Act42:ひとときの……
この話より第二部がスタートします。応援よろしくお願いします。
――ここは、とある国のサガルマーターの一角にある街。
主に農業で養っている民家が多い、サガルマーターの中でも田舎の地区だ。夜も遅くなると、人影はほとんど見えなくなる。そんな場所に現れた一人の男。男は、右腕を押さえながら、おぼつかない足取りでゆっくりと歩いている。
その男の目はには生気はなく、今にも死にそうな虚ろな瞳をしている。髪の色は紅く、身体のあちらこちらに傷を負っている。
それは、変わり果てた”リク”の姿だった。
リクは、バランスを崩しその場に倒れる。一度、倒れてしまえばもう起き上がる力は残っていない。リクは最後の力を振り絞り必死に起き上がろうとするが、身体は言うことを聞かず、リクはそのまま気を失う。
ふと、リクは額に冷たいものを感じた。そして、ゆっくりと目を開ける。そこには、見たことも無い一人の女がいた。倒れているリクを見つけ、家までつれて帰り、リクを介抱していたのだ。リクが感じた額の冷たいものの正体は女が用意した濡れタオルだった。
「あ、気が付いた!?」
リクはまだ意識が朦朧としていて、女の言葉をうまく聞き取ることが出来なかった。さらに身体を動かそうとしても身体はまったく動かなかった。
「あなた、道端でボロボロで倒れていたんだよ。そこに偶然通りかかったあたしが、あなたを見つけて家まで背負って帰ってきたんだからね。感謝してよね。女のあたしには人一人は重くて大変だったんだからさぁ」
女がリクに話かけていると、一匹のネコが女の足の上に乗ってくる。女はネコの頭を一撫でする。
「あたしの名前はレシカ。こっちの子はミロ。よろしくね」
女はリクのほうを見ながら命一杯の笑顔で言う。リクはその眩いほどの笑顔を、ただ見ていた。
「話せるようになったらあなたの名前も教えてね。あたしは、水を換えてくるから無理して動いちゃダメよ」
そう言いながら女は洗面器を持って台所に向かう。女がリクに対して背中を向けた時、耳に声が聞こえた気がしてリクのほうを振り向く。
リクは、少しだけ口を動かして答える。
「……リク」
女は、少しだけ驚いた表情を見せたが、すぐに切り替え笑顔で答える。
「そ! よろしくねっ、リク」
受け答えると、レシカは再び水を換える作業に戻る。リクはそんなレシカの後姿を見ながら、朦朧としている意識が少しずつではあるが、戻ろうとしているのを感じた。レシカは水を換え終わると同時に、洗面器とコップに一杯の水を持ってきた。その水をリクに手渡すと、タオルを洗面器につけて冷やした。
「さっ! その水飲んで、さっさと寝る。あなた動ける身体じゃないんだからさ。しっかりと休みなさい」
リクは手に水を持ったまま、レシカのほうを見る。
「なぜ……なぜ俺を、助けた?」
リクの突然の問いに、レシカはキョトンとしている。
「なぜって、そんなの決まってるじゃん」
リクはレシカの言葉に耳を集中する。
「人を助けるのなんて当たり前のことだもん」
「当たり前?」
「そ。人が人を助けるのに理由なんていらない。分かったらさっさと寝なさい」
そう言いながらレシカはリクの肩を押して無理やりにリクを寝かせる。そして、水に浸したばかりタオルをよく絞ってからリクの額に乗せた。
リクにはレシカの言葉が理解出来なかった。自分は、ただひたすらに目の前のモノを否定して、否定して、全てを壊すために、復讐のために、全てを捨て、自分自身をも捨て、この世の全てに対して憎しみを抱いてきた。
――リクは覚えていた。
決して忘れたわけではない。あの気持ちを。大切な人を奪った全てのものに対して持っていた気持ち……憤怒・不安・恐怖・悲しみ・恨み、ありとあらゆる負の感情を携えて、リクという人物はようやく自分でいられる。それはリクが生きる為に必要なことだった。
