくるタイプか? それとも単純に魔法発動位置の制御が不能なタイプか?」
「え?……えぇっと、後者です」
――ということは一応魔法として発動は出来るがその後のコントロールが出来ないだけか。なら、まだ可能性は……。
「分かった――今は何でもいいから取っ掛かりが欲しい。そこのチビすけの案を採用する。準備するぞ」
その言葉に「えぇ!?」と驚きの声を上げる兄とは対照的に、妹は無言で目を瞬かせて驚きの様子を見せる。そんな二人を一旦視界の外に置いて、焦茶髪の男の方に「おい、アンタ」と声を掛けた。
「その矢筒に魔法付与の持続性が高い矢ってあるか?」
「え…? はい、ありますが……」
「それをあるだけ俺に売ってくれ」
訝しみながらもその男は、先ほどの薬の礼だから金はいい、と言ってそこそこ値の張りそうな立派な矢を矢筒ごと丸っと全部くれた。
中々貴重な矢だろうに――さすがにこれは後で正式にギルドに金を立て替えてもらうかと考えながら、全て腰にセットしてから己の斧を持ち上げる。
「―― ιμυψ」
血を吸わせて巨大な斧から弓に変わったそれの弓柄を握ったところで、一瞬だけ頭の奥で耳鳴りのような音が鳴った。
――これで変化四回目か……残り一回…いや、まだいけるはず。
雑念を振り払っていれば「おい、坊主」と困惑した表情のオッサンから声が掛かる。
「その変な魔武器についても気にはなるが一旦置いとくとして――今から何を押っ始める気なんだ?」
「端的に言やあ“射的”だな」
「射的だと…?」
さらに首を傾げてるオッサンに「まぁ見てな」と詳細説明は省いてチビすけを手招きし隣の位置につかせる。
「チビすけ、今からお前は空中のどこでもいいから炎の初級魔法をたくさん打て」
「……? 魔物、狙わなくていいの? 炎のボール、出すだけ…?」
「あぁ、難しいことは考えずにただ魔法を発動させりゃいい――ただし、ずっと魔力は流しっぱなしのままだ……できるか?」
その問いかけにコクリと頷いたチビすけは短い詠唱を繰り返し唱え始める。途端に上空には不安定ながらも何個もの大きな炎の玉がボワリと、あちこちに浮かび上がった。そのどれもがフワフワと上下左右に揺らめいていて一定の場所には留まっていない。
――なるほど、魔力の出力は大きいが位置制御に加えて維持も苦手か……早めに決着付けなきゃチビの集中力が多分持たねぇな。
手に持つ矢を三本に増やし、弦に引っ掛ける――全身の神経を集中させてそのまま弦を大きくしならせて同時に放てば、どの矢も狙い通りに炎の玉をくぐり抜け、巨木の根元へと落ちていき炎が移っていった。……が、しかし。
下が泥沼のせいもあって、チビすけが魔力を維持したところで少量の炎はすぐに消えてしまう。
「ごめん…なさい、私の力、弱くて――」
「謝んじゃねぇ、作戦立てたのは俺だ。失敗したら俺のせいでいい。お前はとにかく集中して魔法を発動させたら一定の魔力を注ぎ続けろ――全力でやってもダメだったら、後は俺が力技で何とかしてやるから変な心配すんじゃねェよ」
「……! うん、私、がんばる」
詠唱が途切れたチビすけの頭をくしゃりと撫でつけて、再度矢をつがえれば、先ほどよりも大きな炎の玉が浮かび上がり、フッと軽く笑みが漏れる。どうやらガチガチに緊張してたのが少しはほぐれたらしい。
――数打ちまくって強引に押しきるか。
次は五本の矢を一気に放ち、さらに追撃でどんどん放っていく。まだまだ火の手は弱いが先ほどよりも長く燃えている――これなら、いけるはずだ。
そうしておよそ二十本ほど打ち込んだところで、ようやく剣山のような根にも火の手が回り始めた。
「っし、よくやったチビすけ! 後もう少し踏ん張れ!!」
すぐに弓をいつもの慣れた黒剣に戻し、泥沼に足を突っ込んで標的の元へ一目散に駆け出していく。――後は核を直接ぶった切るだけだ、とそんな風に意気込んでた俺は気付かなかった。
「あーあ、まだまだ若造のくせに重てェもん全部まとめて背負っていきやがって――。……しっかし、あれが新世代ギルド『金黒の双竜』か。……偽者と本物を見抜けなかったなんて言ったらウチの“団長”に叱られちまうかな」
――後ろの方でオッサンが苦笑気味に呟いていた、その言葉を。
◆
「……ッ! さっきより増えすぎだろ…!」
魔物の防衛本能のせいか大量の蔓がこちらに押し寄せてくる。
黒剣に変化させた時から続く頭の奥の鈍い痛みのせいでやや動きが鈍るも、出来るだけ最速で切り開いていけば、ようやく巨木の本体の根元に到着し、赤々と燃える炎をくぐり抜けて巨木の口のような洞に飛び込んだ。
中は薄暗く、数分もすればあっという間に毒素が体全体に回りそうなほど濃い霧が充満している。毒耐性を上げる薬は事前に飲んだものの、なるべく早く抜け出た方が良さそうなのは間違いない。
すぐさま目的の核に剣を思い切り突き刺せば、何とも形容し難い不協和音が洞の中に響き渡り、思わずその場に膝をついて耳を塞いだ。
「――――収まった…か…」
しばらくしてピタリと音が止んだところで、肩の力を少しだけ抜き、突き刺したままの剣を引き抜こうとした――が、しかし。
「核が、まだ動いてる……? ってことは……――ッ!」
トドメを刺したはずなのにますます早く鼓動しているそれに、急いで剣を手に持とうとしたが、一瞬でぞろぞろと周りから勢いよく生えてきた蔓に阻まれてしまった。
――第二形態…ッ!
そう悟った瞬間――ゴポリ、と粘度の高い液体が急速で足場に溜まっていき、途端に身動きが取りづらくなる。
蔓が核から引き抜いて投げ飛ばした剣を何とか液体の底から拾い上げ、再度突き刺そうとしたが、核を守るように幾重にも絡まった異様に分厚くて硬い蔦のせいで武器単体で切り裂くにはどうにも無理があった。
「ッ……くそ、作戦練り直さねぇと…」
核がすぐそこにあっても、ただ突っ立ってることしか出来ない自分の不甲斐なさに惨めな気持ちが積もっていく。
――自分が魔法を使えれば、こんなのすぐ片付けられただろうに。
――自分が“無能”でなければ、もっと、もっと、役に立てただろうに。
中途半端に与えられた魔力とそれを使いこなせない無力な自分が浮き彫りになった時、頭の中で幼い頃によく聞いていた声が木霊した。
『可哀想に。“無能”で生まれてしまったその瞬間から、君は神に見放された咎人なのです――さあ祈りを捧げなさい、神に赦しを請いなさい。それが君が生きるために必要なことなのです――』
物心がついた時から繰り返し言われたその言葉を未だに一言一句ハッキリと覚えている。
「ハッ……やっぱ無能ごときは大人しく祈り捧げてろってことかよ――」
現実か幻なのか足元から這い寄る闇をボーっと眺め、思考がそう沈みかけた時。
『違う、お前はお前のままでいい』
――ふと目の前に一筋の光が差し込んできた。
暗闇の底に居ても届くような強い光の中に降り立ったのは少し昔の姿のあいつで――記憶が鮮やかにその時代へと引き戻されていく。
『ヴァルト、俺はお前と一緒にこの世界を変えていきたい。お前が生まれたのが間違いなんて言わせるもんか。だから、この先も――俺に、ついてきてくれないか』
まだ幼さの残るアーレンが酷く緊張したようにこちらに手を伸ばしてきたことが少しだけ可笑しくてほんの少し表情が緩んでしまう。
「そんな分かりきったこと聞くなよ」と、その手を迷わず握ったのは他の誰でもないかつての俺自身だ。――俺が俺のままで“外”の世界で生きていこうと決めた、最初の決意。
程なくしてあの日の記憶から覚めれば、自然と溜息混じりの笑みが零れる。
「……あーあー、馬鹿が悩むと碌なことになんねぇな」
――お前についていくって決めたんだから、こんなとこで、この程度の相手に弱気になってる場合じゃねェよな。
気合いを入れて己の頬を一発強く叩けば、霞がかった思考が少しだけスッキリとした。
そうしてようやく正常に動きだした頭を働かせ、一旦その場から脱出しようと、洞の出口に向かってドロリとした膝丈まである液体の中を搔き分け、一歩一歩前に足を進める。
粘液で滑りながらも何とか壁に足を掛け、少し高めの位置にある洞の縁に手を引っ掛けたタイミングで、ほとんど動くこともなかった蔓が、今になってこちらを逃がさないとでも言うようにズルリと足元に巻きついてきた。
「……ったく! 最後まで大人しくしとけ、よ! ――っ、やべ……!」
あまりにもしつこく絡まってくる蔓に意識を持ってかれ、縁に掴まってた手がズルッと滑って外れてしまい体が落下しかけた――その時。
「ヴァルトっ!!!」
必死な声で己の名を呼ばれたかと思えば、細い腕に掴まれ魔法の力で一気に洞の外まで運び出される。視界全体が急に明るくなり思わず目を細めるも、声の主のトレードマークとも言える綺麗なピンクの色彩はぼんやりと認識できる。
「おう、助かっ――」
「“おう”じゃないわよ!! アンタ一人で突っ込んで行くなんてほんとバカじゃないのっ!!??」
――第一声でこんなに全力で罵倒してくる女、お前ぐらいだろうな。
余りにもすごい剣幕に思わずそんな場違いな感想が浮かび上がるも、クレアがすぐに真剣な表情に切り替わったことで余計な口は挟まず閉口した。
まだ何か言いたそうなクレアだったが、一瞬だけ啞然としてこちらを見るやいなや「ヴァルト、動かないで。最速で沼地の外に運ぶから」と、浮遊して一直線に魔物から距離を取る。……何をそんなに慌てているんだろうか。
「ユシェル!! すぐに治療お願いっ!!」
「……っ!? ヴァルトさんその傷…!」
「――? あー……」
柔らかい草の上に着地し、ユシェルとその周りにいるオッサンたちまでもが仰天してこちらを見つめてきたことで、己の体を見下ろしてみれば、膝から先は完全に焼け爛れたように皮膚が剝がれており、毒を吸いすぎた影響か肌の色も変色していたことでようやくその意味を理解した。
「そ、そんな吞気に受け答えしてる場合じゃねぇだろ!? ――おい坊主!! 目ェ瞑んな!! 意識失ったら治癒魔法があっても意味ねぇんだぞ!?」
ユシェルから心地よい波動を感じて目を閉じていただけなのに、オッサンが喚き立てるせいで「ンなこと、わぁってるよ」と薄っすら目を開けざるを得ない。
怪我した当人の俺よりよっぽど熱心にユシェルの一挙一動を見守るオッサンに思わず苦笑が漏れれば、オッサンから「笑い事じゃねぇ!」と一喝されてしまった。
