Act4:化け物退治
空中にいくつも存在するサガルマータ。その中でも特別大きい国家都市、リシュレシア。遥か以前、月の復活のために各国に共同支援を要請した国である。月の復活計画の先導国だ。ティキもそんな国の一角でルティーを開いていた。
国の中央に存在する中央官邸。上空にあるサガルマータから伸びるさらなる巨大な建物。その景色は近くで見ると圧巻の一言がよく似合う。
「プレシデント。来られたようです」
プレシデントと呼ばれた男はきっちりとした身なりをしている。スーツを着て、ネクタイを締め、背筋もしっかりと伸ばしている。口元は整えられたヒゲをしており、目元は少しきつめだ。
「そうか。通せ」
プレシデントと呼ばれた男の言葉と共に、ドアが開かれる。そのドアから男が一人入ってくる。
「ようこそ。久しぶりだな。ティキ」
「なんのようだ?」
部屋へと入ってきたのはティキだった。ティキは明らかに嫌そうな顔をしている。
「まぁそう毛嫌いするな。私はなにもお前に喧嘩を売ろうというわけではない」
「よく言うぜ。お前が俺達に何をしたか。忘れたとは言わせねぇぜ」
「ちょっとあなた、口が過ぎますよ。この方がどんな方か分かっているのですか?」
横にいた秘書のような男がティキの態度に驚き、とっさに横から話に割りいる。
「よい。気にするな。それよりティキ。今回呼んだのは他でもない。お前に依頼したいことがあるからだ。報酬はちゃんと出す。お前もそれが分かっているからここへと来たのだろう」
ティキは何も言わずプレシデントを見ている。
「依頼の内容はある女を捕まえてもらいたい」
「女?」
「そうだ。我々が日々開発研究をし、進めていた月の復活手順書の資料データー。つまり”紙碑”(しひ)が盗まれた。それを取り返してほしいのだ」
「そんなもん。あんたの兵隊にやらせればいいじゃねぇかよ」
「資料を盗まれた時、現場を抑えることはできたが、捕まえることは出来なかった。我々の兵隊達ではとても歯が立たない。これ以上、兵隊達に怪我をさせるわけにはいかない」
ティキは眉間にシワをよせる。
「自分の兵隊のことを”駒”程度にしか思ってない奴の台詞かよ」
「まぁそう言うな。私も変わったんだ。お前達の犠牲のおかげでな」
ティキはその言葉に、前へとつめよりプレシデントの服に掴みかかった。それを見ていた秘書の男が止めに入る。
「ふざけんなっ! お前が……」
「月のカケラ」
「ん?」
「女は月のカケラより出来た”月の産物”を所持していた。それが我々の兵隊が手も足もでなかった理由だ。女はアンクレストへと逃げた。お前なら女がどこにいるか分かるはずだ。捕まえてくれ。あれは、この星を救うための大切な資料だ」
ティキは服から手を離すと、後ろを向きドアの前までやってくる。
「報酬は?」
それを聞いた秘書はティキのもとへと駆け寄り、ティキに紙を渡す。そこには、報酬やらなにやら契約書のようなことが書いてあった。ティキはそれを見た後、その紙を丸めて床へと捨てた。
「依頼は受けてやる。金はちゃんと払えよ」
そう言うと、ティキはドアを開けて部屋から出て行った。
秘書はそれを確認すると、床に捨てられた紙を手にとり広げる。
「プレシデント。ほんとにあんな方に依頼して大丈夫なんでしょうか?」
「私の前ではあんな態度を取るがね、悪い奴じゃない。それに実力は確かだよ」
「はぁ……」
「彼は、我々の最終兵器なのだ」
「兵器……ですか?」
プレシデントと秘書の会話は余韻を残したまま終了した。
ティキはリバティーに乗り、地上を覆いつくす霧の中を地上目掛けて飛んでいた。リバティーのライトが乱反射していることからその霧の深さがよく分かる。ティキはそれに恐れることなく霧のさらに奥へと進んでいく。しばらく進むと、霧が薄い少し晴れている場所へと出た。そこは地上だった。地上は多少霧の粒子が薄いようだ。
ティキはリバティーから一旦降りる。そして首から提げている小さな剣のキーホールダーのようなものを手に取る。ティキはその剣をしばらく眺めると、再びリバティーに乗り地上の霧の中を走る。しばらくいくと首から提げている小さな剣が光を放ち始めた。それに気がついたティキは、進路を変えリバティーを走らせる。そして、ある丘の上でリバティーを止めて、丘の上から景色を眺める。ティキの見える先を、リバティーに乗る人間が走っている。それを見つけたティキは再びリバティーに乗り、そのリバティーを追跡する。
