Act43:絶望……そして、絶望
――そして、次の日。
「飲み物を買い忘れた?」
「うん、うっかりしてて食べ物しか買って来なかったみたい。だから、もう一回街に行ってくるね」
レシカの家は、人里離れた水も電気も通っていないような所だ。レシカが何故こんな場所に住んでいるのか、リクはそれが気になっていたが、あえて聞きもしなかった。レシカはすぐに帰るからとリクに言い、家を出る。
その時、レシカの身体を包み込むように、巨大な木がせり上がってくるのをリクの視界は捉えた。
「な……んだ?」
リクは突然目の前で起こった出来事を理解できずにいた。しかし、本能的に危険を感じ取ったのかリクは叫んだ。
「レ……レシカ!!」
レシカはその巨大な木に飲み込まれるかのように、捕らえられていた。身体のほとんどは侵食していて、木を破壊しない限り、救出は不可能なほどだった。レシカ自体はかろうじて意識があるようだ。
「リ……ク……」
擦れるようなレシカの弱々しい声に、レシカが弱っていることを瞬時に察したリクは、レシカの元へ走ろうとする。その時、レシカが包み込まれている辺りから聞いたことの無い声が聞こえた。
「ケケケケケッ! お前がリクか! 探したぞー!」
「コレはお前の仕業か!? すぐにレシカを離せ!」
「ケケケッ! お前が大人しく殺されるんなら考えねぇでもねぇぜ! ケケケッ!」
「貴様……何者だ?」
「俺か? ケケケッ! 俺は、”七曜”の一人。ゼリスム。属性は木。お前を殺す者だぁ! ケケケッ!」
リクに衝撃が走った。目の前にいる男は星の導きの狂部隊七曜。つまり、ゼリスムの目的はリクであり、レシカではない。レシカはリクと星の導きの戦いに巻き込まれたのだ。リクはそれを瞬時に理解し、絶望した。
自分といた為に、レシカは命の危険に晒される事になった。自分といた為に、レシカの幸せな生活を奪ってしまった。リクは、自らへの怒りと憎悪で心がはち切れそうになっていた。
「レシカを……」
「あーん? きこえねぇな。ケケケッ!」
「レシカを……離せ! アルタイル!」
リクは右腕をゼリスムの方へと向ける。すると、リクの腕を覆っていた紅い布が、姿を変え、銃の形態へと変化した。そして、間髪いれずにリクは発する。
「アエシュマ!!」
刹那、銃からエネルギーの塊が発射された。ゼリスムは手を天高く上げた。すると、ゼリスムの前に巨大な木の塊がせり上がって来る。リクの放った攻撃は、その巨大な木に直撃した。
瞬間、激しい閃光と爆風が辺りを巻き込んだ。そして、巨大な木は一瞬にして跡形もなく消し飛んだ。激しい閃光により視界が狭くなったゼリスムは目を覆う。その隙をリクは見逃さず、一瞬にしてその距離を詰めた。ゼリスムがリクの接近に気が付いた時には既に時遅く。リクの拳は、ゼリスムの顔面を捉えた。
「あああああああああッ!!」
リクの左手によるゼリスムへのラッシュが続く。リクの圧倒的攻撃により、ゼリスムは巨大な木から地面へと叩きつけられた。しかしリクの攻撃が止むことは無い。ゼリスムの意識が遠のきかけた時、リクの耳に突如叫び声が聞こえた。その声にリクは手を止め、振り返る。
叫び声を上げているのはレシカだった。レシカの身体を侵食している木が、レシカの身体を締め上げているのだ。その痛みに耐え切れず、レシカは言葉では表現し難いような声を出していた。
そして、敵を目の前にしてレシカのほうを振り向いたリクの隙を、七曜であるゼリスムが見逃すはずもなかった。ゼリスムは、不適な笑みを浮かべる。
「ケケケッ馬鹿が……」
そして、轟音が空に鳴り響いた。
「ケケケッ、馬鹿が……。敵を目の前にして目線を逸らしてんじゃねぇよ」
頭からも口からも血を流しているゼリスムが、倒れているリクに向かって言う。リクは、地面に倒れ完全に気を失っているようだ。ゼリスムは、リクの元へと向かっていく。そして、リクの元へとたどり着くと、リクの頭を鷲掴みにし、上半身だけ持ち上げる。
「ケケケッ、さっきのお返しだ」
そう言って、ゼリスムは気絶しているリクの顔面を殴り始めた。何発も、何発も。
――リクにとっての大切なものが一つ増えた。
それは、リクが今まで求めていたものとは違い、何かを破壊するものではなく、守るべきもの。自分のなにを捨ててでも守りたいもの。それを守っている時だけ、その人の笑顔を見ている時だけ、その他の全てを忘れることが出来る。
それが、何者かの手によって邪魔されるならリクは再び、その心に炎を灯すだろう。過去、リクの唯一の幸せを奪ったもの。それがこの世にいる限り、永遠に本当の幸せはやってこない。事実、リクはほんのひとときの幸せすらも、得ることができない。
『幸せ』ではなく、『死合わせ』。この世にある全ての因果を断ち切らない限り、それは永遠にリクから離れることはない。故に、リクは己を犠牲にしてでも、目的の為に障害となる何を排除してでも、全てを破壊する。大切なものを守るために。例えそれが、自分の力を超えたモノであっても……。
過去も、今も、そしてこれから先も……。
月のカケラは人の心に呼応する。扱うものの心次第でそれは、様々な変化をもたらす。また紅い月の産物は、持ち主の意思を極限まで取り込む。そして、月の産物は”自ら”その役割を達成しようとする。