「――にしても、お前らも任務中だっただろ? よくここに来れたな」
「団長が手回ししてくれたの。ギルドのメンバーも大方戻ったから、アタシたちの任務はそっちに引き継いだわ」
「あぁ、もう正常なギルド運営に戻ったのか。やっぱスゲェなアイツ」
「……アンタほんとすぐ団長のこと自慢するわよね」
「はぁ? 普通に褒めただけじゃねーか」
その言葉が引き金となった――のかどうかは知らないが、何故か恒例の不機嫌スイッチが入ったようで、さっきまでしょぼくれてたクレアの表情は瞬く間に据わった目つきへと変わっていった。
「団長褒める時のアンタの顔、鏡で見てから言いなさいよ。自分で団長褒めといて何でアンタが嬉し――って、あぁもう、そんなのはどうでも良くて。
最初の頃から思ってたけど、ちょっと距離感近すぎないかしら? 団長と団員は適度に距離を保った方がいいと思うの。――ええ、そうよ、アンタは団長じゃなくて同僚ともっと仲を深めるべきだわ、今後のためにも絶っっっ対に――」
――また始まってしまった。
クレアのマシンガントークを耳から耳に受け流して、適当に相槌を打ちながら思考の外に追い出す。何年も同じことを繰り返していれば、もうお手のものだ。
「へいへい、わぁった、わぁった――」
「――承諾したわね? じゃあ遠慮しないわ」
「――は?」
「次の休日の買い出し、アンタは私の荷物持ちよ。自分で“分かった”って頷いたんだから約束ちゃんと守りなさいよね」
――ちくしょう、とうとうコイツも頭を使ってきやがった…!
こうなったらアーレンも道連れにしてやろうか、なんて考えを巡らせていれば、「まさか過労で倒れた団長を雑用に連れ回そうなんて思ってないわよね?」と、何も言ってないのに先に制されてしまった。
しかし確かにクレアの言う通りだ。……つい今までの感覚で、アーレンを振り回す癖がついてしまっているのは何とかしないといけないかもしれない。
「……むしろアンタは団長を労うためにも、せめてしばらくは他の誰かと大人しくしてなさいよ。平日も休日もアンタ団長と過ごしすぎ。団長はアンタだけのものじゃないんだからね!
……それに二人だけで居るとこに、その…私も話に入り…づらいし…」
何だ、一緒に喋りたいなら別に何も気にせず話しかけてくればばいいだろ――と、言いかけそうになって、そこで初めてようやく気が付いた。
あぁ、これは俗にいう“春が巡ってきた”というやつなのかもしれない、と。
未だにクレアが「私だって人前で誘うの勇気が――」とか何とかブツブツ言ってるのも何となく当てはまる気がする。――目の前の霧が晴れたような気分だ。昔から俺に突っかかってきた謎がやっと解けたのだから。
――恋煩い、というやつか。
道理であれやこれやと難癖つけられてきたわけだ……クレアには悪いが、そっち方面はからきしなので気付くのが遅すぎると言われても正直勘弁してほしい。――よし、こうなれば俺も腹を括ろう。
「なぁクレア、お前もしかしてアーレンのことが――」
「あー! あのお二人とも! それよりほら、治療はもう完了しましたよ。ヴァルトさん、どこか痛むところはないですかっ!」
もう少しで長年の因縁(という名の苦情発散役)から解放されるのだと思ったところで、見計らったようにユシェルが大声を上げて割り入ってくる。……何故かもの凄く焦って見えるのは気のせいだろうか。
しかし、確かに今は与太話をしている場合ではなかった。
上半身だけ起こして手のひらを開いたり閉じたりしてみれば、痛さも違和感も全然感じない。あっという間に大きな傷も細かい傷もまとめて治療してみせたユシェルに「あぁ、問題ない」と返してすぐさま起き上がった。――が、しかし。
「……左足の後ろ、痛く、ありませんか」
ゆっくり放たれたその言葉にピタリと足を止め、ゆるりと自分の足元を確認すれば――そこには爛れ傷がしっかり残ってたことに、あぁやらかした、と溜息をついてユシェルの方を見やる。
「……試すような真似してしまってすみません……でもヴァルトさん、やっぱり“痛覚”が――」
「……いや、他人よりその感覚が鈍いだけで無いわけじゃねぇ。特に外傷系は、な――まぁ、冒険者やってりゃ嫌でも怪我とかには慣れるもんだろ?」
「そんな、あれだけの傷を“慣れる”って――」
すぐに残りの傷の治療を終え、そのまま言い淀んで暗い雰囲気になってしまったユシェルにどう言葉を掛けようかと迷っていた時、突如クレアが一歩前に出て「――まあ、そうよね」と呆れたような視線を俺たちに寄越してきた。
「アンタ昔っから猪突猛進で敵に突っ込んでたし、そのせいで毎日怪我ばっかしてたし。――でもそれで開き直って大怪我されるとこっちが困るんだからアンタも気を付けなさいよね!」
一息にそう言い放って「治療終わったんなら討伐作戦立てるわよ。ユシェルはその人たちと後方待機しててね」と、その勢いに呆気に取られた男たちを置き去りにして、俺の腕を引っ張りながらズンズン先に歩いていく。
そのまま無言で足早に歩を進めるクレアに「おい!」と声を掛ければ、そいつはパッと手を離してくるりとこちらに振り返った。
「――まぁ、誰にでも……言いたくないことってあるもんでしょ?」
“だから気にするな”とでも励ましてくれているのか、肩を軽くポンと叩かれ少しだけ目を丸くする。
何でもないことのようにそう言われたのが新鮮で思わず「……助かった」と少しの本音を零せば、クレアは一瞬だけ驚いた表情を見せてから「ん」と軽く相槌を打って柔らかい笑みを返してきたのであった。
◆
魔物は完全に防御状態に入っており向こうから動く気配は見せず、沼地の中央には巨木を覆い隠すようにドーム状に根が張り巡らされている。巨木内の核を覆っていた蔓と似た見た目からして、生半可な攻撃を仕掛けてもせいぜい表面を浅く傷つけるのが関の山だろう。となれば――。
「大技一発勝負が無難な攻略法ってところか……」
「私の雷魔法で焼き払うってことよね?」
「あぁ、だが――」
さっきの金髪魔導士の時のように、火力の高い魔法を発動させようとすればそれを邪魔しようとしてくる可能性も否めない。
呪文の詠唱中はクレアが自身でシールドを張るのが厳しくなるため、この少人数で決行するのは少し無理があるか――と、考えを口に出せば、クレアはキョトンと首を傾げ「アンタが居るならいけるでしょ?」と然も当たり前のように尋ねてきた。
「詠唱中に攻撃魔法の連発とかは無理だけど、アンタをサポートするぐらいの魔法は同時展開できるわ」
「――だが、第二形態のアイツの攻撃手段を俺はまだ見たことがない。全部を防げるかは正直分かんねェぞ」
「それならそれで多少精度を落として攻撃回数を増やす方にシフトすればいいじゃない。それに――」
不自然なところで言葉を区切ったクレアが挑発的な笑みを浮かべてこちらを見つめてくる。
「仲間が後ろに居るんだから、アンタは嫌でも全力出すでしょう?」
予想外のその言葉に虚をつかれ思わず少しだけ視線を逸らしてしまった。昔からパーティーを組んでる奴にそんなことを言われるとさすがに地味に気恥ずかしいものがある。
それに対してクレアが「へぇ、アンタでも照れるのね」とニヤニヤしてる様に若干イラッとして、「……るせぇ、ほっとけ」と意趣返しに頭をぐしゃぐしゃにしてやれば、途端にその勝ち誇った笑みがぎこちないものになり少しだけスッキリした。
「――ま、そこまで信用されてんなら死ぬ気でオメーを守り通してやるよ」
だから絶対ェ成功させろよ、と言いかける前に突然力いっぱい正面からド突かれ盛大に咽る羽目になってしまった。
そのことに文句を言おうとすれば、「アンタ……ほんと…っ!! 戦闘前に気が散るようなこと素で言うんじゃないわよ、バカ!!!」と先にクレアから理不尽な罵倒をされ、足早に去られてしまい最早どうしようもなくなる。
――やっぱこいつの怒るポイントよく分かんねェなぁ……。
恋する乙女とやらは感情の起伏が更に激しくなるのだろうか。帰ってから乙女の意中の相手にでも聞いてやろう。
結局その場は只々困惑しながら、怒って先を行くクレアの背中を眺め「はぁ……」と深い溜息を零すしか出来なかったのであった。
そんな微妙なやり取りもありはしたものの、すぐに予定していた位置に到着し腰に差してた黒剣を構える。
「――準備はいいか」
「もちろん! ウチのギルドの底力、見せてやるんだから!」
勇ましくそう言い放ったクレアが詠唱を始めると、すぐに周辺の空気が揺らぎ出した。
事前に予想していたことは当たりだったようで、こちらの攻撃に反応して巨木――と言っても今はドロドロに腐り落ちかけた半液体状態の何かではあるが――第二形態となったその魔物は刺々しい蔓を勢いよくこちらへと伸ばしてくる。
「足場を頼む!」
その一言だけを掛けて空中へ飛び上がれば、己の飛んだ位置に合わせて空中にタイミング良く風の床が現れた。
――クレアの奴、また魔法の精度上がってるな。
空中戦でも普通の地面で戦ってるのと変わらない――いや、むしろ、泥沼で足を取られることなく戦える分こちらの方が動きやすい。
あぁまた勝負を挑まれる前に俺も特訓しなきゃだな、と若干思考が逸れながらも、縦横無尽に飛び回って順調に全ての蔓を衝撃波で払いのけていく――が、しかし。
突如、バラバラに攻撃してきた蔓が一斉に引っ込んだかと思えば、一瞬で幾重にも折り重なり、まるで一匹の巨大なワームのように目の前に反り立った。
ビッシリと棘が生え揃った口のような空洞の中は先ほど巨木の中で見たのと似たような粘液で満たされており、それが地面に落ちれば大きな石が瞬く間に溶ける。……見た目は似ていても威力は先ほどの比ではないらしい。
「おーおー、ついに親玉登場、ってか?」
そう軽口を叩いてみたものの、全長十メートルほどありそうな巨体に少しだけ乾いた笑いが漏れた。人間複数人ぐらいならあっという間に丸飲みされされそうだ。
「……これなら、どう、だッ!!」
空中から斬撃で特大の衝撃波を飛ばしてみるも、表面の蔓が切れればすぐに新しい蔓が生えてくるの繰り返しで、正直あまり手ごたえはない。
けれど他に有効な手段も思いつかず、手当たり次第に様々な方向から斬撃波を飛ばしていれば、頭上の一ケ所だけがまだ修復しきってないことに気付いた。
――もしかして……魔力の導線か?
