Act52:最強の志
『清く正しく生きなさい』
これがティルドの口癖であった。ヴィートの師であり祖父であるティルドの言葉をヴィートは心に深く受け止めていた。幼くして両親を亡くし、祖父に育てられたヴィートは、祖父のみが家族。なによりも大切な存在だった。二人はいついかなる時も一緒にいた。ヴィートは祖父から人生の生き方を学んだ。
武術の使い手であるティルドは時には、ヴィートに武術を教え、時には、学術を教え、そして遊びを教えた。特に女遊びを教えた。ヴィートの女癖の悪さはこの頃の教育にあると言っても過言ではない。例えば近くにある温泉に覗きに行った時、ティルドはヴィートに覗き見の仕方を教えた。時には見つかり、凶器とかした女達に追い駆けられ、怪我をしたこともあった。またはナンパにヴィートを使い、女を連れ込むこともティルドは教えた。その女には男がいてこれまたひどい目にあったこともあった。
だが、どんなにひどい目にあっても失敗してもティルドは笑っていた。ヴィートもそんなティルドを見て笑っていた。ティルドはヴィートが笑うところを見るのが好きで。ヴィートはティルドの笑うところ見るのが好きだった。そしてどんな目に合っても必ず最後に祖父が言う言葉が『清く正しく生きなさい』だった。
また武術を使えるティルドは強かった。ヴィート達が住む山には日頃から道場破りと称して世界中から強者がやってくる。どこで聞きつけたのか、ティルドの腕を聞き、挑戦してくるのだった。だが、ティルドは負けることはなかった。どれだけ屈強な者が来ても、どれだけ体格差があってもティルドが負けることはなかった。そしていつかしかティルドに負けた者は自ら品物を差し出してくるようになった。勝っても何も見返りを求めなかったティルド。だが、来る物拒まずの精神で貰えるものはなんでももらった。
だから、あの日やってきた男もいつもの道場破りで、いつものように負けて、いつものように何かを差し出して帰って、明日からもいつもの馬鹿をやる日が来るのだとヴィートは思っていた。
男はやはりティルドに負けた。そして、男が差し出した物。それはヴィートがいままで見たこともない謎の物体。ティルドも見たことがないものだった。男はそれをティルドに渡すとその場から逃げるように去っていった。それから数日後、今度は数人のスーツを来た男がやってきた。男たちはティルドに話をしていた。ヴィートもその光景を少し離れた所から見ていた。
するとその男達の先頭に立つ男が突然、懐から銃を取り出す。そして間髪入れることなくティルドに向けて発砲した。数発の銃弾が至近距離で受けたティルドの身体を貫く。ヴィートは目の前で起きた突然の出来事に身体の動きが停止する。するとヴィートの存在に気がついた男達は今度はヴィートに銃を向けると発砲した。だが、ヴィートがその銃弾を受けることはなかった。
ティルドが身体を張ってヴィートを銃弾から守ったのだ。ヴィートの目の前で血を口から吐くティルド。それを見てようやく身体が動き、ヴィートは涙ぐみながらティルドの名前を大きな声で叫んだ。ティルドの身体からは夥しい量の血が流れている。とても常人が立っていられないほどの傷。その後男達にティルドは睨み付ける。その顔はいままでヴィートが見てきた優しいティルドからは想像できないほどの鬼の形相だった。
その顔に驚き、男達はその場から退く。ティルドは逃げる男達を追うことなく、ヴィートのほうを向くと以前のような優しい笑顔でヴィートに言う。
『清く正しく生きなさい』
と。そして力強くヴィートのことを抱きしめると、力尽きその場で地面に倒れた。
ヴィートは自分の身体より遥かに大きいティルドを抱きかかえると、ゆっくりではあるが確実に自分達の住む家に向かう。ようやく家にたどり着きヴィートが見た光景は荒らされた家の中。どうやら先ほどの男達が荒らしたようだった。だが、ヴィートはそんなことはお構いなしにベッドの場所を作り、ティルドを治療するためにティルドをその場に寝かせる。
