Act7:思い出のモノ
新しい机と椅子、そしてテレビが来た。ティキは暇潰しにテレビを見ている。するとルティーのドアが開き、一人の男が入ってきた。男は、眼鏡をかけていて、身体は少しやつれて病弱な感じがした。ティキはそれに気がつくと男のほうを見る。
「すいません。依頼しにきたんですが」
男の弱々しい声にティキもテレビの電源を切り、男をティキと対面している椅子へと座らせる。
「それで? どんな依頼?」
ティキはいつもの客を迎える態度で男を迎える。
「はい、そんなもの警察に頼めと言われそうですが、実は失くした指輪を見つけてほしいんです」
「指輪?」
「はい、実は私これでも、結婚してまして、もう別れたんですがね。まぁ、こんな私が結婚なんて出来たことが不思議なくらいで、別れて当たり前なんですが……すいません。そんな話どうでもいいですよね。とにかく、その時の結婚指輪を、その先の川にかかってる橋の上で落としてしまい、そのまま川へ。一応探しはしたんですが、見つからなくて、その時に、ルティーがあることを思い出しまして。指輪を探してもらいにきました」
「なるほど、ね」
男はポケットを探る。そして、そこからは、袋が出てきた。それをティキの方に差し出す。
「ここに五万あります。これで、探してもらえませんか?」
ティキは椅子から立ち上がる。
「おっけぇ、分かった。探してくらぁ。その金は見つかるまで取っとけよ」
「あ、ありがとうございます」
男は立ち上がりティキに頭を下げる。ティキは、ルティーから出て指輪を探すために川へと向かった。
男は、そんなティキを見送ると、安心したかのようにため息をついた。
「よう、うまくいったみたいだな」
突然の声に驚いた男は後ろを見る。そこには、二人の黒ずくめの男と、二メートルはあろうかという巨大な男がいた。だが、その男は、巨大な身体には変わりないのだが、大部分は脂肪で占められているようだった。
「あ、アールさん」
「ほれ、約束の金だ。これを持ってさっさと失せろ」
そう言うと大男は、男に金を渡す。金を受け取った男は、アールという大男を見上げる。
「あの、アールさん。彼を少しばかり傷付けるだけですよね? 殺したりしませんよね?」
「あ? そんなの決まってるだろ? 奴は、俺達星の導きの敵だ。敵は殺してこそ、意味がある」
「そ、そんな約束が違います」
「約束ぅ? 金なら、払ってやっただろ。もう、お前に用はない。さっさと失せろ」
そう言うとアール達は、ティキが向かった川のほうへと向かっていった。男は、少し放心状態だったが、自分がしてしまったことに気がつき、アール達よりも早く川へと向かえるように急いだ。
ティキは、すでに川へと到着していた。流れる川、そして服が濡れることもいとわずに、川の中に顔を入れ、石を丁寧に一つ、一つ避けては指輪がないか探り、なければその横でまた同じことを繰り返す。
「くそぉ、ねぇな」
ティキの口から思わず零れる言葉。それは、ティキの感情を素直に表した言葉だった。そこへ、先ほど依頼にきた男が、息を切らして現れた。どうやら、相当急いできたようだ。男は辺りを見渡すが、まだアール達は到着していないようだ。それを確認すると、ティキがいる川の方へと視線をやる。
「すいませんっ!」
その声に気がついたティキは、男のほうを見る。男は橋の上からティキに呼びかけている。
「おう、おっさん。悪いな、まだ見つかってないんだ」
「そんなのいいです。早く逃げてください。あなたの命を狙ってる奴らが、ここへとやってきます。すいません。実は、彼らに頼まれたんです。あなたをここへ誘導するように。誘導したら、お金を貰える約束で。でも、まさかあなたの命を狙っているなんて、思わなくて」
ティキは探すのをやめると、男のほうを見る。
「でも、ここで指輪を失くしたのは本当なんだろ?」
「え、それは。……いえ、でも、それはもう五年も前の話なんです。とても見つかりっこない。それよりも、早く逃げてくださいっ」
「ばぁか。逃がすわけにいくかよ」
男は、聞いたことのあるその声に横を見る。そこには、先ほどのアールという大男がいた。
「余計なことを喋りやがって。さっさと帰ってればいいものを」
アールは男に詰め寄る。巨大な身体を持つアールの迫力に、男は立っていられなくなり尻餅をつく。
「ふん、まぁいい。貴様の始末は、後でだ。先に、貴様をやらなければなぁ。銀色の髪の戦士よ」
アールは男の恐怖に歪んだ顔を見た後、再び視界をティキのほうに戻した。ティキは、そんなアールに気がついていないのか、川の中の石をどけて指輪を探している。
「ふん、無視か。だが、これでも無視なんてしてられるかな?」
アールは片手を上げる。それを合図に、横にいた二人の黒ずくめの男が懐から銃を出し、ティキに向ける。さすがのティキもそれに気がつき、探す手を止めてアールのほうを見る。
「もう逃げられんぞ。橋の上と川の中。これだけの距離があれば反撃もできまい。お前はここで終わりだ。死ね」
アールは上げていた手を振り下ろす。それが合図なのか、その瞬間二人の男はティキのほう目掛けて銃弾を発砲する。銃弾は、ティキの周りにも着弾し、水柱を上げる。そして何発も何発も銃を撃ち続ける。やがて、銃弾が切れ、撃つのを止める。銃弾の衝撃で上がっていた水柱も、やがて、重力に引かれ落ちていく。
「残念だったな」
そこには、ティキが剣を持ち構えていた。