よくよく目を凝らせば全身棘だらけの蔓の中に太くて棘が無い蔓が混ざっている。それの損傷の修復時間だけが他より明らかに長いことを考えれば、己の予想も強ち間違っていないかもしれない。
それを確かめるためにも巨大ワームの頭上に飛び乗り、該当の場所に剣を思い切り刺し込めば巨木本体の方から甲高い不協和音が響いてきたことでその仮説に確信を持った。
――なら、他の導線も切り落とせば…!
棘のある蔦を引っ掴み、ワームの体を移動して魔力の導線になっていそうな蔓を次々に切りつけていけば、徐々に魔物が自分自身のコントロール権を失いつつあるのかワームがのたうち回るように暴れ出す。
「――っ! ぉわ!?」
およそ十数箇所ぐらいその作業を続けていた時――突如、激しく暴れ回っていたワームの動きがピタリと完全に停止し、ぐらりと大きく傾いたかと思えばそのまま勢いよく倒れ込んだ。
「……何とかなったな。あとはアイツの魔法で終いか」
久方ぶりに地面に降り立ち、体の所々に刺さった棘を抜き取りながらクレアの方へ歩みを進めていけば、聞こえてくる詠唱の内容からして残りは四分の一ほどだ。とりあえず山場は越えられたか、と少しだけ体の力を抜きかけた――その時。
不意に力尽きたはずのワームが咽るようにゴポリと粘液を地面に吐き出したことで、胸に嫌な予感が過り全速力でクレアの元へ駆け出す。
「―― ετατ!!」
巨大な盾を目の前に出現させたのとほぼ同時に、盾全体に圧縮した水を噴射されてるかのような圧力がかかり、全身に力を込めてそれを押しとどめた。盾の表面からジューッと溶けた音はするものの、クレアの詠唱が終わるまでは持ち堪えられるはずだ、と全身に力を入れて押し返すように踏ん張る。
「――! ……――、――、――――」
――……っ、詠唱のリズムが、崩れてる…!
それはクレア自身が一番よく分かっているのか、声が先ほどよりも一段階張り上げられ、何とか詠唱を途絶えさせることなく術式を立て直そうと呪文を必死に紡ぎだしていた。
しかしそれでも時折空気がうねるように不安定な動きになっているのを横目に見て「クレア!! テメェは自分のことに集中しろ!!」と、あらん限りの大声を上げる。
「絶対ェお前を守ってやるっつったろうが!! こんな奴相手に俺が押し負けるわけねぇだろッ!!」
「……っ! ――――――――」
最早怒鳴り声にも近い大きさで続けざまにそう叫べば、ようやくクレアの詠唱のリズムが持ち直して空気の揺らぎが安定していくのが分かり、あともう少しだと最後の力を振り絞って盾を支え続ける。
程なくして詠唱の最終節を唱え終わり、クレアが一気にその魔力を解放すれば、沼地の中央から凄まじい大きさの稲光が巨木を真っ二つに割くように突き刺さり、辺り一体が強い光に包まれた直後に雷鳴が轟いた――。
「――――やっと、終わった…か」
焼け焦げて木端微塵に崩れた巨木を眺め、ホッと少しだけ気が抜けてしまいズルリと盾にもたれて座り込む。巨木の残骸も巨大な蔓も、ゆっくりと塵芥となって空気に溶けていく様子を見届けて、深い安堵の溜息をつきながら空を見上げれば、いつの間にかその色合いはオレンジから藍色の並びになりかけていた。
――そうだ、忘れる前にやっとかねぇと。
一気に気が抜けたせいか、今さら襲ってきた疲労でヘトヘトな体を無理やり動かし、ここに来る前に職員に頼んでおいた物を懐から取り出す。
手のひらより少し大きめの筒を空に向け、魔力を込めればパンッと軽い音と共に一筋の光が大空を上っていった。
「……! すごい、あれって……!」
「ウチの職員たちも中々おもしれェもん作るよな」
――夕闇の空に、淡い光で出来た金色と黒色の二匹の竜が燦然と輝いている。
ギルド『金黒の双竜』のエンブレムでもあるその紋様はしばらく滞空していたが、やがて弾けるように光の粒となって消えていった。
本来はギルド内の催し用に遊びで作られたものだが充分な役目を果たしてくれたと言える。
魔物を討伐したところで普段はそういった目立つような主張はしないのだが、今回ばかりはギルドの名を上げるため致し方ないと割り切ろう。
――あぁでも……オッサンたちの手柄も丸ごと横取りしたのは詫び入れて何とかしねぇと…。
そんなことを考えながらフラつく足を叱咤して立ち上がろうとすれば、ズキンと珍しく重い頭痛に苛まれる。
――やっぱこの剣使い過ぎんのはダメだな。
今までも黒剣の変化の回数によってこういった症状は表れていた。……今日だけで変化六回――それでこの痛みなら、今後は一日五回が限度というところか。
――にしても、ここまで酷ぇのは初か……。
頭が割れそうなほど痛いうえに若干の吐き気も覚える。早くユシェルにまとめて治療してもらわねば、と気力で立ち上がった――その時であった。
カハッ、と急に体の中からせり上がってきたものを我慢しきれず吐き出せば――眼前に広がったのは真っ赤な液体で――。それが己の血であると脳が認識した途端に思考が一瞬止まる。
「ヴァル…ト……?」
呼ばれた声に答えようとしたが数秒もせず目の前の世界が歪んでまともに立っていられなくなり、ガクンと体の力が抜けた。
隣で必死に叫んでいるクレアに何か言葉を掛けようとしても、まるで自分の体でなくなってしまったかのように口も、手も、足も――どこも動かない。
「ヴァルト!? ヴァルト!! ―――っ――!!」
――早く、帰らねぇと……アーレンと約束、した、のに――。
視界が暗闇で覆われる直前――意識はそこで途切れたのだった。
◆
『ヴァルト…ヴァルト…っ!!』
そんなに叫ばなくても聞こえてるのに、その誰かはずっと俺の名前を呼び続けていた。そいつに引っ張られるように意識が覚醒すれば目の前は完全な闇の中で――。
――死んだのだろうか、俺。
そんな馬鹿な考えが浮かんだところで全身に強い痛みを覚える。指先だけでも何とか動かしてみればすぐ近くで何かにぶつかった。
「……ヴァル…ト? 起きた、のか…!」
隣からアーレンの声が聞こえたのとほぼ同時に、椅子が激しく転がるような音が聞こえ「誰か、急いでユシェルを!!」と言うそいつの大声が響き渡る。
寝起きたばかりなのに騒々しすぎるだろ……と半ば呆れたものの、その声のおかげでようやくここが現実なのだという安堵の方が今は大きかった。
「ヴァルトさん!!」
「団長、ヴァルトが起きたって…!」
程なくして部屋の中に明かりが灯ったことが感覚で分かり、部屋に飛び込んできた奴らの姿を見ようと目を開こうとする。が、体が言うことを聞いてくれず指先を動かすのだけで精一杯だった。
「――! ヴァルトさん、すぐに治療します。絶対に意識を落とさないでくださいね」
ユシェルから心地よい波動が広がり、それからすぐに体の痛みは和らいだため薄く目を開ければ、心配そうに覗き込んでくる三人と目が合い口元が少しだけ緩んだ。
「お前…! 今回ばかりは笑い事じゃないんだからなッ!!」
「そうよっ!! アンタそんな無理してたんなら最初に言いなさいよ! そしたら作戦内容だって考え直したのに…!」
「治癒魔法はあくまでその場しのぎなんですから、無理を重ねたら体が壊れるのは当然です。というかその直前に特殊なトロールとの戦闘でも大怪我したって聞きましたし……なのに少量の回復薬で適当な処置しただけだなんて――!」
責め立てるように一斉に飛び交う文句の勢いに気圧されながらも「わーってるよ、今回は俺が悪かった……ごめん」と素直に謝れば、三人は目を丸くして同時に口が閉じられる。
「お前が真面目に謝るなんて……」
「……アンタ、いつも適当に謝るから真面目に謝られるとそれはそれで反応に困るわね」
「テメーら二人は大概失礼よな」
ベッドの上に起き上がってアーレンとクレアの頭を一発ずつ小突けば少し抗議の目を向けられるが、それらを無視して思い切り伸びをする。
もう完全に調子は戻ったようで体が軽い。「さすがだな」とユシェルの頭にポンと手を置いたのだが、気恥ずかしそうに笑うそいつの横から剣吞な視線を感じたので、とりあえず大人しくスッと手を引っ込めることにした。
「でも一週間は戦闘禁止ですよ、絶対ですからね?」
「一週間か……長ぇな」
