12週間の君に 婚約撤回から始まった二人の茶会
デレクさん視点で貫きました。
たまには私も切ない系が書けるのよ?というチャレンジです。どうなんだろう(笑)
「婚約は無かったことにして欲しい」
敢えて目を見ないで、私は告げた。
コレットは小さく息を吐いたが、私の言葉に何も返さなかった。
「デボラ王女が貴賓館に滞在している事は知っているね?彼女は今、妃教育を受けている。ひと月程経てば、私と婚約し婚姻の日程を公表することとなるだろう」
父君の一言で決定した婚約者のすげ替えだが、私は満足している。デボラは友好国の姫で、美しく華やかで気品高い。ウィットに富む会話も達者で、輪の中で必ず中心に咲く大輪の薔薇だ。
そして、私を好いてくれている。
くるくると変化する彼女は、時に聖母、時に小悪魔、時に好敵手、時に子猫、と、私の心を鷲掴みにする。彼女が微笑んでくれるなら、側近で親友であるエミリオ公爵子息の小言も聞き流せると言うものだ。
コレットの父ヴェールダム公爵とは、最近発見された金鉱脈を有する王領の譲渡と、コレットの名誉保持を約束して手を打たせた。
公爵は承知したのだから、わざわざ私が白紙撤回を告げに訪ねることも無かったのだが、これはけじめだ。
私の心はデボラにある。
コレットとは友好を結んだが、それまでの仲だったのだ。はっきりさせることで、彼女の未練を断ちたいと考えた。後々面倒が起こるのは避けたいから。
「……デボラ様を愛していますの?」
漸くコレットが声を絞り出した。
「そうだよ。
私は姫に夢中だ。
デボラはよい妃になるだろう。
君は12年間、慎ましく仕えてくれたが、これでお終いだ」
別れはハッキリと残酷に。
それがけじめと言うものだ。実際コレットになんら未練はない。
コレット・ヴェールダム嬢は、お互い7歳の時からの縁だった。学校も同じだった。王宮の進講も一緒に受けた。
コレットは、華やぎは無いものの、清楚な百合の様な美しい淑女へ成長した。聞き上手で受け身だが、賢く熟考する性格で、思いつきであれこれ好奇心を持つ私とは真逆と言える。
そう。コレットとの婚姻は既定路線であり任務だった。
そこに、デボラとの甘い色の様なものなど無かったのだ。
コレットは、ずけずけと言い放つ私を翡翠の様な瞳で見つめていた。
悲しげではあるが、泣いてはいなかった。
「デボラ様とは、いつ」
「ひと月先と言ったよね。結婚の準備は半年ばかりかかるだろう。王太子の結婚式だからね。来賓の予定を考慮しなくてはならない」
「そうですか……」
コレットは乾いた声でそう言った。無表情な顔からは、感情が読み取れない。怒っているのか悲しんでいるのか、蔑んでいるのか……
彼女の内心が掴めない、その程度の仲だったのだ。私たちは。
「デリク・サンドフォード・アルマイル王太子殿下」
コレットは深い礼をとり、硬い声のまま告げた。
「白紙撤回、了解致しました。ただ、我儘がひとつございます」
「我儘?」
宝石か?ドレスか?
それとも新しい縁か?
コレットは顔を上げ薄く微笑んで、続けた。
「それで貴方、諾と言ったの?」
デボラがクスクス笑いながら、私の髪を指でくるくると弄る。
ふわりと香る彼女の肌の匂い。
「仕方ないだろう?
最後の我儘、と言われれば、頷くしかない」
「毎週水曜日の茶会ねえ。12回。
それを叶えてくれれば貴方を解放するというのね。最後の思い出づくりって訳ね」
「解放なんて。そもそも父親は了承しているんだから。彼女から許可を得る必要はないさ」
「でも貴方は返事した」
「妬ける?」
デボラはカウチから元気よく立ち上がって私から離れた。
「まさか!今更貴方が彼女に戻るなんて思ってないわよ!