怒りの炎は、少しずつ輝きを取り戻してきていた。
「おーい、ミロ。ごはんだよー!」
レシカは、そんなリクの気持ちなど知る由もなく、猫にご飯をあげている。リクもその姿を、横目でチラッと見ていた。そして、リクはレシカの姿を見ながら、不思議な気持ちが自分に芽生えていることに気が付いた。それは、とてもふわふわとした気持ちで、自然に笑みがこぼれる様な気持ち。リクにはこの気持ちがなんなのか理解できずにいた。
その時、猫のミロがご飯を入れた容器をひっくり返してしまい、レシカは驚きミロを叱った。
「コラー、ミロ。何やってんの?」
それを見ていたリクは、こっそりと微笑む。リクは自分でも気が付かないままに微笑んでいたのだが、レシカはそれを見逃しはしなかった。
「あ、今……笑った」
リクはレシカに言われて、はじめて自分が笑っていたことに気が付いた。そして、それを隠すように咳き込むと、無表情に戻った。
「よかった」
リクはレシカの言葉の意味が分からなかった。
「笑い方……知らないんじゃないかと心配してたの。ちゃんと笑えるんだね。隠さなくてもいいよ。なにがあったのか知らないけど、ここにいる間は思いっきり笑ってね」
リクはレシカの何気ない言葉に、重さを感じていた。
心が洗われた気がする。自分の中で抱え込んでいたものが、洗い流されて消え去ったような気がする。なんでもない日常。これが、本当の幸せなのだと、リクは心のどこかで確かに感じていた。
――数日が経ち、リクの傷はほぼ回復していた。
最初は、警戒していたミロもリクに心を許し自ら近づいてくるようになっていた。ヒザの上に乗ってくるミロをリクは撫でる。それを見て、レシカは微笑む。なにげない日常。
「買い出し?」
「うん、週に一回街に買い出しに行ってるんだ。ほら食料とか、生活に必要なものを買いにさ。だからリクは、ミロと一緒に家で留守番しててほしいの。身体、回復はしてきたと思うけど無茶しちゃダメだよ」
そう言うとレシカは出かける準備を始めた。レシカを見ているリクがレシカに言う。
「レシカ……」
「ん?」
リクに名前を呼ばれたレシカはリクの方を見る。
「その……俺も一緒に行っていいか?」
その言葉にレシカは微笑み言う。
「……うん。じゃ荷物持ちはお願いね」
リクとレシカは一緒に街に買い出しに行く。レシカの住んでいる所から街までは徒歩で行くと約一時間。その間、レシカとリクの会話は途切れることはなかった。街に着いた二人は、必要なものを買いリクはレシカが買ったものを自らの意思で持ち、レシカと行動を共にした。
気が付くと時は満ち、夕方になっていた。
「あ、もうこんな時間。そろそろ帰ろっか。買い物だけの予定だったのに、誰かと一緒に買い物に来ると時間ってあっと言う間に過ぎちゃうね」
「そうだな」
「でも、楽しかった。また二人で来ようね」
「そうだな。今度来る時は、どっかでご飯でも食べて帰ろうか」
「わぁ! ほんと? 楽しみっ!」
そう言いながら、リクとレシカは帰路についた。帰り道もリクとレシカの会話が途切れることはなく、リクも気が付けば笑顔が自然に出ていた。
「痛ッ」
リクは突然の右腕の痛みに耐え切れず、持っていた荷物を落としてしまう。それに気が付いたレシカはリクに駆け寄っていく。
「どうしたの? リク、大丈夫?」
レシカの言葉も耳に入らないくらいの右腕の痛み。リクは左手で右腕を無意識に抑える。リクにとってこの腕の痛みは理解できないものだった。しかし、その痛みは突然何事もなかったかのように、消え去った。痛みが消えたことにより我に返ったリクはレシカの表情に気が付く。
「なんでもない。ちょっと疲れただけだよ」
リクはレシカを心配させぬように、答えそして、再び歩き出した。
家に着いたリク達は疲れていたのかその日は早めに就寝した。