「本来なら全治一ヶ月はかかってもおかしくないんです。それを魔法で表面上の傷だけ治して無理やり痛みを緩和させてるだけなんですから、絶対に無理しちゃダメってことぐらいヴァルトさんも――」
「へいへい、わーってるって」
またもユシェルのお小言が長々と続きそうになり、途中で遮るように渋々頷けば
ユシェルではなく隣にいたアーレンの方から「……まぁ、そもそも」と言葉が投げかけられる。
「俺が原因でもあるか。無理させてすまなかったヴァルト」
「別に。お前が俺に言い出しづらかったってのは何となく分かるし――」
そこまで言いかけて、はたと二人の方に視線を向ければ二人とも浮かない表情をしていたことで、もしかしなくても、と軽い溜息が漏れた。
「……えっと、僕はヴァルトさんが荷物整理してたあの日に……。団長から治癒魔法で魔血病を治せないかって相談されたんです。でも、僕が出来るのは瘴気を浄化して病の進行を遅らせるぐらいで、完治させる方法は分からなくて……」
――あぁ、だから故郷で自由に暮らせなんて提案してきたのか。
あの日急に大人しくなったユシェルの態度に納得しながら次いでクレアの方に視線を移せば、「……アタシはあの裏S任務が終わってギルドに帰還した時よ」と俯いて答える。
「……っ、アタシだってもっと早く教えてもらってたらアンタに無理もさせなかったし、アタシが戦闘でももっと頑張って――」
「――そうなるからアーレンはお前に本当のこと言えなかったんだろ」
思い詰めたような表情で語気が荒くなったクレアの勢いを削ぐようにピシャリと言いのけた途端、クレアは「……え?」と困惑したように口をつぐんだ。
「お前、その事実を知ってたらあの時俺を盾に使えなかっただろ、絶対」
「…………」
「そんで最悪お前が負傷でもしてみろ。切り札使えない俺らはジリ貧になって全員死ぬ可能性だってあったんだぞ? 大勢の命が懸かってる状況で俺一人捨て置くぐらいの覚悟が揺らぐようならそんな情報知らねぇ方がマシ、――ッ――ってえな!!」
急にゴツンという音と共に頭のてっぺんが鈍い痛みを訴える。間違いなくその痛みの元凶であるアーレンを睨みつければ何故か半目で睨み返され、「いつも言ってるだろ? お前は言い方を考えろ」と溜息混じりに呆れられた。
「――クレア嬢、俺が君に本当のことを言えなかったのは、まぁ君が気負いすぎないようにっていうのもあるんだけど……もしそれで仮に君が負傷したらこの捻くれ野郎が自分自身を責めるだろうなっていうのもあったからだよ」
不意に自分を引き合いに出されたことに「――あぁ? 適当言ってんじゃねぇよ」と低い声音で返せば「本当に適当なことだったら、お前は嚙みつかずに受け流すだろ」と言われてしまい、思わず黙り込んでしまった。
「――とまぁ、図星指されて恥ずかしさのあまり怒るぐらいには君のことを気にかけてたんだよ。任務に関係ないことに気を取られたせいで負傷させたら悔やんでも悔やみきれないってのもコイツの本音だから、その……俺たち二人ともちゃんと君に伝えられなくてゴメンね?」
余計な一言まで付け足したアーレンの脇腹を小突いて、急に静かになったクレアをそっと伺い見れば――。
「――おい、顔真っ赤だぞ。お前こそ具合悪いんじゃねーの」
「……べ、つに、そんなことないわ。アンタの目がおかしいんじゃないの!」
――おーおー…またいつものやつか。
どうやら知らぬ間にまた不機嫌スイッチを押してしまったらしく「あーそうかよ」と適当に流したところで、何故かアーレンとユシェルが揃って生温い視線を向けてきたので「何が言いてぇんだよ」とガンを飛ばす。
「……いいや? 特に何も。お前が無事目覚めてくれて良かったなぁって思っただけさ」
その胡散臭い笑みに内心別のことを考えてたんだろうなとは思うが、それでも今言ったそれも半分は本心だろうと感じ、ふ、と軽く息を漏らした。
「お前らのおかげかもな」
「……俺らの?」
「あぁ、俺の名前、何回も呼んだろ? だから何が何でも帰らなきゃって思ってよ。そしたらいつの間にか目が覚めたんだ――だから、きっとお前らのおかげだ。ありがとな」
一瞬だけ驚いたように動いたアーレンの表情が次いで穏やかになり「あぁ、ほんとに――お前が帰って来てくれて良かった」と拳をスッと持ち上げたのでこちらも拳を持ち上げこつんと軽く合わせれば、そいつは満足そうに笑う。
「……さぁ、これ以上長話すると明日に響く。今はお前もゆっくり休め。一応病み上がりなんだからな」
「――わぁーってるよ。そう思ってんならテメーらも早く部屋戻れ」
正直に言えば眠気など一切ないしどちらかと言うと飯が欲しいが、ランプの光しかない薄暗い部屋の中でよくよく三人の顔を見れば、その目の下には薄っすらとクマがあることに気づいてしまった。……申し訳ない気持ちは勿論あるが、そんな風になるまで親身に己のことを心配してくれたのかもしれないと思うとこそばゆい気持ちもある。
「じゃあ、ヴァルト、おやす――」
扉から出る直前の挨拶の途中、ランプの明かりを消して「……なぁ」と言葉を挟めばアーレンから「ん? どうした?」と不思議そうな声で返される。
「あー……その…………ただ…いま」
「「「………………」」」
――誰も何も言葉を発さないその沈黙が、痛い。
真っ暗な部屋で表情などは一切見えないが、何となく気まずくなってそれ以上は何も言わずに毛布を頭まですっぽりと被ったタイミングで、ふっ、と誰かの笑い声が微かに聞こえてきた。
「「「おかえり(なさい)、ヴァルト(さん)」」」
まだ少し笑いを含んだその一言が耳に入ってきたかと思えば扉が静かに閉められる音がした。少しだけ緊張していた肩の力が抜けて布団からもぞりと顔を出してぼんやりと宙を眺める。……目の前に広がる闇が、今はとても温かい。
――本当に俺、帰ってこられたんだなぁ。
自分の部屋の慣れた匂いに心がだんだんと落ち着いていくのを感じながら、その夜は只々充実した気持ちで再び目を閉じたのだった――。
◆
翌朝、早朝。
――マジで腹減った…。
胃の奥が締め付けられるような痛みで目覚めてしまったため、サイドテーブルにあった飲み水をとりあえず口に含んで少しでもその痛みを誤魔化す。
ゆっくり起き上がってカーテンを開ければ、今日は雲一つない晴天であった。
そんな気持ちの良い朝ではあったが、やっぱり腹が減ったと主張する己の胃は簡単に収まってくれなさそうなため、そろりとドアを開けて下の階にある食堂へと歩みを進める。
階段を下りて廊下に足を踏み出したところで、前方から「「あ」」という声と共に赤と青の二人組――オルテスとフィオルが食事のプレートを持ったまま並んでこちらに歩いてきた。
「隊長、もう起床されたんですか。体の調子はどうです?」
「こくりゅ――アンタって早起きするイメージなかったから意外だわ」
またも“黒龍”と呼びそうになったオルテスに拳骨の準備をしていたが、咄嗟にそれを察したのか、一応は呼び方を変えたので軽く小突くぐらいに止めておく。
「まぁ、あんだけ寝てりゃ誰でも早起きするだろうよ。体はもう何ともないが、腹減ったからちょっと食堂に――」
「あぁ、だったらこちらをどうぞ」
そう言って渡されたのは二人が持ってたプレートで――よくよく見れば己の好物ばかりが乗ってたので、もらえるならばありがたい。
けれど二人の分について尋ねれば「また取りに行きます」という答えに、それなら自分で取りに行くと断ろうとした……のだが。
「カワイイ後輩からのワイロなんだから素直に受け取れよ先輩」
「そうですよ、お返しとして模擬戦して欲しいぐらいの下心はあるのでお気になさらず」
何とも強かにそう言ってのけた自称カワイイ後輩たちに呆れてしまいながらも、二人の頭をぐしゃりと撫で「んじゃ、ありがたく」と二つのプレートを受け取る。……にしても。
「ここまで俺の好物揃うとか奇跡だな」
「……へぇーそうなんですね。偶々手に取ったものなんですが」
「……まぁ、そういう偶然もあるんじゃねぇの?」
やや貼り付けたような笑みなのが気にはなるが、もしかしたら賄賂のためにわざわざリサーチしたのか、なんて自惚れた考えが一瞬過った。――が、こいつらがそんなことするはずねぇなと即座に振り払い、食堂で食事を済ませるために足を進めれば、ガシッと二人から腕を掴まれ「ん?」と後ろを振り返る。