リクの顔面を、殴り続けているゼリスムの眉間に冷たいものが触れる。それに気が付いたゼリスムは咄嗟にリクを離し、その場から後退する。そして、ゼリスムは目撃することになる。
ゼリスムがリクの頭から手を離したことにより、気絶しているリクの身体は再び地面に臥せる。しかし、リクの持つ月の産物アルタイルはそれを許さず、リクの右腕を上げ、紅い光を放っている。
「な、なんだ。アレは……」
その異様な光景にゼリスムは、本能的に身を一歩引いた。
その瞬間、アルタイルは反応し、銃口をゼリスムの方へと向ける。そして、巨大なエネルギーの塊を放つ。咄嗟の出来事に、ゼリスムは木で自らの身体を防御しようとするが、その攻撃は、ゼリスムが出した木を軽々と突破し、ゼリスムの肩に傷を負わせた。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ゼリスムの肩からは血が吹き出している。ゼリスムは一瞬自分の肩に目をやったが、すぐにリクの方を見る。だが、そこにリクの姿はなかった。
「どこに行きやがった?」
背後に気配を感じたゼリスムは後ろを見る。そこには、明らかに気を失っているリクが、アルタイルを纏った右腕をゼリスムに突き出していた。その光景はさながらゾンビのごとく恐ろしい光景だった。
「こいつ、気を失ってやがるのに、どういうことだ。なぜだ。なんでそんな身体で立っていられるんだ?」
リクの持つ月の産物は、紅い月のカケラより創造された。そして、リクは月のカケラの暴走現象の一つダウンバーストを起こし、髪が赤くなっていた。これはつまり、リクの意思が月のカケラにそのまま伝わり、月のカケラの”意思”がリクにそのまま伝わることを意味する。よって引き金を引かなければ、発動できないはずのアルタイルではあるが、リクの肉体は月の産物の意志により操作され、リクの意思を忠実に実行する。
リクの目的は、星の導きへの復讐か、レシカの救出か。結果的に言うとこの時、リクの復讐心がレシカを救出したいと思う心よりも勝っていた。故に、この結果はリクの意思とも言える。リクの意思が達成されなければ、月の産物は、止まることはない。
ゼリスムは叫びながら、月の産物を発動させ、巨大な木をいくつも出した。木は、一つに纏まり巨大な塊となる。
「ケケケッ、俺を本気にさせやがったな。俺にこの技を出させた時点で、てめぇの死は決定した。あの世で後悔するんだな」
そう言うと、ゼリスムはその巨大な塊をリク目掛けて放つ。それは凄まじい勢いでリクに接近する。だが……。
その塊は、一瞬で、この世から跡形もなく消え去った。リクの持つアルタイルからの一発により。ゼリスムにとっての予想外。己の持つ最高の技。それをあっけなく返された。月の産物は、人の心に呼応する。それはゼリスムの持つ月の産物も例外ではない。心の折れたゼリスムの月の産物は、もはや発動が不可能なほどに使い物にならなくなっていた。
そして、追い詰められたゼリスムがこの時とった行動は、考えうる限り最も最悪な悪手であった。
「動くなー! 動くとこの女の命はねぇぞ!!」
ゼリスムのとった行動。それは、レシカを人質に取るということ。そうすることで、リクの動きを止め、自らの逃走手段の確保。あわよくばリクを殺すチャンスを得ようとした。
もし、この時レシカが衰弱していなければ、レシカを人質にとったまま逃走することも可能だったかも知れない。しかし、レシカはゼリスムの攻撃により衰弱していた。動けない人質などただの荷物としかなり得ない。
もし、この時リクに意識があれば、レシカを人質に取ることでリクの動揺を誘い。一瞬でも隙を得ることが出来たかも知れない。しかし、今のリクは意識がなく、月の産物の意志により身体を強制的に動かされているだけである。
いずれにしても、ゼリスムのとった行動は悪手以外の何ものでもなかった。ただ、それはゼリスムにとってだけではなく、リクにとっても悪手であった。
アルタイルはリクの意思に従い動いている。リクの意思は、星の導きへの復讐。悪手により身動きが取れなくなったゼリスムを、月の産物が見逃すはずがなく、レシカを人質に取っているゼリスムの方へと、アルタイルの銃口は向く。
「お、おい。この女も一緒に殺る気かよ。分かってんのか? こんな位置で、発動したらこの女もただじゃすまねぇぞ。おい!!」
ゼリスムの言葉はただ虚しく響くだけである。そして、アルタイルの銃口にエネルギーが収束されていく。
「く……」
その時、レシカの意識が微かに覚醒した。
「リ……ク……」
レシカの目には、ゼリスムの攻撃を受け、血だらけになり、意識を失いながらも、立っているリクの姿が映った。
「ご……めんね。あな……たを……助け……て……あ……」
「くっそぉぉぉぉ!!」
ゼリスムの叫び声が、レシカの微かな声を掻き消した。そして、それが合図となり、ゼリスムとレシカをアルイタイルに収束されたエネルギーが襲った。
激しい閃光と轟音が辺りを一瞬にして灰とし、一瞬で全てを掻き消した。そこに残るものは何もなく、レシカを捕らえていた巨大な木も跡形もなく、消え去った。
アルタイルの意思により立ち上がっていたリクも、目的を終えアルタイルの発動が解けると足を崩し、地面に伏せた。そして、辺りは静けさを取り戻す。
――リクの闇はより一層深くなった。