……いいわ。頑張って思い出づくりして差し上げてね」
私は憮然と頷いた。
週に1度、しかも12回。
耐えてみせるさ。
《第1週》
その日は庭園に面したテラスだった。
コレットは白のドレスで迎えた。髪はサイドを編んで後ろは下ろしている。珍しい。いつもかっちり編んでいるのに。
「ご機嫌よう。コレット・ヴェールダムにございます」
彼女は深く美しいカーテシーをした。
何を芝居がかっているんだ、と、少し苛ついた。
無言の私に彼女は満面の笑みをたたえる。それでも貴族の娘らしくその笑顔からは何一つ汲み取ることは出来ない。
ただ、緊張していた。サーブする手が細かく震えていた。
「この頃は何をなさっていらっしゃいますか?」
「……貴賓館にデボラと居ることが多いよ」
小芝居に乗る気はなかった。わざと彼女が傷つく言葉を選んだ。コレットは何一つ気にした素振りを見せず応対した。
私の好きな物、私のしたい事、今更な質問に、全てデボラを重ねて答えた。
我ながら酷い奴だと思った。
茶はうす甘いミルクティーにスミレの砂糖漬けが浮いていた。……何処かでこれを見た……。記憶は直ぐには手繰れなかった。
「貴方の近しい方に」
そう言ってコレットは、黄色い花束を手渡してくれた。フリージア。私の母が好む花だ。
(ああ、そうか)
馬車に乗り込んで思い出した。
婚約が決まる日、初めて公爵家を訪問した時、白いドレスを着た女の子が迎えてくれた事を。そして帰り際に母にと、花束をくれた事を。
《第2週》
どうやら彼女は、この12年間を12回の茶会になぞらえているらしい。
今日は卒業したはずの学院の制服で迎えた。8歳。新入学か。
「……本人が一番気恥しいの。何も仰らないで」
そう言ってコレットは後ろに垂らした髪を揺らした。
小さい頃のコレットはこの髪型がお気に入りだった。リボンを毎日替えて、私が気が付かないと、ちょっとむくれた。一緒に8歳で入学したが、彼女はしっかり者で、イタズラ盛りの私の見張り役の様だった。
先週の花の礼を告げると、あの頃リボンを認めた時の様に笑顔を見せた。
《第3週》
この日は、彼女は9歳のはずだ。
9歳の時に何があったか、全く覚えていなかった。この茶番に乗りたくないので、彼女の企みを暴いてやろうと思っていたが、この日は出来なかった。
「母の命日なの。先程墓前に報告してきたわ。貴方と別れましたと」
コレットはまた垂らした髪だが、その美しい銀に淡い紫が捌けたウェーブに黒いリボンを付けていた。
そんな大事な日に茶会なんて、と咎めたが、尚更貴方とお茶をしたいの、と返された。
少し目元が赤い。
そう言えば。
彼女が9歳の時に公爵夫人が急死なさったのだ。
葬儀に駆けつけると、彼女は気丈に挨拶してきた。目元は赤く腫れていたのに、人前では涙を見せなかった。それなのに、葬儀の後、二人でお茶をしていた時、
そう、その時だ。
今と同じように。
彼女はティーカップを両手のひらで持ったまま、声も出さずにポロポロと涙を流していた。
コレットの涙を見たのは、葬儀以来だった。驚いて上手くは言葉が出なかった。
……どっちなんだ。
母親を思い出したのか
それとも、私たちの別れのせいなのか……
涙も拭かずにコレットは、また来週に、と言って扉を閉めた。
《第4週》
ぼんやりする事が多くなったとデボラにたしなめられた。
先週の黒衣と涙にかく乱されている自覚がある。そして、ちょっとした時に10歳の思い出を頭の奥から引っ張り出そうとする自分がいた。
思わずばあやに10歳の私はどんな子供だった?と尋ねた。
「坊っちゃまはやんちゃでございましたねえ……コレット様ですか?……ああ、そう言えば」
そうだ、そうだった。
王宮でコレットが怪我をしたのが私が10歳の時だ。思いもかけず私の放った球が彼女の脚に当たって。
私は心臓を握り潰される思いで、コレットを抱き上げて運んだ。彼女は私と変わらない身長で、それでも柔らかく軽かった。
治療でもコレットは痛いとも何とも言わず耐えていた。申し訳なさで一杯の私に、
(痕にはなりませんわ)
と微笑んだ。
私は違う意味で心臓を鷲掴みにされた。
初めてコレットの身体に触れ、コレットが女の子で、自分とはまったく違う生き物だと知った日だった。
今日の彼女は、寡黙だった。
お茶はいつの間にか濃い紅茶になっていた。日頃慣れ親しんだ味だ。
そうか。
10歳の私達は、大人と同じ茶を出して貰えていたのだ。
帰り際、コレットは恥ずかしそうに
「……一度、軽く……その、抱き上げて下さいませんか」
と言った。
すぐさま私は横抱きに抱き上げた。
今の彼女は私より低く、あの時よりも柔らかく芳しかった。私の首に腕を回して
私の腕の中で彼女は目を閉じていた。
そっと、宝物のように下ろした。
また来週に、と小さい声のコレットは、ほんのり赤らんでいた。
《第5週》
確実に彼女は私達の歩みをなぞっていた。それに何の意味があるというのか。私をつなぎ止めたいのか?