「あー、今食堂で大掃除してまして……各自部屋で食べるようにと」
「……こんな朝っぱらから大掃除だと?」
「かまどの調子が悪くなって修理してたら魔法が暴発して部屋が煤だらけになったんだよ。朝食混雑時までには元に戻したいから、時間外組は食堂の外で食べろって話だ」
「――あぁ、またか」
以前はちょうどその現場に鉢合わせたことがある。それなら食べ終わってから手伝いに行くか、とあまり深く考えずに「分かった、じゃあ上で食うわ。ありがとな」と二人に別れを告げて、とりあえず自分の部屋に戻ることにしたのだった。
「っぶねー…絶対バレると思った…」
「“なるべく部屋から出すな”なんて団長たちほんと無茶苦茶なこと頼んでくるなぁもう…」
「……でも団長より――」
「あぁ、間違いなく――」
「「ユシェル=ウェイアークの方が怖かった……」」
己が居なくなった廊下で、若干顔を青くした二人がそんな話を繰り広げてるなんてその時の俺は露ほどにも思わなかったのであった。
やっと胃に食べ物を詰め込んで空腹感も収まり、一休みして食堂の清掃の手伝いに行こうと腰を上げたところで部屋の扉からノック音が聞こえてくる。
こんな朝から誰だ、と思い扉を開けてみればそこにはギルドの受付嬢の姿があった。
「すみません、ヴァルトさんにお客様がいらしてて」
「俺に、客…?」
「はい。赤褐色の髪色をした壮年の男性で大きな盾を持った騎士職の方でして“タッド=フィレモンド”様と。あとお連れ様が――」
「あぁ、いい、分かった。確かに俺の客だ、準備してすぐ向かうから少し待っててもらってくれ」
「かしこまりました。それでは受付に一番近い方の応接間にお通しいたしますね」
すぐに外行き用の服に着替えてる最中、ふと先ほどの受付嬢の言葉を思い出し、ん? と首を捻る。
――“騎士職”だと…? ってことはあのオッサン、王城関係者じぇねぇか――!
……となると、少し…いや、かなりマズいかもしれない。確実にあのオッサンの目の前で派手に色々やらかしてしまった。特に教会の話なんてタブーどころか完全アウトな話しかしていない。
それにギルドの名前が有名になるのは望むところだが、“月影の黒龍”の存在を詳しく知られては面倒なのに――。
「……とか、ここで考えても埒が明かねぇ、か」
一度だけ深呼吸してから部屋の外に出る。
黒剣を装備してそのまま応接間へと歩いていけば、あっという間に扉の前に着いてしまい少しだけ息を張り詰めた。
――俺一人で全部の罪を被り切れたら御の字ってところか。最悪、魔の森を逃亡ルートに使えば撒けるか…? などと頭に思い浮かべつつ扉を開けば――。
「――坊主!! お前さん、本当に体はもうどこも悪くないんだな!?」
「お? おう……まあ、今は何とも…」
出会い頭でオッサンの気迫に押され、ガシッと肩を掴まれながらぐるぐると体を回される。しばらくされるがままにしていたものの、何度も「本当に本当だな?」と確かめてくるオッサンについに辛抱堪らず「……暑苦しい!」とその手を弾けば「お前さんがあんなぶっ倒れ方するからだろ!!」と逆に怒られてしまった。
……何とも予想してた反応とは異なりすぎて少しだけ毒気が抜かれてしまう。
「まぁまぁタッド、黒龍君も子供じゃないんだから程々に、ね?」
「ウォーレスさんの言う通りですよ。タッドさんのその構いすぎる癖が抜けたら妹だってもうちょっと貴方を好きになるでしょうに……」
「お兄ちゃん、私別に、タッドおじさん嫌いじゃないよ……」
残りの三人も話に混ざり、いよいよカオス空間になり始めてしまったため「待ってくれ、俺に用事があったんだろ?」と本題を話すよう促した。
するとオッサンが「……あぁ、そうだな」と急に改まった態度となり剣を取り出したところで、己の左手が無意識に黒剣の鞘を握る。
「――此度は貴殿の助力、誠に感謝申し上げる。おかげで大事な仲間の命を守ることが出来た。この恩は決して忘れない。タッド=フィレモンド、ルミナール王国第一騎士団・元団長の誇りと国王から賜ったこの剣に懸けて、必ず貴殿が困った時は友として駆けつけよう」
「――――は?」
――何が、起きてる…?
すわ戦闘かと思い、今にも引き抜きそうになった黒剣を下してまじまじとオッサンを見ていれば「何で剣を抜かないんだ。早く刀身を俺の剣に合わせろ」と言われ、混乱した頭では深く考えることも出来ずとりあえず言われた通りのことを一通り済ませた。
「よし、これで誓いは完了だ。困った時はいつでも言ってくれ。俺の出来る範囲で全面協力してやろう」
「……いや、ちょっと待て。正直新しい情報のせいで混乱はしてる。が、一個だけ確認したい。――アンタ、騎士なら王城に所属する人間だろう? なら教会に俺を突き出さなくていいのか」
最早遠回しに警戒するのが面倒になり一番気になってた部分を直接尋ねれば、オッサンから返ってきたのは只々深い溜息であった。
「それをして俺に何の得があるっていうんだ?」
「……得とかの問題じゃねぇだろ。王都は特に教会と根深い関係を築いてる。教会に仇為す者は誰であろうと即粛清対象だ。王城に居たはずのアンタがそれを知らないワケがねぇ」
「――ほう、お前さんは王都のことに詳しいな。……まぁ、確かにそうだ。王都じゃそれが常識なのは間違いねぇ。けどな坊主。王都に住む人間の誰しもがそう考えてるワケじゃねぇ。少なくとも俺ら四人はお前さん寄りだ。それにそう考えてたらわざわざ己の剣と名前に誓ったりしねぇよ、騎士の誇りだぞ?」
「……そう、か――」
――なら、俺は逃亡者にならずに済むということか。……良かった…アーレンが捕まることも無ければ、このギルドが無くなることもないということだ。
ドッと押し寄せてきた変な疲労感と張り詰めてた緊張の糸が緩んだせいでフラリと倒れるように応接間の椅子の上に座る。オッサンから「おい、大丈夫か!?」と声が上がるが「あぁ、気ぃ抜けただけだ」とそのまま深くもたれ込んだ。
「アンタら全員王城関係者かと思ってな……疑って悪かった」
「……タッド、黒龍君にほんと何にも説明してなかったんだね」
「――あと、俺の名はヴァルト=ディオールだ。黒龍じゃなくてそっちで呼んでくれ」
教会に繋がる人物でないのなら名前を教えても大丈夫だろう。むしろ、延々と“黒龍君”などと呼ばれる方が心にダメージがくる。
今更ではあるが本物の月影の黒龍だと認識されてたことに少しだけ驚いていれば、「偽者より何倍もまともだったな」と言われ尚更その存在が気になった。
曰く――金にがめつく、調子に乗りやすくて自信過剰、隙あらば己の武勇伝を自慢してきて、重度の女好き、剣術はそこそこだが臆病で逃げ足だけは早い、と。
「お前さんと似てるとこなんて、その黒髪と口の悪さ、あとはまぁその目つきの悪さもちょっとは似てるか」
「――全然嬉しくねぇ…いっそ俺が丸坊主になってやろうかな」
「お、お兄さんの方が、ずっと、かっこいい…よ…!」
同情心が湧いたのか慰めの言葉を送ってくれるチビの頭をポンポンと撫でていれば、その兄の方からも「そうですね、リリーの言う通りです」と爽やかに微笑まれる。
「僕を女と間違った挙句、妹にまで気持ちの悪い言葉を掛けてきたクソ野郎なんて泥の底の汚物みたいなものなんですから、ヴァルトさんが気にかける価値なんて微塵もありません。頭から足の爪の先まで全て貴方の圧勝ですよ」
「――――」
……あぁ、こいつは下手に怒らせてはいけないタイプだったようだ。
オッサンと焦茶髪の男――ウォーレスがそっと目を逸らしたことで、何となくこのパーティーの普段の序列も分かった気がした。
思わず俺まで目線を逸らしたことで、ふとその時に膝下の無い左足が視界に入ってくる。「……痛むか」とつい口に出してしまい、失言だったとすぐに口をつぐんだが、そいつは特に嫌な顔を見せず「大丈夫ですよ、痛みはもうありません。貴方が良い回復薬を譲ってくれましたしね」と朗らかに笑ってみせた。
「あの時貴方が僕を止めてくれたこと、今はとても感謝しています」
「……何かいいことでもあったか」
