第4話 盛大な勘違い
私が前世の記憶を取り戻してから、早いもので3年が経った。
時が経つのは早い。
私はこの3年間をほとんどすべて自己強化のために費やした。
まずは父であるウルアザ=フレイグルを説得して、剣や魔法の教師として、一流の人材を派遣してもらった。親に迷惑をかけるのは少しはばかられたが、これも必要なことだ。いわゆる先行投資。悪くはない。たぶん。
前世の記憶が戻る前から今世の父は私をすごく溺愛してくれているので、そんなに説得に時間はかからなかった。最初は可愛い可愛い娘が「戦闘技術を学びたい」と言ったときは少し難色を示したが、お願い(ニコッ)っとすればイチコロだ。ちょろい。
こんなにも甘やかしてくれるのだから、ゲームの中のミラハ=フレイグルがあんなにも傲慢で他者を見下すような態度をしていたのも、両親の溺愛が原因のひとつなのかも。
父に依頼して派遣してもらった教師はマジで一流だった。
一流の教師は、講義も一流。
剣の型を私に教えてくれれば、私は割とすぐにそれらをマスターすることが出来たし、魔法も光属性以外に適正がある私はメキメキと上達していった。もうほんとね、先生方は褒め上手で、つい乗せられてしまう。私は褒められると伸びるタイプなのだ。
……別に私はチョロくない。チョロくないったらチョロくない。
というか、今世のこの身体、かなり優秀な気がする。
教師の方が一流だからっていうのが大きいが、するすると頭の中に入っていくし、戦闘技術もメキメキ上達する。これが天才の見る景色か…… フッ、ひれ伏せ愚民ども。
だとするとやっぱりゲームの中のミラハが、剣の技術も魔法の技量も中途半端でビミョーだったのは、甘やかされて育って、あまり練習とか努力とかしてこなかったんだろうな。
コンコンコン。
自室で思考にふけっていると、3回ノックしてメイドが入ってきた。
「ミラハお嬢様、旦那様がお呼びです」
「わかったわ。ありがとう」
「失礼いたします」
どうやら父が私を呼んでいるらしい。
ちなみにこのメイドは私が前世を思い出したときに地面でうずくまる私を発見したメイド。あのときは驚かせてごめんね。
前世が戻る前、私は『ゲームのミラハの幼少期である』という事実を遺憾なく発揮し、家のメイドや執事などの使用人にかなり横柄な態度をとっていた。
普通ならば7歳にも満たない小さな子どもの戯言で済むことでも、私は辺境伯家のお嬢様。更に父ウルアザは私がどんなことをしても基本的に許してくれるので私の傲慢さは加速していった。
もちろん、前世の記憶が戻ってからはそんなことしていない。
記憶が戻ってからは、罪滅ぼしではないけれど、使用人にも"ありがとう”と感謝を述べたり、なるべく優しく接するようにしているのだが、最初の頃は「お、お嬢様が私に感謝を……?!」ということをメイドは口走っていた。ご令嬢に対しめちゃくちゃ失礼だが、残念でもないし、当然の感想である。
それにしても、記憶が戻ったのが7歳のときで良かったね。もしこれでゲーム開始の15歳に記憶が戻ろうものなら、周囲との関係はおろか、ゲームの主人公ちゃんや攻略対象キャラのイケメンたちからの心象は最悪で、断罪不可避だっただろう。おお、怖い怖い。
そう言えば、私の言葉遣いは完全に「お嬢様」の言葉遣いで固定されているらしい。頭の中では汚い言葉遣いをしていても、それを口に出そうとするとお嬢様言葉で口から発声される。
おかげであまりボロを出さずに済むのはありがたいが、強制的に言葉が変換されるので多少の違和感がある。まあ、気にするほどでもないけれど。
ちなみに私はこの現象を「お嬢様フィルター」と呼んでいる。
……さて、思考はこの程度にして父の執務室へ行くとしよう。父上を待たせるのも忍びない。
コンコンコンと、執務室のドアをノック。
すると中からどすの利いた低い声で「ミラハか。入りなさい」という声が聞こえる。
私はもう慣れたからいいが、初見で父のあの声を聞いたら「あなたのお父さん、魔王かなにか?」とでも聞きたくなるくらいにはちょっと怖い声である。
「失礼します」
扉を開けたその先に居たのは、シックな机で手を組んでいる父、ウルアザ。
黒髪の私とは違い、落ち着いた色合いのブロンドヘア。整えられた髭は、その怖い顔立ちに良くも悪くも似合っている。
一目見れば、多くの人は父に対して、冷徹、冷酷、残虐、無慈悲、そんな言葉を思い浮かべるだろう。実際、父はその怖い顔立ちや怖い声のせいでそう思われることも少なくないと、兄であるレジナードから聞いたことがある。
……中身は娘にデレデレの家族思いの良いお父ちゃんなんだけどね。