今更だ。デボラは必ず良き妃良き伴侶となる。
未練を重ねて彼女は辛くは無いのだろうか。こんな心変わりした私と会って辛くは無いのだろうか。
コレットに真っ直ぐにぶつけてみた。
相変わらず貴方は腹芸が苦手なのね、とコレットは笑った。
「未練など抱えないわ。
これは私が私達を仕舞う為に必要な事なの」
そう言ってコレットは、ハーブティーを入れてくれた。
「安らぎのお茶よ。公務が増えたそうね。良かったら一缶お譲りしましょうか」
そうだった。
私の表情を読むのに彼女は長けていた。侍従も母も誰も気づかない私の変調に勘づくのがコレットだった。
「実は書類に追われて居てね。頂くよ」
そう言うと、コレットは柔らかく微笑んだ。無理をしないで、とその顔は告げていた。
久しぶりにコレットの表情を読み取れた事に、何だか勝負に勝ったような気分になれた。
また来週に、と私が告げた。
《第6週》
デボラの不機嫌は、月曜日には収まった。日曜日に彼女との婚約と結婚式の日取りを公表したからだ。
今頃公爵家は対応に追われているのだろうか。それとも腫れ物の様に放置されているのだろうか。
今週は流石に堂々と王家の馬車で訪問するのは気恥しい。それを察したのか、コレットは公爵家の馬車を手配してくれていた。
そう。彼女に抜かりはない。
彼女は柔らかい表情で迎えてくれた。
大丈夫?と訊ねると、貴方が言うの?とコロコロと笑った。
何故か嫌な気持ちにはならなかった。
茶葉を訊ねられたので、先週と違うハーブティーを所望した。
彼女は鮮やかな手つきで茶器を扱った。伏し目がちの穏やかな表情に心が安らぐのを感じた。
そうか。
コレットは、何時でも柔らかく私を受け止めてくれていた。
それが当たり前になって久しく、それが無くなって漸く気がついた。
「今日はジンジャーベースにしたわ。貴方少し食欲が落ちているでしょう?」
どうして分かるのか、などとはもう思わない。コレットだから判るのだ。
きゅうりのサンドイッチが美味しかった。コレットが奏でたピアノハープに思わずカウチでうたた寝をしてしまった。
貴重な時間を申し訳ない、と告げると、少し驚いた表情を見せた。言った自分も後で驚いた。
……私はこの茶会を貴重と言ったのか……
また来週に。
彼女のリボンはピンクのレースだった。
《第7週》
デボラは婚姻の支度に忙しくなった。故郷の国から一度戻るようにと催促が届く。しかし彼女は帰らない。
「貴方少しおかしいわ」
何を絆されているのよ、婚約を広めてから向こうが恋しくなるなんて。全てを貴方に捧げる私に失礼だわ。心が見えないなんて嘘。もう茶会には行かないで。
デボラの推察は多分当たっているのだろう。でも、私はヨリを戻す事は無い。デボラと添い遂げる。それは金剛石より硬い。
同情だろうか?それとも、感傷だろうか?
「曖昧が一番酷だと仰ったのは殿下ですよ」
エミリオにずけっと言われると言い返せない。
「貴方が捨てたんです。拾うのは違う男だ」
友は自分がそうありたい位だ、とも呟いた。
そうだ。
コレットが次の出会いに目を向ける為には、この茶会を全うする事が彼女の望みなのだ。決してこれは同情でも感傷でも無いはずだ。
13歳の私達は、中等部に進学し、男女別れて過ごすことが増えた。ダンスの授業は合同だった。私達は必然的にパートナーとしてレッスンしていた。
「デレク。今日は踊って下さらない?」
あの時の様に。という言葉が聞こえたようだった。
いつも一緒で性を越えて私達は戦友だった。様々な学び、様々なミッション、それらに共に取り組んでいた。
だから急に男と女を求められるダンスは面映ゆく照れた。
私達は13歳に戻って恥じらいながら音もない広間でワルツを踊った。少しつまずいたコレットを支えて顔が接近した時
思わず口付けていた。
私達のファーストキスは13歳だった。
《第8週第9週》
デボラが国に一時戻った。婚礼の支度はやはり本人が居ないと進まない。
「彼女には渡さない。私は貴方の全てよ」
呪いをかけて、彼女は去った。
コレットなら、貴方は私の全て、と言っただろう。
いや?