「ええ、魔力を利用した義足という魔道具があるようで……使いこなせれば冒険者は続けられるかもしれません。――だから僕は、僕の夢を諦めずに追い続けることにしました」
――夢、か。
意思の強そうな目でそう宣言してくるそいつに自然と口元がほころび「俺もお前に負けてられねぇな」と零せば「ヴァルトさんにも夢が?」と少し驚いたように返される。
それに短く肯定して頷けば、オッサンたちまでもが興味津々な視線をこちらに向けてきたので「……別にンな面白れぇもんじゃねぇぞ」と予防線を張ったが諦めてくれなさそうなそいつらの様子に先に軽い溜息が漏れてしまう。
「俺の夢はここを世界一の最強ギルドにすることだ。そんでウチの団長と団員たちを名実ともに世界一にして――アーレン=リィンセントっていう男を世に認めさせてから俺も世界一の――っと、わりぃ」
ついアーレンに語ったときと同じような熱量になってしまった。周りが若干ぽかんとした表情に気付き、気まずくなって視線を逸らせば、すぐさまオッサンの笑い声が響きいて、その大きな手で頭をぐしゃぐしゃにかき回される。
「悪いな坊主、さっきの話は訂正だ。お前と偽者野郎はちっとも似てねぇわ」
俺の夢の話から何故その結論に至ったのかは謎だったが、満足そうに笑うオッサンを見て、まぁいいか、とその場は特に何を言うでもなく受け流すことにしたのであった。
◆
「……本当にただの街案内なんかでいいのか?」
「充分だろ、リリー本人が喜んでるんだし。坊主の方こそ何か予定入れてたんじゃないのか」
「あぁ、いや俺は別に――予定してた相手も忙しそうだったし丁度いい」
あの後、例の魔物の討伐手柄をまるっと横取りした件について――特にリリーなんて直接貢献してたのだから何か詫びの品を……という話になったのだが「じゃあ街案内でもしてくれ」と言われ、あれよあれよとギルドの外に出されてしまった。
それに加えてアーレンからついでのように「丁度いい、じゃあコレ届けてくれ」とおつかいまで頼まれる始末である。
クレアとの買い出しの予定があったが、肝心のクレアが今日は朝からバタバタと忙しくしてたので、まぁ別に俺が約束を破ったことにはならんだろう……多分。何か言われたら埋め合わせすれば済むはずだ。
そうして街案内兼おつかいのために行きつけの酒場――と言っても昼は普通の食事処に足を運べば馴染みのマスターから「おう、ヴァルト」と声を掛けられた。
「何だお前。ここ一週間ほどこの辺りで全然顔見せなくなりやがって」
「まあ色々あってな……それよりマスター、これアーレンから」
「アーレンから…? あぁ――」
紙袋に入った何かを覗き見たマスターがニヤリと笑い「この間お前が暴れた時の詫び品だな。カミさんが欲しがってたから助かった」とホクホク顔でそれを棚にしまう。
「あー…そういうことか。あの日は悪かったなマスター」
「どうせ覚えてねぇんだろ? お前あの日アーレン迎えに来ねぇとダメなくらいベロベロだったし」
「…………反省してる、すまなかった」
「……どうした、悪いもんでも食ったか。お前に真面目に謝られると変な気分になるから止めてくれ」
マスターまであの二人と同じことを言い出したことで若干頬が引きつりかけるも、それらを一旦グッと飲み込み、オッサンたちを席に座らせてとりあえず飯を頼むことにした。
「全部俺の奢りだ。好きなもの何でも頼め」
「……! 私、これと、これと、これも――」
「こらこらリリー、全部は食べきれないだろう? 勿体ないお化けが出ちゃうよ」
嗜められてしゅんと落ち込むチビの頭にポンと軽く手を乗せてからメニューを抜き取り「マスターとりあえずこの三つ」と料理を頼めば、兄妹から小さく「え?」という声が漏れる。
「今日は特別だ。残ったら俺が食うから食いたいもん頼んどけ。ただし普段は兄貴の言うこと聞いとけよ。ここのはどれもウマいし遠慮は――って何だよ」
兄妹だけでなくオッサンやウォーレスの視線までもこちらに向いたことで思わず怪訝な顔を見せると、オッサンから「あぁ、いや、随分子供の扱いに手慣れてるな」と意外そうな声音で返された。
「そいつそんな見た目で結構面倒見いいんだよ。子供には特に。ゴロツキたちからは“悪魔”なんて呼ばれてるのに笑えるよな」
「……るせぇ、クソ親父! 客の話盗み聞きしてんじゃねぇ!」
「はっはっはっ、照れるな照れるな」
馬鹿笑いしてるマスターに悪態をついていれば程なくして「へい、お待ち」と最初の料理が運び込まれ、その美味そうな見た目に刺激されたのかオッサンたちも次々と注文をしていく。
そうして机いっぱいに料理が並んだところで談話しながら食事を進めていると、ガランとドアのベルが鳴って新しい客が二人入ってきた。
「らっしゃい、お客さん。こちらメニューになり――」
「飯はいらねぇから酒をくれ」
「あぁすんません、ここ酒は夜だけで……もう少し先の通りならこの時間帯でも酒を提供してるんで――」
「ハァ? 酒があるんならとっとと出せよ。何でわざわざ俺らが移動しなきゃなんねーんだよ」
「いやぁ、そう言われてもねぇ……」
あまりにもしつこく絡んできているそいつらを見かねて、空になった皿をカウンターに戻すついでに「おいアンタら」と横入りすれば、その二人組から鋭い眼光が飛んできた。
「最初からそういう決まりだっつってんだろうが。つべこべ言わずにさっさと他所に行けよ」
「何だ急に。良い恰好つける前にこの俺が誰か知っててンな口利いてんのか兄ちゃん」
「テメェが誰か知らねーし興味もねーし。酒飲みたいんなら別の店行けってだけの話だろうが」
ふんぞり返っているスキンヘッドの大柄な男に呆れたようにそう言い放てば、隣にいる猫背の緑髪男から「あ゛ぁ!? 冒険者の中でもトップクラスのアニキのこと知らねーだと!?」と凄まれる。が、ある程度有名な冒険者なら記憶してるのに目の前の男の風貌は全くそれに掠りもしない。
「この左目にある大傷と言やぁ、“烈火の獅子”のビーダさんに決まってんだろうがッ!!あのA級魔物のケルベロスと一人で死闘を繰り広げ勝ち残ったお方なんだぞ!!」
演劇者顔負けの語りを見せる舎弟であろう男の話を聞きながら記憶の中を掘り起こす。ケルベロスと言えば三つの頭を持つ獣型の獰猛な魔物だ。それを単独で倒せるレベルの奴なら尚更覚えてないはずがないんだが……と思うも、やはり記憶の中にいない。
一応オッサンの方にも目配せしてみれば「あぁ、ケルベロスの頭を全部一刀両断したって男だろ。俺も名前だけは知ってる」と何とも意外な答えが返ってきた。
「――つまりその烈火の獅子であるビーダさんが通ったと噂が流れればこの店にもハクが付くってわけだ。悪い話じゃねぇだろ? 分かったら凡人共は大人しく引っ込んでな」
「……ったく、しつけぇな。烈火の獅子様だろうがビー玉様だろうが関係ねぇんだよ。ここにはここのルールがあんだから、テメェらこそ大人しく移動しろ」
こいつらは同じことを何回言わせるんだろうかとやや呆れ果てながら、マスターから新しい料理を受け取り席に戻ろうと踵を返す。その瞬間、緑髪の男に急にガッと肩を掴まれ、持ってた料理を叩き落とされたうえに胸ぐらを力一杯掴まれた。
「若造が生意気な口利いてんじゃねぇぞ。これ以上痛い目見たくなかった、ら……――ッ!?」
男が最後まで言い切る前に胸ぐらを掴まれた腕を逆に掴み上げ、その勢いで相手を背負って床へと叩きつける。直後に一瞬咳込んで起き上がろうとするそいつの首根っこを掴み、そのまま外へと思い切り放り出した。
「――飯を粗末にするような奴は出禁だ。二度とここに近寄るんじゃねぇクソ野郎」
そう吐き捨てて後ろを振り返れば、スキンヘッドが指の骨を鳴らしながら「テメェよくも弟分を…!」と殴りかかってきたため、それを咄嗟に腕でガードして受け止める。
「ハッ、まぐれで止められたからって調子ノんなよ」
「――調子に乗れるほどの威力でもねぇだろ」
小馬鹿にした笑みを浮かべているそいつの脇腹に回し蹴りをお見舞いしてやれば、呆気なくその野郎は舎弟の隣に倒れ込んでゴホゴホと咽始めたことで、思わず軽く目を見開いてしまった。
――おいマジかよ、五割ぐらいしか力込めてねぇぞ…?