「馬鹿な。まさか、全ての銃弾を撃ち落したというのか?」
ティキはその問いに答えることなく、アールの方に視線を送った。
その視線に恐怖を感じたのかアールは、橋から飛び降りると、その巨体を駆使してティキに飛び掛った。ティキはそれをなんなく交わすと、拳をアールの腹に突き立てた。腹に衝撃を受けたアールは、その場で転がる。
「くそ」
アールは腹の痛みに耐え、すぐに起き上がる。しかし、その時アールは異変に気がついた。アールは自分の足元を何度も確認する。そこには、あるはずの水がなかった。川を流れるはずの水が完全に無くなっていたのだ。アールは視線を再び、ティキのほうへと向ける。その時、アールは信じられない光景を目にした。
「な、なんだ。それは?」
アールが驚くのも無理はない。そこには、ティキが手にしていた剣が、川の水を完全に遮っていたのだから。さきほどティキが持っていた剣とは、大きさも何倍も違っていた。
「俺のこの月の産物である剣”ルナフォース”は大きさを自由に変えることが出来るのさ。それこそ、キーホールダー並みの大きさからこの川を遮ることができるほどな」
ティキは自らの剣の上に立ちながら、アールを見る。
「今、遮っている水がこっちで溜まってる。いまこれを開放したらどうなるかな? 特にお前のようなデカブツに耐えることが出来るかな?」
「や、やめろ」
「悪いな。今は、お前にかまってる暇はないんだ。依頼が残ってるんでな」
そう言うと、ティキは剣を小さく変化させた。その瞬間、剣によって止められていた水が、まるで龍が暴れる濁流のごとく勢いでアールに迫る。その津波のような水はアールを飲み込むと、そのまま遥か下流まで流していった。それを見ていた二人の黒ずくめの男達は、アールを助けるためにすぐに後を追って行った。
一部始終を見ていた男は、ティキのほうに目線をやる。そこには、穏やかに戻った川に立つティキの姿があった。ティキは再び指輪を探し始める。男は、黙ってそれをジッと見ている。すると、ティキはなにかを発見したかのような反応を見せ、川に顔を突っ込む。そして、手で石を避ける。
「おっしゃぁぁぁぁぁっ!」
ティキは大きな雄たけびを上げ、片手を空高く上げる。男は、そのティキの行動に驚き、ティキの上げた片手の先を見る。そこには、太陽の光に輝く指輪が握られていた。
どうやら、川をせき止め、一気に流したことで、土の下に埋まっていた指輪が現れたようだ。そして、ティキは運よくそれを発見したのだ。ティキは川から上がると、男の元へと近寄っていく。
「ホレ、見つかったぞ。これで、間違いないか?」
ティキは男に指輪を手渡す。男はその指輪を見て、視線が固まる。それは、男が5年前にここで落とした指輪に間違いなかった。当時付き合っていた女性と結婚し、その時に買った思い出の指輪。今はもう別れてしまったが、男にとってこれは、人生の大切な思い出の品。男はこれを落とし、失くしてしまい。全てを諦めていた。指輪を探すことを諦め、女性とやり直すことを諦め、人生を諦めていた。
でも、男の目の前には、決して諦めることなく必死に探し出してくれた男がいた。男はティキの顔を見ると、自然に涙が零れる。それは目から溢れ、決して止まることのない思い出の涙。全てを諦めていた自分に、希望を与えてくれた男に対する感謝の涙だった。男は指輪をその手でしっかりと掴む。
「ありがとう……ございます」
「なぁおっさんの人生、なにがあったのか良く知らねぇけどさ。人生諦めるのはまだ早いんじゃないか?」
「え?」
「俺わかるんだよ。人生諦めて、ただなんとなく生きてる奴ってさ。俺がそうだったから」
ティキは、少しだけ悲しそうな顔をした。
「死んだらなにも出来ないだろ。生きててもなにもしなけりゃ、それは死んでるのと同じなんだよ。おっさんは”英雄”って興味あるかい?」
「英雄?」
「ああ。英雄ってなんだと思う? 俺は思うんだよ。必死に生きて、生きて。全力でぶつかってさ。自分の人生に自分の全てをかけれる奴。そいつは英雄なんじゃないかって。それで失敗することもあるかも知れない。損することもあるかも知れない。それでも、自分の力を全て出し切ったら、絶対に後悔はしない。そういうことが出来る奴、全部が英雄なんだよ。きっと」
男はティキのその言葉に、静かに耳を傾けている。
「おっさんも。英雄になって見ねぇか?」
「私が……英雄に?」
「ああ、俺も英雄になりたいんだ。俺は、一人だけ知ってるんだ。英雄を。そいつは俺の憧れの存在で。俺に生きるための力を与えてくれた。だから、俺も英雄になって、立派になった姿を見てもらって、その人に安心して眠ってほしいんだ」
ティキは橋の上から川を眺めている。
「私は、なにもかも諦めていた。この指輪を失くした時も、本当は探すことすらしなかった。見つかるわけがないと、最初から諦めていた。その時点で、私は英雄になんかなれる器じゃなかった。でも、今日あなたを見て分かった。諦めなければ、いつか叶うこともあるのだと。時間がかかっても諦めなければいつか報われると。だから、私も挑戦してみようと思います。ここから先の人生。だから、それも含め。ありがとうございます」
男が自分の気持ちを言い表した言葉は、最初の頃よりほんの少しだけ、力強くティキには感じられた。
男は、ティキの頭を下げると、ティキの元を去っていった。その指には、指輪がしっかりとはめられていた。