三の月・蕾綻び月
葉の無い姿で佇む、年明けから一見変わらないような木々。
だが、固く結んだ蕾を付け、様子を変えた枝が、冬の終りを感じさせる。日を追うごとに膨らんで、花開く時を待つ蕾たち。三の月、蕾綻び月の到来である。
五の日、ネオは早々に起き出し、身支度を整える。着替えた服に体温を吸われて身を震わせた。体を一度ギュッと縮こまらせ、合わせた手にハーッと息を掛ける。早朝でも吐く息はもう白くない。
ネオはあれからずっと、ボンジュに何を贈ろうか考えていた。いつでも見ることができるように、身に付けられる物が良い。しかし、なかなか良い案は思い付かない。
「おはよう、ネオ。随分早いじゃないか」
「今日はトルコスさんのお店の日でしょ」
行商は月に一度やってくる。夕方頃に村に着き、村の教会で一泊。次の日の昼過ぎには村を出るため、早い時間に広場で店を広げる。この時に、ボンジュは作った糸や刺繍を引き取ってもらっていた。
ボンジュの手伝いをしようと、ネオは早起きした。出掛ける準備は万端だ。
ボンジュも身支度はほぼ整っている。最後に愛用の白いエプロンを身に付ければ完了だ。腰で紐をまわし、前でシュッと一結び。使い込まれたエプロンは、結ぶ紐が少々くたびれている。それを見たネオは閃いた。
これだ!
ネオはボンジュに贈るにイイモノを思い付いた興奮を隠し、平静を装いながら荷車に糸を詰めた箱を載せ、二人で広場へ向かう。行商一行は既に広場で商売の用意を整えていた。
「おお、ボンジュさん。待っておりましたよ」
行商人は二人組で、両人とも髭を生やした兄弟だ。一人は太っちょ、もう一人はほっそりした体型のおじさんで、太っちょの方が兄のフウ・トルコス、ほっそりした方が弟のホッソ・トルコス。王都からいくつかの村や街を巡り商いをしているから、いつも護衛を2人ほど連れている。
フウがネオ達に気付き、荷車押しに手を貸してくれた。
「トルコスさん、針と小さなはさみっていくらで買える?あと、幅がこれ位の白いリボンも」
ボンジュがホッソと糸の取引をしている間に、ネオはフウに小声で尋ねた。
「ちょっとした裁縫道具なら、銅貨5枚でありますよ。幅広のリボンでしたら、長さにもよりますが…一尺で銅貨3枚ですね」
「次来るときに持ってきてもらえないかな?あ、ばあちゃんには内緒ね!」
ははあ、ボンジュに新しい道具を買ってあげるのだな。リボンで包んで。
フウはそう思い、勿論ですとも、と品物を持ってくることを約束した。
ネオはボンジュに、エプロンの帯に使えるような、リボンを贈ろうと考えた。買ったリボンは自分で刺繍を施して、特別なものに仕上げるつもりだ。
裁縫道具はボンジュの物を借りようかと思ったが、針は踏んづけでもしたら大変なため、ボンジュは道具を片付ける際、針の数をきちんと確認していた。こっそり用意してうんと驚かせたい。秘密で事を運ぶには、自分で針を用意するのが最善の手だ。行商は月に一回しか来ないから、今回材料を頼んでおかなくては間に合わない。
早く次の百花月にならないだろうか。
ネオは贈り物のことを想像し、そわそわと蕾綻び月を過ごした。