二人してこちらを親の仇のように睨んでくるその様子に、何故か自分の方が気まずい思いに駆られる。……本当にA級の魔物を倒した冒険者なんだろうか、何だこの弱い者いじめ感は……。
そんな気持ちが顔に出てしまったのか「見下してんじゃねぇぞゴラァ!!」と、スキンヘッドがよろりと立ち上がって背中の大剣を構え出した。
「へっ、バカな奴め。ついにアニキを本気で怒らせちまったようだ――な…ぁ!?」
最早まともに相手するのが面倒くさくなり、黒剣を引き抜いて相手が構えていた剣の刀身を真っ二つに叩っ切ってやる。
折れた刃の先端が地面にカランと音を立てて落ち、一瞬だけポカンと硬直していたスキンヘッド野郎は、ようやく動いたかと思えばその場にドサッと尻餅をついた。
目の前で起こった出来事が信じられないのか、しきりに視線を俺の顔や黒剣に向けて忙しなく動かしている。
「バカはテメェのアニキだろ。一般人が通る往来で武器振り回そうとしてんじゃねぇよ」
「そ、そんな……アニキの自慢の鋼鉄剣なのに…!?」
「……そのナマクラが、かぁ? 本当にそんなんでケルベロスの首を落とせたのか不思議でしょーがねぇんだが」
腰が抜けたようにヘタリ込んでいるそいつに呆れて直接問いかければ、返ってきたのは「て、テメェは“血狂いの悪魔”…!」という何とも奇怪な言葉であった。……また変なあだ名が増えてしまったらしい。勘弁してくれ。黒龍だけで手一杯なんだよ。
「――その黒い剣を、以前も見た」
「……? いつ、どこの話だよ」
「……数ヶ月前、満月だった夜にゴイダル村の近くでだ。黒い大剣が煙みたいにその長剣に変化するのを見た、間違いねぇ」
「あー……? そういやあの時近くに――」
確かちょうど俺もケルベロスを討伐した時だったはずだ。近くの茂みが動いたのを見て魔物の残りかと思って近づいたら、もの凄い悲鳴を上げて逃げられたことを記憶の彼方に覚えている。それが人間だと分かったのであの時は何もせず放っておいたが、まさかこんなところで巡り逢うとは。
「――坊主、ちょっと待て。ってことはケルベロスの頭を全部落とした猛者ってのはお前のことじゃねぇのか!?」
外で見物スタイルを決め込んでいたオッサンが興奮したように話に割り込んでくれば、スキンヘッドの方がギクッと肩を大きく跳ねさせたのを見て「やっぱりな」とオッサンがジトリとした目をこちらに向けてくる。
「おい坊主、何でギルドで事後処理頼まなかったんだ。そんな怠慢してっからこんな奴らに功績を掠め取られたんだぞ?」
「アレに関しちゃ俺はギルドから依頼受けてねーし」
「――何だと?」
「別の討伐依頼の帰りに寄った村で偶々その話聞いたからついでに討伐しただけだ。別のギルドに依頼は出したって言ってたからもともと後始末はそっちに任せるつもりだったしな」
その別のギルドから依頼を受けたのがお前なんだろう? と、スキンヘッド野郎に問えばそいつは観念したかのようにうな垂れて「……あぁ」と小さく零した。戦意は完全に喪失したのか、いつの間にか正座姿にまでなっている。
「ま、別にンな事はどうでもいい。暴れる気が無くなったんならもう行け。ただし、同じような騒動起こしたら今度こそ徹底的に叩きのめしてやるから覚悟しておけよ」
「――! 分かった」
「え!? ちょ、アニキ…!?」
些か不満そうな舎弟の首根っこを引っ掴んでスキンヘッドがそそくさと立ち去っていくのを眺めていれば、横にいるオッサンからぐしゃりと頭を乱雑に撫でまわされた。……このオッサンは何かにつけて他人の頭を撫でまわすのが癖のようなので最早抵抗するのを諦めた方が早いかもしれない。
「――よし、この後お前さんに俺から一杯奢ってやろう」
「ンだよ、急に」
「いいから早く戻るぞ。ついでにケルベロス討伐の時の話も聞かせてくれ」
俺の質問に答えずただ豪快に笑って上機嫌で店の扉をくぐるオッサンに、ふ、と少しだけ呆れた息を漏らしながら俺も扉をくぐる。
店に入ってマスターから「おぅ、いつもご苦労さん。これはサービスだ」と軽いツマミを受け取る頃には、あの二人のことなどもうすっかり頭の外に追い出されたのだった――故に。
「アニキ、二人がかりでいけば絶対ェアイツをボコボコに出来ましたって!」
「……馬鹿言うんじゃねェ。いいか、覚えておけ。今後アイツを見かけても関わるな、無視しろ。間違っても逆らうんじゃねぇぞ」
「……? あ、アイツそんなに強いんスか?」
「強いとかの次元じゃねェんだよ――アレは人間なんかじゃない、モノホンの悪魔だ。……全身血濡れでも笑ってるようなイカレた奴に手を出すな。――“バケモノ”ってのは本気で怒らせちゃなんねぇモノなんだよ」
「バケ、モノ……」
「あぁ……だが、変なんだよな。あの夜のアイツの目、赤かったハズなんだが――?」
――そんな不穏な会話が俺の耳に届くこともなかったのであった。
◆
食事を終え会計を済ませたところで再び街中に出れば、太陽が真上から少し西の方に傾いていた。……となると今から遠出は避けた方がいいか。
この街は住みやすいところではあるのだが、観光名所といったものが街中にはほとんどない。街案内といえどブラブラと露店周りを巡るくらいなので、小さな少女を退屈させてしまうかと思ったのだが――。
「あらまぁ、いい子だねぇ。どれ、コレもサービスしたげようね」
「お嬢ちゃん可愛いからオマケだ。他の人には内緒だぞ~」
「ふふ、こんな可愛らしい子には、はいプレゼント」
要らぬ心配だったようだ。少女は戦利品を度々こちらに掲げては照れ笑いしている。ついでのように、じーさん、ばーさんからは俺までおこぼれをもらえた。……リリーと同系列で見られてるようで何だか釈然としないんだが。
人波に揉まれて少し緊張してるリリーであったが、まあ退屈になるよりかはマシだろう。次はどこに連れてくかと思案していたところで、不意に「ヴァルト!」と呼び声が掛かる。声の主は通りの向こうから走ってきたクレアであった。
「お、嬢ちゃんが迎えに来たってことは、そろそろか」
「はい、お待たせしました。ヴァルトの面倒まで見てもらってすみません」
聞き捨てならない言葉が聞こえて思わず「あぁ?」と横槍を入れる。
が、それでもオッサンとクレアは俺を見事なまでにスルーして「貴方たちも是非」とか「お、邪魔しちまって悪ぃな」などと意味の分からない会話を続けていた。
どうやら俺が寝てた間にオッサンたちはギルドに訪れてたらしく、アーレンやクレアなど一部のギルドメンバーとは既に知り合いの仲らしい――と、リリーが耳打ちで教えてくれる。
「――へぇ、幼女趣味」
「何だとゴラ。人を犯罪者予備軍みてぇに呼ぶんじゃねェ」
「ふん、犯罪者として突き出されたくなかったら、とっとと歩きなさいよ」
いつもの如く急に不機嫌になったクレアに肩をすくめながら「へいへい、仰せのままに」と歩き出したところで、後ろから、くつり、と小さな笑い声が漏れ聞こえる。
「あーあ大変だねリリー、強力なライバルの登場だ」
「……! お兄ちゃんッ!!」
兄妹のそんな掛け合いに首を傾げていれば、「ほら、さっさと行く!」とクレアに首根っこを捕まれ、浅い溜息を一つ落として流されるままに足を進めることにしたのであった。
――そうしてしばらく経った頃。
「……何だよ、ただ帰ってきただけじゃねーか」
早く早くと急かしたくせに着いた場所は俺らのギルドだ。それなら別に多少寄り道したところで変わんねーだろ、とクレアに文句を言いかけたのだが――。
「アンタが居ないと始まんないんだから、しょーがないで、しょっ」
思いきり背中を押されギルド本部の玄関口に足を踏み入れれば、パンッという軽い破裂音がして咄嗟に目を瞑る。けれど、次いで聞こえてきた歓声に恐る恐る目を開けてみると、目の前には大量の紙吹雪が舞っていた。
「やった! 第一弾は成功ですねっ!」
したり顔の受付嬢が楽しそうにこちらを眺めているが、未だ状況が飲み込めてないため何か言葉を返すよりもキョロキョロと辺りを見回すしかできない。
そんな俺の腕を掴みながら「ほら突っ立ってないで! メインはこの後なんだから!」と、クレアはまたしても引っ張るようにギルドの中を駆けていく。
周りから聞こえる笑い声と共に「おかえりなさい」という言葉も聞こえてきて――頬が緩まるのと同時に目頭が熱くなる。けれど今はそれを押し込めるように奥歯を噛み締めて「おう」と軽く返事をするだけに収めたのだった。
廊下を進むにつれクレアの歩く速度が徐々にゆっくりとなり、あれだけ賑やかだったのが嘘のように今は周りに人影すら無い。……珍しいもんだ、定休日でもいつもは誰かしら本部に居るのに。
そんな静かな廊下を通り抜け、最終的にたどり着いたのは中庭へと続く扉の前であった。
今度は一体何を企んでるんだと目の前の奴に直接聞いてやろうと思ったのに、そいつは人差し指を口に当てて静かにしてろと無言の圧を送ってくる。
程なくしてクレアのブレスレットが淡く光り出したかと思えば、その顔に晴れやかな笑顔を浮かべ、くいっと俺の腕がまた引っ張られた。
「ほら、いってらっしゃい――」
つんのめるように扉をくぐったところでクレアの言葉が耳に残る前にかき消される。
「――さぁ、主役のお出ましだぞお前ら」