その顔立ちでウッソだろお前! ってみんなは思うだろうけれど、うちの父、そうなんです。前世を思い出すまではなんとも思わなかったけど、思い出してから改めて父を見たら「うわぁ、私の父、悪代官様かなにかですか?」って私も思ったからね。是非もないね。
そんな父の横には1年前まで私の侍女をしてくれていたセレネムもいる。
ある日突然、私の侍女が別の人に替わってセレネムが居なくなっていたのだが、戻ってきていたらしい。
どこに行っていたんだよ…… 寂しかったんだヨ……
「お久しぶりでございます、ミラハお嬢様」
「久しぶり、セレネム。突然居なくなっちゃうんだからびっくりしたわ。でもまあ、元気そうで良かったわ」
「もったいないお言葉です」
少し見ない間にセレネムも随分と大きくなったな。背も私より少し大きい気がする。
ぶっちゃけた話、私は前世と今世を合わせると30年くらい生きていることになるので、セレネムのことはなんだか親戚の小さい子を見るような目で見てしまう。成長が嬉しい。
「セレネムには私が色々と依頼をしていてな。その時はミラハに言うのが遅くなってしまった。ま、セレネムとは後でゆっくりと話せばいい。先に用件を済ませよう。
……ミラハ。今日お前を呼んだのは、来週王都で行われるパーティにお前も一緒に来てもらおうと思ってな。そのことを伝えるためだ。」
「パーティ…ですか?」
王都で行われるパーティ? なにかおめでたい出来事でもあっただろうか?
うーん、私ってば最近もう、訓練ばっかだから世間のことに疎いなぁ。いやまあ、それもこれも魔法が面白いのがいけないんだけどね。
練習すれば練習するだけ魔法は上達するし、私は比較的魔力が多くて魔法を連続で放っても大丈夫だからね。魔力に物を言わせてモンスターを蹂躙するのとかもう最高!
娯楽の少ないこの世界だが、魔法は私にとってこの上ない娯楽なのだ。
まあ、先生は褒めてくれるけどお世辞が基本だろうし、魔法は一般人に比べれば比較的得意というだけだ。ゲームの主人公や攻略対象キャラみたいに魔王と対峙できるほどの力をつけることは私には無理だろう。結局私はメインキャラにはなれないサブキャラなのだ。
……っといけない。思考がそれてしまった。
「ミラハと同じ年のアルタート王国第2王子のネフト様は分かるだろう? そのネフト殿下の10歳の誕生パーティだ。王都や地方の有力貴族が数多く来る。
本格的な社交界へのデビューはまだまだ先だが、ミラハも一度王都に行ってみたいだろう?」
あ、思い出した。
ネフトって、ゲームの攻略対象の一人だ。
ネフト=アルタート。アルタート王国の第2王子だ。
できの良い兄である第1王子とよく比べられてちょっと捻くれてしまった、第2王子。
……ってことくらいしか思い出してないけど。
どんな顔だったかな……?
「王都ですか。確かに私はまだ1回も行ったことはありませんが…… ただ、魔法の訓練もしたいですし……」
ぶっちゃけゲームが開始する15歳の王立学院の入学式までに1回くらい王都に行くべきだと思うけれど、そんなことより魔法の訓練したい。楽しいし、何よりゲームストーリー開始になったらどんなことが起こるか分からない。力をつけることに妥協はしたくないし……
知らない貴族がいっぱい来るところとかなんか疲れそうだしなぁ。
「そう言うな。ミラハが魔法の勉強を熱心にしているのは分かっている。でも、親としては根を詰め過ぎている娘が少し心配なのだ。
たまには勉強を忘れて羽根を伸ばすのも悪くないだろう?」
「……分かりました。ではせっかくなので」
あまり父上を心配させるのも良くないか。
ま、ためしに1回王都に行くのも悪くはないだろう。
「おお、そうか! よかった! 話はそれだけだ。時間を取らせたな。」
「いえ」
「私は少しセレネムと話すことがあるから、先に戻っていなさい。積もる話もあるだろうし、私の話が終わったらセレネムをミラハの部屋に向かわせよう」
***
「変わりませんね、お嬢様は」
ミラハが退出するのを見届けてから、セレネムはポツリと呟いた。
「ああ、だからこそ心配だ。ミラハは抱え込んでいるものが大きすぎる。私はできる限りミラハの力になってあげたい。
……セレネム。お前は優秀だ。戦闘技術や暗殺技術にも長け、頭も切れる。ミラハの右腕に現れた呪詛を消すため、これからもお前には苦労をかけるが力を貸してくれ」
「お嬢様の痛みに比べれば、私の苦労など小さすぎます。
それに、私は心の底からお嬢様をお救いしたいのです。私にできることなら何なりとお申し付けください、ウルアザ様」
※報連相は大事