Act51:レティン
「ヴィート?」
一番最初にその名を読んだのはリディアだった。突然開いた上部から見えるのは、操縦席というのがふさわしい場所だった。そこに座り様々な計器を取り付けているのはまぎれもなくヴィートだった。ヴィートの目は焦点が合ってなく、いつもの元気……いや、生気がまるでなく操り人形のようだった。
「なんであいつがコレを操縦してるんだ?」
「それが彼の望みだからですよ」
ティキの疑問に即座に答えが返ってきたことに驚き、ティキ達は声のするほうを向く。そこにいたのはレティンだった。
「誰だお前は?」
「私の名前はレティン。以後お見知りおきを……」
レティンが名乗ったことにより、反応したものが一人。それはルクスだった。
「レティン? その名前は知っています」
「え? ルクス知ってるのか?」
「ええ、星の導きに三人いる幹部の一人。星の導きの技術開発局局長レティン・フォース」
「星の導き!?」
ティキ達はルクスの説明を聞き驚く。
「おやおや、フルネームで知っておられるとは光栄です。私も有名人になったものですね。最も、そちらにおられる巨大オームを倒した英雄ティキさんには敵いませんがね。あれは私の中でも最高傑作のひとつだったのですがね」
「! どういうことだ?」
レティンの言葉にティキが反応する。
「あの巨大オームは私が創り上げたのですよ。なかなかの強敵だったでしょう? 私の研究の第一段階として成功の象徴だったのです。芸術的とも言えるあの作品をまさか倒されるとは思ってませんでしたよ」
「お前が……あのオームを? あのオームの所為でどれだけの人間が犠牲になったと思ってるんだ!?」
ティキは怒りをあらわにした。
「おやおや、新しいことに犠牲は付きものでしょう? おかしなことを言う人だ」
レティンは不敵に笑う。
「おかしいのはてめぇの頭のほうだ!!」
ティキがレティンに襲い掛かろうとした時、レティンの前にヴィートの乗ったギアが立ちはだかる。ギアを目の前にするとその大きさもよく分かる。大きさにして約2メートル50センチはあろうか、標準的なオームの大きさにも匹敵する大きさである。思いもよらぬ邪魔立てにティキはヴィートに叫ぶ。
「どけ、ヴィート! 邪魔するな!」
ティキの呼びかけも空しくヴィートはなんの反応も示さない。
「無駄ですよ。彼にあなた達の声は届かない。今や彼は私の操り人形です。さぁヴィートさん命令です。彼らを始末しなさい」
レティンの言葉にヴィートは反応し、ギアを動かす。背面にあるジェット推進でティキとの間合いを瞬時に詰めると、そのまま右腕でティキを攻撃した。ティキは攻撃をいなす暇も避ける暇もなく喰らい後方に吹き飛ばされる。吹き飛ばされたティキは地面との摩擦で砂煙を上げた。
「ティキ!」
それを見てリディアは叫ぶ。
「やめて、ヴィート! お願いだから目を覚まして! そんなやつに操られないで!」
「ふふ、無駄だと言ってるでしょう? これは彼が望んだことなのです。最強の身体を手に入れ、最強を誇示する。それが彼の目標であり、生きる目的。彼の目的と私の目的が一致し完全に利害が一致したのが今、目の前にいる彼です。ちょっと前に知り合ったばかりの貴方達の声が届くことなどありません」
「こんな、こんなことが彼の望みだって言うの?」
「そう彼は最強の身体を手に入れることを望んでいた。ギアこそ人類の技術の結晶であり、最強の兵器です」
次にヴィートはギアを同じくジェット推進で走らせ、ルクスの元へと詰め寄る。ルクスは月の産物を使いギアに間合いを詰められるのを回避した。高速機動に特化したルクスの月の産物とギアのスピードはほぼ互角。しかし逃げに徹することでルクスは攻撃の機を逃すが、ギアはルクスに攻撃を可能としている。
ギアの腕から放たれた銃弾にルクスは為す術なく被弾した。
「ルクス! そんな一瞬にして二人が……」
一瞬で二人の男に攻撃を食わせたギアが次に視点を向けたのはリディアだった。
「ヴィートお願いだからやめて! これがあなたの望んだことなの? こんなのなんの意味もないよ」
ヴィートは何の反応も示さない。
「ヴィートさん。はやくその女も始末しなさい。見せてあげるのです。あなたが望み手に入れた最強の力を。世界に誇示するのでしょう? 自分が最強ということを。これはその為の第一歩です。さぁ!」
レティンの言葉をそのまま実行するかのようにギアは右腕を上げた。そして異様な音を発する。この音は先ほど見せたギアの最強の攻撃。人間が直接喰らえば影も残らないほどの強力なもの。
「ヴィートお願い目を覚まして……」
「さぁ、殺りなさい。ヴィートさん。あなたが示すのです。最強を! そして天国にいる祖父に誇示してやるのです。あなたこそ最強の人間だと言う事を!!」
レティンが高らかと声を発すると同時に右腕から強力な光弾が発射された。それは、激しい閃光と共に轟音を上げて炸裂した。
――10年前――
そこは、サガルマータではない。地上であるアンクレストより巡る巨大な突起。世界三大霊山の一つである。標高は20キロを越え、サガルマータを用いることなく月のカケラの粒子が届かない場所である。そんな場所に二人の師と弟子が住んでいた。
師の名前はティルド。弟子の名前はヴィートである。