「「「「「ウオォォォォッ!! 隊長ーっ!!」」」」」
急な大音量に鼓膜がやられて耳を押さえれば、アーレンが苦笑しながらも悠々とこちらに歩いてきた。
「どうやらサプライズパーティーは成功みたいだな、主役殿」
「……こんなデカい祝い事なんてあったかよ、団長殿」
「あるだろ、お前の復帰……と合わせてもう一つ別件があるんだが、それはまあ――」
アーレンが不自然に言葉を区切ったところで「ヴァルト先輩」と呼ばれ、そちらに顔を向ければオルテスとフィオルの姿が目に入る。
その周りには先日の二軍招集の時に居た奴や、そうでない奴も含め恐々とした様子を見せつつも、どこか好奇心みたいな視線を寄越してきていた。
「なぁ先輩、裏Sの魔物を討伐した話聞かせてくれよ、どんな奴だったんだ」
「またあの武器使ったんですか? それとも別の方法で倒したんですか?」
矢継ぎ早に質問責めしてくる二人に「そういうのはクレアに聞けよ。魔物にトドメ刺したのアイツだぞ」と適当にあしらおうとしたが、途端に二人からブーイングが返ってきて見逃してもらえない。
ちょうどその時、横にいたアーレンが人波をすり抜けようとしてることに気付いて、咄嗟に掴もうとしたのだがスルリと避けられてしまった。
「別件の話は後でしてやる。今は存分に武勇伝を語ってやれよ、センパイ」
ニヤニヤとこちらを見てるあの憎たらしい顔を殴ってやりたい。――と、思いながらも、いずれにせよ逃げられなさそうなこの場の雰囲気にハァと浅く溜息をついて頭をかく。
「……わぁったよ。別にそんな面白ぇ話じゃねーけどな」
諦めたようにポツリとそう零せば、赤青コンビは尻尾を振った犬の如く元気になり、アーレンは孫でも見てるかのような顔つきになっていた。
――やっぱ後で本当に殴ってやろうか、アイツ。
……まあ本当にそうした場合、女性メンバーから猛烈に苦情が来るので、時と場合の見極めはかなり重要になるのだが。
◆
「――おや、主役殿がこんなとこで寂しく一人酒か」
「……その言い回しヤメロ」
少し高めのテラスの手すりに寄りかかり、中庭でバカ騒ぎをしている仲間を見下ろしながらちびちびと酒を飲んでいれば、ふらりと何処からともなく優男が現れた。
「よくあの二人が解放してくれたな」
「しこたま酒飲ませて潰した。今頃ベッドで夢の中だろ」
事実をそのまま伝えた瞬間にゴチンと鈍い音が頭に響き、思わず唸りを上げてその場にうずくまる。こっちはそう簡単に殴れねェってのに、向こうはバカスカ殴ってくるのは卑怯というやつではないだろうか。
「卑怯なものか。お前が子供に加減なく酒飲ませたりするからだ」
「アイツら十四なら普通に飲めるまであと一年じゃねェか。ンな変わんねぇよ。俺だってその頃はもう飲んでたぞ」
「阿呆、大人の目を盗んで酒飲んでたお前と健全な少年たちを比べるな」
――あぁ、何だか懐かしい。
こうやって何でもないことをダラダラ喋る暇は最近無かったなぁ――なんてぼんやりと頭の隅で考えていれば「そうだ、さっきの――」と、アーレンが胸元から一枚の紙を差し出してきた。……もう一つの祝い事の件だろうか。
「……俺が文字読めねェって知ってるだろうが」
「文字は見なくていい。最後の紋章見てみろ」
「紋章、って……コレ――!?」
抽象化した太陽と月が重なったようなシンボルはこの国の代表――すなわちルミナール王宮を表す紋章だ。
「災害級の魔物を最小限の人的被害に抑えて討伐した褒美だそうだ。俺たちの登城および国王との謁見が許可された」
「……ってことは」
「ああ――王宮公認ギルドに昇格するチャンスってことだな」
――ついに、きた。
王宮に認可されているのといないのでは、当たり前だが知名度に雲泥の差が生まれる。単純に請け負える任務の幅が広がるし場合によっては国外へ勢力を伸ばすための足掛かりにもなるかもしれないのだ――が。
「……何かとんとん拍子に進みすぎじゃねェか…?
災害級を討伐したのなんて今回が初めてってわけじゃねーのに、何で今回はすんなりお偉いさんの耳に入ってんだよ」
「お前、自分からあんな派手なパフォーマンスしておいて何を言ってるんだ……」
「あァ? あんなの周辺ギルドへの牽制ぐらいにしかなんねぇだろうが」
「そうだな――おかげで王都から来た討伐隊にも良い牽制になった」
は、と短く息が漏れる。この男は今何と言った。
王都の討伐隊、だと――?
「テメェもしかして最初から計画――」
「できるわけないだろ。お前があんな行動起こすなんて思わなかったし、そもそも最初は戦地に行かせる気なんて微塵も無かったのに――ああ、そうだ」
不意にアーレンが真剣な目つきになったかと思えば「聖水と合わせて専門職にも浄化してもらえよ」だの「今後はもっとこまめに浄化するんだぞ」だの「これからはなるべく一人での討伐は控えろ」だの――お前は俺の母親か。
わぁってるよ、といつものようにおざなりな返事をして、手に持ってた紙をアーレンに突き返す。それを懐にしまいながら「出発は一週間後だからな」と言うそいつから、つい、と目を逸らした。
「土産は美味い酒でよろしく、あ、あと甘いもん」
「……討伐した本人が行かなくてどうするんだ」
「誰が好き好んでそんな堅っ苦しいとこに行くかよ。クレアとユシェルで充分だ」
「お前なぁ、その面倒くさがりなとこどうにかしろよ……せっかくお前の実力を売り込むチャンスなんだぞ。傍にいて黙って会釈するだけでいいから、な?」
呆れた視線を向けて溜息をつくアーレンを横目にグイッと手元の酒を呷る。
中庭で騒いでる野郎共をボーッと眺めながら、どうすればコイツはすんなり諦めるだろうかと考え込んでいたところで、不意に隣から「……大丈夫だ」という言葉がポツリと小さく零された。
「今のお前を見て誰が“魔法欠損”だなんて思う? お前に難癖つけてくる奴がいたら俺が口車で何とかしてやるさ――だからお前は堂々としてろ」
――やっぱお前スゲェよなぁ。
無意識に詰めてた息を吐き出して、残りの酒を一気に呷いだ。
コイツが“大丈夫”と言ったのなら、きっと、多分、大丈夫なのだ。
「……わぁったよ。しょうがねーから寂しがり屋のアーレン君についてってやるよ」
「何言ってるんだ、寂しがり屋はお前の方だろ。何かにつけて酒場でどんちゃん騒ぎしてるくせに」
そんな真面目な分析は求めてねェんだよ、とアーレンの額を思いきり指で弾いてやれば恨みがましい視線が飛んできたが、素知らぬ顔でまた賑やかな中庭に視線を落とす。
どうやら飲み比べをしていたようで、勝った方の男と視線が合ったかと思えば「ヴァルトさーん! 次勝負しましょー!」と喧しく叫んできた。
「ハッ、受けて立ってやる。二対一でいいから、かかってこいよ!」
そう言い返して寄りかかってた手すりから体を離したところで、アーレンが何故か嚙み殺すように笑い出した。
人見て何笑ってんだこの野郎、と小突けば「あぁ、悪い、昔お前がギルド作るの反対してた時のこと思い出して……」と背中をパンっと軽く叩かれる。
「“ギルド”はお前の大事な居場所になるって言ったの、間違ってなかったろ?」
「――――ノーコメント」
その答えにまた笑い出したアーレンを一睨みして置き去りにするように歩き出したが、「なぁ、ヴァルト」と静かな声で呼び止められ、つい足が止まってしまった。
「これからもっといっぱい、お前の居場所を増やしてやるからな」
「……やっぱ、お前に敵わねェわ」
最後の褒め言葉が存外満足するものだったのか、アーレンは上機嫌で「俺はヴァルト・ディオールの親友だぞ、当たり前だろ」と恥ずかし気もなく言いのけた。……こいつ実は結構酔ってるな? 明日は頭痛に苛まれて記憶がすっぽ抜けてるお決まりのパターンに違いない……なら――。
「――お前には今も昔も感謝してる」
ポカンとした様子のアーレンに何だか小っ恥ずかしくなり、逃げるようにその場から走り去った俺の後ろで、アーレンが軽く吹き出している。あぁやっぱり酒の勢いとはいえ言うんじゃなかったと後悔してももう遅い。……まあ、どうせアイツは全部忘れるのだからそれだけが救いか。
「……この事、明日も覚えてたらアイツ怒るんだろうなぁ」
――なんて、アーレンが恐ろしいことを言ってたなど夢にも思わず、俺は中庭の喧騒の中へと全力で駆けていったのだった。
END
【あとがき】
追放モノを読んでは最初の仲間と成功するやつ見たいなぁと思い立ち、自給自足して出来上がった物語ですが、とりあえず完結できて良かったです。
本当は今書き温めてる小説の執筆の合間に舞い降りた突発ネタだったので息抜きのつもりだったのですが、息抜けないほどの文字量になってしまいました。
でも書きたいとこ書けてとても楽しかった。……伏線張ったままで終わったけど…さすがに全回収は無理だった……今後もし長編にするとしたら魔血病の謎とか魔喰い剣の秘密とかヴァルトと教会の因縁とか諸々明かされるんでしょうね、多分。
また書き温め小説の方に本腰入れたいので、ヴァルトの物語はいったん区切りを迎えますが、何かの拍子に再開することもあると思うので、その時はまた彼らに会いにきていただけると嬉しいです。
それではここまでお付き合いいただきありがとうございました。




