Act8:謎の病気
「よし、綺麗になったな」
ティキは、店の前でリバティーの洗車をしていた。綺麗に仕上がったリバティーは、再びその光沢を取り戻し、輝いていた。ティキは額から流れる汗を拭くと、洗車に使った道具を片付け始める。その時、ティキの後方から声がした。
「へぇ、ほんとにお店やってんだ。L・U・T・E・E。ルティーかな?」
声に気がついたティキは後ろを見る。
「げっ! お、お前なんでここに?」
「やっほぉ、ティキちゃん」
それは以前、国の重要なデーターである紙碑を盗んだリディアという女だった。
「ほんとにお店やってるんだね。ねぇルティーってどういう意味なの?」
「……ルナ(月)・ティキ(自分の名前)を略しただけだ」
「ぶっ! あはは、ほんと子供みたい。ってかセンスないんじゃない?」
リディアは、来るなりそうそうティキを笑い飛ばした。
「お前な。なにしに来たんだよ。笑いに来たなら帰れよ」
「あはは。ごめん。ごめん。もちろん笑いに来たわけじゃないよ。ちゃーんと用事があってきました」
「用事?」
「うん、まぁ立ち話もなんだし、家の中で話すよ。お茶でも出して」
そう言うとリディアは、ティキの横を通りルティーの中へと入っていく。ティキは、その姿を見て大きなため息をつくと、ルティーの中へと入っていった。
ティキは、リディアにお茶を出すと、リディアとは対面となる所へと座った。
「それで、用事ってなんだよ?」
「うん、それにしてもなーんもないね。どうやって生活してるの、コレ?」
「ほっとけ。お前の方こそ国の仕官になれたのかよ?」
「もっちろん。あたしの実力をなめたら駄目だって言ったでしょ?」
「馬鹿ヤロウ。俺だって元々、国に仕えてたんだ。実力だけで国の仕官になれないのは分かってる。お前ほんとに何者なんだ?」
リディアはお茶を一口飲む。
「まぁ、そんな話はいいじゃない。それよりも、国の仕官になったあたしは、ある任務を任されたの」
「任務?」
「うん、だからあたしはこれからその任務をしにいくんだけど」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ早く行けよ。俺だって暇じゃないんだ。いつまでもお前の相手をしてる場合じゃねぇ」
「嘘ばっかー。知ってんのよ。あんた依頼なけりゃやることもなくて暇なくせに。そんなティキちゃんに朗報ーっ。なんと、あたしの任務に同行することが許可されましたー。おめでとうございまーす」
リディアは笑顔でティキを見る。
「はぁ? なんで俺がそんなメンドクサイことしなけりゃなんねぇんだよ?」
リディアはポケットから紙を出してティキの目の前で広げる。
「はい、これが国の正式な同行許可書だよ。ねっこれであなたはあたしに同行しなきゃ駄目なんだよ」
そこには、しっかりとティキの名前が書かれていた。ティキはそれを見て一瞬沈黙するが、その紙を持っているリディアの手をどけるとリディアの顔を見る。
「ばぁか。俺は、国の命令なんかには従わねぇよ。俺のこと聞いて来たんなら知ってんだろ?」
「……ほーんと、子供ねぇ」
「お前な……」
「いいわ、それじゃあこれでどう?」
すると、リディアは封筒を出した。そこには、大金が入っていた。
「ここに五十万オーラムある。これで手を打たない? あんたからすれば、いい話でしょ? あたしについて来るだけで五十万オーラムも貰えるんだもん。ね?」
ティキはその封筒のお金を確認する。
「目的はなんだよ? お前についていくだけでこんな大金が貰えるなんて、話がうますぎるぜ」
「簡単な話よ。その大金の価値があるだけ危険な任務ってことよ。普通の人じゃまずいけない場所」
「どこだよ? まさか、アンクレストか?」
「……ストラム。無法の漆黒地帯」
ティキは、その言葉に驚きの表情を見せる。
「中層域か。確かに危険な場所だが、あんなとこでなにをするんだよ?」
「それは、ついてくれば分かるよ。さ? どうする?」
ティキは一瞬考え込むが、すぐに答えを出す。
「いいぜ、行ってやるよ。なにがあるのか知らねぇが、面白そうじゃねぇか」
