Act47:ヴィートとリディア2
ここは人通りの少ない裏路地。そこに立ち群れているのは町の不良グループだった。
「おい、きたぜ」
その内の一人が、路地の表のほうを見ながら言う。そこに走ってきたのは先ほどヴィートにぶつかった女性だった。
「ちゃんと持ってきたんだろうな?」
女性は息切れしながらカバンの中を探る。
「おい、早くしろよ」
催促する不良達だが、女性はカバンの中を必死な形相で探す。女性の顔から徐々に血の気が引くのが分かる。女性がいつまでもカバンの中を探っている様子を見て、不良の一人が言う。
「おい、まさか失くしたんじゃねぇだろな?」
「そんな、確かにこのカバンに入ってたのに」
「ちっ」
不良が女性の顔を殴る。女性はその衝撃で尻餅をついてしまった。
「ったく、運び屋程度も使えねぇのか。この役立たずが!」
「おい、どうするよこの女」
不良グループの一人が言う。
「こいつが落としたヤクで足が着いたら面倒だな。仕方ねぇ始末するか」
「え、ちょっと待って。すぐに見つけてくるから助けて」
「うるせぇよ。自業自得だろ。てめぇのミスだ。てめぇの責任で死にな」
不良グループの男はそう言いながらナイフをポケットから取り出す。それを見た女性は腰を抜かしてへたり込む。
「おいおい。ガキ共が物騒なモン持ってんなよ」
どこからともなく聞こえてきたその声に驚き不良グループは辺りをキョロキョロする。すると、裏路地の影の部分から一人の男がゆっくりと歩いてきた。それはヴィートだった。遅れてリディアもやってくる。
「なんだ。てめぇ等は?」
「ただの通りすがりさ。おめぇ達に名乗るような名は持ち合わせてねぇぜ」
そう言いながら、ヴィートは両手を胸の前で構える。
「ふんっ。何者でもカンケーねぇ。この現場を見られたからにはてめぇ等も生かして帰すわけにはいかねぇな」
男はナイフをヴィートに向けて構える。それを見たリディアは自身の月の産物が使えないことも忘れて月の産物の準備をしようとする。しかしそれはヴィートによって止められた。
「いいよ。リディアちゃんはそこで見ててくれ。俺一人でヨユーだからさ」
ヴィートはそう言うと、一歩前へ出る。
「こいよ。全員まとめて相手してやる」
それが合図となったのかナイフを振りかざし男は、ヴィートに迫る。だが、男の動きはそこで止まる。男は腕を振り上げたまま動くことが出来ない。それもそのはずである。ヴィートが背後に回り、男の腕を掴んでいたのだから。
「な……。てめぇいつの間に?」
男はヴィートがいつの間にか後ろにいたことに驚いていた。だが、驚いていたのは傍で見ていたリディアも同じだった。客観的に状況を見ることが出来るリディアですらヴィートが移動したのは見えなかった。気がつくとヴィートは男の後ろにいて腕を取っていたのだ。
「ふん、お前が目を離した瞬間にだよ」
そう言いながらヴィートは男の首に打撃を与えた。男はその衝撃で脳を揺さぶられ気を失い、地面に伏した。それを見ていた他の男はヴィートの動きに驚き、背を向けて走り去ろうとした。しかしヴィートはそれを地面に落ちていた石を頭に投げつけ阻止する。
「おい、逃げるんならこの男も一緒に連れて行けよ。そんで二度と俺様等の前に姿を現すんじゃねぇぞ。分かったな!」
「はいっっ!!」
男達は瞬時に返事すると、気絶した男を引っ張ってその場から逃げて行った。
男達がその場から消えたのを確認したヴィートはへたり込んでいた女性に近づく。それを見ていたリディアはまたいつもの女口説きが始まると思ったので、ヴィートを止めに行こうとした。しかし、ヴィートの行動はリディアの予想を裏切った。
ヴィートは掌で女性のほっぺを叩いたのだ。弾けた音が辺りを静寂に導く。
「馬鹿ヤロウっ!!」
叩かれた女性は、放心状態だったがその声に驚きヴィートを見る。
「てめぇのやったことは犯罪だぞ! てめぇがどういう風に生きてきたかはしらねぇが、クスリなんかに手出すんじゃねぇ!! 逃げたクソヤロウ共が一番悪ぃがてめぇはその次に悪い!」
ヴィートの恫喝が静寂に木霊する。女性はヴィートの言葉を聞き、その瞳から大粒の涙を流し始めた。
「うっ……ごめ……ごめんなさい」
その後女性は自ら警察に出頭した。
ヴィートとリディアは静かな公園に来ていた。この公園の中心にも小さな噴水があった。
「はぁ……」
「どうしたの? 大きなため息なんかついて」
「いや、また女の子を殴っちまったと思ってさ。もう二度と女の子には手をあげないつもりだったんだけど難しいな」
「……でもちょっと見直した」
「え?」
「ただのプレイボーイじゃないってのは分かった」
「リディアちゃん?」
「これで喧嘩早い性格とマシンガントークさえなんとかなったらなぁ」
「リディアちゃーん」
ヴィートは肩を落とす。
「でも、また今度こそちゃんとしたデートしよう」
「リ、リディアちゃん!!」
ヴィートは笑顔になった。
「よし、じゃあ俺様はその時までさらに男を磨いてやるぜ! はっはっはっ!!」
ヴィートは腰に手を当て高笑いする。
「まったくすぐ調子に乗るんだから……まぁいっか」
リディアとヴィートの仲が少しだけ深まった時、物陰に隠れて見ていた人が二人。
「どうやら悪い人ではなさそうですねティキさん」
「まぁな」
「でもリディアさん取られそうですよ」
「まぁな。……って別に俺はリディアのこと」
そこまで言ってティキはリディアの方を見た。
夕暮れの公園に陽は少しずつ影を落としていった。