そうか?違う。コレットなら……
「私と貴方が全て」
そう応えるかな?と、コレットは笑った。腑に落ちた私は甘酢い心持ちに、先週のキスを生々しく思い出していた。
それでも、デボラの不在は私の心にブレーキを掛けた。14歳と15歳の私達は、覚えたての大陸語で会話するという遊びに夢中になれた。
《第10週》
「後3回ですね」
エミリオが言わなくてもいい事を言う。
16歳の私達には何があっただろう。
高等部に進学し、私は帝王学を修める為に詰めたカリキュラムに向き合っていた。コレットは共に履修していた。大概の女生徒がフィニッシング(花嫁修業)に勤しむ中で、彼女は将来の王太子妃でなければ、小賢しいと言われる位の学習量だった。
その頃から、私はコレットに苦手意識を持つようになった。
常に一歩先を行くような彼女に劣等感を持ったのだろう。たわいの無い事に苛ついた自覚がある。
馬鹿だったのだ。
今なら分かる。
その為にどれ程の努力と時間を裂いていたか。周りの扱いにも耐え、女性の娯楽も減らし、それでも女主人としての素養は求められ、彼女は今の私以上に、追い詰められていたはずだ。
今、王太子として、一家をなす男として、周りが当たり前の様に求めてくる圧に踵を返したくなる時がある。
今日のコレットは、髪を結い上げ、純白の夜会のドレスを着ていた。髪には華奢なティアラを着けて。
ああ。
デビュタントか。
「踊って下さる?」
この間の二の舞にならないよう、デボラの呪いを反すうしながら、コレットの甘いけれど爽やかな香りに包まれた。
(私と貴方が全て)
そうだったらどんなに良かっただろう。コレットは私の反抗もくだらない妬みも拒みはしなかった。
今日は弦楽の演奏があった。人目のおかげで私は演じる事ができた。
平気で元の婚約者に向き合う男。
「また来週に」
少し息の上がったコレットは、艶めかしかった。
《第11週》
デボラに手紙を送った。あの赤薔薇の様な美しさ、炭酸水のように弾ける振る舞い、全てが恋しい。そう書く事で自分を律した。
デボラに弱い男は似合わない。私は王太子として、そして次代の王として君臨しなくてはならない。
「ご機嫌よう」
六月の風は紫の花々を連れてきた。紫陽花、紫蘭、ライラック……
コレットの髪も紫を捌けた銀髪で、蒸してきた季節の中で爽やかだった。レースのティードレスと結い上げた髪が、いつの間にかコレットが女の子からレディへと移り変わっていることを示していた。
この淑女が再び恋に落ちる相手は誰なのだろう。コレットの翡翠の瞳を奪う男はどんな奴だろう。
待て。
コレットは本当に私と恋に落ちたのか?私達は恋をしたか?
空気のように存在したコレットに女を感じたのは事実だ。
抱き上げた。キスをした。
ときめきが日常になり、非日常を求めて離れようとしたのは私だ。
今。
今、私はコレットに恋している。
(私と貴方が全て)
そうか。
この茶会は、私達の恋に必要な歩みだったのだ。
以前と同じ様に、今日のコレットは慎ましく微笑んで、私の愚痴を聞いている。茶を入れ直し、菓子を勧め、優美な所作と翡翠の瞳が私の目を奪う。
「来週が最後よ。デレク」
そう言って、コレットは微笑んだ。
コレット、私はどうしたらいいのだろう。
どう振る舞えば、この恋を閉じる事が出来るのだろう。
《第12週》
「行かないで」
デボラは火曜日に着いた。何がなんでも、明日行かせたくない、その一心で駆けつけたらしい。
「デボラ」
私は心に決めていた。
「私は君と結婚する。それは揺らがない。でも、この3ヶ月、私はコレットとの出会いからやり直して、恋をした」
私の言葉が途切れて、私の頬に音が鳴った。
「デボラ、私を信じて」
「あの娘を愛しているのでしょ?!」
「私は、私達は、恋のやり直しをした。でも、明日で終わるんだ。恋は終わるものなんだ」
「私は貴方を愛しているわ!」
「デボラ。私は君に相応しい王になる。君の求める夫になる。その為にも、始めてしまった恋を終わらせて来なければいけないんだ」
「……」
デボラは納得はしなかった。信じてはもらえなかった。けれど、止めることはしなかった。
デボラは王妃になる器なのだ。
私はひと回り大きくならねば、あの王女と歩みを揃えられないだろう。