ヴィートは傷口を消毒し、溢れる血をタオルで押さえ、ティルドに話しかける。だが、ヴィートの呼び声はティルドに届くことはなかった。ティルドは既に息を引き取り、静かに永遠の眠りについていた。ヴィートはそれに気が付くと再びティルドを抱きかかえ、この山で一番高い場所までティルドを背負っていった。そして、穴を掘るとティルドをその穴に入れる。そして今度は、土を被せる。その上に石を置きヴィートは一息入れる。そして土の中で眠るティルドに言う。
「俺が……俺が必ず、最強を証明してやる」
蹲っていたヴィートは立ち上がり、目に涙を浮かべながら空を見上げた。
「俺が!! 必ず!! 最強を!! 証明してやる!! 天国にいるじっちゃんにも届くくらいに強くなって、俺が最強だって証明してやる!!」
ヴィートは空に向かって精一杯叫んだ。その声は遥か空の彼方まで轟いた。
その後、ティルドを撃った男達は捕まった。どうやら以前男が持ってきた物を奪うためにやってきたようだった。そしてその存在を知るティルドとヴィートを始末しようとした。奇しくもその男が持ってきた謎の物体それは、古代兵器の在り処を示す座標機。
こうして、ヴィートはどんな兵器にも負けない世界最強の男を目指すために、身体を鍛え武術を習得し、古代兵器を見つけるためにトレジャーハンターとなった。そんなヴィートの心を完全に支配することは、どこの誰であろうと出来るはずがない。そんなことはヴィートが必ず受け入れはしない。
激しい閃光と爆音によってあたり一面は砂埃が舞った。その砂埃が少しずつ晴れていく。そして現れたのは黒く眩く輝くギア。そしてリディアを守った左腕の残骸だった。
「なに?」
一番最初にその光景に驚いたのはレティンであった。完全に操作し己の意思など持たぬ骸と化したヴィートが取った行動は、レティンの計算を遥かに上回りそして衝撃を与えた。
「馬鹿な……ヴィートさんは完全に私の支配化のはず……なぜだ?」
「俺様を支配……?」
レティンのその問いに答えたのはヴィート自身だった。
「舐めるな。俺様は世界最強の男。てめぇ如きに身体は操られようとも心まで操られた憶えはねぇ!!」
ヴィートの鋭眼がレティンを捕らえる。
「ヴィート。良かった。正気に戻ったのね」
「ああ、心配かけたなリディアちゃん」
ヴィートはリディアとの会話を終えると、すぐにレティンの方へと向き直した。そして右腕の銃をレティンに向ける。
「あんたのおかげでコイツの使い方がよく分かるぜ。どうする? このままコイツをぶっ放したらあんた死んじまうな」
銃を向けられたレティンは無表情のまま、沈黙していたが、なにがキッカケだったのか薄ら笑いを始めると徐々に大きな声で笑いだした。その光景をヴィートとリディアは黙ってみていた。
「くくく、なるほど。なるほど。よーく分かりましたよ。ヴィートさん」
そう言うとレティンは手に持っていた謎の機械のスイッチを押す。その瞬間、上空から見たこともないような飛行船が現れた。ヴィートとリディアは驚きながらその光景を見ている。飛行船の暴風に髪の毛が乱れ乱れになる。
「今日のところはおとなしく引かせてもらいます。ギアの実践データーも取れたことですし。ひとまず用事は済んだと言うところでしょう。また会うときもあるかと思いますからその時はよろしくお願いします」
「おい待て!」
ヴィートがレティンを呼び止めようとした時、ヴィートの身体に激痛が走り、ヴィートは蹲る。
「それでは、また」
その間にレティンは飛行船に乗り込み、飛行船は上昇をはじめた。
「ヴィート大丈夫?」
「ああ、どうやらギアを操縦するには相当身体に負担がかかるようだな」
「やれやれだぜ」
そうやって突如後ろから現れたのはティキだった。ルクスも起き上がってくる。
「ティキ! ルクス! よかった無事だったのね」
「ああ、俺があんな簡単にやられるかよ」
ティキは敵の攻撃の瞬間、身体を後ろに体重移動させ攻撃の核をずらしていた。その為大きなダメージを受けずに済んだのである。
「それにしてもとんでもねぇ兵器があったもんだな。星の導きが欲しがる訳だぜ」
「ヴィート、ギアを降りることは出来る? とにかく一度サガルマータに戻りましょう」
ティキ達は状況の整理の為に一度サガルマータに戻ることにした。ギアは元あった場所に戻しアンクレストを離れる。
その頃、ウォーターリファインのヴィーマ飛行場に一機のヴィーマが到着した。そしてその中から二人の人間が降り立った。