「その言葉を待ってたよ。じゃあさっそく行きましょ」
リディアはお茶を全て飲みほすと、コップを机に置き椅子から立ち上がる。そして、ルティーを出る。ティキも、リディアの後に続く。
二人は、リバティーに乗って中層域である。ストラムへと向かっていた。
――ストラム。
上層域であるサガルマータ。下層域であるアンクレスト。その中間に位置する中層域であるストラム。そこは、無法の漆黒地帯。生物のいないアンクレストとは違い、ストラムには人が住んでいる。それは、サガルマータに住むことが出来なかった人達の集まり、地上から伸びる土台に洞窟のような住まいを作り、生活をしている。そこは、日の光はほとんど届かず、そしてアンクレストほどではないが多少の月のカケラの粒子が漂う世界。
「見えてきた。あそこよ」
リディアは、ティキのほうを一度向き、目的の場所を指で示す。そこは洞窟のような場所で、ストラムに入るための場所のひとつだった。ティキとリディアはその洞窟のように開いた穴の中へと入ると、リバティーを停めた。
「ここは、住居区じゃないな。どこだ?」
ティキは辺りを見渡しながらリディアに質問をした。
「ここは、準一級病煉区よ」
「準一級の病煉区? それって」
「まぁ早い話、隔離病院ってわけね」
リディアはティキの質問に答えると、先頭をきって歩き出した。ティキもその後をついていく。
「なぁ、そろそろ教えてくれよ。一体ここになにがあるんだ? 準一級の病煉区なんて並のことじゃないだろ?」
リディアは、ティキの質問に答えることなく足を進める。しばらくいくと、通路が閉められ、入場管理をしているようなところが見えてきた。そこには、複数の男性と女性がいた。リディアはそこで足を停めるとそこにいた人に声をかけた。
「すいません。さっき連絡してたリディア・セリタというものですが」
リディアの声に気がついた女性の一人がリディアの元に寄ってくる。
「あーはいはい。聞いてますよ。えっと、身分証明書はお持ちですか?」
リディアは、身分証明書と聞いて、国から受け取った特別士官証明書を提示した。それを受け取った女性は後ろにあるパソコンで身分番号を調べていた。それが終わると、リディアに証明書を返し、通路を開けた。かなりの警戒といったところか。きちんと身分を証明しないと入ることもできない。それだけのものがここにはあるということになる。
リディアとティキはそこからさらに奥へと進む。かなり複雑に造られた施設内は、入り組んでいてしっかりと道を覚えていないと、すぐに迷子になりそうになる。リディアはその間一言も話すことなく、足を進める。いつもと違うリディアの雰囲気に押されたのか、ティキもなにも話すことなくリディアの後をただついていく。
「あ、ここだ」
リディアは一つの部屋を見つけると、その扉の前で足を停めた。そこには、”第一種隔離病室1”と書かれていた。ということは、隔離しなければならないような病気を持った患者がいるということだろうか。リディアはその扉を開けると、中へと入っていった。ティキもその後に続く。しかし、中に入ったティキが見たものは想像を絶する光景だった。
「こ、これは……」
ティキは驚きのあまり、それ以上の言葉が出なくなってしまった。そこには全身が赤く腫れ上がり、その赤味が鼓動しているように波うっている人が、何人もベッドで寝かされていたのだ。何人かはうめき声を上げ、激痛のあまり眠ることもできないほどの症状の人もいるようだった。
「驚いたよね。なにも言わずここに連れてきてごめんね。でも、そのほうがインパクトがあって忘れにくいかと思って」
「ど、どういうことだよ?」
「ここにいる人達は、見れば分かると思うけど、全員ある症状を持ってる人達なの。症状の名前は、”月斑症候群”(つきはんしょうこうぐん)。月のカケラの粒子が引き起こす”第二の月の裁き”と呼ばれている病気なの」
リディアは、ベッドにいる人達の姿をしっかりと見ている。そのリディアの表情は、どこか悲しい表情をしているようにティキには感じられた。