私は王太子。
私にわたくしは、無いのだ。
「ご機嫌よう」
コレットが出迎えてくれたその時、私は彼女を抱き締めた。
「コレット、人払いを」
彼女の耳元にそう呟いて、私も従者を部屋から出した。その間も彼女を離すことはしなかった。
「コレットありがとう。
少年の私の恋を自覚させてくれた。
私の少年期に彩りがあったことを思い出させてくれた。
私の〈わたくし〉を奪わずに甘やかしてくれた。
そして、貴女への恋心を取り戻してくれた。
貴女を愛している」
一気に告げる私は、相変わらずだ。コレットの様子を思いやる事もせず一方的に押しつけた。今思うと、なんて余裕のなさだ、と悔やまれる。
「……初めて告白して下さったわ。ありがとう」
「礼は私が」
「いいえ」
コレットは身体を離して、私の目を正面から見据えた。
泣きながら。
「貴方がこうなる事は分かっていたの。この12年間貴方の事をずっと見つめていたのですもの。全ては計算。全ては策略。ごめんなさい」
私の復讐を許して……
コレットはどこまでも優しい。
「分かっているよ。そして私を大人にして送り出してくれるつもりだったのだろう?そんな嘘をつかなくても、私を欺かなくても、分かっているよ」
「いいえ。私は私の矜恃を守ったの。棄てられるだけの女にはなりたくなかったの!」
コレットは最後の最後に演技が下手になっていた。何処の誰が君をそんな悪女に思うだろう。
「君に恋をした。
君を愛おしいと、君との世界はなんて穏やかで慈しみに満ちているのだろうと、深く感じた。
だから、私は別れを今度こそ伝えることが出来る」
言わないで……
コレットは婚約を撤回した時とは真逆になっていた。静かに泣きながら。
「コレット・ヴェールダム。
君を愛している。
これから私は〈わたし〉のない世界で生きていく。
だから、この恋を奪っていいんだ。私の最初で最後の恋を君に捧げる。それがどんなに私にとって幸福な事か」
コレットは泣きながら微笑んだ。
「……やっぱり、貴方って、最後まで残酷ね……。
本当に優しい男は、この最後の復讐に踊って下さるものよ?棄てられて怒って、私をなじって、扉を音立てて出ていくものよ?」
「ごめん
でも、……分かるよね?それが私だと」
コレットはかぶりを振った。
「いいえ。計算外よ。
デレク。貴方、大人になってしまわれたのね」
そんな褒め言葉。せっかく格好付けたのに。ほら、私まで泣いてしまった。
コレットは私の涙を自分のハンカチで拭った。自分は泣いたままなのにね。
そして彼女は最上級のカーテシーをし、最敬礼の姿勢を保って告げた。
「お別れです。殿下」
こうして12回の茶会は終わった。
王宮ではデボラが迎えてくれた。
その艶やかな髪を撫でながら、ふと、
コレットの別れがフラッシュバックした。
「デレク?」
「エミリオ!いるか!誰か!」
私は友を探した。侍従を遣って公爵家へ急がせた。
馬鹿だ!
私はまた馬鹿をやらかした!
(私と貴方が全て)
私を大人にして、
私の恋心を抱えて、
別れたコレットはどうする?
何処へ行き着く?
エミリオが動いてくれた。
デボラを不安定にはできない。私は王太子なのだ。
「私が到着した時には、もう……。
12回目は覚悟の上だったんだよデレク。
彼女は、黒のドレスだった。
大理石の床に波打つ黒いドレスと、南国の海のような透き通るばかりの髪が広がって……
安らいだ微笑みはそれはもう、幸せそうで……」
こうして私の恋人は私の世界から去ってしまった。
コレットとの12週は、わたしの全てになった。
私は王太子で王となる。
でも、
わたしを奪って去ったコレットとの出会いは、私の生涯を彩るのだ。
デボラを愛し、国にこの身を捧げても。
私が老いて、或いは凶刃に倒れて、
死に直面したその時には、彼女を思って逝こう。
(私と貴方が全て)
そう言って、
(また来週に)
と告げるコレットを抱きしめる。
神殿の鐘が鳴る。
結婚式が始まる。
さあ、行こうか、デレク王太子。
はあ。
一気に書きました。熱にうなされた様に。
ラストこれでいいのかなぁ。と思われる向きもおありでしょうね……ご批評どんと!カモンです。
星もお願いします。