ティキは前に見えるリバティーに向かって、ライトを当てる。前にいるリバティーはそのライトに気がつくと、懐から突然拳銃を出し、自分のリバティーのミラー越しに前を向いたままで発砲する。ティキはそれに多少驚いたものの、それをうまく避けると、ハンドルを握り差をつめた。
「おい、リバティーを止めろ」
声が聞こえると思われる範囲まで接近すると、ティキは出来る限りの大声で呼びかける。前のリバティーに乗っているのは、肩よりも少しだけ長いセミロングくらいの長さの髪を持つ黒髪の女性だった。その女性は、ティキのほうを横目で見る。
「あんた、国の差し金でしょ? 悪いけど捕まるわけにはいかないのよ」
女性は、今度は拳銃を至近距離でティキ本人に向けた。それに驚いたティキは避けるように、後ろへと下がる。女性は発砲することなく、ティキが後ろへ下がったその隙に、ハンドルを捻りリバティーを加速させる。
「ちっ。いきなり拳銃を撃ってくるなんて、なんて女だ。けど、それで俺が怯むと思ったら大間違いだぜ」
ティキはファルコンのハンドルを捻り、一気に加速した。それは僅か数秒で時速600キロものスピードに達し女性の乗るリバティーを追い抜くと、そのまま車体を滑らせ、女性のリバティーの進路を妨害するかのように前に停止した。それに驚いた女性はリバティーをティキの前で停止させる。
「俺から逃げようなんて100年早いんだっての」
「……やるじゃない。それであたしに何の用?」
「何の用じゃねぇよ。お前だろ? 国から紙碑を盗んだのは。返せよ」
「さぁてなんのことやら。証拠はあるの?」
「とぼけんなよ。お前、月の産物を持ってんだろ? アンクレストにいながら、マスクもなにもせずにいられるのは、月の産物を持ってるやつだけだ。それに」
ティキは自分が首からさげている小さな剣を見せた。それは眩い光を発していた。
「へぇ、あんたも月の産物を持ってんだ」
「ああ。月の産物でも持ってなきゃ、あの厳重な国のセキュリティーから紙碑を盗み出すなんてこと簡単には出来ないからな。さ、紙碑を返しな」
ティキの言葉の余韻が消えかけたその時、突然地響きが鳴る。すると、ティキの前方、女性の後方に光が突然収束し始める。それは徐々に集まり、固まっていく。そして、少しずつ形が形成されていく。それは角を持ち、牙を持ち、爪を持ち、二足で歩行する3メートルはあろうかという巨大な化け物へと姿を変えた。それに気がついた二人はソレを見るのが初めてではないのだろうか、とても落ち着いている。
「あらら、オームが現れたわね」
「こんな時に、めんどくせぇな」
「どう、今はいざこざは忘れて、二人でこいつを倒すことに集中しない? 他に気を捕らわれてたら危険でしょ?」
ティキは女性のほうを一瞬見る。そして、すぐに化け物のほうへと目をやる。
「分かった。足を引っ張るなよ」
「あなたこそ。じゃあ、こうしましょう。あなたが、隙を作ってちょうだい。その隙にあたしがあいつの脳天に一発ぶち込んでやるわ」
「おっけぇ、そんじゃあいくぜ!」
自分に言い聞かせるようにティキは、その化け物へと向かっていく。化け物は、ティキの接近に気がつき巨大な腕を振り下ろす。ティキはそれを紙一重で避けると、その腕に飛び乗り、化け物の顔面目掛けて走っていく。そして、まったく防御のされていない。喉の部分へと強力な蹴りを入れ、一撃を加える。さすがに効いたのか、化け物は喉を両手で押さえうずくまる。見事に化け物の隙を作ったティキは、今が好機と女性のほうを向き合図を送る。
「よし、今だ。やれっ」
女性はリバティーに乗り、すでに遥か遠くまで離れていた。
「なにぃぃぃぃい! おぉぉい、コラッァァアッ!」
ティキの叫びも空しく、女性はどんどん離れていく。ティキは化け物を目の前に一人にされたのだ。
「あの女ぁぁあ。ハメやがったなぁぁ。くそっ」
ティキは再び化け物のほうへと向きなおし体勢を整える。化け物は再び、強烈な殺気を放ちながらティキの前に立っている。
「ちっ。たかが、オームの一匹や二匹に俺がやられるわけがねぇだろ。一人でやってやるさ」
ティキは首から下げている小さな剣を手に取ると、化け物のほうへと向けた。それは、握られた手の中にいても分かるくらいの光を放っていた。